第96話 共有と考察
異形の竜は、首を切り落とされても尚、生きていた。
血流が収まらないまま、警戒しつつ転がった頭部に近寄る。
しぶとい生命力を持った生物だが、流石に頭を失って生きていられる脊椎動物は知らない。一応この古代の生き物もその例に漏れず、生命活動は徐々に弱まっていく。
巨大な頭に近づくと、その竜は朦朧とした視線をこちらに向けた。
何事か言おうとしたのか口蓋が僅かに動いたが、音を発する声帯が無かった為、何も聞こえなかった。
そのままじっと見つめていると、段々とその生気は失われてゆき、そして完全に瞳孔が拡張した状態で動かなくなった。血液の亢進も収まっていく。
『ゾーン』を解いてその場に膝をついた。ぐるぐると世界が回っている。
全身に力が入らず、遅れて疲労と苦痛が一度に押し寄せてくる。
脳内麻薬の分泌で抑えられていたものが一気に噴出し、恐ろしいまでの吐き気と頭痛、全身の筋肉痛と倦怠感が身体を苛んでいる。
「ミサキ!大丈夫ですか!」
真っ先に駆け寄ってきたのはジェシカだった。膝をついたこちらの肩を支えてくれている。
「無理をしすぎました。ですが、勝ちました」
舞い上がっていた粉塵が、高地特有の風に吹かれて視界が戻る。すぐに他の仲間もこちらへと駆け寄ってきた。
『ミサキ!すごいじゃないか!あれが君の切り札かい?』
『とんでもない動きをする奴だな。フレデリカの時も驚いたが、ミサキはそれ以上だ』
『あんな隠し玉を持っていたのか。私も使いたい、教えろ』
『ゲルちゃんの剣、物凄い音してたぞ。あんな力で叩いて大丈夫なのか?』
一度に言われても答えられない。全員の声が耳鳴りと同時に脳内に反響して、頭痛がひどくなる。
『おい!ちょっと静かにしろ!ミサキはこいつを使うと動けなくなるんだ!』
ジェシカが怒鳴ったが、その大声もきつい。近くに居るものだから余計に響く。
『ミサキ、シュウトさん達が迎えに来るって。ジェシカ、背負ってあげて』
有無を言わせずに身体が持ち上がった。引き締まりつつも柔らかい背中に乗せられ、腕が前に回る。
落ちないように自分の手首を握ったが、あまり力が入らない。それに、ジェシカの大きな胸が戦闘服越しに腕に当たっていて、何だか妙に落ち着かない。
ジェシカはこちらを背負ったまま、他の皆と一緒に、壊れていない道路まで引き返した。
武器はロロとゲルトルーデが回収してきたようだが、多分、二人の武器と自分の大太刀はもう使い物にならないだろう。
両刃の剣を思い切りハンマーで打ち付けたせいで、恐らく剣の刃は潰れ、ハンマーには亀裂が入っている。
自分の大太刀に至っては、間違いなくもう粉々だ。手から伝わってきた感触と音から察するに、最早修復できるレベルの損傷ではないだろう。
時間の感覚が定かでない中、遠くから車輌とヘリの音が聞こえてくる。
回転翼機の音と空気の振動が今の身体には辛いが、これを聞くと終わったのだ、という、妙な安堵感がある。ある種の条件反射のようなものだろう。
けが人同様の扱いでストレッチャーに乗せられ、運び込まれたのはなんと、少し前にメイユィが滞在していた部屋だった。いかがわしい事に使われる場所に運び込まれた事に、若干の抵抗感が頭をもたげてくる。
身体を酷使し過ぎたせいか、歩けるようになるまでの回復が遅い。やはりあの状態になっている時間と回復速度は、概ね反比例の関係にあるようだ。
こちらが回復するまでの間、残りの6人は順番に部屋にある浴室を使っていた。
殆どの者は、変わったものがある浴室だな、という感想を漏らしていたが、一人だけそれが何のためにあるのか、というのを知っているフレデリカだけが、複雑な顔をしてこちらに苦笑いを投げかけていた。
流石に全員の入浴が終わるまでには立って歩けるまでに回復したので、こちらもこびりついた各種の粉塵や汗を流す為に、浴室へと向かう。
