第102話 突きつけられた現実

 検査の結果、週末を前にして採卵は実施される事になった。

 木曜日の朝一番にトリガー注射を射たれ、今日一日と明日、それから週末はできるだけ安静にしているようにと言われ、研究室から地下へと戻る。

「おかえり!ミサキ!検査、どうだった?」

「問題なさそうです。検査は今週で終わるそうです」

 待ち受けていた二人に、笑顔でそう説明する。

 二人には、この検査は妊娠が可能かどうか調べるものだ、と嘘をついた。

 ソウとの子供が欲しいので、竜災害が落ち着いた今、精密な検査をマツバラにお願いしたのだ、と言ってある。

 注射に関しては、生理周期を安定させるものだと言っておいた。これは実際にその目的で使われる事もあるとマツバラが言っていたので、嘘というわけではない。

「そっかー、いいなあ、ミサキ。ワタシもシュウトさんとの赤ちゃんが欲しい!」

「メイユィはまず、シュウトと結婚すべきです。結婚前に赤ちゃんを産むのは、健全ではありません」

「そうだね!でも、今は難しいかなあ」

 聞けば、メイユィはサカキと結婚式を挙げたいというのである。

 流石にこの大変な時期に堂々と大っぴらに、しかも広報の人間と、となると、内外から批判が巻き起こること必至である。故に、サカキ本人から理由を説明され、もう少し待とう、という話になったそうだ。

「でも、メイユィ。サカキさんのご両親にも会わないといけませんよ」

「うん。その時は紹介するって、シュウトさんが」

「ヨメとシュウトメ。終わりのない仁義なき戦い……頑張ってください、メイユィ!」

「え?なにそれ。意味がわかんないよ?」

「ジェシカは一体どこからそんな知識を仕入れてくるんですか……」

 話がすぐにとっ散らかる。微笑ましくもあるが、少し彼女の将来が心配になってくる。

「ミサキはどうなのですか?シュウトメとの折り合いはいかがですか?」

「折り合いもなにも、普通にしてますよ。週末も遊びに行く予定をしていますし」

 採卵が間に合ってよかった。週末にかかるようだと、どんな理由をつけてキャンセルしようかと頭を悩ませるところだった。この辺りは、マツバラが良く考えて計画していたのだと考えられる。計画の内容は兎も角として、彼女はやはり患者のことをしっかりと考える医者なのだ。

「そうなのですか。つまらないです」

「いや、つまらないって。仲が良いに越したことは無いでしょうに」

 そもそもソウとこちらをさっさとくっつけようと画策していたのは、その姑であるハルコだ。子供の頃から良く知っていてお世話になった人でもあるし、少々強引な所がある以外は問題なく、関係は良好である。

「ミサキ、ソウさんのお父さんとお母さんって、どんな人なの?」

 メイユィが目の前のバーを手前に引き寄せながら聞いてくる。こちらは運動を控えるように言われているので、今日は彼女たちの監督者である。

「そうですね、お父さんは国会議員で、落ち着いた優しい人ですよ。お母さんは積極的な人で、ちょっと料理が下手ですけど、こっちも優しい人です」

「国会議員!官僚!悪の巣窟!」

 またも拳を振り上げたジェシカを半眼になって睨む。

「ジェシカ。フィクションはフィクションです。あんまり本人の前で言っちゃ駄目ですよ?サカキさんだって外務省の人なんですから」

「わかっています!でも、ソウはそんなに偉い人の息子だったのですか。全然見えません」

「ああ、まぁ、それはそうですね」

 とても良い所のおぼっちゃんには見えない。適当で、ちょっと理屈っぽい、そこらへんにいるような普通のおっさんである。

 勿論年齢よりも若く見えるし、顔も父譲りで相応に整っている。だが、見るからにイケメンなサカキのようなタイプではない、どちらかといえば平凡な人間だ。

 しかし何故か、彼は最近は少し若返ってきているように見える。理由を聞くと、可愛いくて若い嫁がいるからに決まってるだろ、と抱きしめられた。なんだか誤魔化されているような気分である。

