第82話 雑誌とウミヘビ
とんだ空騒ぎはまたたく間に世界中に広まった。
今回ばかりは流石に合衆国も見放したのか沈黙を続け、SNS上では世界中からかの国に侮蔑と嘲笑が浴びせられる事になった。
以前の南コリョで発生した竜災害の際、我々を追い出して竜の死体を確保したのは、自前で駆逐者と新古生物を研究して、世界の鼻を明かせてやろうという腹だったようだ。
南コリョ出身者も含めた、世界中の研究者が集まって竜のサンプルを融通しあっている状態であるのに、普通に考えれば、そんな事をすれば非難が集中すると思い至りそうなものだ。だが、対応の甘い合衆国と及び腰なヒノモト相手なら、その程度はどうにでもなると思っていたらしい。
こちらとしてはもうその話に触れる必要も無いので、ただ自分達の仕事をこなせば良い。ぬか喜びさせられたのは極めて迷惑だったが、それももう済んだ事だ。
いつもの駐車場にクルマを駐めて、研究室とトレーニングルームのある建物へと向かう。
頑丈なRC構造の建物の中へと入ると、既にオオイが監視室の前の廊下で待っていた。何やら大きな紙の袋を提げている。
「おはようございます、ミサキさん」
こちらも挨拶を返して、サカキとマツバラがやってくるのを待つ。いつもの日常だ。
四人揃った所で地下へと向かう。何故かサカキがやや落ち着かないようにそわそわとしている。
「どうしたの、サカキ君。トイレなら先に行ってきなよ」
「いえ、だ、大丈夫です。そうではありませんので」
「なら、何?気になるんだけど」
マツバラでも気付くのだ。こちらはもう、彼がやってきた時からずっと気になっていた。
大きなハンドルを回して重たい金属の扉が開かれる。ジェシカとメイユィが、飼い主を待つ犬のように目を輝かせて並んでいた。あぁ、これは、そうか。
一瞬にして理解してしまった。そうだ、今日はあの雑誌の特別号が出る日だった。
「おはよう!早く、早く終わらせよう!」
「ハルナ、ヒトミ、急いで下さい!」
さっさとミーティングを終えて読ませろというのだ。そこまで焦らなくとも、雑誌は逃げたりしない。
「二人共、トレーニングは」
「終わりました!」「もう終わったよ!」
雑誌を手に入れてすぐにその場で読みたいがために、早起きして終わらせたのだと思われる。そこまでして自分達の恥ずかしい写真が見たいのか。
「えー……じゃあ、簡単に。皆さんの新しい武器の制作が完了しました。以前お伝えしていた通り、芯となる金属の重量を増したので、以前よりも威力は増しているはずです。後で搬入しますので各自受け取ってください。それから、支援及び撮影用ドローンの投入についてですが――」
話を聞いているのだかいないのだか、彼女達はただうんうんと頷いている。心ここにあらずだ。
二人とも賢いので頭には入っているだろうが、流石にオオイも集中力が乱れている。圧が凄い。
「……以上です。マツバラ先生の問診と、サカキさんの」
「元気だよ!」「今の所必要ありません!」
「……そうですか、では、お待ちかねのこれを。一人一冊です。報酬は給与に乗せる形で支払われていますので、後できちんと確認を――」
彼女が言い終わる前に、雑誌を受け取った二人はメイユィの部屋へと駆け戻っていった。二人で見るのだろう。
置いてけぼりを食らったこちらは、最早苦笑するしか無い。
「あの、オオイ二佐」
「はい、サカキさんの分も受け取っています、どうぞ」
サカキがそわそわとしていたのはこれか。確か以前は直接彼に送られていたと思ったが、今回は纏めて駐屯地に送られてきたのだろう。確かにその方が効率的だ。
オオイは紙袋から一冊取り出して彼に渡した。その後、こちらに雑誌を入れていた紙袋ごと渡してくる。
「あと、リュウキュウのカネシロ設備から、干物と燻製が届いていますよ。給湯室に置いてあるので確認しておいてください」
干物と燻製。ああ、フカヒレとイラブーだ。もうできたのか。
「本当ですか!?ありがとうございます!早速今日のお昼に使わせてもらいましょう。サカキさんも食べますよね?フカヒレ」
「え?あ、はい、勿論。ウミヘビは少し遠慮したいですが……」
「結構美味しいらしいですよ。せっかくなので食べましょうよ。いつもの時間に降りてきてくださいね」