介助しようかというフレデリカの申し出を丁重にお断りして、戦闘服の締め付けを緩め、全裸になって特殊な浴室へと入った。
熱いシャワーを浴びながら、大きな姿見に映っている自分の全身を眺める。
地面に叩きつけられた時の打撲や擦過傷は、既に綺麗に治ってしまっている。
こびりついていたのはあの竜の血と、それに付着したアスファルトや土、それから僅かにあの赤い植物の種子の粉末。あの竜は、確かクラメアの種、と言っていたか。
竜の細胞に炎症反応を起こさせる効果があり、偶然見つかったものだと聞いている。
短期間の促成栽培と遺伝子操作で品種改良を重ね、より刺激を大きくしたものを、新古生物に対する牽制兵器として作り出したものだそうだ。
ただ、ヒノモト国外にはあまり見られない植物らしく、特定外来種の侵入を恐れた国では、その使用が許可されないのだと言っていた。今回使えたという事は、央華がその許可を出したという事だろう。ついでにヒノモトのドローンの飛行許可も。
湯と泡で洗い落とされた自分の肌は、透き通るように美しい。鏡に映っているのは、黒く艷やかな長い髪に、上を向いた形の良い大きな胸、引き締まった腹部にくびれた腰。そこから女性らしく丸みを帯びた下半身に、すらりと長い両の脚。
見慣れた姿なのだが、何度見てもこれでもかという程の美しい肢体だ。今の時代、ヒノモトの大多数の男を、最大級に惹き付けるような姿だと言っても良い。
思えば駆逐者各々が、それぞれの人種、国によって違いはあるものの、皆特徴のある美しい容貌と身体をしている。メイユィの胸が比較的小さいのは、確か央華では昔、胸はあまり大きくないほうが、足が小さい方が美しいという概念があったからのような気がする。今はそうではないので、流石にちょっと無理がある気もするが。
ひょっとしてこれも、『じじいの撒いた種』のせいなのだろうか。抽象的だが、あの竜の言っていた話を総合すると、どうにもその疑念が
いずれにしてもあの竜との会話内容は、オオイやマツバラと共有しておく必要があるだろう。当然、アトランティックにも細かく説明しておくべきだ。
しかし、竜と会話ができる、なんて言ったら、また魔女だ化け物だと言われてしまう。公開するかどうかはさて置き、事実を知られてしまえば、またこちらに対する視線の質が変わるのは間違いない。
浴室を出て、棚にあったバスタオルで全身を拭いていく。再び戦闘服を着用しようとして、竜の血と粉塵で汚れたそれを着けるのに抵抗が生まれて躊躇した。
着替えは『紫電』の中だ。ここが空港であれば誰かに言って持ってきてもらうところなのだが、もしかしたらサカキかマツバラが気を利かせて持ってきてくれているかもしれない。ジェシカかメイユィにお願いして、聞いてきて貰えば良いか。
バスタオルで前を隠した状態で、広い脱衣所を出る。どうせここにいるのは女ばかりだ。多少裸を見られたところでどうという事は無い。
「メイユィ、すみませんがサカキさんに言って着替えを……」
浴室から出たところで、すぐにメイユィの後ろ姿が見えたので声をかけた。だが、その彼女が向いている方に。
「ミサキ?あ、ああっ!ダメ!シュウトさん!見ちゃだめ!」
あろう事かそのサカキ本人が、部屋の中に入り込んでメイユィと話をしていたのだ。当然、こちらの呼びかけに反応して、彼は視線をこちらへ向けた。
一応胸から下はバスタオルで隠してはいるものの、少し動けば見えてはいけないところが見えてしまうような格好だ。慌ててそのまま後退りして、脱衣所の扉を勢い良く閉めた。
おかしい。なんだか以前にもこんな事があったような気がする。
結局、着替えは、というか、荷物は全てサカキが気を利かせて持ってきてくれていた。
三人とも戦闘服から私服へと着替え、早めの夕食にする為に、街で一番大きいとされているレストランへとやってきていた。
