第105話 再集結

 11月には連休がある。今年は祝日が一日土曜日に吸収されてしまったものの、月の頭にある三連休を使って、連休の中日である日曜日に、弟のトシツグのところへと行ってきた。

 HRサクラダ駅に接した、漸く営業を再開した百貨店の地下で、可能な限り高品質な肉を購入し、人数分の材料をクルマに積み込んで、先週の焼き直しとも言えるお泊り会をしてきたのだった。

 食いしん坊のショウは贅沢な鍋料理に大喜びして、それこそ動けなくなるまで、はちきれそうになるまで腹に詰め込んでいた。

 未就学児にあんなに食べさせて平気なのかと思ったが、母親が良いというのでまぁ、そういうものなのかと納得した。そういえば、トシツグも小さい頃は随分と食いしん坊だった気がする。多分ここは親譲りなのだろう。

 ソウの実家の時とは趣向を変えて、朝食を央華風アレンジにしてみたところ、これも好評だった。リンは鳥ささみを細かく刻んで混ぜ込んだお粥に、色とりどりのおかずを乗せて食べるものが特に気に入ったようだった。

 先週に続いて可愛い甥姪に癒やされ、万全の状態で職場へ向かう。もう怖いものなど何も無い。

 その何者にも負けない無敵感は、朝のトレーニングを始めようと着替えた直後に挫かれる事となった。

『出動です。準備をしてお待ちください』

 ついに来た。内線で告げられた事実に、武者震いではなく体が震える。

 前回のアレの後なのだ。知性のある者がこちらに侵略者を送り込んでいる以上、ギリギリだった前回の異形竜よりも、更に強い竜がやってくるに決まっている。

 頭のどこかで、あれで打ち止めであって欲しいと願っていた。だが、約一月の間を空けて投入されてきた。間違いなく次も死闘になるはずだ。

 ジェシカとメイユィに声をかけて、戦闘服にコートを羽織って集合する。

 武器の修理は間に合っていない。いや、芯以外が粉々に砕けてしまったので、修理というより、新造が必要なのだ。

 以前使っていた、ジェシカたちの物よりも遥かに軽量な大太刀を握り締めて、オオイたちが降りてくるのをトレーニングルームで待つ。

 重たい扉が開かれ、三人の姿が薄暗い階段室に立っているのが見えた。

「やはり、全員で出動ですか」

「ええ。間違いなく、今回も超Gクラスです。出現地は……合衆国の西海岸です」

 合衆国、西海岸か。

 移動に時間がかかるというのも勿論憂鬱な事ではあるが、西海岸と言えば、集積回路の発達によって発展した、人口密集地の多い場所だ。そんな場所に、また。

「アトランティックとは?」

「前回と同じく、ランデブーポイントにて合流です。ファイアータウンの国際空港はあまり大きくないので、ミラマーを拠点とします」

 ファイアータウンは西海岸でも比較的歴史のある都市だ。軍事基地も周辺のあちこちにあり、合衆国軍の支援は十全に受けられそうな場所、ではあるのだが。

 滑走路に向かって歩きながら、オオイから詳細を聞く。だが、どうにも奇妙だ。

「ゼロ!?今の所、人的被害がゼロ!?どういうことですか?プタハと同じく、砂漠か荒野にでも出現したのですか?」

 少なくとも、竜が出現した時点で、その場にいる人間はほぼ全滅する。人的被害がゼロというのであれば、それはまず間違いなく人のいない場所に出現したという事になる。

「いえ、それが……出現地はダウンタウンの近く、パークの中、西よりの場所だそうです」

「は?」

 ファイヤータウンには広大な敷地を持つ公園がある。自然の部分ももちろんあるが、観光地としても有名で、通常であれば殆どの場所に必ず人がいる。まるで意味がわからない。

「あくまでも、これは合衆国からの情報です、詳細は現地に行かねばまだ分かりません」

 確かにそれはそうだ。だが、今はこれだけ情報網が発達している上、合衆国とヒノモトの間で、そんなに大きな情報の齟齬が出るとも思えない。

「ひょっとして、友好的な竜だったりしませんか?」

 恐る恐る、サカキが聞く。友好的。侵略してくる相手を友好的、というのはどうかとは思うが、懐柔策を使ってくる知能が無いわけではないだろう。

「それは多分無いよ、シュウトさん。ワタシたちとあいつらは、利害がしっかりと対立してるから」

 メイユィの言う通り、あの異形の竜が言っていた事が本当だとすると、どう足掻いても人類と新古生物は対立する。足りない資源をどう分配するかという段階において、人類と共存しながらあの巨体を大量に養える程の食料資源は、現在の所アース上には無い。