「あっ!ミサキ、今、ソウさんの事考えてる!」

「本当です!何を考えていたのですか、白状してください!」

 何故わかるのか。二人はエスパーか何かだろうか。

「いや、ソウの話をしていたんですから、ソウの事を考えるのは当たり前では?」

 普通に考えれば当たり前の話である。話題の人物の事を考えるのは至極当然であり、連想上何も問題ないはずだ。何故吐けとまで言われねばならぬのか。

「でも、嬉しそうなピンク色のオーラが出ていたよ」

「ミサキはソウの事を考える時、頬の筋肉が僅かに独特の緩みをするのです」

「なんですかそれは。その能力をもっとこう、別の事に活かせないのですか」

 というか、表情筋の変化は兎も角、オーラとは何だ。しかもピンク色って、見えるのか。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。

 しつこく絡んでくる二人に、そちらはどうなのかと切り返すと、今度はメイユィが身悶えして惚気けだす。

 しかも赤裸々に行為の時の会話なんかを語りだすものだから、慌てて遮って止めざるを得なかった。

 二人がぶうぶう文句を言い出したので、昼の支度をするから、と逃げ出して、どうにか話を打ち切った。最近どうも、二人が自分の手に負えなくなってきている。これはリーダーとしては問題なのではなかろうか。



 無言のまま、マツバラの後ろについて研究室への階段を上がっていく。

 ここ数日、毎朝訪れていたのだが、昨日までとは時間帯が違う。

 時刻は現在午後2時。帰宅時間にはまだ少し早い。一応その時間までに終わるとの事なので、荷物をまとめて、昼寝に入る前のジェシカとメイユィに、早退する、と言って出てきた。

