第76話 動画投稿

 いつもの狭いホテルの一室で、端末を前に完成した動画の最後のチェックを行っていた。

 突っ込まれそうな所は無いか。ただ、突っ込まれそうでもきちんと言い訳が立つところはそのままにしてある。これは釣り餌でもあるのだ。

 そもそもアンチの連中はどんな内容でも文句を付けてくる。殆ど言いがかりのようなものだが、いちいち一つ一つに丁寧に説明をしていては日が暮れてしまう。

 それ故、分かりやすいツッコミどころを予め残しておくのである。そうすればアンチの攻撃はそこに一斉集中するので、機を見計らって誰にも反論できない反撃を行う。これで殆どのアンチは黙る。

 ただ、気がかりなのはオオイから貰った新聞の内容である。自分では説明の不可能な言いがかりをつけられたのだ。

 そもそも、何故竜災害が発生するかもまだ分かっていないのである。可能性がある、などと言われてしまえば、そりゃあゼロではないだろうよとしか言い返せない。悪魔の証明を求められているようなものだ。

 その件については流石に自分ではどうしようもない。そこはマツバラ達研究者の領分なのだ。解析と研究が進むのを待つしかない。

「これでよし。しかし、何度見ても皆の水着姿は映えるな」

 動画サイトであるサブウェイに動画を投稿し、SNSのウィスパーラインで囁く。生放送を楽しみにしていた視聴者には申し訳ないが、あの水着では流石に動いている所を編集なしで映すのは怖い。波や激しい動きで水着が外れ、先っぽや穴が少しでも見えてしまえば、運営に通報がいって動画を差し止められてしまう。

 広告の収益化はしていないのでそちらの差し止めはどうでも良いのだが、外務省の公式チャンネルがBANされたとあっては、こちらの責任問題だ。裁量が大きい分、責任も大きい。

 動画の投稿が終わった瞬間、すぐに再生数が爆発的に伸びていく。コメントもずらずらと大量に流れ、どれだけこの動画が待ち望まれていたかがよく分かる。この自己肯定感が満ちる時の快感は堪らない。

 動画の冒頭は、無人島に到着した後、コテージの自分の部屋から始まる。


「はい、みなさんおはようございます、こんにちは、あるいはこんばんは。外務省DDD担当広報のサカキです」


 ここは到着した時に収録したものだ。生放送は翌日から行う予定だったのである。

 視聴者は誰だってミサキ達の水着を生で見たいだろうし、自分もそのつもりだった。だが、まさかジェシカ達も含めてあのような過激な水着だとは思いもしなかった。

 前回のものは撮影用だったと聞いているし、今回はサイズも渡しているので大丈夫だと言われていたのだ。それが、あのような。

 思わず下半身が滾る。思い出すだけで感情に上がってくるそのいけない妄想を振り切って、動画を見続ける。


「我々は今日、ヒノモトのリュウキュウにあるとある無人島にきています。ご覧ください、白い浜、青い海と空。いやあ、暑いですけど、ほんと綺麗ですよね」

 窓からの映像は美しい砂浜と打ち寄せる波、青く抜けた空を映し出している。

「今回、実は週刊秋藝さんの取材のついでに、三人の休暇も兼ねて来ています。彼女達は連日トレーニングと戦闘の繰り返しですので、取材のついでに夏季休暇を取らせてもらいました。明日から、収録が終わった後の彼女達の様子を撮影しますので、楽しみにしていてくださいね」