 連中が霞でも食って生きていけるのならばどうにでもなろうが、どう考えても肉食性の獣脚類は食物連鎖の頂点だ。最もコストのかかる食料資源である。

 腑に落ちないものを抱えつつも、超音速機に乗り込んでシートベルトを締める。今回も直接降下は必要無いので、パラシュートは無しだ。

 オオイたちに先行する形で強烈なGに耐え、ヒノモトを飛び出していく。ざっと計算したフライト時間は約6時間。また退屈で苦痛な時間の始まりだ。

 そう思ってため息をついていたのだが、ヘルメットから副機長の声が聞こえた。

『今回の目的地は合衆国、西海岸のミラマー基地ですが、途中、マウリで休憩と給油を挟みます。食事やその他の用事は、その際にお願いします』

 耳を疑った。休憩、休憩?休憩だ。

『え?何?どういう事?急いでるんじゃないの?』

『マウリで食事ができるのですか!?』

 二人も当然驚き、口々に疑問を飛ばす。

『現状、被災地に被害拡大の様子は見られません。アトランティックの到着も相応に時間がかかる事から、今回のみ、中間地点で小休止を挟みます』

 そういう事か、なるほど。

 確かに合衆国の西海岸ともなれば、サイクロプス島からはかなりの距離がある。

 どれだけ急いで到着したところで、合流地点で暇を持て余すぐらいならば、途中で休憩を挟んだほうが疲れも少ないだろう。合理的な判断だ。

 これが現地で甚大な被害があって、一刻を急ぐという話であればまだしも、今の所、人的被害はゼロだという話だ。理由は分からないが、神経をすり減らしてまで急行する必要は無いという事だろう。

 何にしても、あまり美味くない固形糧食での食事や、羞恥心を刺激するトイレ事情を心配しなくて良いというのはありがたい。

 のんびり昼食、というわけにはいかないが、相応の温かい食事を摂れて、スッキリした気分で移動した方が良いに決まっている。

 いつもよりも幾分楽になった気持ちで、胸の間を締め付けるシートベルトの位置を少しだけ直した。


 ミラマー基地は、航空機も多数擁する合衆国海軍が主に拠点としている。

 近隣の国際空港には滑走路が一つしか無く、また央華と違って空港封鎖まではしていないという事なので、超音速機や戦闘機を受け入れる余裕が無いのだという。

 超Gクラスが発生しているというのに悠長な事だとは思うが、物流という血流を止めれば経済という肉体が死んでしまう。特に自由主義を謳歌している合衆国で、そのような強硬策は取りづらいというのが現状なのだろう。

 我々が基地に到着すると、降り立った場所には大量の海軍兵が整列して待ち受けていた。

 ハッチからタラップに出た途端、強烈な金管楽器の合奏に出迎えられる。

『我らの女神に敬礼ッ!』

 居並ぶ屈強な男たちが、音楽の終了と号令に合わせて一斉に足を揃え、こちらに向かって敬礼した。なんだ、これ。いつもと違う。

 微動だにしない彼らに呆然としながらも、タラップを降りて滑走路に立つ。続いて降りてきたジェシカとメイユィも、今までとは全く違う空気に気圧されているように見える。

 一人の士官、階級章を見るに海軍大佐が前に進み出て、再びこちらに向かって、合衆国海軍式の敬礼をする。

『お待ちしておりました!ようこそ我らが航空基地へ!私はこの基地の司令、フランクリン・ヴィンソンであります!DDDパシフィックの皆さん、我ら一同、皆さんを歓迎いたします!』