 以前、『ゾーン』での実験に使った部屋で、手早く水色の手術着に着替える。

 下の下着は脱いだまま、すっぽりとした貫頭衣のような手術着は、相変わらず寒々しい不安を下半身から忍び寄らせてくる。

「こっちに寝て。点滴で麻酔を入れるから」

 つるつるとした手術台のような、一応クッションの効いたベッドに寝かされる。サイズが小さく、足の膝から下がはみ出してしまう。

「小さくないですか?」

「これでいいの。今、麻酔科医が来るから」

 扉の無い部屋は半分開放状態で、廊下を通れば中は丸見えだ。

 部屋自体に窓は無く、周囲を覆っているのは石膏ボード製のパーティションだけ。まるでなにかの昆虫の巣のようでもある。

 医療機器だけは異常に揃っている。壁際の棚には、見えるだけでも何に使うのか分からない器具がずらりと並んでいる。

 点滴用のスタンドをマツバラが持ってきたと同時に、扉の無い入口から白衣の男性が入ってきた。

 背の高い東洋人で、天然のくせっ毛らしい髪は短く刈られている。

 彼はベッドの脇に立つと、無言でこちらの静脈を探り当て、迷う事無く点滴用の針を刺して固定した。

『点滴麻酔など、必要なのか?採卵だろう?』

『必要なの。黙って手伝って。モニタと器具の準備するから、あなたは自分の仕事をして』

 くせ毛の男性は少し肩をすくめると、点滴の薬剤を確認して手元のタブレットに何事か書き込み、しゃがんでこちらの脈や結膜の様子を見た。

 マツバラはガラガラと大きな台車に乗せた機器を引っ張ってくる。検査の時にも使った超音波モニターと、直立するさすまたのような先端をした、ステンレス製らしき柱を二本。

 彼女が準備をしているうちに、他の研究者たちが部屋に入ってきた。

 男性二人に女性一人。年齢も人種もバラバラなかれらは、ベッドに横になっているこちらをちらりと見てから、連合王国語でマツバラに話しかけている。

 話の内容は主に採卵の手順と、どれぐらいの数を確保すれば、どういった用途に使うか、という事らしい。麻酔が効いてきて、会話のつながりが頭に入ってこない。

 声の調子は極めて落ち着いていて、特別な何かをする、というような印象は受けない。

 時折聞こえてくる連合王国語が遠のいていき、その感覚が長くなる。視界が暗くなり、落ちていくような感覚と共に意識を失った。



「よう、俺」

 また、お前か。

「まただよ。俺だからな」

 こいつの正体はだいたい分かった。私の中にある、竜の因子とやらだ。

「そうかもな。そうじゃないかも」

 だったら何だというのだ。

「俺はな、封じ込められたお前だよ」

 封じ込められた。何を封じているというのか。

「自覚無いのかよ。まぁ、ねえだろうなあ。聖人君子のミサキちゃんにはさ」

 私は聖人君子なんてものではない。腹も立てば怒りもする。

「そうだな、怒ってるよな。でも、それは表に出てこない」

 出して何の意味がある。怒りを表に出して、事態が好転する事などまずあり得ない。

「そうでもねえよ。少なくとも自分の意思は伝わるだろ」

 伝えたところでどうするんだ。どうせ、何も変わらない。

「お前を見る目は変わるんじゃね?」

 変わるだろうな。悪い方に。

「それの何が悪い?」

 悪いに決まっている。嫌われるよりは、何とも思われない方が良い。

「何とも思われてないってそれ、人として見られてないよな」

 極論だ。私は人だ。客観的事実を変えられはしない。

「ははっ、お前が人?本当に周囲の人間がそう思ってるってか?」

 そうだろう。どう見ても見た目は人間だ。そして私は人のために戦っている。

「まぁ、そう思うんならさ、聞いてみろよ。私は人間ですかって。じゃあな」



 意識が覚醒した。

 重たい瞼がうっすらと開くのが分かる。白い研究室の天井が見えた。

『流石に手慣れてるな、ヒトミ』

『私が今までに見た、どのドクターよりも上手よ』

 連合王国語での会話が聞こえる。

『それにしても、ここも人間と変わらないんだな』

『ちょっと、静かにしてくれる?だからジャニスとアレックスだけでいいって言ったのに。見たいというのなら、せめて邪魔はしないで』

 ここ。ここ人間と変わらない。つまり、自分は人間ではない、とかれらに認識されているのだろう。そして、ここ、というのは。

 目線を下に下げると、捲れ上がった水色の手術着の下に、同じ色のラバー製のカバーが掛けられている。

 大きく広がったカバーはこちらの視界を遮っているが、自分が今、どのような体勢をしているのかは理解できる。

 両方の後ろ足首が何かで支えられている感触がある。つまり、両方の足を持ち上げられ、股を大きく開いた状態で、ベッドに仰向けに寝かされているのだ。

 ベッドが小さかった理由が分かった。足先までベッドの丈があっては、作業の邪魔になるからだ。この場合の作業とは、つまり、採卵。吸引用の注射器を膣から入れ、卵巣から卵子を採取する作業。

