第6話 落とし物


「お、アレンじゃないか」


 タオリアの街、その一角にある酒場『風の通り道』の店主兼バーテンダーが、店に入ってきた常連客アレンの姿を見つけて目を細める。


 アレンは小柄ではあるものの、ずんぐりむっくりとした体躯で立派な白い髭を蓄えており、恰幅の良さも相俟ってその存在感は突出していた。


 彼は重い足取りで入り口付近の席に座り、使用感のある帽子をやや傾けてマスターに会釈するのだった。


「よう、マスター。いつものやつを一杯くれ」


「あいよ、竜殺しだな。あんなのを飲めるのはこの世じゃ酒豪の神様かお前さんくらいだろうて。というか、今日はなんだか浮かない顔じゃないか、アレン。さては何かあったか」


「……それがな、うちの倅のことで、マスターに折り入って相談があるんだ」


「おいおい、アレン、水臭いな。私たちの関係じゃないか。そんなに改まらずになんでも話してくれ。そういや息子さん、今年で15歳になるんだったか」


「ああ。一応成人の年齢になってユニークスキルってのを獲得したらしいが、それが外れだからって落ち込んで、女房がやってる家業の手伝いをさぼりやがった。だから、お前なんか俺の息子じゃない。今すぐここから出ていけって怒鳴ったんだ」


「はっはっは。お前さんが怒ったのもわかるが、息子さんだってそりゃショックだろうよ。スキルってのは今後の命運を握るわけだからな」


「そんなことくらいわかってるさ。だが、鉄は熱いうちに打たなきゃ、強くはならん。本当にあいつのためだっていうなら、こういうときにこそ叱らなければいけないと思ったんだ。うちの息子のためなんだ。アルムのために、ああするしかなかった……」


「ったく。アレンは相変わらず不器用だな。それがお前さんの長所でもあり短所でもあるが。ほらよ、竜殺しだ」


 ほどなくして、バーテンダーによって無色透明の蒸留酒がカウンターに置かれると、アレンは躊躇なくそれを口に含んで唸った。


「……こいつぁ、やはり格別だ。脳に直接ガツンと来る。この独特な深みと衝撃は、この酒でしか味わえない代物だ」


「そいつは重畳だ。店主としちゃあ仕事冥利に尽きるが、くれぐれも飲みすぎないようにな……っていうか、アレン。さっきお前さんが言った言葉を、息子さんにそのまま直接伝えたほうがいいんじゃねえのか?」


「いや、その必要はない。むしろ、いくらでも俺を憎んでくれてもいい。あいつが独り立ちして立派になってくれたら、それだけで俺は幸せなんだ……」


 アレンは手元の酒――竜殺しを飲み干すと、勢いに乗ったのか飲む量を徐々に増やしていった。


「アレン、今日はまた酒の量が一段と多いな。いくら蟒蛇うわばみのお前さんでも、竜殺しを何杯も一気に飲むのはあぶねえって。下手すりゃそのままお陀仏だからな」


「……んなことくらい、わかってるさ。けどな、そうはいっても俺もいい歳だ。あと何年も生きられるわけでもない。ここでくたばってもかまやしねえ」


「……お前さんみたいに心も体も頑丈なやつが、今回は随分とこたえたみてえだな。私にも一人娘がいたが、まだまだ子供だと思ってたのにすぐに嫁にいっちまって。子供なんて、あっという間に大きくなっちまうもんだなあって感慨に耽ったもんだよ」


「ああ。本当にな……。俺はアルムとは、幼い頃にあまり遊んでやれなかった。仕事が忙しかったのもあるが、それ以外のことには疎くて接し方がよくわからなかった。あいつはそれを未だに根に持ってるらしい」


「そりゃ、息子さんにとって父親はこの世に一人しかいねえんだから、多少は引きずるだろう。私は母子家庭だったから、父親がどういうものかも知らんが、想像するくらいならできる。実際、父親になってからその大変さに気づくことができた。ま、もうちょっと大人になれば、息子さんだってお前さんのことも少しは理解できるようになるだろうさ」


「……ああ、そうだといいがな。そんな俺も父が嫌いで疎遠になってたから、息子との接し方がよくわからんのだ。父は鍛冶師としては立派でも、普段は酒飲みで遊び人だったから疎ましかった。ただ、アルムからしてみたら俺だって最低の親父かもしれない。いや、きっとそうに違いねえ。だから、良い死に方をする権利もありはしない」


「アレン……気持ちはわかるが、まあそう落ち込むな」


「……」


「おーい、アレン、どうした。酔い潰れちまったのか? いくら酒にべらぼうに強いからって、竜殺しを何杯も飲むからだ」


 それからバーテンダーが強い口調でいくら呼びかけても、アレンが起きる気配は一向になかった。


「お、おいおい、まさか本当に死んじまったんじゃねえだろうな?」


「……アルム……」


「ったく、アレン、脅かしやがって……うちの店で死なれたら洒落にならんよ」


 アレンの寝言を耳にして胸を撫で下ろすバーテンダー。


「さて。いつになったら起きてくれることやら……ん……?」


 すっかり落ち着きを取り戻した酒場の店主は、入り口付近に何かが落ちているのを見つけた。それを拾ってみると、一輪の白い花であった。


「こんなところに花が……。誰が落としていったんだ? まあ、香りもいいし店に飾っとくか」

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