まだ解除されていない戒厳令下でも店は開いていたのが不思議だったが、どうやら軍人や役人、党の人間も利用するため開店していたらしい。中々商魂逞しい事だ。
大人数での会食用に使う個室の中、巨大な丸いテーブルを囲んで、我々駆逐者の七名に加えて、ヒノモト外務省のサカキ、研究者のマツバラ、DDDパシフィック監理官のオオイを入れた総勢十名で、所狭しと並べられた央華料理に箸を伸ばしている。
『アトランティックからは、誰も応援は来ていないんですか?』
こちらの面子ばかりになってしまった。費用は折半するとの事なので、人数が多い分、分配的にはあちらが損をしてしまう事になる。
『欧州連合の重鎮達は腰が重くてね。手が長いのだから良いだろう、と、全部僕に丸投げさ。ミサキ達が羨ましくなるよ』
連合王国出身のフレデリカの言葉に、連邦出身のルフィナも頷く。
『こちらもそうだ。というか、我が祖国の人間は、あまり私に近寄りたがらない』
放任主義の欧州連合に、駆逐者を恐れて近寄らない連邦。大丈夫か、それで。一応サイクロプス島にある本拠地では担当者がいたようだったが。
『まぁ、それが有効に働く時もあるんだがね。今回も恐らくそうだと思うよ、ミサキ』
取り皿の上で、生春巻きをナイフとフォークで上品に切り分けながらフレデリカが言う。いや、なんでそんな食べ方をしているのだ。
違和感はあるものの、食器自体はレストランが出してきたのだからまぁ、いけない事ではないのだろう。メイユィだけは不思議そうにしているものの、他の全員、特にその作法に頓着した様子は無い。
『ミサキさん、竜と話した、という事だそうだが。知性があったという解釈でよろしいか』
相変わらず硬い連合王国語のオオイに頷いて答える。
『意思疎通はできました。印象としては若干古めかしい態度、という感じですが、連中の目的についても多少、聞き出せました』
『目的ですか?つまり、この竜災害はその竜の意図があって発生していると?』
レンゲで央華風あんかけオムライスを掬ったサカキが、少し眉根に皺を寄せて言った。
人為的、いや、この場合竜為的、という事になるのか。明確な意図をもって引き起こされているというのは間違いない。何故ならば。
『あの超Gクラスの竜は、他の知性の無い恐竜たちの事を、尖兵と呼んでいました。どうやら、こちらを侵略するための試験石として投入していたようです』
そう応えると、マツバラが慌てたように箸を置いて言った。
『ちょっと、それって。試験石を送り込んで様子を見ていた、という事は、何らかの観測手段を持ってるって事?とんでもない科学力だよ、それ。今分かってる事は、あの恐竜達は、恐らく次元転移で現れてるって事になってるから』
『次元転移?』
分かっていない人間を代表して、包子を持っていたメイユィが首を傾げて聞き直した。
『そう。なにもない所から、突然質量を持って現れてる。基本的にこれは三次元、つまり我々の存在する空間ではあり得ない現象なの。私は遺伝子工学が専門だからあんまり詳しく無いんだけど、要するに、違う次元を経由して送り込まれてきてるって事』
それ自体がまるでサイエンスフィクションそのものだ。現代の科学力では絶対に不可能な事である。
『なあ、それってさ、移動自体もクソ高度な話なんじゃねえの?』
そうマツバラに聞いたたジェシカは、また大きな肉団子を二つ、フォークで突き刺して頬張った。
『そうだよ。だから、説明のつかない災害だって事になってたのに、意図的に?確実に今のアースの科学力を上回ってる。それを、あんな手先もまともに使えなさそうな爬虫類が』
SFだと、大掛かりな転移装置を膨大なエネルギーで動かして、とかいう展開になる話である。あの鋭い爪を備えた指先で、そんな細かい工業製品が作れるはずがない、と言いたいのだ。
『別に機械で行う必要は無いのではないか?これは例だが、たまたま発生した自然現象を利用しているとか、或いは科学技術の発展が我々とは違うルートで進んでいるとか』