 念の為これを収録しておいて良かった。冒頭部分を新しく撮り直すのは時系列的に難しいので、先見の明が合った自分に感謝である。

 映像はすぐに翌日、浜にいる三人の姿を映し出した。


『キタ―!!!』

『うおっ!やっべ!なんだこの水着』

『エッチの化身エッチすぎ。これ放送して大丈夫なの?』

『ジェシカちゃんでっけえええ!ミサキちゃんよりでかいっての本当だったな』

『あ、あれ?メイユィちゃん、その背中、やばくない?大丈夫?』


 誰も彼も、三人の水着に夢中である。気持ちは良くわかる。自分だって三人を見た時、卒倒するかと思ったのだ。

 水着は三人の特徴をこれでもかと活かしたデザインになっており、過激かつ可愛らしく美しく可憐で、正しく美の化身が舞い降りたとでも表現するべきだろうか。

 メイユィの黄色い水着は正面から見ると可愛らしいだけだが、後ろ姿になると突然その様相を変える。

 大きく開いた背中は思った以上に艶めかしく、可愛らしい正面を見てからだと、言い知れない妖艶さがにじみ出てくる。非常に危険だ。

 浜で押し倒された時の事を思い出して、再び下半身が疼いた。小ぶりだったが形の良い彼女の胸に……。

 ぶんぶんと頭を振って動画に目を戻す。ジェシカがこちらに向かってウィンクしながら、拳から親指を上に突き上げたポーズを見せたところだった。

 大迫力な彼女のボディには、誰が見ても分かるほどに真っ赤な水着が映える。

 こぼれ落ちんばかりの盛り上がりに、引き締まった腹部から腰のライン。大きく膨らんだ臀部とむっちりとした太ももは極めて女性らしく、弾けるような彼女の笑顔がまた、健康的なエロティックさを醸し出している。


「サカキさん、これからダイビングの練習するんですけど、って、もう撮ってるんですか?」

「撮ってますよー。笑ってください」

「あんまり映さないでください、恥ずかしいんで」


 ミサキは少し照れる仕草をして身体を横に向けた。しかしそのせいで麗しい女性のラインがくっきりと際立ってしまう。

 恐ろしいほどのハイカットの水着は、彼女の腰の上あたりから下を全く隠していない。それ故に彼女のスタイルの良さが際立って見え、透けた水色の水着と相俟って凄まじい色気が漂っている。

 彼女達はインストラクターを務めるカネシロの方へと歩いていく。後ろ姿が何というかもう、やばい。三人とも、お尻が殆ど見えてしまっている。


『ああ、やべえ』

『45454545』

『メイユィちゃんが大人になってしまった』

『誰だあのチャラ男』

『男はいらん、ただし撮影者は除く』

『どうみてもチャラ男』


「えー、あの方は現地のダイビングのインストラクターです。これから三人とも、スキンダイビングに挑戦するという事で、いくら三人の身体能力が高いと言っても、最初はどうしても付き添いが必要になってきますので」


『気をつけろ、喰われるぞ』

『サカキさん、三人を守って』

『サカキさんはどうなんだ?水着なのか?』


 こちらの事はどうでも良いのだ。重要なのは水着の三人である。

 彼女達はまず、陸上でカネシロから口頭での注意事項を聞いている。三人にシュノーケルとフィンを渡し、使い方について身振り手振りであれこれと真剣に説明している。

 ある程度説明が終わったところで、波打ち際に移動する。こちらも彼女達を追いかけて、砂浜に置いてあるボートの近くまで移動した。

 水に入る前に準備運動を始めた三人に、またコメントが沸き立つ。動くと当然胸が揺れ、尻が見えそうになる。もう、視聴者のボルテージは最高潮だ。

 やはりエロだ。時代はエロを求めている。ただしBANされない程度の。

 波打ち際の浅い所で何度か潜る練習を繰り返した三人は、水の中からこちらに手招きをしている。水着は隠れてしまったが、彼女達に近寄ってボートに乗り込む。


「それじゃあ、行きましょうか。えー、今回、彼女達には水中カメラを身につけてもらっています。位置情報もわかるものになっていて、音声で連絡をとることができます。なので、万が一、何かあっても迅速に救助ができますのでご安心ください」