基本的にサカキはこちらで昼食を一緒にするようになっている。コストも抑えられるし、何よりも彼がいるとメイユィが非常に喜ぶのだ。外食ばかりさせておくよりも遥かに良いだろう。
「わかりました。楽しみにしてます。ええと、カラスマさん。先日のミン・スビンについてなんですが」
サカキは外務省職員である彼の立場を利用して、彼女がどうなったかのかを在南コリョ大使館の方に問い合わせて聞いてみたのだという。軍の事など教えてもらえないだろうと思ったのだが、意外とそうでも無いようだった。
「彼女は軍から除籍されたそうです。そのまま実家に戻ったそうですが、それ以降の消息はわかりません。隠しているようですね。南コリョの国民からの反応は……まぁ、政府と彼女への批判、半々ってところでしょうか」
「彼女が批判されるんですか?どうしてまた」
彼女には何も、というわけではないが、知らずにやってきたのだから罪というほどの罪は無いだろう。悪いのは勘違いしたあの国の上層部だ。
「どうも、身の程知らず、という言い分が多いようですね。意図的に上から与えている情報を制限しているからのようですが」
「制限、ですか?」
情報の制限って、何を制限するというのだ。もう、全世界の人が知ってしまった事だぞ。
「南コリョ国内のメディアに限ってなんですけどね、どうも、駆逐者として彼女が名乗り出た、みたいな風潮にされてるんですよ。多分政権への批判を躱すためなんでしょうが」
「なんですか、それ。実際はそうじゃなかったんでしょう?」
「当たり前です。彼女は上の命令でこちらに来たわけですから、そうと決めたのは軍のお偉方と大統領府です。まぁ、何というか、こすいやり方ですね」
酷すぎる。自分達の愚行を、彼女一人に押し付けるつもりなのか。救いようがない。
「まぁ、当然ですが僕らは他国の政治に口出しできません。かわいそうですが、どうしようもありません」
「外務省から、南コリョの首脳陣が嘘をついていると言う事は……」
サカキは首を振った。できないか、当然だろう。
「ヒノモト外務省の立場として言えないのもそうですが、仮にそれをこちらで公表したところで、一番知ってほしい対象である、SNSを見ない南コリョの人々には届きません。またあちらの政府から逆恨みされるだけというのがオチです」
「それはそうなんですけど」
どうにもならないのか。
「カラスマさんの気持ちはわかりますが、こればっかりはあの国の問題です。僕らがどうにかできるレベルの話じゃないんですよ」
サカキは申し訳無さそうにそう言った。確かに、どうしようもないと言えばどうしようも無い。国家間の事は個人では手の出しようがないのだ。
少し落ち込んだこちらに向かって、マツバラが穏やかな口調で言った。
「優しいカラスマさんが彼女の事を気に掛けるのは分かるけど、ここは割り切ったほうがいいよ。そもそも、あなた達は相当に希少な存在なんだから。まずは自分達の事を考えて、国や周りの事はそれぞれの人に任せる。そのためにオオイさんやサカキ君がいるんだから。勿論、私もね」
「はい、ありがとうございます、マツバラ先生」
国家間紛争の専門家でもないのに口を挟むというのも、確かに出過ぎた真似だろう。少なくとも、他の国々とはある程度上手くやれているのだ。気にはかかるがマツバラの言う通り、割り切ろう。
二人にも礼を言って、貰った紙袋を一旦部屋に置いてくると、ロッカー室で着替えて一人、黙々とトレーニングに励むのだった。
「うおお、すごい、すごいよジェシカ。クマさんとオオニシさんの技術」
「本当ですね……あの写真がこんな風に雑誌に。見て下さいメイユィ。メイユィのおっぱいが大きいように見えます」
「すごい、天才。というか、ジェシカのこれ、見えそうじゃない?」
「見えていません。大丈夫です、問題ありません。こういうのはヒノモト語でチラリズムというそうです」
二人は丸々一冊分、自分達の特集が組まれた秋藝の増刊号の前で、額をぶつけ合いながら豪華なカラーの紙面を食い入るように眺めている。
「すごいね、何ていうか、すごい。暴れまわるジェシカのおっぱいもすごいけど、これ、ミサキのここ、見てよ」
