第3話 黒蛇組
「はあ……」
まだ薄暗い早朝、近くの宿から掲示板のある広場へと向かう僕の足取りは重かった。
募集を始めてから今日で七日目だけど、今のところどこの冒険者組合からも声はかかってない。だから今日が最後のチャンスだと思う。
というのも、そろそろ宿泊費や食費が底を尽きる頃なんだ。それとは別に100ギールあるけど、このお金は組合で使うための大切な費用なので手元に残しておきたい。
まあ余計な心配なのかもしれないけどね。やっぱりユニークスキル持ちなんて誰からも必要とされてないのかな……。
「あっ……!」
僕の書き込んだ46番の掲示板を覗いてみると、返事が書いてあった。
何々……もしよければ、黒蛇組の窓口までどうぞ、という書き込みとともに、ここから組の本部がある場所までの簡易な地図が添えられてる。
確か黒蛇組っていったら、大手の黒猫組の傘下にある、かなり評判の悪い冒険者組合だ。
商業都市タオリアに幾つか存在する冒険者組合には様々な目的がある。
組合内での出世争いもそうだけど、他の組との抗争、依頼達成、周辺の治安維持、ダンジョンの攻略等。ひいては組合の繁栄のためでもある。
中には抗争すること自体が主な目的の物騒な組もあって、それが黒蛇組なんだ。
黒猫組の傘下には烏組や夜組っていうのもあるんだけど、黒蛇組はその中でも特に武闘派揃いって聞いたことがある。
ちょっと前までパンを配達してた僕が、まさかこんな危ないところから誘われるなんて。でも、折角こんな僕を拾ってくれたんだ。何より、僕はまだ実家に帰りたくはない。
怖いイメージしかない組だけど、意外と中に入ってみればフレンドリーなところかもしれない。
僕はそう思い、自分が受注したことを掲示板の管理者に告げると使用料の1ギールを支払い、46と書かれた札を手渡されて黒蛇組の本部へと向かうことにした。これで本人証明ができて、他の利用者のために管理者側によって一連の書き込みは消されることになるんだ。
「あそこか……」
人気のない曲がりくねった路地をしばらく歩いていくと、とても高い塀で覆われた三階建ての古びた建物が見えてきた。
広い庭へと繋がる門の柱には蛇のレリーフが刻まれ、奥にある鉄製の扉には黒蛇を象ったアイアン飾りがついてることから、あそこが黒蛇組の本部で間違いないと思う。
なんだか恐ろしい感じのところにへ来ちゃったなと思いつつ、僕は蛇に睨まれた蛙の如く、おずおずと体を竦めながら門を潜って中へと入っていった。
「う……」
重い扉を開けた途端、やたらと鋭い視線を感じると思ったら、悪人面の男衆が僕のほうをジロジロと見つめてきた。
怖いけど、怯んでばかりもいられないってことで僕は足早に窓口へと向かう。そこには蛇の目を思わせるような髪飾りをつけたショートヘアの女の人がいて、僕に笑顔で会釈してきた。
「こちらへなんの御用でしょうか?」
「あ、あの、掲示板に書き込んだアルムっていう者なんですけど。これが番号の書かれた札です」
「……ああ、あなたが46番のアルムさんでしたか。私は黒蛇組の受付を担当しているルネと申します。どうもよろしくお願いしますね」
「よろしくです、ルネさん!」
「では、こちらの書類に必要事項を記入してください。それと、ギルドカードとバッジの発行にあたり、少額の発行費用がかかります」
「わかりました。いくらくらいでしょうか?」
「発行費用は100ギールです。また、毎月のメンテナンス費用として10ギールがかかります」
「はい」
僕はお金と引き換えに、受付嬢のルネさんから一枚の紙を受け取る。相変わらず周りから視線を感じるので、ペンを握る手が震えてしまった。
書き終えて提出したのち、ルネさんがそれを手に奥へと引っ込んでいく。しばらく待っていると彼女が戻ってきて、掌に収まるくらいの大きさのカード、それに黒蛇の絵が刻まれた菱形のバッジを渡してくれた。
「お待たせしました。アルムさん。これがあなたのギルドカードとバッジです」
「ど、どうも!」
名前:アルム・クライン
年齢:15
性別:男
レベル:1
スキル:【回転】
所属:黒猫組系黒蛇組
役職:見習い
冒険者ランク:F
カードには自分に関する様々な情報がしっかり刻み込まれていて感動する。
「カードとバッジには、リアルタイムでの更新、追加機能があります。また、個人認証機能や覗き見防止機能もありますので、あなた以外の誰かが拾っても情報を見たり騙ったりすることはできません。本人と本物のカードやバッジが揃わなければ、これらを扱う場所で認証を受けることができない仕様なのです」
「なるほど……色んな機能がついてて便利ですね!」
「本当にそうですね。何せ、貴重な魔石を材料に職人さんたちの手によって一つ一つ丁寧に作られている精巧な魔道具ですから」
「その蛇の目の髪飾りも?」
「……こ、これは違います。ただのお洒落なアクセサリーです」
「あ、そうなんですね。とても似合ってますよ!」
「……て、照れますけど、ありがとうございます。アルムさん、もし大広場で依頼を受けましたら、こちらのほうへ持ってきてくださいね。依頼に対する評価や、成否報告等も私たちのほうで行うのでそのほうがスムーズに行きます」
「了解です!」
「もう少しで黒蛇組の集会が始まるかと思いますので、しばらくの間ホールで待機していてくださいね」
「はい、わかりました!」
とのことで、ルネさんの言う通り僕は緊張しながらも大広間へ移動し、片隅にある椅子の一つに座って集会が始まるのを待った。