 自分の中に、何か異物が入っているのがわかる。そして、麻酔が切れた事による痛みもある。

 内部を突き刺されているのだから痛いのは当然だ。じわじわと、ずきずきと、彼にしか傷つけられた事の無い場所が痛む。

『ジャニス、培養器の準備』

『オーケー、いつでもいいわよ、ヒトミ』

 注射器らしきものが自分の中から引き抜かれるのを感じた。若干の開放感と共に、液体が肛門の方へと流れ出てきている感触がある。

『血が出てるな、バージンじゃあないんだろ?』

『針を刺したんだから当然だろ。しかし、へえ、こうやって採るんだな』

『しかし、小さいな。こんな大きさの所に、あの馬鹿でかい新古生物はどうやって挿れるつもりだったんだろうか』

『形状変化じゃないか?も声帯を変えて会話したって話だし』

『なるほどな、あそこの大きさも自由自在か。羨ましいねえ』

『お前のじゃあぐらいが精一杯だもんな』

『ちょっと、あんたら。下らない話するなら追い出すよ』

 ここ、だの、これ、だの、まるで物扱いだ。

 マツバラも敢えて彼らの発言を訂正しようとしない。研究者同士、関係性を悪くしたくないというのはわかる。だが。

 じわりと視界が揺らいだ。情けなくて、悔しくてどうしようもない。

 自分はこんな人達に、身を削って生殖に使う大事な細胞を提供している。

 他に手が無いのは分かっている。これは仕方のない事なのだ。だが、それにしてもあんまりな言い方ではないだろうか。

 彼らはこちらが目覚めている事に気が付いていない。少しでも下半身に張られているラバーからこちらに顔を覗かせれば、自分が聞いているという事に気がつくだろう。

 だが、彼らはこちらの下半身をずっと見ている。自分以外には、彼にしか見られた事の無い場所を、広げ、中まで、カメラを通して。

 嗚咽を必死に押し殺して瞼を閉じる。当然のように張力限界を迎えた雫が、目尻からこぼれだして耳まで濡らす。

 早く終われ。こんな屈辱的な事、早く終わってしまえ。

 もう片方の卵巣から自分の大切な細胞が取り出されるまで、下唇を噛みながら、彼らの言葉を頭から追い出し続けた。


 採卵は滞り無く終わったようだった。

 股間をひんやりとしたもので拭かれ、柔らかいパッドのようなものが貼り付けられている。マツバラとジャニス、アレックスだけがその場に残り、残りはこちらの顔を一瞥すらせずに帰っていったようだった。

 ようだった、というのは、ずっと目を閉じていたからだ。目を閉じていたって、誰が何をしているのかぐらいは分かる。なんなら足音の向かった方向から、彼らが今どの辺りにいるのかさえ把握できる。

 足首を固定していたバンドが外され、漸く屈辱的な格好から戻される。同時に下半身を覆っていたラバーが、かれらの視界を遮るのをやめた。

 三人が動揺するのが分かる。心拍数が上昇し、息を呑んだ音まで聞こえた。

「カラスマさん……」

 目を閉じたまま、何も答える気になれない。多分、今口を開けば、彼らに対する罵詈雑言を吐いてしまったり、悔しさのあまりここに残った三人にも食ってかかってしまいそうだったから。