「スケスケです!しかもこの格好、これ、ウスイホンの構図に使えそうですね!」
「うわー、すごい食い込んでる。ダメでしょ、これ。ソウさん大喜びじゃない?」
「怒るのではないですか?他の人に見せるというのは」
「それもそっか。うーん、まぁ仕方ないよね、仕事だし」
「そうです、仕事です。仕方がありません。あっ!メイユィ、このお尻のアップ、カワイイですね」
「ああっ!流石にちょっとこれは、恥ずかしいかなあ。いつ撮ったんだろう」
振り向きざまに笑顔を見せているメイユィが、上半分が大きく開いたお尻を突き出すような格好で写っている。この写真はジェシカに送られてきたデータの中には無かったものだ。
「あの時ですよ、三人揃ってくるって回ってって言われた時の」
「あぁ、確かに。でもすごいね、全然ブレてないよ」
「リョウちゃんのメイクも完璧ですね。肌がいつもより明るく見えています」
二人はそれはもう大騒ぎしながら、ああだこうだと言いながらページを捲る。
「あっ!これ、戦ってる時のだ!表紙はこれのアップだったのかぁ」
「本当ですね!格好良く撮れています!見てくださいメイユィ!この私のフックが直撃した時の瞬間!」
「ほんとだ!あはは、ジェシカ、カッコイイ!バトル漫画の主人公みたい!」
「ミサキのこれもすごいですね。まるでファンタジーの戦士です!」
「ワタシは……あれー、あんまり全身のがないね」
「メイユィの攻撃はグロいのです。多分、頭を吹き飛ばした時のですね、これは」
「それでかぁ。なんか、不公平じゃない?」
「あっ、でも、次のページのはとてもカワイイですよ。美味しそうに食べています!」
「食べてる場面だよ!カワイイも何もないよ!?」
「そんなことはありません。膨らんだほっぺがとてもカワイイです」
ジェシカはメイユィの頬をむにむにと引っ張った。困った顔になった彼女はそれでも、されるがままになって雑誌のページを捲る。
「あの時の皆の写真もあるんだね。これ、ちゃんと許可取ったってことだよね?」
「取っていましたよ。クマさんは写真を撮影する時、必ず声をかけていました」
彼女達と一緒に笑顔で食事を摂っている人たちの写真もあった。頭を剃り上げた男が、鉄板と網の上で次々と食材を焼いている場面のものもある。
「死んじゃった人はかわいそうだけど、助かった人が笑顔になって良かったね」
「そうですね。やっぱり、笑顔が一番です」
少しだけしんみりしたものの、二人はそのまま仲良く写真週刊誌を眺め続けていた。
あまり見慣れないものが冷蔵庫に入っている。
確か、オオイは給湯室に置いた、と言っていたのだが、あったのは乾燥されたフカヒレのみで、ウミヘビはどこにもなかった。
おかしいと思って冷蔵庫を開けてみると、真空パック詰めされたなにやら黒い輪切りのものがあった。液体ごと凍らせたものを冷蔵庫で解凍している、というそんな感じだ。
どういう事なのか内線でオオイに聞いてみると、燻製から調理するのは時間がかかるので、ある程度調理済みのものを送ってきてくれたという事らしい。
時間をかけてでも作ろうと思っていたのだが、どうやらあちらで気を回してくれたようだ。細やかな気遣いのできるカネシロ社長に感謝である。
結局、調理にはフカヒレのほうが時間がかかった。茹で戻すのに二時間もかかるのである。
どっちもそれぐらいだろうと早めにトレーニングを切り上げてきたのだが、どうやら正解だったらしい。ウミヘビの方も湯煎で戻し、鍋で煮て、調味料で味を整えた。
それだけではあの二人の腹を満たすのは難しいので、二つのスープに合いそうな央華風肉野菜炒めを大量に作った。出来上がってテーブルに並べていると、二人とサカキが揃って談話室にやってきた。
「あれ?なんかいつもと違うね。何を作ったの?ミサキ」
「リュウキュウに行った時、サメとウミヘビを捕まえたでしょう?カネシロ社長ができたものを送ってくれたので、今日はそれを食べようかと」
メイユィは丼鉢一杯に入ったイラブー汁を、不思議そうに眺めている。
「これがあのウミヘビ?ふーん、黒いね。あっ!これ、ユイチー!食べるの久しぶり!ホンハイでは良く食べたなあ」
「変わった香りがしますね。炒めものはいつものものと同じですが」