お、入ってきた入ってきた。身震いするような、強面の人たちが続々と……。
大広間には50人ほどの人があっという間に集まり、そのあとみんなが出口に向かって頭を下げたので真似をしていると、いかにもオーラの強い感じの男が後から入ってくる。
人の好さそうな顔なんだけど、左目から頬にかけて斜めに深い切り傷のついた白髪交じりの男だ。みんな彼に頭を下げてることから、この人が組長なのは間違いなさそうだ。
「やあやあみなさん、お揃いのようですねえ。今日は久々に新人さんが入ったそうですから、前に出てきてもらえますかね」
「……あ……」
僕のことだと思って、ハッとして前に出る。
すると、身震いするほどの鋭い視線を周りから感じて、僕は漏らしそうになった。怖い、怖すぎる……。
「……え、えっと……ぼ、ぼぼっ、僕はアルム・クラインと申します! ユニーク系のスキルを持ってます。ま、まだ見習いの立場ですが、頑張りますのでよろしくお願いします!」
「「「「「……」」」」」
やばい。周りの人たちが黙り込んでる。滑っちゃったのかな……。
そうかと思うと、一呼吸間を置いてから大きな拍手が起きて僕は安堵した。強面の人たちだけど、今のところ怖いのは見た目だけみたいだ。
「ふむふむ、アルムさんですか。評判が何故かよろしくないうちの組ですが、構成員は他と比べても少数ですから、ユニークスキル持ちの見習いであっても歓迎しますよ。あ、申し遅れましたが、私の名はベリアス・イシュア。黒蛇組の組長です」
「……」
組長の名前はベリアスさんっていうんだね。今のところ物腰も柔らかいし、とても穏やかそうな印象。それでもどこか不気味さが拭えないのは、その纏うオーラの強さゆえか。
「では、アルムさんの教育係を誰にやってもらいましょうかねえ? 舎弟の中でも特に面倒見のいいバルガスさんに任せましょうかね?」
組長のベリアスさんは、僕の教育係をバルガスって人に任せるつもりみたいだ。どんな人だろう?
「へい、親分。よっ、アルム。俺の名はバルガス・グレステッド。【武闘家】で最古参の俺が可愛がってやるぜ、坊主……」
「ゴクリッ……」
スキンヘッドで立派な顎髭を生やした体格の良い男が、ニヤリと笑って僕を見下ろしてきた。武闘派が多いっていう黒蛇組のイメージにピッタリだ。というか、可愛がってやるっていうのも別の意味に聞こえてくるし、普通に怖いんだけど……。
「いや、待ってくれ、バルガス。そいつの世話は俺がやる」
ん、組員の中で誰かが立候補した。
「え……おいおい、シビルがやるのか。まあいいけどよ……」
「おや、シビルさん、あなたがやりますか。珍しいですね。それじゃあ舎弟頭として、あなたが新人をしっかり鍛えてあげなさい」
「……」
急転直下で僕の世話係はシビルっていう人に決まってしまった。しかも舎弟頭っていうから、舎弟のバルガスさんよりも地位が高い。
シビルさんは普通より少し長めの髪で、額に灰色のバンダナを巻いた人だ。僕と同い年くらいで凛々しい顔立ちをしている。
彼だけは強面じゃないしムキムキでもないから、ホッとしたのも束の間。
「あーあ。アルムとかいうやつ、終わったな」
「よりによって、レベル2のシビル・エルフィンが教育係とはな」
「あの有名な成り上がりの双剣野郎か……」
「え……」
周りから次々と物騒な声が飛んできたんだ。
僕はレベル2と聞いて鳥肌が立っていた。ほとんどの冒険者はレベル1から上がることができないといわれていて、レベル2自体がとても珍しいからね。レベル2は超人クラス、レベル3に至ってはモンスタークラスらしいから。
しかもシビルって人、よく見ると目つきが凄く鋭いし全然笑わないし怖すぎる……。
「アルム。来い」
「え、あ、はい!」
僕は慌てて転びそうになり、周りからどっと笑い声が上がった。そんなに笑わなくても……。
黒蛇組の本部を出て、シビルさんの背中をなんとか追っていくと、五階建ての建物に辿り着いた。え、僕ってまだ舎弟ですらない見習いなのに、こんな良さそうなところで暮らせるんだ?
彼は建物の階段をスイスイと上がっていき、最上階の部屋に案内してくれるかと思いきや、最後は廊下から梯子を伝って屋根裏部屋へ上っていった。
な、何この狭苦しい部屋……。窓もベッドもあるんだけど、大小様々な樽が置かれていて天井も低いもんだから余計に圧迫感があった。
「え、ここって……」
「……黒蛇組の寮だ。主に見習いどもが住んでいるが、今は空きがない。だからお前はこの部屋で暮らせ」
「……は、はい、わかりました……」
とても窮屈だけど、近くに住めるところがあるとしたらここくらいだからしょうがないか。
「お前、アルムとかいったか」
「あ、はい。そうです」
「鬱陶しいから俺に敬語は使うな。それと、覚悟しておけ」
「えっ…!?」
彼は覚悟については何も説明せずにその場を後にしてしまった。
いや、お願いだから後にしないでよ。ちゃんと説明してよ。僕は一体何を覚悟すればいいっていうんだ……。
途方に暮れる中、僕は屋根裏部屋から外を見つめる。窓の外はもうすっかり暗くなっていた。とりあえず、凄く睡魔が襲ってきたし、寝るとしよう……。
「っ……!?」
今、外で赤い目のようなものが光ったような。蛾の一種? それとも野良猫かな……?
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