第2話 旅立ち


「アルム、起きろおぉーっ!」


「うっ……?」


 すぐ近くから怒鳴り声がして、僕は飛び起きるような恰好で目を覚ました。外は薄暗いものの明るくなってきてるから、もう早朝に近い時間帯みたいだ。


「……と、父さん?」


 ベッドの傍らには、顔を真っ赤にした父さんがいた。


「また酔っ払って帰ってきたんだ?」


「黙れ! アルム、お前、自分が何をしでかしたのかわかってるのか? なんで今までずっと寝ていた?」


「え……えっと、昨日、ユニークスキルを獲得しちゃって、それで、やる気がなくなって……」


「やる気がなくなっただと?」


「……」


 父さんが鬼の形相で僕の顔を睨みつけてくる。こんなに恐ろしい顔をした父さんを見るのは初めてだ。一体どうしたんだろう。


「と、父さん、なんでそんなに怒ってるの?」


「バカ野郎、怒るのは当然だろう! アルム、お前はスキルが外れだったからと、そんなくだらない理由で家の手伝いを怠り、惰眠を貪るような愚行を働いたのだ。そんなに偉いご身分なのか?」


「そ、そ、それは……っていうか、それくらいのことで怒ることないじゃないか。たった一日さぼった程度で!」


「謝るどころか、開き直るつもりか。もういい。アルム、今すぐここから出ていけ! 無精者のお前など俺の息子じゃない!」


「……わかったよ。そんなに言うなら出ていけばいいんだろ!」


「わかったらさっさと準備しろ!」


 僕は父さんに睨まれながら、急いで荷造りをすることになった。


 なんなんだよ。今すぐ出て行ってやる。こんな家。


 思えば、この家に生まれて良い思い出なんて一つもなかった。パンをタダで食べられることくらいか。ただ、それだって配達を手伝わなかったら食べさせてもらえなかったけどね。


 荷造りが終わるまでの間、僕たちは一言も発さなかった。


「……さよなら、父さん。これで清々するよね」


「……」


 僕が投げやりに発した言葉に、父さんは何も返してこなかった。そんなに僕のことが嫌いなのか。


 父さんは晩年の45歳に母さんと出会って結婚している。遠い先祖がドワーフということもあってか、昔から得意な建築関係の仕事に就いていた。


 なんと、7歳の頃には既に大人顔負けの仕事をこなしてたらしい。過去に一度大きな嵐に見舞われたタオリアの街の復興にも、ほとんど父さんが関わってたとか。


 そりゃ、確かに仕事のほうはさぞかし立派なのかもしれない。でも、父親としてはどうなんだよ?


 母さんやお婆ちゃんはもちろん、今は亡きお爺ちゃん、さらには父方の祖父母は僕を可愛がってくれた。けど、父さんは昔から酒に酔って帰ってくるばかりで、ろくに遊んでくれなかったのに。


 よりによって、息子がこんな辛い気持ちになってるときだけ父親面するんだな。


 あー、本当に腹が立つ。僕なんかより父さんのほうがよっぽど偉そうじゃないか。それも、プライドの塊の頑固者だ。


 煮沸するような怒りで頭がクラクラする中、僕は歯軋りしながら勢いよく部屋を飛び出す。


 ……そうだ。家を出る前に、母と祖母に最後の挨拶をしなきゃ。


 そう思い立ってリビングへ行くと、二人とも神妙な顔つきで椅子に座っていた。


 どうやらこの様子だと、僕が家を出て行くことはみんなで話し合って決まってたみたいだね。大事なことはいつも父さんが決めてたから逆らえなかったんだろう。


「母さん、お婆ちゃん。昨日は手伝えなくてごめん。今日限り、この家を出て行くから許してほしい……」


「その前に、待ちなさい、アルム。話があるから」


「そうだよ。アルム、ちょいとお待ちなさい」


「……話って?」


「戻ってきたくなったら、いつでも帰ってきていいのよ」


「そうだよ、アルム。いつでも帰っておいで」


「……うん。ありがとう」


 母さんやお婆ちゃんの顔を見たら泣いてしまいそうだから、僕は頭を上げることができなかった。


「それと、父さんのこと、許してやって。言い方はきついかもしれないけど、アルムのためを思って言ったことだから。あの人は不器用だけど、ああいう風に怒るのは、息子のあなたを思っているからなのよ」


「……やめてよ。父さんは僕のことなんか愛してはいない」


「アルム、お願いだからわかってやって」


「……」


 そのあと、母と祖母から餞別として300ギールを渡された僕は、自宅を跡にして武具屋『アーマークライン』へと向かう。


 そのお金でまず購入したのは、練習用や護身用に使う木剣と、依頼で狩りなんかに使うためのロングソードだ。【回転】スキルに合うのは剣だと思ったんだ。


 そこは父方の祖父ドレイク・クラインが経営する武器屋なので安く買うことができた。ただ、大外れのユニークスキルを獲得しちゃったし、後者に関しては必要ないかもしれないけど。


「こほっ、こほっ……アルムや、話は聞いたよ……。いよいよ、独り立ちするらしいな。大変だろうが、頑張ってなあ……」


「はい。ありがとうございます。お爺さんも、お体に気を付けて」


「……ふぉふぉふぉっ。まだまだ、この通り、元気にしとるよ……」


「あと、お婆さんにもお元気にと伝えておいてください」


「……ああ、もちろん、マーヤにもちゃんと伝えとくよ……。こんなことなら、あいつの花屋から花束でも貰っとくんだったな……ごふぉっ……!」


「……」


 花束なんて大袈裟だし照れくさいから別にいらないけど、本当に大丈夫かな? 店を跡にしたけど、お爺さんの咳き込む声が何度も聞こえてきた。


 とはいえ、今は自分の心配をしなきゃ。まだお金は残ってるので、二週間くらいは働かなくても生きていけるけど、もう当分の間家へ戻ってくるつもりはない。


 近所に住んでる悪童たちから離れることもできるし、悪いことばかりじゃないしね。


 これから一人で生きていくために、街の中心部にある大広場へ行こうと思う。


 そこにある巨大掲示板に自分の情報を掲載し、冒険者組合に拾ってもらうつもりだ。


 ユニークスキル持ちじゃ中々声はかからないかもしれないけど、それでも辛抱強く待つ覚悟だし、どんな汚れ仕事でも頑張るつもりでいた。


 今に見てろ……必ずいつか立身出世して、僕をバカにしてきた連中を見返してやるつもりだ。


 しばらく歩くと、人混みとともに大広場と巨大掲示板が見えてきた。掲示板は冒険者協会が管理しているんだ。そこは仕事の依頼用のブースと人材募集用のブースに分かれていて、それぞれ番号で振り分けられていて、多くの人で賑わっていた。


 自然と進むスピードも速くなる。いよいよ独り立ちのときが近づいてきたかと思うと、不安よりもワクワク感のほうがずっと強かった。


 僕は広場へ到着すると、カウンターで売られている魔道具のペンを5ギールで購入し、人材募集用のブースへと向かう。


 その46番目の掲示板が空いており、僕は自分の名前や年齢、スキルの種類を添えて、『やる気だけは誰よりもあると思うので、どこでもいいから拾ってほしいです』と書き込んだ。


 24時間経つと自動的に消える仕組みとはいえ、それまでに連絡があれば問題ないし、なかったらまた書き込めばいいだけだ。さあ、あとは吉報を待つのみだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る