ジェシカとサカキも席についた。サカキは早速、スマホでイラブー汁とフカヒレの姿煮を写真に撮っている。
「これがあのウミヘビですか……ちょっと、怖いんですけど」
サカキは及び腰だ。生きている時の姿を見ているからそう思うのだろうが。
「少し味見をしましたが、結構美味しかったですよ。魚とあんまり変わりません」
干し魚を戻した時のような味だった。臭みも殆ど無いし、出汁も良く出て、鰹節のような感じだ。燻製なのだから当たり前だが。
「それじゃあ、頂きましょうか。ごはんのお代わりは自分でしてくださいね」
でかい炊飯釜はこちらに運び込んである。沢山炊いても一食で消えてしまうのである。
全員が一斉にそれぞれの前の皿に手を伸ばす。メイユィが最初にレンゲで掬ったのは、当然、フカヒレの姿煮である。
「んんー!おいひい!懐かしいよ、ミサキ。このつるつるした食感!前は良く食べたなぁ」
「あまり量は無いので、味わって食べてくださいね」
フカヒレは高級食材だ。メイユィが良く食べた、というのはやはり、色々な意味で裕福なマフィアに属していたからだろう。
「すごいですね、央華料理店で出てくるもの、そのものです。あっ、ジュエさん、こっち向いてください」
サカキは食べながらも、ジェシカやメイユィの食事をしている風景を撮影している。多分これは画像投稿型のSNS、ドラスタに上げるつもりなのだ。
「イラブーも美味しいですよ、シュウト。意外とスッキリした味です」
ジェシカも黒いヘビの肉を飲み込んで言った。内臓を抜いて燻製にすれば、魚と殆ど変わらない味になる。調味料で少しバランスを整えれば結構美味い。
「うーん、どれどれ……あっ、本当ですね。意外と、いや、結構美味しい。ヘビなのに」
どちらも割と好評で良かった。フカヒレは当然の事ながら、イラブーも実はかなり高級な食材なのである。それ故量は出せないものの、それでも美味しいものを食べれば皆笑顔になる。食事とは、腹だけではなく心も満たすものなのだ。
一緒に作った央華風肉野菜炒めも全て綺麗に平らげ、全員で後片付けを始める。
美食の余韻に浸っていたサカキに、メイユィがそっとすり寄っていった。
「ねえ、シュウトさん。秋藝、見たんでしょ?どうだった?」
「えっ……あ、はい。そうですね、皆さん、その、とても綺麗で」
「それだけ?ワタシの水着、どうだった?」
露骨な求愛行動である。サカキの腕に頬を寄せて、ごろごろと甘える猫のようなイメージで、彼女はぴったりと彼にくっついている。
「そ、それは。と、とっても良く似合っていましたよ。色合いもジュエさんにぴったりで」
色、というのなら、メイユィの名前から連想するのは赤だ。だが、幼さを残した彼女の容姿に加えてこの元気な性格に、あの黄色いワンピースタイプの水着はとてもよく似合っていた。
「本当?嬉しい!じゃあ、シュウトさん。今度、一緒に買い物にいこうよ。ワタシに似合う服とか下着、一緒に選んで欲しいな」
実に積極的だ。可愛らしい容貌とは裏腹に、彼を狙う眼光は正に肉食獣のそれ。猫のようだ、とは言ったが、場合によっては豹か、或いは獅子か。いずれにしても彼女は古今無双の槍使いである。サカキが捕まってしまえば、彼の槍も彼女に良いように弄ばれてしまうのではないだろうか。
「メイユィは積極的ですね、ミサキ」
「そうですね。可憐な見た目からは考えられないです」
事あるごとにサカキに迫っているメイユィは、もう少しの所で獲物を逃すという失敗を続けている。
駐屯地の中では流石にそのようなチャンスが無いので、買い物ついでにしっぽりと、と考えているのは、誰の目から見ても明白である。そう、サカキだって分かっているのだ。
「助けて下さい、カラスマさん」
情けない。男ならば覚悟を決めれば良いものを。
「いいじゃないですか、サカキさん。メイユィの事は嫌いではないのでしょう?」
スポンジに泡立てた洗剤で、次々と皿を洗っていく。流しはそろそろ泡まみれの食器でいっぱいだ。
「そ、それはもちろんそうですが。いや、そういうのはまずいですよ!」
「何がまずいのですかシュウト。言ってみてください」
何故か急に冷たい声になるジェシカ。何の影響だ。
