第92話 マリオネットの糸
「穏便に王の座は受け渡されたそうですよ、公爵令嬢閣下」
「そうかい、それは何よりだ。しかし、メイユィに大変な思いをさせたのは問題だね」
「必要経費とは言え、彼女には辛い思いをさせてしまいました。内心忸怩たる思いです」
「頭の連中は本当にそう思っているのかい?」
「流石にそこまでは、私も」
「まぁ良いよ。もしこうなる事がわかっていてやらせたのなら……」
女王陛下に奏上する、という言葉を飲み込んだ。今、それをここで言っても仕方がない。
それに、女王陛下が直接苦言を呈したところで、頭でっかちのあの連中が考え方を変えるとも思えない。
「今後はそのような事が無いようにと言っていた、と伝えておいてくれたまえ。僕らのうち、誰かをそのような犠牲とする策を弄して奸計を企むようなら、僕らも黙ってはいられないからね」
「承知しておりますよ。あのミサキ嬢ですら大いに怒ったそうですから。いずれにせよ、これで央華とは随分やりやすくなるでしょう。彼は計算のできる男ですから」
「だろうね。イノシシよりはコウモリの方がまだ扱いやすい。何にせよ、東の一つはこれで落ち着いたか。竜が侵略してきているというのに、何とも悠長な事だ」
「共通の敵ができたからと言って、人は簡単には団結できないという事でしょうな」
政治的な思惑、権力のやり取り、国家間のパワーバランス。複雑怪奇な人間の行動には、恐竜達も呆れ果てている事だろう。他ならぬ連合王国人たる自分ですら、もっと単純にできないのかと苦言を呈したい程だ。
「それにしても、Sクラス18体か。実質二人だったのだろう?良く殲滅できたな」
「半分以上をミサキ嬢で始末したそうです。耳に聞いた話によると、彼女は何か、特別な技術を扱えるのだとか」
「ほう……?特別な技術。何だい?それは」
「今、調べている所です。どうやらヒノモトの研究所独自のものらしく、情報隠蔽が厳重で」
「隠蔽?研究結果は共有されるはずじゃないのか?それもヒノモトで?」
「はあ、研究所で実権を握っているのは、あそこの新古生物研究の第一人者である、フェルドマン博士らしいので。あまり公にできないようなものは、どうしても隠されてしまうのです」
公にできないようなもの?あの情報管理がザルで、比較的人権問題にもうるさいヒノモトで?
「それは君、オーウェン。ミサキが非人道的な実験をされていると?」
「いえ、そうとは。ただ、あまりよろしくない結果が出た場合は隠されるという事で。無論、生体を使った重要な情報なんかはネットワークに載せてきていますが」
「よろしくない結果が?」
「ええ。先日、研究者が三人、相当の大怪我を負って外部の病院に運ばれています。公には実験中の事故だという事になっていますが」
「それを、ミサキがやったというのか」
「それはわかりません。ミサキ嬢がやったというのは外野の他愛ない邪推であると見られていますが、実際は何も」
「ふむ……」
彼女は非常に理性の強い女性だ。彼女が実際にやったという事であれば、相当危険な人体実験を行った事になる。だが、彼女は特にこちらに何の連絡も寄越していない。
自らが他者を傷つけたという事はいくら彼女でも言いたくないだろうが、それでも有用な結果が出たのであれば、或いは嫌な事だったとしても、直接ではなくとも臭わす形でも言ってくるだろう。
実際、メイユィが央華に連れ去られた直後、彼女も鳴かないカナリアにされてしまいそうだ、とワイアーを送ってきた。彼女は実に聡明で、かつこちらの事を信頼してくれている。そもそも駆逐者というのはそういうものだ。
「まぁ、いずれ分かるだろう。フェルドマン博士はヴァイマール出身だったか?」
「はい。合衆国に移住して研究を続けていたそうですが、学会ではやや爪弾きにされていた経歴があります」
「研究者というのはそこまで狭量ではないだろう。ただ、研究成果を形になるまで隠しておきたいというのはわかる。引き続き、動向を探らせておいてくれ」
「承知しています。また何か分かり次第、ご報告に参ります」
国防省の男はそう言って、トレーニングルームから出て行った。
基地の中にある専用のトレーニングルームでは、各々が好きな時間にやってきて鍛錬をしている。
ゲルトルーデとロロは午前中に済ませてしまう事が多いが、こちらは朝は何かと用事がある為、どうしても午後になりがちだ。そのため、ちょくちょくブレンドンやオーウェンは、報告のためにここに足を運んでくる。
宮殿からは少し離れているので、彼らは基地の中を車両で移動している。こちらは鍛錬の為に走って移動するが、もう少し近くにあればこのような手間もいらないだろうにと思う。
とは言っても、この特別なトレーニングマシンは一般の人間ではびくともしない。搬入にも手間がかかるため、簡単にどこかに移動する、というわけにもいかないのだろう。
それにしても、特別な技術か。
ミサキはある種特別だ。だが、それは自分も同じである。
彼女ができる事ならば、恐らく自分にもできる。有用な技術であるのなら、是非とも彼女に教えを請いたいものだ。可能であれば、また直接会って、楽しくお茶でも飲みながら。
中々叶わぬ想いを胸に秘めたまま、重量のあるハンドルをぐいっと引っ張った。
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