ルフィナはそう真面目な話をした後、手元の米料理を大きく掬って口に入れた。どうしても隠し切れずに美味に綻ぶ顔。とても可愛らしい。
『それは……でも、そんな自然現象は確率的にあり得ないし』
『うむ、だから、例えばの話だ。実際に竜が転移してきている以上、方法が思い浮かばないのは、こちらの想像力が足りていないだけなのだろうが』
その方法に考えを巡らせても、今は答えの出ない話だろう。そもそも次元転移などというとんでもない超技術、自分達にもできない事の可能性を考えるというのは、時間の無駄に等しい。言い方は悪いが、馬鹿の考え休むに似たり、だ。
『でも、待ってください。てことは、ある程度出現に法則性があったのも、恐竜側が調整して行ってたって事で辻褄が合いますよね。それに、段々と数が増えてきているのも』
『そうだね。僕らが次々に倒すもんだから、より多く、強いものを投入してきている、という事だろう』
より多く、そして強く。今回の知性ある竜が現れたのは、その途中だという見方もできる。だとすれば。
油でテカった青椒肉絲を頬張る。ヒノモトのものと味付けは少し異なるようだが、味が濃くて非常に美味い。飯と一緒にいくらでも食べられそうだ。
料理は美味い。笑顔にもなろう。しかし、これから言う事実はかれらにより深い絶望を与えることになる。
だが、黙っているわけにはいかない。咀嚼し飲み込んで、意を決して発言する。
『今回現れた竜は、言語を持っていました。言語というのは、同種とのコミュニケーションに使うものです』
今までそれを考えないようにとしていた場が凍りついた。ただ一人、ロロだけが忙しく匙を動かしている。
『話す相手がいるってことかー?そりゃそうだ、独り言ばっかりじゃつまんないぞ』
『待て、そうか、という事は、ミサキ。今日のあれと同じような存在が、まだやってくる、という事か!』
箸を握り締めているゲルトルーデに頷き返す。食事の手を止めてしまったサカキもマツバラも、顔が真っ青だ。
『早急に対策を練る必要がある。各国の軍や研究者、為政者も巻き込んでの議論が必要になるだろう。戻ったら早速、上にこの話を申し上げる。ミサキさん、報告書は迅速に頼む』
少しやぶ蛇だったか。だが、それは仕方がない。
『映像も同時に見せた方が良いでしょう。私が竜と話をしている所も入っているはずです。もしかしたら、言語の解析ができるかも』
そう言うと、マツバラが不思議そうに聞き返してきた。
『言語の解析、って。カラスマさん、あれと会話してたんじゃないの?カラスマさんは、言語体系を理解しない状態で意思疎通を?』
『それなんですが』
苦味の強いビールで口の中の脂を洗い流して続ける。
『非常に感覚的に会話をしていたものですから、単語や文法がどうの、と聞かれても説明ができないんです。これは何と言っているのだ、という説明はできるのですが。あと、人間の声帯では発音しづらい言語らしくて、通常の状態ではこちらの言葉は通じませんでした』
『通常の、って。何したの?』
『声帯の変化です』
理解できなかったのか、マツバラ以外の人間がキョトンとした表情になった。
ただ一人、その意味を理解している美人医師だけが、顔面を強張らせている。
『意図的に、できるの?』
『できます。『ゾーン』はその延長です』
考えてみれば当然の事だ。ただ意識を集中して反射神経が上がっただけで、あんなに通常からかけ離れた動きができるわけがない。
各種神経、脳の情報処理能力の向上に加えて、全身の肉体強化も同時に行わないと、あの感覚、あの力は発揮できない。だからこそ、暴走させた時に起こってしまったのだ。肉体の変化が。
極限まで全身を強化していながら、その制御を脳で行えなくなった時点で、肉体細胞が勝手に強化を継続した。それがあの、全身の皮膚がひび割れて大量に出血した、という現象だ。
