第104話 仮想鍛錬

 竜災害の発生状況は現状、恐ろしい程に静まり返っている。

 前回の発生から三週間が過ぎても、Sクラス一体たりとも発生していない。

 結構な事ではあるのだが、これで終わりではない事は、各国の首脳陣や軍関係者には周知の事実となっている。

 情報が漏れていない為か、各国、世間のメディアやSNSではそれぞれ思い思いの憶測を垂れ流している。

 出撃がないのは駆逐者たちにとって大変結構な事だが、駐屯地に出てくるとやはり、どことなく緊張感が漂っている。

 一般隊員は知らされていないものの、一定以上の階級のある士官は、誰もがどことなく厳しい視線を崩せずにいる。ただ、民間人であるユリア・ヴァーチャル・テクノロジィズの社員はそこまで緊張しているわけではないようだ。

『あーっ!もうちょっとだったのに!』

 Sクラスを残り4体まで減らしたメイユィが、真っ赤に染まった画面の中で悔しそうな悲鳴を上げた。

 どうやら竜の動きにはある程度学習機能を盛り込んであるようで、毎回同じ動きでパターン化するという事を防いでいるようだ。確かにそうでなくては訓練にならない。

「メイユィ、次は私です!ふふん、どうやら10体をクリアするのは私の方が先のようですね!」

「ずるいよ。これ、ジェシカのほうが絶対に有利だし」

 軽装でじゃれている二人を見て、システムメンテナンスにやってきている三人の技術者は、だらしなく頬を緩ませて彼女たちの様子を眺めている。

「可愛いなぁ……マジで、この会社に就職して良かったわ」

「俺も。DDDをこんな近くで見られるなんて、役得だよな」

「毎回ここに来るシフトが楽しみで仕方がないよ」

 ユリアグループの一つであるこの企業の、社員の平均年齢は比較的、いや、かなり若い。業態のせいでもあるのだが、ある程度年齢を重ねて対応力が弱くなりそうになると、別の関連会社に出向する事が多くなる為だ。

 社員の歳は、上は長くても50まで、平均は30代半ばという、一般企業としては極めて若々しい会社である。

 その若い彼らは、バンカーの中に設置してあるトレーラーの尻付近に、折りたたみ椅子を並べて腰掛け、賑やかにシミュレーショントレーニングをしているジェシカとメイユィを見ているのである。

 彼らは基本的にメンテナンスと調整の為に来ているだけで、システムの操作自体は既に三人とも覚えてしまっている。つまり、故障や不具合が起きない限りは彼らにする事は特に何もなく、決まった点検作業を終えた後は、こうやって見目麗しい美少女のやりとりを眺めているだけなのだ。

「あっ、すみません。ジェシカが終わったので、次は私がやりますね」

 トレーラーの中からミサキが出てきた。ジェシカは最後で失敗してしまったのか、悔しそうにゴーグルを外したところだった。

「ああ、ミサキさん。また超Gクラスですか?凄いですね」

「クリアできないぐらいじゃないと訓練になりませんからね」

 ぴっちりとした黒い戦闘服のまま、ミサキは形の良いお尻を振りながら二人の方へと歩いていった。入れ替わりにメイユィが三人の方へと向かってくる。

「おつかれさまー。次で最後だから、終わったらメンテナンスお願いするね、お兄さんたち」

 メイユィは軽快にタラップに飛び乗ると、トレーラーの後ろから中の操作室へと入っていく。

 トレーニングが始まって、ミサキのセンサー取り付け補助を行っていたジェシカが、壁の隅の方へと退避した。巨大な大太刀を構えたミサキは、ゴーグルの向こうに見えている恐ろしい竜と対峙している。

「やっぱ、ミサキちゃんだな。あの均整の取れた体つき、清楚かつ引き締まったお顔。あの戦闘服もエロくて最高だ」

「馬鹿言え。ジェシカちゃんだろ。見ろよあのスタイル。トレーニング中もぶるんぶるんだぞ、堪らん」

「メイユィちゃんに決まってるだろ。あんなに守りたくなる子、今まで見たことないぞ」

 三人の嗜好はそれぞれ異なっているようだ。それ故に彼らがやってきたときは、しばしばこうやって意見が対立する。

「はー、でもすげえ動きだな。ぜんっぜん見えねえ」

「ケツばっかり見てるからだろ」

「お前は見えんのかよ」

「見えるわきゃねえ」

 ミサキは凄まじい速度で動き回っては、黒いセンサーのついた大太刀を振り回している。離れて見ていても、彼女がどのような動きをしているかを目で追うのは非常に困難だ。

 ミサキのつけているゴーグルの後ろ部分についていたLEDが、緑から黄色に変わった。被弾判定である。

「しっかし、あれって駆逐者でも想定上はクリア不可能な難易度だよな」

「スギタさんがそうしろって。でも、まともに戦えてるのがすげえ」

「デジタルセパレート技術の限界表現だろ?肉眼じゃ見えないはずなのに」

 被弾判定が出た後も、ミサキは動揺する事なく動き回っている。数分間も超Gクラス相手に生き残れる駆逐者がいるとは、彼女たちの身体データを受け取っていた開発陣にも想定外の事だった。

「スギタさんの技術提供も謎だよな。こんな技術、何世代も後のものじゃねえの、普通」

「だよなぁ。てっぺんの人が技術提供って、意味わかんねえよ。技術者としてもあの人、トップクラスだよな」

「その割に、新しいソシャゲはコケてなかったか?あれ、スギタさんの肝いりだろ?」

「あれは謎だよな。バランスも悪いし、新しい事なにもないし、シナリオも暗いし」

「弘法も筆の誤りってやつか。スギタさんも人間だったってことだよな」

 そんな事を話しているうちに、ミサキのゴーグルが赤い光を放った。どうやら終了のようである。

 彼女は即座にゴーグルを外し、膝をついてその場に蹲った。慌ててジェシカが駆け寄っている。

「何分経った?」

「10分弱かな。すげーな」

「ミサキちゃん、大丈夫かな。見に行った方が良いんじゃ?」

「大丈夫だって。いつもこうらしい」

 トレーラーの中からメイユィも戻ってきた。彼らの脇を通り過ぎ、ミサキに駆け寄っていく。

 心配そうにミサキの側でしゃがんでいた二人だったが、程なくしてミサキがふらつきながらも立ち上がった。二人の手を借りて、手足に付けたセンサーを取り外している。

「終わりかな。行こうぜ」

 三人も折りたたみ椅子から立ち上がって、ミサキたちの方へと向かう。彼らに気づいたメイユィが、取り外したサポーター型センサーを差し出した。

「今日のシミュレーション訓練は終わりだよ。メンテナンス、お願いするね」

「はい、お疲れ様でした。ミサキちゃん、大丈夫そうですか?」

「大丈夫です、ちょっと疲れただけですから。ありがとうございます」

 ジェシカの肩を借りて立っている彼女は、技術者たちに向かって優しく微笑んだ。

 ミサキは茶色いコートを着込んだ後、ゆっくりとした足取りでバンカーを出て行った。

「はー、たまらんな。変な性癖に目覚めそう」

「皆優しいなあ。好き」

「おい、とりあえず仕事しようぜ。異常が出てないか確認しないと」

 彼らは受け取ったセンサーとゴーグルを手に、トレーラーへと引き返していく。

 操作室に戻ってきた彼らは、画面に映っている表示を見て驚愕した。

 青い走査線を背景にした画面には、『DRAW』という文字がでかでかと残されていた。

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