「それは、だって。僕は皆さんのための御用聞き兼広報ですよ?それが、その、担当している人と、そういう関係になるのは……なんかこう、アイドルとプロデューサーがあれやこれやなるとかいう、そういうのじゃないですか。ダメですよ、絶対」
ふむ。
なるほど。
言われてみればそうだ、確かにそれはまずい。
ただ、それはアイドル売りをした場合、というものだ。我々は単なる戦士であり、偶像ではない。ある程度節度は持つにしても、それは禁忌ではないのだ。
「それが良いのですよ!シュウト!何故それがわからないんですか!」
唐突に叫び出すジェシカ。いや、そっちの方が意味わからんが。
「待ってください、ジェシカ。サカキさんの言う事はもっともです。ドル売りをした以上、
「ミサキ、意味がわかりません」
わからんのか。
「何が言いたいの?ミサキ」
鋭い目でこちらを見据えるメイユィ。ちょっと怖い。
「落ち着いて下さい、メイユィ。私が言っているのは一般論です。つまり、ですね。バレなきゃ良い、のですよ。私とソウのように」
「ミサキは天才ですか」
「先人の意見はいつも優れているね。聞いた?シュウトさん、ミサキもああ言っているよ」
「ま、待って下さい!もし、もしそれがバレたら、僕はどうなりますか!?リスクとベネフィットを天秤にかけるべきです!」
小賢しい事を抜かすイケメン。だが、その意見は拝聴するに値する。
「なるほど、確かにそれがバレた場合、サカキさんは世間からそれはもう滅茶苦茶に叩かれ、ロリコンだの変態だの職権濫用だの言われ放題でしょう」
「で、でしょう?」
「それがどうしましたか?」
「え?」
一体そこに何の問題があるだろうか。例え職務を解かれたとしても、そこに愛があれば何の問題もない。
「大丈夫です、エリートコースから外れても、外務省の人事はその程度の事で懲戒解雇まではしません。窓際でも第一種国家公務員、総合職です。メイユィの収入と合わせれば、問題なく暮らしていけるはずですよ」
「ええ!?僕の世間体とか名誉とか、そういうのは!?」
「そんなもの、浜に捨ててしまいなさい。私もその覚悟でソウと愛し合っているのです」
「至言だね、流石ミサキだよ」
「オー……これはもう、ゴッデスの導きではないでしょうか。シュウト、覚悟を決めるべきです」
見よ、皆も汝を祝福している。駆逐者の加護を得られたものが、何を臆する必要があろうか。
「し、四面ソ歌……すみません、少し、考えさせて下さい!」
こちらが食器を抱えている事を良い事に、彼はあっという間に部屋を出ていってしまった。重たい扉が閉まる音が聞こえる。
まぁ、あの程度の扉、最早自分たちにとっては障害にもならない。ただの障子のようなものだ。敢えて破ろうとは思わない、理性によって保たれた結界に過ぎない。
「シュウトさん、どうして逃げるの……」
悲しそうな顔で食器を拭いているメイユィ。ああ、そんな顔をしないでおくれ。可愛らしい顔が台無しじゃないか。
「メイユィ、シュウトは照れているのです。その時になれば、彼も本気を出します」
「そうですね。メイユィの事が嫌いというわけではないんですから。とは言え、押し過ぎると男性は引くものですよ、メイユィ」
「そうなの?」
そうなのだ。天邪鬼なのである。
「押すのではなく、引き込むのです。環境によって、そうせざるを得ない状況にしてしまえばイチコロです」
「ミサキもそうだったの?」
「そうですよ。だから、その時が来れば、自然と結ばれます。慌てなくてもいいんですよ」
「そうなんだ……ありがとう、ミサキ。流石は毎晩エッチしてるだけあるね」
いや、それは多分関係ないと思うが。
「羨ましいです。私はそこまでの男性が見つからないので」
「ジェシカだってそのうち見つかるよ!あっ!シュウトさんは取っちゃダメだからね」
「取りません。シュウトは私の好みではありません」
「それはそれでなんか腹が立つんだけど」
複雑な乙女心である。
女三人寄れば姦しいとは言うものの、まさかその内に自分が入る事になるとは思わなかった。ただ、楽しい時間というものは、あっという間に過ぎていくものだ。
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