第7話 可能性


「あれ……」


 いつものように、黒蛇組の本部へと向かう途中のことだった。誰かが跡をつけてくる気配を感じて、僕は振り返るとともに周囲を見渡したものの誰もいなかった。


「まさか、ナナ……?」


 昨日、あんな形で帰宅することになって、結局会えないままだったので気になっていた。


 でも、なんだか不穏な感じがするし、彼女じゃないような気もする。


 それも複数の気配を感じて、僕は嫌な予感がしたので全力で走った。


 よく考えたら、黒蛇組は評判がよくない組合な上、他の組と抗争もしてるみたいだし、下っ端の見習いの僕でもターゲットにされてもおかしくない。


「はっ……」


 気づけば僕は覆面をつけたやつらに囲まれていた。


「ぼ、僕になんの用事が……」


「坊主、金をよこせ」


「そうだ、金だ」


「有り金全部置いていけ!」


「か、金って……」


 ただでさえ少ないお金を渡しちゃったら、カードやバッジを維持するためのお金すらも払えなくなる。そうなると、黒蛇組を抜けて実家に帰られなきゃいけなくなる。


 そしたら、僕は母さんやお婆ちゃんになんて言えばいいんだ。家族を悲しませるようなことだけは絶対に嫌だ。


「嫌、だ……」


「嫌だと? ふざけるなよてめえ!」


「おい、坊主。お前、そんなことが言える立場か?」


「そうだそうだ!」


「拒否するなら、これからどうなるかはわかるな……!?」


「くっ……」


 覆面集団に怒鳴られ、詰め寄られる。この辺りは人気がまったくと言っていいほどないし、大声で叫んでも無駄だろう。


 僕はこのとき、シビルさんの『覚悟しておけ』という発言の意味がようやくわかった気がした。


 黒蛇組に入るっていうのは、こういう不測の事態も起きるから、常に気を引き締めておかないといけないってことなんだ。


 でも、勝てる見込みもない戦いをして犬死したくない。


 僕はそう思い、彼らに近づくとともに、【回転】スキルを使って逃げだした。


「「「「「うっ……!?」」」」」


 よし、いいぞ。やつらは全員回ってる。近寄ることで威力が増すし、範囲で回転の効果が及ぶってことは、皿洗いや子供たちとの遊びで使ったことで知っていたからね。


 ただ、時間が経つと効果が弱まる可能性もあると踏んで振り返ると、案の定、やつらはもう追いかけてきていた。


 うわ……ダメだ、このままだと捕まってしまう。僕は必死になって走ったけど、足が縺れて転んでしまった。あー、何やってるんだよ、もう。悪い予感が当たってしまった……。


「「「「「おらあぁぁっ!」」」」」


「おごっ……」


 僕は覆面を被った連中に捕らえられ、髪を掴まれてボコボコにされた挙句、とどめで腹を蹴られてその場にうずくまった。少しの間は逃げ切れたものの、そのあと追いつかれてしまってこのザマだ。


「さあ、観念しろ!」


「死にたくないなら金をよこせ!」


「出せってんだよ!」


「……嫌、だ……」


 父さんのあの言葉を聞いて、自立したいっていう思いはより一層強くなった。絶対に負けるもんか。


「そうか。じゃあ死んでもらうか」


「……」


 無慈悲な台詞が耳に届いたとき、僕は体が震えた。ここで死んじゃうのか。


 ……いや、最後まで諦めたらダメだ。


「う……うおおおおおおっ……!」


「「「「「こいつ!」」」」」


 どうせやられるなら、最後まで抵抗してから死んでやる。


「……アルム……」


 なんだ? どこからともなく僕を呼ぶ声がした方向を見たら、一本の花と赤い目が見えた。あ、あれは……もしかして、ナナなのか……?


「加護を、あげる」


「……」


 ナナの声が脳裏に響いた直後、僕の全身が異様に熱くなるのがわかった。


 か、加護だって? じゃあ、ナナって神様だったのか……。


 加護には色んな種類があって、その中にはスキルを強化するものもあるらしい。


 それなら、【回転】スキルも化けるかもしれないってことだ。


「え……」


 僕はスキルを自分に使ってみると、が起きた。


 僕に襲い掛かってきたやつらが次々と弾かれて壁に激突したんだ。


 自分が超絶回転してるってのは肌感覚でわかるんだけど、なんとも不思議な感覚だった。


 驚くべきことに、視界は一定してるんだ。回転のスピードが速すぎて普通に見えてる?


 これはもしかしたら、自分自身が激しく回転しているというより、強力な回転力そのものがバリアのように攻撃を防いでくれているのかもしれない。


 だとしたら、相手には僕は回転していないように見えているわけで、さほど警戒されずに攻撃を呼び込むことができる。つまりこれって、攻守最強じゃないか。


「ひっ……!」


 覆面の者たちのうち、唯一残った人物が逃げていく。


 加護のおかげではあるけど、喧嘩なんて一度もしたこともない僕が勝っちゃうなんて……。


 フラフラする感覚は残ってるものの、それはスキルを使ったことによるエネルギーの消費だと思う。


 加護を授かったことで、このスキルは他にも色んな使い道が出てきた気がする。なんていうか、無限の可能性を感じるんだ。


 って、誰か近づいてくると思ったら、シビルさんだった。


「……アルム、合格だ」


「え……?」


「見習い全員に抜き打ちでやってることだが、舎弟として使えるかどうかの試験だ。悪く思うな。組長のべリアスさんから力を試すように言われてるんでな」


「……そ、そうだったんだ……」


「ただ、本来ならあそこまでやらなくても合格だったんだが……まあいい。それと、お前は今日から見習い卒業だ」


「え……ええぇ……!?」


「あとな……アルム、別に世話係だからってわけじゃないが、お前を俺の専用の舎弟にしたいと思ってる。不満じゃなければだが」


「い、いや、不満どころか最高かな」


「……フン。あとで後悔するなよ」


 シビルさんがそう言って立ち去っていく。なんか少しだけ笑ってたような気がする。


 それにしても、まさかナナが神様だったなんて。また会いたいけど、会えるのかな……? 彼女が神様だとわかったから会いたいっていうより、僕はまたあの子と普通に遊びたいし、もう一度だけでも話がしたいって思ったんだ……。

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