 今までに無いパターンである。

 確かに合衆国軍は比較的我々に友好的、かつ協力的であるが、ここまでの歓迎をされたことは流石に無い。一体何があったというのだろうか。

『盛大な歓迎に感謝いたします、ヴィンソン大佐。アトランティックはまだのようですが、落ち着いた場所で待たせていただいても?』

『勿論です!こちらへどうぞ!』

 基地司令自ら、整列している将兵たちの前を横切り、先に立って歩き出す。一体どういう状況だ。

 こちらに続いて、列の先頭から二人の士官が抜け出してついてきた。階級章を見れば、これも中佐、佐官だ。高級将校の大安売りである。

 将がいないだけまだマシだが、流石にこれには恐縮してしまう。

 連れて行かれて通されたのは、将校専用のラウンジだった。外交儀礼に拘る海軍らしく、内装は非常に整っており、実用的でありながら、各国の要人を招いても失礼のない豪奢さを誇っている。

『アトランティックの皆さんは、約一時間後に到着の予定です。何かお飲み物を用意させますが、お好みのものはございますか?』

 大佐自ら御用聞きとは、なんとも厚すぎる待遇ではないか。流石にあまりにも不思議に思ったので聞いてみる事にした。

『ありがとうございます、オレンジジュースでもいただければと。ところで、ヴィンソン大佐。どうしてこのように、我々を歓迎してくださるのですか?正直な所、少し戸惑っています』

 海軍大佐はそんな事か、とでも言うように、柔和な笑みを浮かべて答えた。

『理由はいくつかあります。まずは、この、我々のすぐ目の前に、未だかつて無い巨大な新古生物が現れた事。今でこそ奴は大人しくしておりますが、我々ではどうしようもありません。あなた方は間違いなく、我らの救世主なのです。そして』

 ヴィンソンはシャッターの降ろされた窓の外を見るように視線を巡らせる。

『アトランティックも加えた、総勢7名もの女神がここに集結するのです。央華に続き、これは歴史的な出来事になるでしょう。故に、我々は女神たちに最大限の敬意を払い、盛大に歓迎せねばなりません。それと……もう一つ。これは我々の個人的感情なのですが』

 彼は立派な背もたれの椅子に、ちょこんと座っているジェシカに目を向けた。

『我が国の英雄もここにいるのです。嫌でも盛り上がってしまいますよ』

 なるほど、それもそうか。

 ジェシカの人気はDDD未発表の頃から、海兵隊を中心に、合衆国軍の中へと爆発的に浸透していった。

 海兵隊のみであったファンクラブは、いつの間にか陸海空全てに広がっていると聞く。その理由の一つに、この活発でグラマラスな可愛いジェシカが合衆国の出身である、というものがあるのだ。

 現状、竜災害による人的被害は出ていない。多少盛り上がったところで不謹慎ではあるまい、という、割とフランクな考え方だ。基本的に合衆国軍は合理性を重視する。

『我が基地のバカどもの何名かが、誰が麗しの女神に求婚するか、という事で、喧嘩まで勃発する騒ぎです。まぁ、全員が痛み分けという事で収まりましたが』

『なんだそりゃ、クレイジーすぎるぜ』

 流石にジェシカも呆れた声を発した。彼女の口の悪さもしっかりと伝わっているのか、ヴィンソンも当たり前のように微笑んでいる。

 オレンジジュースを飲みながら、聞きたいことはあるものの、全員揃ってからの方が良いだろう、と、比較的他愛もない話に終始した。

 基地司令大佐も副官の中佐たちも、大変に紳士的で会話上手であった為、落ち着いたラウンジの中、四人が到着するまで退屈するような事は無かった。


『ミサキ!会いたかったよ!一ヶ月ぶりかな?』

 部屋に入って来るなり、フレデリカが大袈裟に抱きついてきた。彼女の大仰さも、この基地の人々とそう大差無いようだ。

『久し振りですね、フレデリカ、ゲルトルーデ、ロロ。それから、ルフィナも』

『途中でいつもの足を乗り換えさせられた。合衆国の上空を連邦の戦闘機で横切るな、とな』

 それはもう、仕方がないだろう。連邦と合衆国はかつての仮想敵国同士であり、現在も様々な国で代理戦争を行っているような間柄だ。戦闘可能な航空機がどちらかの領空を侵犯すれば、どんな理由があろうとも、最悪撃ち落とされても文句は言えない。