 ボートを漕ぎ出し、沖へと向かう。ここから先は水中画面へと切り替わる。

 メインはミサキのカメラだ。最初はカネシロの近くで潜っていた彼女だったが、すぐに慣れて自由自在に水中を飛び回っている。

 時々映り込むジェシカとメイユィも、鮮やかな水着で優雅に泳ぎ回り、まるで人魚が水中で踊っているかのような映像に仕上がっている。


『うおー、はえええ!この動きで初心者とか、ありえねえだろ!』

『水の中、綺麗すぎるな。これがリュウキュウの海か』

『リュウキュウはマジでダイビングポイントあちこちにあるからオススメ』

『やばい、これ、なにかのプロモーションビデオじゃないよな?』


 色とりどりの魚が水中を泳ぎ回る中、彼女達も同じ様に舞っている。あまりにも幻想的な風景に、録画編集した自分でさえも思わず見惚れてしまう。

 ミサキは一度呼吸をするために上に上がり、すぐさま下に潜った。

 カネシロが指差す方向を見て、少しずつ彼女は移動していく、と、突然画面がくるりと返り、先程映った砂地から鮮やかな青いヒョウ柄のタコが迫ってくるのが映る。


『あっ、こいつヒョウモンダコだ』

『綺麗だけど、なんでチャラ男焦ってんだ?』

『ヒョウモンダコは猛毒持ってるぞ。危ねえ』

『ミサキキックwwww』

『あっぶね。噛まれたら死ぬだろあれ』


 ミサキから激しく水を叩きつけられたタコは、驚いて退散していった。ここまではまだ序の口である。

 時間を少し巻き戻して、映像はメイユィの方のカメラに切り替わった。テロップで『メイユィ視点』と入れてある。


『はぁ〜、メイユィちゃん、ちらちら見えるお腹エッチ』

『すごい綺麗。サンゴの近くってこんなに生き物多いんだ』


 暫く水中に揺蕩っているメイユィが、何かを捉えたのか視線を動かした。向こうからくねくねと褐色の縞模様をしたものが近づいてくる。


『やべえ、イラブーじゃん。噛まれたら死ぬぞ』

『なんでこっち向かってきてるんだ?』

『ああああ!やべえやべえ!メイユィちゃん!逃げて!』


 メイユィはヘビの方を見たまま、ゆっくりと遠ざかり始めた。しかし、猛毒を持ったヘビは身体をくねらせながらどんどん彼女の方へと近づいてくる。

 眼前にヘビの顔が迫り、噛みつかれるかと思った瞬間、画面が一気に引いた。彼女が大きく水を掻いて距離を離したのだ。

 コメントは悲鳴で溢れているが、恐怖はもう一度ある。

 再び迫ってきたヘビが、カメラの目前に迫る。


『ぎゃあああ!』

『うわあああああ!』


 コメント欄がそうした絶叫で一杯になった瞬間、ヘビの顔が眼前で止まった。メイユィが横からヘビの首を掴んだのだ。

 あっという間に死んでしまったヘビに、視聴者から安堵のコメントが漏れる。エンターテイメントとしては中々だ。


『でかいウミヘビだったな』

『あっぶねえ。でも、流石はメイユィちゃん』

『駆逐者でも噛まれたら流石に死んじゃうよね?危なかった』


 『彼女にとってはどうという事はなかったそうです。カタツムリをつまみ上げるようなものだと言っていました』というテロップを入れてある。監督不行き届きを指摘されても面倒だ。