あの異形竜から話を聞いた時に、その事に思い当たった。『じじいの撒いた種』とは、つまり、奴と同種である竜が、生物に埋め込んだ何らかの竜化の能力なのではないか。
普段は肉体を脳が制御している。それ故に、一部分だけの強化や変異であれば、無意識にでも行える。それは、人としての部分が肉体に制限をかけているからだ。
『ゾーン』の過負荷によってその制御を離れた際、この身体は強化の最終形態である竜になろうとした。マツバラは言っていたではないか。『砂漠トカゲの皮膚みたい』だったと。
『あっ!そういえば。あの時のエリザベートの声、そっくりだったもんね。へえーすごいなあ。私もできるようになるかな?』
『あれ、声帯を変えてたのか?すげえなミサキ!そんな事もできるのか!』
あまり深く考えない二人は、声真似ができる便利な能力だ、程度に受け取ったらしい。まぁ、今の所その認識でいてもらって構わない。
『声の方は分かったよ、ミサキ。それはそれで大変な能力ではあるが。それよりも、どうしてあの唸り声が言語だと分かったのかが知りたい。声を変える前にも、唸って話しかけていただろう?』
フレデリカが、今度は淡水魚の揚げ物を、春巻きと同じ様に切り分けながら話を戻した。こちらは比較的欧州の料理にも近いため、そこまでの違和感は無い。
『先程も言いましたが、非常に感覚的な話なんです。直感的に分かったというか……頭で分かったと言うよりも、身体が憶えていた、というか』
『身体が?』
おかしな話だと思うだろう。記憶というのは脳で行うものだ。なのに、自然とその言葉が口から出てきた。口に出してみれば、なるほど、感覚的にしっくりとくる。
『そうです。自転車の乗り方や鉄棒の逆上がりのやり方を、一度憶えてしまえば忘れないように、どこか、身体が憶えていたというか』
『自転車、って、それ、運動じゃないか。というかそれだって運動野という脳の働きだろうし、言語を身体が憶えていたというのは無理がないかい?』
『そうなんですけど、そうとしか言えないんです』
ちらりとマツバラを見た。彼女の顔色は先程とあまり変化していない。つまり、驚愕と恐怖に染まったままだ。この言葉の意味を一番理解しているのは、新古生物学の研究者として最先端のそれに触れている彼女だからこそ。
『何を驚いているのだ。簡単な事ではないか』
一人で大皿の料理を一つ空にしたルフィナが言った。
『我々は
知っていた。だが、サカキとメイユィ、ジェシカだけはショックを受けている。知らされていなかったのはパシフィックの面々だけで、自分だけが早くからこの事には勘付いていた。
『
マツバラは蒼白なまま頷いた。オオイも知っていたのか、深いため息を吐いた。
『その通り。こっちでも、それを軸にして研究を進めてるから。けど、あんまり公にしないでね。でないと、みんなが連邦でのナザロヴァさんみたいな扱いをされてしまうから』
最初からそうだった。自分を『ジャック』に近づけた時に、彼が示した反応に対しても、研究者達はあまり驚いた様子を見せなかった。
『それで?カラスマさん。あのゴテゴテした竜は他に何と言っていたの?もう、皆知ったなら隠さなくていいよね』
そうだ。今更だ。
あの脅威が再び来る可能性が高いというのであれば、研究段階ももっと引き上げる必要がある。人類が滅びるかどうかの瀬戸際だ。今回でその踏み越えてはならないラインが一気に引き下げられた。
『連中、敢えて複数を想定した話をします。連中は、再びこの地を我がものに取り戻す。そして、現在アースの覇権を握っている人類を、根絶やしにすると』
食事の音が続いている。誰も驚かない。当然だろう。そのつもりで尖兵という名の恐竜どもをこちらに送り込んでいたのだから。だが、ここから先は更にショッキングな話になる。