 ゲルトルーデたちも、央華以来の再会を喜び合っている。共に過ごした時間は僅かながら、目に見えない強い紐帯が、駆逐者たちの間には存在している。

『さて、再会を喜び合うのは良いんですが、まずは目の前の問題を片付けないと。大佐、よろしいですか』

 すぐ目の前には、動かざる脅威が横たわっている。詳細を聞かねば安心して食事もできないだろう。

 こちらを微笑ましそうに眺めていた彼らも、流石に顔を引き締めて深く頷いた。

『こちらをご覧ください。現在の対象の様子です』

 中佐が持っていたタブレットを、こちらに渡して寄越した。映像は恐らくリアルタイムのドローンのものだ。

 竜の出現直後は周辺の電子機器が使用不能になるものの、規模にもよるが、ある程度時間が過ぎると復旧する。撮影用ドローンを飛ばしたり、壊れていなければ現地の監視カメラなどを使う事もできる。

 現状飛行する新古生物は出てきていないため、情報収集には、ある程度高く飛べるこの機器を使うことが多い。央華でもそうだった。

『これは、眠っている、のか?』

 フレデリカが怪訝そうに覗き込む。映像は、公園内でも比較的大きな建造物から少し離れた場所、管理された森の中で蹲っている、茶色い獣脚類の姿を映し出していた。

『わかりません。一応時折動いてはいるので、生きている事は間違いありません。この新古生物は、出現直後にこの場所に移動し、すぐに今の体勢となってじっとしています。そのため、現状人的被害はゼロという事になっています』

『周辺の封鎖は?』

『徹底しています。特にメディアが入り込もうとするので、そこは厳しくパーク全体を監視しています。このドローン以外にも、パーク内には複数監視用に飛ばしています。侵入者があれば、すぐに警告して立ち去らせています』

 迂闊に近寄って竜を刺激すれば、それこそ眠った獅子を起こす事となる。ドローンがいくら壊されようが多少のコストで済むが、人命の喪失は取り返しのつかない損失だ。

『どうする、ミサキ』

 画像を見て唸る。蹲っていてわかりにくいものの、その大きさは明らかに先の央華に出現したものよりも大きい。

 現状ドローンにも反応せず動いていないという事は、すぐに動き出して周囲を破壊し始める、という事ではなさそうだ。

『まずは、支援部隊を待ってからにしましょう。こちらは支援兵器の許可が通れば、という所ですが。アトランティックからは?』

『変わらずさ。ただ、大使館に連絡してあるので外交官は来るはずだ。面倒事が起こったら、とりあえずそちらに押し付けられる』

 なんとも頼りない応援だ。まぁ、実働部隊としては駆逐者しかいないわけであるし、ヒノモトのように新兵器を持っているわけでないのならば、政治的な処理を優先するのは合理的ではある。

『何というか、ヴィクトリア紳士的ですね』

『ジョンブルと言いたいのかい?ははっ、その通りだよ』

『開き直らないでくださいよ』

 とは言え、かの国の対応を責められたものではない。これは欧州連合の総意でもあるのだ。

 連合王国は、一時期国内から欧州連合を脱退するという話も持ち上がったものの、結局諸国から引き止められる形で国内世論を押し切った。そこにはヴァイマールやフィレンツを牽制するための、大いなる打算があったというわけだ。

『こすっかれえなあ』

『同感だ』

 珍しくジェシカとゲルトルーデの意見が一致している。元々二人はブレの大きさが違うだけで、信念は同じく常にまっすぐなのだ。

『それじゃ、とりあえずシュウトさん達を待つの?じゃあ、先にご飯にしない?』

『そうだぞ!ヒノモトには腹が減っては戦えないという言葉があるそうだぞ!』

 のんびりした事ではあるが、その方が良さそうだろう。

 あの植物由来の兵器が使えるかどうかは政治的な交渉次第だろうが、少なくとも後処理や治療がスムーズになるのであれば、あの三人を待つ方が良いだろう。

『そうですね。すぐに出動できる準備だけは整えておいて、ここは体勢を万全にしてから挑むべきでしょう』

 そう言うと、言い出しっぺのメイユィとロロだけでなく、ルフィナも口元を緩ませた。

 彼女は固い口調でクールな風を装っているが、その実、美味しいものが大好きで素直な性格なのだ。見ていればわかる。食事の時にはとっても可愛らしい雰囲気が滲み出ているのだ。

『では、お食事を用意させましょう。基地のコックが腕によりをかけて作りますので、思う存分お楽しみください』

 オオイ達が到着するには、まだ半日近くある。腹ごしらえも含めて、しっかりと準備を整えておこう。

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