第4話 辣腕


「ふわぁ……」


「おらっ、そこのクソ新人のアルム、弛んでるぞ! もっとテキパキと働けや!」


「は、はい、ギトさん、ごめんなさいっ!」


 そこは黒蛇組の本部にある厨房。僕が欠伸したことで皿を洗う手をちょっと休めた途端、上司のギト・レヴィンから怒声とともに唾が飛んできた。


 黒蛇組の舎弟頭はシビルさんのほかにもう一人いて、カイ・グロースっていう人がそれを担っている。


 その姿は遠目にしか見たことがないけど、そういうスキル持ちなのか投擲用の小さなナイフを幾つも腰にぶら下げてて、顎の無精ひげを撫でながらへらへらと笑ってたのが印象的だった。年齢的には僕の倍くらいだと思う。


 んで、ギトさんはそのカイさん専用の舎弟なんだとか。舎弟は見習いへの指導も仕事の一部とのこと。


「よう、アルム。元気でやってるようだな」


「あ、はい、バルガスさん」


 最古参の舎弟バルガスさんに笑顔で肩を叩かれる。この人はギトさんと違って、顔が怖いだけで優しいんだ。握手したときは【武闘家】らしく握力が凄くて手が潰れるかと思ったけど。舎弟には舎弟頭専用の舎弟と自由に動ける舎弟がいて、バルガスさんは後者のほうなんだとか。


「見習いってのはきつい仕事が多いが、誰もが一度は通る道だからな。挫けずに頑張れよ、坊主」


「はい!」


 一方、シビルさんには専用の舎弟はいなくて一匹狼なのも知った。それを聞くと、僕の世話係なのもあってちょっと怖くなってくるのも確かだ。なんで僕を世話しようって思ったんだろう。


「おら、ペースが落ちてるぞ、アルムウゥッ!」


「す、すみません、ギトさんっ!」


 考え事をしてたせいか、皿洗いのペースがいつもより落ちてた。というか、なんかギトさんって気性が荒いし髪も逆立ってるし、何より威圧的な目が怖い。僕たちの失敗を見逃すまいと、一切まばたきしてなさそう……。


 それにしても、いくら見習いとはいえ、黒蛇組に入って最初にやることが皿洗いだなんてね。しかも、どれだけ洗っても汚れた食器が山盛りで、仕事が終わりそうにない。細長い流しには僕と同じ見習いたちがずらっと並び、目の前の皿を洗うことに尽力していた。


 ちなみに、黒蛇組の見習いの時給はというと、たった10ギールだ。クラインベーカリーだと時給5ギールなのでそれよりマシとはいえ、重労働すぎて嫌になってくる。これじゃ割に合わないよ……。


「いいか、なんの価値もねえクソ見習いども、よく聞け! 少しでもさぼるたびに時給を1ギール減らすからな。覚えとけよ! それと、俺に対する返事も怠るな!」


「「「「「はいっ……!」」」」」


 ギトさんの怒号に対し、僕たち見習いは戦々恐々で一斉に返事をすることになった。ただでさえ少ないのにさらに減らされるなんて死活問題だ。


 そういうわけで、【回転】スキルを使って、一度に複数回すようにして洗うとかなり効率が良くなることに気づいた。何より、回すと汚れが取れやすいんだ。途中、回しすぎたことで皿を落としそうになってヒヤッとしたものの、慣れてくるともうその心配もなくなった。


 よーし、大分捗ってきた。目に見えて皿が減ってきたこともあって、段々と余裕ができ始める。


「……」


 というわけで、僕はほかの見習いがどんな風に洗ってるのかって思い、ちらっと覗き見してみることにした。


「あ……」


 すると、見習いの中でも一際目につく存在がいた。


「ふふんふーん♪」


 鼻歌を歌いながら、軽やかに皿を洗い続ける同僚がいたんだ。一見、エルフじゃないかっていうくらい美しい顔立ちで、耳が長いブロンドヘアの少年だった。僕の先祖がドワーフなら、彼の先祖はエルフの血を受け継いでそうな感じがする。


 何より目を引いたのが、その皿洗いの圧倒的な効率の良さだ。よく見ると、手が一本多いのがわかってぎょっとした。しかも、三本目の手はどこからも生えておらず、宙に浮いた感じで皿を洗っていた。ってことは、これってスキルなのか……。


 皿洗いが終わったあと、僕は思い切って彼に声をかけてみることにした。


「あの、ちょっといいかな?」


「あ、いいよ。君って、この組に入って来たばかりだよね?」


「うん。アルム・クラインっていうんだ。君って綺麗だね」


「き、綺麗だなんて……照れるよ。僕はね、ケルン・ノアっていうんだ。アルム、これからよろしくねっ」


 笑顔で手を差し伸べてくるケルン。見下してくる感じもないし、この子となら仲良くなれそうだ。


「よろしく、ケルン……って!?」


 ケルンと握手したところ、それは例の三本目の手だった。


「あ、ごめん。驚かせちゃったね。これは僕のスキル【亜手】なんだ」


「へえ。凄いスキル……って、打ち明けちゃっていいの?」


「大丈夫大丈夫。だって所詮はユニークスキルだから、巷じゃ大外れ扱いだし、皿洗いくらいにしか使えないからね。実際、僕なんてずっと見習いだし」


「そうなんだ。でも、戦闘にも使えそうだと思うけど……」


「……そうだね。試してみたいけど、僕たち見習いには戦闘なんて任せられないみたいだよ。雑用係みたいなもんだしね。あ、君はまだをやってないんだっけ?」


「アレって?」


「あ……いや、ごめん、アルム。今のは聞かなかったことにしておいて!」


「う、うん」


 なんだろう? ケルンはしまったという表情で口をつぐみ、気まずそうに立ち去っていった。


 申し分程度の休憩時間が終わった後のこと。ギトさんの監視のもと、今度は構成員たちの部屋の掃除をさせられ、僕は目が回るような忙しさを体験するのだった。


 夕方、屋根裏部屋に戻る頃にはぐったりしてベッドに横たわるだけで、何もする気が起きなかった。なるほど、こんな感じで見習いの一日は終わっていくのか……。


「……はあ、疲れたあ……」


 というか、いくらなんでも激務すぎるよ。なんでもかんでも押し付けられてる感じだし、一日でも早く見習いを卒業したい。それにしても、ケルンが言ってたアレって一体なんなんだろう……?

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