『馬鹿な、麻酔が効いていなかったのか?駆逐者向けの、三倍濃度だぞ』

『あ、私、培養の準備しなきゃ。ヒトミ、アレックス、後はよろしく』

 ジャニスは培養器の乗った台車を押して、扉のない入口を出て行った。

「カラスマさん、聞いてたの?」

 答えない。答えられない。

 聞いていたと答えたら、この二人はどんな顔をするだろうか。

 気まずい表情をするだろうか。それとも、開き直るだろうか。

 怖くてとてもそんな事をする気になれない。だって、開き直られたら、もう、戦う気力が出てこなくなりそうだから。

 くせ毛のアレックスがこちらの脈を取り、指先で瞼を持ち上げた。意思のある瞳孔で、無愛想な研究者の目を覗き込む。

 彼はひっと息を呑み、副作用はなさそうだ、とだけ言って、ジャニスと同じ様にさっさと出ていってしまった。

「……カラスマさん」

「熟練の麻酔医でも、駆逐者の適応力は把握できなかったみたいですね」

 点滴での全身麻酔は、常に血液の中に一定濃度の薬剤が投入され続ける状態だ。

 経口投与や静脈注射による瞬間的な増加量よりも、継続的でより順応しやすい。我々は、薬剤を使われる度に耐性を獲得していく。点滴による全身麻酔は失敗だったようだ。

「採卵は成功ですか?」

「まだ、わからない。培養液の中を確認して、卵子の状態を見るまでは」

「そうですか」

 失敗だったとして、再度の要望に自分は応じられるだろうか。今の気分のままであれば、絶対に無理だという事だけは分かる。

 滅びてしまえ。

 人外に頼らないと生きていけないくせに、その人外を物扱いして、便利な道具のように扱って。

 ここも人間と変わらないだとか、ここぐらいが精一杯だとか、言いたい放題だ。

 例え聞こえていなくとも、普通、医師は手術中にもそんな言い方はしない。麻酔が効いていても、患者の意識に残っている可能性があるからだ。

 つまり、かれらは医師ではない。ただの研究者、人外の物体を取り扱う研究者だ。

「カラスマさん、ごめんなさい。彼らは口が悪くて」

「口が悪いとか、そういうレベルですか」

 悪いのは口じゃない。彼らの意識の問題だろう。結局、自分は彼らに人間だと認識されていなかったという事になる。

 この研究所にいれば、自分達のサンプルは使いたい放題だろう。更に言えば、近くの山の中には生きた恐竜までいる。新古生物の研究環境としては、これ以上無い場所だ。

 そしてその環境に浸っていると、どうやら扱っているものが、意思のある、知性のある存在だと認識できなくなってくるらしい。罪悪感を薄れさせるための防御反応なのか、あるいはただの慣れなのかはわからない。だが、今日、それが目の前に、無惨にも突きつけられた。

「安心してください。別に戦うのをやめたりしませんから」

 守りたいのは彼らではない。自分には大切な人たちがいる。その人たちを守る為、ついでにあいつらも守ってやっているだけだ。

「ごめんなさい」

 マツバラが項垂れている。彼女も、自分の守りたい人の中に入っている。入っていた。今は、どうだろう。

 半端なベッドから宙ぶらりんに出ている足が気になって、起き上がった。ベッドに腰掛け、そのまま立ち上がる。意識ははっきりしている。麻酔は残っていない。足元もふらつきもしない。

 涙の跡をごしごしと拭って、脇に置いてあったカゴに近寄って手術着を脱ぎ始めた。マツバラは立ったまま、項垂れたままだ。

「謝らなくていいですよ。別にマツバラ先生が悪いわけじゃないですから」

 本当にそうだろうか。

 彼女は何故、あのような研究者らの立ち会いを許可したのだろうか。

 麻酔医と培養士だけで良かったのではないだろうか。

 最初は彼女もそのつもりだったようだが、結局は採卵の様子を見せる事となっている。こちらの、大切な部分を晒す行為だというのに。

 そんな事は無いと思いつつも、どこかでマツバラが先程の研究者達と同じく、自分の事を人間扱いしていないのではないか、との疑念を持ってしまう。どうしても、信じきれないでいる。

 下着を身に着け、洋服に袖を通し、スカートを身に着ける。随分ともう慣れた動作だ。

「このパッド、どれぐらいつけていればいいんですか?」

 生理用品よりも大きく、ごわごわとしている。小さな下着を押しのけているので、少し気持ちが悪い。

「出血が止まったら外していいよ」

「そうですか」

 それならば、とその場でもう一度脱ぎ、僅かに血のこびりついたそれを外した。内向けに折りたたみ、近くのゴミ箱へ放り込む。

 こういった物は医療廃棄物として捨てなければいけない。普通のゴミとしては出せないものだが、研究所の廃棄物は殆どがそれだろう。問題はない。逆に自宅へ持って帰って、燃やすゴミとして出す方が問題がある。

 出血など、とうの昔に止まっている。彼らの言う通り、自分はもう人間ではないのだ。

「帰ります。お疲れ様でした」

 出入口に向かう。自分のすべき事は終わった。もうこんな場所に用は無い。

 部屋を出る時、マツバラがもう一度だけ言った。

「ごめんなさい」

「謝らなくて良いと言いましたよ」

 振り返らずに、そのまま昆虫の巣を後にした。

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