 画面はジェシカに切り替わった。彼女は凄まじい速度で水中を進んでいる。まるでイルカかマグロのような速度だ。

 あまりの速度に慄いた視聴者だったが、彼女が息継ぎをして戻ってきた時、目の前にやってきたそれを見て再び度肝を抜かれたようだ。


『シュモクザメ!やばいって!』

『ジェシカちゃん逃げて!』


 サメは頭を振りながらジェシカの方へと近寄ってくる。振り返って逃げ始めた彼女だったが、一旦追いつかれてしまう。目の前に沢山の歯が奥まで並んだサメの口腔が迫る。

 もうコメントは絶叫の嵐だ。ずらずらと流れる速度が物凄い。

 噛みつきを頭を掴んで躱し、顔面に膝蹴りを放ったジェシカだったが、一旦怯んだサメは再び襲いかかってくる。

 彼女がサメに馬乗りになり、ロデオを始めたかと思った瞬間、画面が血煙で真っ赤に染まった。


『ぎゃあああ!ジェシカちゃんが!』

『おい!何ぼーっと見てんだサカキ!助けろよ!』

『なんでこんなの放送してるの!』


 彼女の血だと勘違いした視聴者が一斉に騒ぎ始める。あの体勢を見れば、彼女が噛まれたわけではないというのはわかりそうなものだが。

 暫くして血煙が収まった後、画面にはぐったりとした巨大なシュモクザメの姿が映し出されている。


『あ、あれ?どうなったんだ?』

『焦った奴早とちりしすぎw』

『俺はわかってたし!』

『水中でサメに勝つとかジェシカちゃん強すぎでしょ』


 急激に振り返ったジェシカの視線の先に、ミサキが猛スピードで泳いでくるのが見える。それを見てまた視聴者は騒ぎ出した。見どころポイント満載である。

 やってきたミサキと二人で、仕留めたシュモクザメを引っぱって戻っていく。ボートに戻った頃には、安堵のコメントが溢れかえっていた。


『うおー、めっちゃ焦ったわ。リュウキュウの海って怖いな』

『サカキさんウミヘビにめっちゃビビってるのワロタ』

『え?これ、食えんの?』

『リュウキュウじゃ土産物として結構人気だぞ』

『サメも持って帰るの?ていうか食えんの?』

『フカヒレゲットだぜ!』

『絶滅危惧種なので積極的に捕まえるのはやめましょう』

『素手で捕まえられる奴がいたら見てみたいわw』


 場面は転換して女性用コテージの中に入った。ブルーシートの上に横たえられたシュモクザメが解体されていく。ヒレは既に外されていた。


「見事なシュモクザメですね。ヒレはもう切ったんですか」

「そうですね、これです。茹でて皮を剥いて、塩漬けにしてから冷蔵庫で干すんですが」

「身は?」

「半分ぐらいかまぼこにして、残りは煮魚にでもしようかと。臭いが気になるので、やっぱり生姜を利かせた味噌煮かヤマト煮辺りでしょうか」

「おー、本当にハンマーみたいな形してますね。これで前が見えるんでしょうか」

「そうですね、正面が死角になるそうですが、立体視野が広いというメリットもあるみたいです。ジェシカ、襲ってきた時、変な動きしてたでしょう?」

「してました!まっすぐじゃなくて、頭を振りながら向かってきました」


 会話をしながらもミサキは黙々と解体を進めている。内臓がでろりと引きずり出された時、やはりコメントには悲鳴が溢れる。これは予想していた事だった。

 ただ、ミサキの行っていた通りヒノモトでは比較的ありふれた解体作業らしく、ヒノモト語では落ち着いたコメントが多い。

 気になるのはやはり、希少な生物を殺したという所だが、それはもう織り込み済みだ。襲ってきたのだから反撃するのは当然だし、殺したのなら無駄にせず食べるというのも理に適っている。ここに文句のある者がいれば、いくらでも反論は可能だ。

 場面は転換して、暗くなった中、自分が食事をしている風景が映っている。固定されたカメラは見慣れた手元を映し出しており、皿の上には煮魚と不揃いなかまぼこが並んでいる。


「煮魚の方は……うん、普通の煮魚ですね。サバとかみたいに味が濃いわけじゃないけど、あっさりしてて、普通の煮魚です。美味しいです。かまぼこは、これは良いですね。普通のかまぼこよりもなんかふわふわしてます。作り方が違うのかな?美味い」


『俺もミサキちゃんたちの手作り料理食いてえ』

『美味しそう。サメ売ってたら真似してみようかな』

『サカキさん役得すぎるだろ』


 食事が終わって、映像は部屋から映した夜の浜に変わった。


「えー、お疲れ様でした。二日目終了です。一日目は移動日だったので、実質島では一日目ですね。すみません、生放送の予定だったのですが、多分、この動画見て下さった方にはその理由がわかると思います。お察しください。明日もまた撮影していきますので、引き続きお楽しみください。それでは、おやすみなさい」


「ん?」

 今気づいたのだが、映っている浜の隅の方、誰かが歩いていくのが見えた。

 女性用から出てきたのと、シルエットからするとミサキだろうか。こんな時間に出ていって、何をしていたのだろうか。

 視聴者は殆ど気がついていないので気にする必要は無いと思うのだが。

 まぁ、特に夜に何かあったとは聞いていないし、あまり大きな変化もなかった。精々アルバイトのアラガキが、翌日見た時に顔を虫に刺されてあちこち腫れていたぐらいだ。

 それよりも、三日目の夜の方が自分には衝撃的だった。いや、今はそれは良いだろう。

 動画の方に目を戻す。翌日は朝から浜辺で、遊んでいる五人の姿が映っている。

 マツバラとオオイには顔にぼかしを入れている。顔消し機能を使ってやったのだが、意外にこれが面倒だ。ずれるし、時々間違ってミサキ達の顔を消したりする。融通の効かないソフトに四苦八苦しながら、どうにか今日の公開に間に合わせたのだった。

