第5話 花
「もう朝か……」
僕は屋根裏部屋で目を覚ました。外は大分明るくなってきている。
行きたくないけど、仕事に行かなきゃ……って、そうだ、準備をし始める途中で気づいた。今日は確か黒蛇組はお休みだったんだ。
シビルさんの、『覚悟しておけ』っていうドスのきいた言葉がそれを忘れさせていた。
もしかすると、その言葉は今日が休みだってことを考えたら、今日も仕事をやるくらいの心構えを持てって意味なのかも。
とはいえ、疲れが大分溜まってるのは事実。あれから一週間くらい働き尽くめだったしね。ギトさんがこき使ってくるから体中のあっちこっちが筋肉痛で痛む。
今日一日、シビルさんの忠告を噛みしめつつもゆっくり休んで、明日へ向けて心の準備をしっかりしておこう。
「あ……」
部屋の掃除をしていた僕は、窓を拭こうとして外の景色に気を取られた。
近くの路地では、子供たちが遊ぶ姿が見えた。こっちに気が付いたみたいで見上げてきて、そこで手を振ると笑顔で振り返してくれたのでほっこりする。
「……ん、あの子は……」
そのとき、奇妙な光景を見た。頭に一本の白い花を咲かせた青い髪の少女が、一人で遊んでいたんだ。
なんだあれ。まるで頭を栄養にして咲いてるみたい。装飾花なんだろうか?
そう思っていると、少女の姿はパッと消えてしまった。
「……あれ?」
目を擦ってもう一度確認してみると、その子はさっきの場所にいて、僕の顔を無表情で見上げたのち、姿を晦ましてしまった。
なんなんだろう、あの子。妙に気になる。
僕は居ても立っても居られなくなって、部屋を飛び出した。何故かはわからないけど、今すぐあの子を探し出したいって思ったんだ。
「やあ、君たち」
「あ、さっきのお兄ちゃん!」
「ねえお兄さん、あたしたちと遊んでくれる?」
「うん、いいよ」
「「「「「やった!」」」」」
僕は子供たちとかけっこやかくれんぼ等で遊びつつ、例の少女の姿も探すことにした。
「あれ……」
でも、どうしたって見つからない。どっか行っちゃったのかな……ん、子供に服を掴まれた。
「ねえねえ、お兄ちゃん、あれやって!」
「あれって?」
「ユニークスキルっての使って!」
「あぁ、あれね。いいよ」
「「「「「まわるー-!」」」」」
僕は集まってきた子供たちを【回転】スキルで纏めて回してやった。一人の子を回したらそれが凄く気に入ったみたいで、ほかの子も回してほしいってせがんできたから回してたらこうなったんだ。微笑ましいなあ。
……っと、そうだ。
子供たちに聞いてみたら何かわかるかもしれない。
「あのさ、君たちにちょっと聞きたいんだけど、この辺に頭にお花が咲いた女の子いない?」
「頭にお花が咲いてる子? みんな、誰か知ってる?」
「んーん。そんな子、見ないよー?」
「私も」
「俺もー!」
「……」
おかしいなあ。あの子はこの子供たちのすぐそばにいたのに。まさか、僕が幻を見たってことはないだろうし……。
「あ!」
少し離れた場所で、僕はその子の姿を見かけた。頭に花を咲かせた青い髪の少女。
「待って!」
逃げる彼女の背中を必死に追いかけていく。
それが素早いというよりも迅速かつ機敏で、中々距離が縮まらない。
「はぁ、はぁ……」
姿を見失ってしまった。どこを見渡してもいない。
はあ。疲れたしもう帰ろうかな……。
「……」
「あ!」
そう思って振り返ったら、例の少女が目の前にいた。
「え、えっと……」
「……」
何を言えばいいのかわからず、僕はしどろもどろする。
僕ってやつは何をやってるんだか。あれだけ探してた少女が目の前にいるっていうのに。
「き、君は一体、何者……?」
「……ナナ」
「ナナっていうんだ。素敵な名前だね。僕はアルム! よろしく!」
「……」
あれ、何も返してこない。嫌われちゃったかな? なんかナンパみたいだって思われたのかも。
「い、いや、僕は決してそういう下心があったわけじゃなくて……まったくないって言ったら、そりゃ嘘になるけど……」
僕ってやつは、言わなくてもいいことを言ってしまった。ナナ、ドン引きだろうなって思ったら、うずくまっていた。
「な、泣いちゃった? ナナ」
「……カタツムリ」
「え?」
彼女はカタツムリを拾うと、それを花のある頭に乗っけて笑った。
「この子もね、お花と一緒になりたいみたい」
「そ、そうなんだ……」
……この女の子、かなり変わってる子なのかもしれない……って、あれ? 彼女がまた消えてしまった。
「ナナ?」
「……アルム」
「あ!」
ナナがいつの間にか遠ざかっていた。そういえば、ナナって瞬間移動系のスキルかなんか使えるのかな。
僕と追いかけっこして遊ぶつもりなのかも。
それなら付き合ってやるか。そう思って追いかけると、彼女は時々消えつつも、僕の前方に姿を現した。
やっぱり遊んでるみたいだ。よーし、絶対に捕まえてやる。
「……はぁ、はぁ……」
あれから、ナナを追いかけて大分走ったと思う。
というか、この辺りの建物って見覚えがあると思ったら、以前パンを配達してたところだ。
「あ……」
狭い路地へと入っていくナナの姿が見えたので、僕はそこへ向けて歩いていく。本当は駆け出したかったけど、もうこの時点で走れるような体力はほとんど残ってなかった。
「……ナナ、待ってよ。もう僕の負けでいいから……あ……」
僕が細い通路へと足を踏み入れた、まさにそのときだった。
そこは僕の家の近所にある酒場『風の通り道』で、
バーテンダーと何か話してるみたいだ。こんな明るい時間帯から飲んでるのか。
相変わらず酒ばかり飲んでるんだな。外れスキル持ちのダメ息子の僕を追い出したから酒が美味しいのかもしれないけど。
僕は呆れつつも、そっと入口の脇に近づいて聞き耳を立てることにした。時々、内外の騒音と混ざって聞こえなくなるけど、大抵のことは聞こえる。
「うちの息子のためなんだ。アルムのために、ああするしかなかった……」
「……」
「いくらでも俺を憎んでくれてもいい。あいつが独り立ちして立派になってくれたら、それだけで俺は幸せなんだ……」
なんなんだよ、もう。
僕はその場にいられなくなって、気づけば駆け出していた。
泣くもんか。絶対……。
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