『連中は、私達駆逐者の事を、『じじいの撒いた種』だと言っていました。話の脈から察するに、恐らく、古代の知恵ある竜のうちの何者かが、後世の種に発現する何かを埋め込んだ、と取れます。この場合、最も可能性が高いのは、遺伝子レベルのでの細工です』
こちらの言葉を遮るものは無い。
『更に言えば、今日出現した竜は、その『種』が芽吹いていた事を、今日知ったようです。諸々から推察するに、連中にはなにか、雌が産まれない病気か異常が発生している可能性が高い』
『ちょ、ちょっと待ってカラスマさん。何?遺伝子の細工、まではわかるけど、その、雌が産まれないってのはどういう事?つまり、その治療だか何だかで、『種』とやらを埋め込んだと?』
マツバラは賢い。今の言い方で概ね理解しているようだ。
『可能性として、種の存続に危機感を抱いたのだと推察できます。そこで、その、連中の内で『じじい』と呼ばれている竜が、その対策として別の生物に、自分達の特徴を発現させる因子を埋め込んだ。恐らくそれは、連中のいた時代では発現しなかったのでしょう』
『それは、つまり、アースの古代から連中がやってきてるってわけ?』
『話を統合すればそうなります。ただ、今日の竜は、種の保存よりも、もっと別の理由からこちらに侵略を仕掛けているような言い方でした。つまり、種の保存よりも喫緊して何か、アースの古代から退避しなければならない理由があるのでは、と』
種の保存だけが問題であるのならば、それこそその『じじい』の研究をもっと進めれば良い。だが、どうやら連中に迫っている危機というのは、それだけではないようだ。
『……まさか、所長のあのトンデモっぽい研究が掠っていたとはね』
『古生物の潜在的遺伝だとかなんとか、ってやつですか。一応論文は読みましたが……なるほど、確かに掠っていますね』
元々彼はそれが専門なのであるから、的を外していなくて当然だ。だがしかし、まさか古代の恐竜が能動的にそれをやらかしていたとは、彼も思いもしなかっただろう。
『しかしな、ミサキ。その話を統合すれば、あの竜と我々が交配可能だという話になってしまうぞ?無理だろう。あまりにも何もかも違いすぎる』
フレデリカが非常に嫌そうな顔をしながら言った。
嫌に決まっているだろう。何が悲しくて、トカゲの王様と交配しなければならないのだ。第一、あの巨大な身体を持った生物の生殖器が、我々の生殖器に適合するはずがない。土台無理な話だ。
『それはそうなんですが。ただ、あの竜は、当然のようにこちらを苗床として使う、とまで言っていました。何か手があるのかもしれません』
淡々とそう言うと、真っ先にメイユィが拒絶反応を示した。
『え、嫌だよ絶対そんなの。絶対に嫌。私はシュウトさんの赤ちゃんを産むんだもん』
唐突な爆弾発言に、アトランティックの面々全員が反応した。
『なに!?メイユィ、お前、そこの男と!?』
『これは、これはこれは。いやいや、これはこれは』
『おー!メイユィはシュウトと結婚するのか?赤ちゃんを見せてくれるんだな?』
『良いのか?そんな事を公言しても。我々が妊娠してしまっては、その間戦えまいに』
重たい話がいきなりお祭り騒ぎになってしまった。嬉しそうにそうだよと答えているメイユィに、話を振られて弄られるサカキ。まぁ、概ね話すべき事は話したから、最後が和やかに終わるのであれば問題は無いだろう。
折角美味しい食事をしているのだ。できれば楽しく食べたい。
難しい顔をしているのはオオイとマツバラだけだが、彼女たちは職責上、仕方がない。大きな問題が出てきて、それをどう上に伝えるか、研究報告を上げるかという事に苦慮しなければならない。大変だろうが、これもそれぞれの仕事だろう。
目の前に山と積まれている蒸籠の中から饅頭を一つ取って、鬱憤を晴らすかのように、思い切りかぶりついた。
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