 五人は最初、海に入って気持ちよさそうに泳ぎ回っていたのだが、早々に疲れたマツバラだけが浜辺に戻ってきて座っている。

 映像にはテロップを入れてあり、『顔を隠している二人は三人の世話係と、専属のお医者さんです』とだけ説明してある。彼女達を呼んだ時の名前も音で消してある。


「いやあ、―――も―――先生も結構スタイルいいですよね」

「何?サカキ君、撮ってるの?勘弁してよ」

「編集しますから大丈夫ですよ」


『これ、女医さんか?』

『めっちゃいい身体してるな。白い水着たまんねえ』

『サカキさんハーレム状態かよ、羨ましい』

『世話係の人、もっと映してくれ』

『俺、このお医者さんに怪我の治療してもらったぞ、すげえ美人だった』

『どいつもこいつもエロい身体しやがって』


 暫く海に入っていた彼女達だったが、そのうち揃ってざばざばと海から上がってきた。白い肌を滴る水滴が艶めかしい。ミサキなどは水着のお腹の部分が完全に透けて、おへそがうっすらと見えている。


「ヘイ!シュウト!ビーチバレーがしたいです!ボールはありませんか?」

「ああ、ボールなら倉庫にゴムボールがありましたよ」

「取ってきましょうか、皆さんは休んでいてください」


 顔にぼかしのかかったオオイがコテージの方へ走っていった。紺色の水着に包まれた、形の良い尻が揺れている。


『世話係の人、胸はそうでもないけど引き締まってるな』

『スポーツ選手か、いや、防衛隊の人じゃね?』

『なんかかっこいい』


 四人は二手に分かれて、倉庫から持ってきたネットを立ててビーチバレーを始めた。

 オオイとミサキ、メイユィとジェシカのチームだが、流石にこの三人についていくのは難しいらしく、オオイは凄まじいパワーのスパイクを受けては四苦八苦している。というか、良く生身の人間であれが取れるものだ。

 マツバラは脇に座って審判をする事にしたようで、三角座りをしたままネットの脇に座っている。

 圧倒的な反射神経を誇る三人だと、なかなか点が入らない。

 運動能力的にはオオイのいるチームが不利のようだが、彼女は必死に防衛に徹してミサキの脚を引っ張らないようにしている。

 三人の中ではやはりミサキの能力が一段上なのか、意外と均衡が保たれているのがすごい。オオイも普段は地味にしているが、厳しい訓練を潜り抜けた陸上防衛隊のエリートなのだ。


「―――、すごいな、良く受けられるなぁ、あれ」


『世話係の人、やるじゃん』

『ボール見えねえwこれ本当に柔らかいゴムボールかよw』

『揺れる胸、震える尻、やはりビーチバレーは良いですなあ』

『見えちゃいそうで怖い。いや、寧ろ見せろ』


 躍動感のあるビーチバレーはやはり人気だ。コメントはやや彼女達の身体に言及するものばかりに偏りがちだが、仕方がない。これは休暇のサービスショットなのである。

 途中、何かに気がついたミサキがコートを離れていった。確かこの時、アルバイトの二人が桟橋に向けて荷物を運んでいたのだ。

 手伝いにいったミサキの方向は映せない。コメントはミサキちゃんを映せと言っているが、移動した先には秋藝の人たちがいるのである。処理が面倒だと思ったので、そのままコートの方を映していたのだ。

 ミサキが抜けた事で、一旦オオイはマツバラの横に座り込んだ。流石に疲れたようである。

 ジェシカとメイユィは疲れを知らないのか、二人で遊び始めた。二人だけでも凄まじいボールの応酬が繰り広げられている。

 動画の中で、力任せに放ったジェシカのスパイクが明後日の方向に飛んでいった。どうやらメイユィが放ったフェイント動作に幻惑されたようである。

 ボールが飛んでいったのはミサキの走っていった方だ。やはり映せない。

 ただ、すぐにボールは戻ってきた。確か、超遠距離からミサキがジャンピングサーブを放っていたのだ。

 戻ってきたミサキを含めた三人は、今度はネット無しでボール遊びを始めた。

 いや、ボール遊びなどという生易しいものではない。殺意を持ったかのようなゴムボールが、その耐久限界に挑むかのように彼女達に滅多打ちにされている。

 脇で見ているオオイとマツバラは呆れて、持ってきたスポーツドリンクを立ったまま飲み始めた。

 汗なのか海水なのか分からない雫が、彼女達の水着や太ももを伝っている。

 豊満な肉体のマツバラに、全体的にスレンダーだがしっかりとした下半身のオオイ。タイプの違った二人の身体はどちらも美しく、ミサキ達と並べても遜色ないのではと思えてしまう。


