第79話 隠れた同盟

 朗報を待っていたつもりだったが、隣の家から返ってきたのはにべもない回答だった。

 ただまぁ、元よりあの無愛想な子供と一緒に暮らすつもりは無かった。それならそれで良い。好きなだけ国の威信を堕とし続ければ良い。

 どう足掻いたって連邦は最早茹で上がる直前のカエルだ。以前、まことしやかに囁かれていたルーシ連邦の崩壊が現実味を帯びてくる。

 国家の解体というのはそれほど簡単なものではない。それこそ連邦の広い国土だ。独立する国は更に増えるだろうが、全て平和的に解決するようなものばかりではないだろう。

 いずれにせよ、我が連合王国は賢く立ち回るだけだ。かつての怨敵が無様に滅びていく様をリアルタイムで見物するというのは、それはそれで愉快な事である。

「フリッカー、おっちゃんがお話あるってー」

 部屋の外からロロの可愛らしい声が聞こえる、彼女は国防省のブレンドンの事をおっちゃんと呼んでいるのだ。

「分かったよ、ロロ。すぐに行く」

 手慰みに開いていた本をぱたんと閉じて、表にいる信頼できる仲間の所へと向かう。

 ゲルトルーデもロロも、精神に若干幼い所はあるものの、賢く、可愛く、素直で大切な仲間だ。

 戦闘においても二人の火力は非常に頼りになる。自分一人では到底倒せない数の竜も、あの二人がいればあっという間に駆逐してしまえる。これ以上の戦友は望めないだろうという程の仲間だ。

 ミサキのように優秀な指揮官がもう一人いれば、とは思うものの、それは高望みに過ぎるだろう。彼女は彼女で、あちらで辣腕を振るっているのだ。

 バーラタでの戦闘には流石に目を剥いた。個々の能力を存分に引き出す戦い方をする指揮官というのは、自分の追い求める理想と言っても良い。

 火力で言えば総合的にこちらの方が勝るだろう。だがあちらは、ジェシカのあの俊敏さで内部に浸透する打撃を牽制に使い、こちらの二人よりも火力があるのではないかというメイユィの一撃を実に有効に活用する。

 オールラウンダーの指揮官であるミサキの能力もまた、凄まじい。速さはやや自分よりも遅いぐらいかと思われるが、Gクラスの首を斬り落とすほどの強烈なパワーに、弱点を即座に見抜く観察眼。そして二人をそれに合わせて臨機応変、且つ有効に使う戦い方というのは、牽制が自分一人というこちらには無い、非常に強い戦術だ。

 あちらの三人も全員が魅力的だ。誰でも良いから欲しい。だが、こちらが一人引き抜かれたら、と思うとそれも難しい。世の中というのはなんとも上手くできているものだ。

 階段を降りていくと、エントランスにヴィクトリア紳士が一点の曇りも無い姿勢でこちらを待っていた。国防省内外でも彼の評判はすこぶる良い。もっと早く昇進しても良かったのではという声が、あちこちの省庁から聞こえてくる程だ。

「やあ、ブレンドン。今日は何の朗報を聞かせてくれるのかな?」

「公爵令嬢閣下、我らが友人からの援護射撃ですよ。朗報も朗報、やはりかの国は我々の旧き良き友ですね。大戦で対立していたのはまぁ、一時の気の迷いでしょう」

 なるほど、なるほど。我らが親愛なる友人、ミサキからという事か。相変わらず回りくどくて美しいヴィクトリアの作法だ。

「それは素晴らしいね。レパルスとウェールズの事は水に流そうじゃないか。それで、その麗しき友情の発露というのは、何かな?」

 ブレンドンは、これを、と言ってタブレットを差し出してきた。耳の得てきた情報だろうか。ただの雑誌の記事のように思えるが。

 一体どうやって入手したのか、まだ発売されていない極東の雑誌記事を翻訳したものだ。

「ふむ、この雑誌は、どれぐらい売れているものなのかな」

「そうですね、ロンディニウムの人口ほどにはゆうに売れていますよ」

「なんだって!?」

 とんでもない売上部数だ。メジャーなニュースペーパーだってそんなに売れないぞ。

「凄まじい影響力じゃないか。ヒノモトにはそんなにメジャーな雑誌があるのかい?」

「いえ、正確には、友人たちが記事に出た場合の売上です。前回は間違いなくそれぐらい売れていますので、今回はまたそれ以上、物凄い数が出るのかと」

 それはそれは。あちらでのDDD人気というのは実に素晴らしいものである。広報戦略という事だろうか。

 そういえばあの、若くてすぐに酔っ払った男性が広報を担当しているという事だが。

 そうか、我々と違って広報の専門家を置いているのだ。なかなかどうして、ヒノモトというのは我が国と同じく、歴史のある王室を頂く島国国家というだけあって、実にシステマティックで賢い。ただ、情報の管理だけは杜撰なようだが。

 軽くタブレットを叩いてページを捲る。まだ写真を掲載する所は空白であるものの、記事自体はほぼ完成している。この夏に取材をしたという所だろうが。

 インタビューの記事、一点に目が留まる。

「ほう……これはなんとも、むず痒いな。なるほど、流石はミサキだ。こちらへの援護射撃、という事か。だが、有効だ。ブレンドン、オーウェンに連絡をとってくれ。こちらの雑誌が発売されたら、我が国の影響し得る場所全ての各メディアに流したまえ」

「万事抜かり無く」

「素晴らしい。有能な官吏がいて、我が国の安泰は確実だ。祝杯をあげようではないか、なあ、ブレンドン」

 素晴らしい、ああ素晴らしい。極東の友人はなんとこちらの意図を理解してくれているのか。やはりかの国はアースの反対側にあろうとも、常に我々の大切な友人だ。願わくば、ずっとこの蜜月を続けていたいものだ。

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