「うーん、―――先生も中々映像映えするな」

「あっ!シュウトさん危ない!」


 呟いたところに、画面に映っていた三人の方から物凄い勢いのボールが飛んできた。メイユィの放ったスパイクを、ジェシカがひょいと避けた所だった。


『サカキさんwwwww』

『クリーンヒットwwww』

『メイユィちゃんのスパイク、殺人的すぎるw』


「ちょっと、大丈夫?サカキ君。ちょっと見せて。あっ、やっぱり鼻血出てるし。動かないで」


『ちょ、サカキさんそこ代われ』

『大迫力wそりゃ鼻血出るでしょw』

『うおお、ドアップすげえええええ』

『顔映して欲しい』


 コメントは実に勝手なことばかり言っている。まぁ、役得であった事は確かだ。マツバラの白いビキニは中々こう、迫力があって、近くで見るとなんとも、いや。

 振動音が聞こえて、動画の中の自分がオオイを呼んでいる。彼女もまたこちらに走り寄ってきた。


「場所は?……はぁ?わかった、好都合だ。こちらから出る。ヘリは……いや、待った。三人とも!出動です!武器を!」


『えっ、世話係の人、やっぱ防衛隊なのか』

『凛々しくてかっこいい!』

『素晴らしい尻』

『尻、尻のアップ』

『お前ら尻ばっかり言うんじゃねえ!災害発生だろうが!』

『これ、昨日のリュウキュウの災害か。すげえ偶然だな』


「災害発生のようです。僕も一緒に移動します」


『うお、災害の現場映像か、やべえ』

『不謹慎だけどワクワクしてきた』

『サカキさん、ついてって大丈夫なのか?』

『動画出せたってことは無事だったんだろ』


 画面は一旦暗転して、テロップだけを表示してある。『緊急事態の為、民間の船をお借りして移動します』。

 ここからはミサキのつけていたヘッドセットの映像に切り替わる。

 唐突に船の舳先から飛び降りた彼女は、迫ってくる二体を前に、変わった形状の大太刀を構えた。


『なんだ、あれ。あれも恐竜なのか?』

『きめえ』

『図鑑でも見たことないぞ、こんな形』


「あれは、恐竜、なのですか?」

「見た目は変ですが油断しないように。当然、人を襲っているはずです」


 まるでコメントに答えるかのように言った彼女は、迫りくる異形に向けて躊躇なく突っ込んでいった。

 異形が頭を振りかぶった瞬間、映像がぶれたかと思ったら、もう一体の前に移動している。後方で爆発音が響き渡り、画面の端からジェシカが飛び出してきた。

 常人の目では捉えきれぬ程の左右の高速のフックが胴体に命中している。いや、命中してからフックだと分かった。

 痛みに呻いた異形がジェシカを捕まえようと頭を下げた瞬間、映像が空に舞う。

 激しい激突音と共に、視界の中、竜の後頭部に刃がめり込んでいる。かと思ったら、次の瞬間、竜の頭部が切り離されて吹き飛んだ。


『な、なんだ、これ』

『何やってんのか全然わかんねえ』

『速すぎんだろ……』

『すげー、あのでかさの化け物を一撃かよ』

『爆発したのって誰の攻撃だ?』

『メイユィちゃんじゃね?映ってないし』

『血しぶきやべえ!』


 またたく間に二体の竜を片付けた三人は、ミサキの指示で別方向に散った。話を聞いていると、どうやら彼女達には悲鳴が聞こえているらしい。ヘッドセットのマイクでは拾い切れていなかった。


『あんなにエロ可愛いのに、戦うとやっぱ強いんだな』

『一瞬じゃねえか』

『移動もはええ!何十キロ出てんだこれ』


 ミサキは浜から猛スピードで西に移動し、事務所のような建物を通り過ぎた。一瞬裏口が空いているのを確認しただけだったが、そこにはいないと判断するのも早い。

 道路に出て、すぐに彼女は標的を発見した。道路の脇、がけ崩れ防止のコンクリート壁に、先程のものと同じような竜が執拗に攻撃を繰り返している。

 何かと思えば、その壁の上、土手になった所に逃げた人々が集まり、下を覗き込んでいる。


『動画撮ってんじゃえねよw』

『登れないの受けるw』

『なんかちょっとキモかわいいな、この恐竜』


 ミサキは躊躇なくこちらに気づいていない竜の首後ろに、思い切り刀を叩きつけた。先程と同じく、たったの一撃で異形の首は吹き飛び、道路に体液を撒き散らす。

 彼女は上に避難していた人たちに声をかけ、竜の死体から少し離れた所から、一人ずつ下ろし始めた。


『あっ!おい!どさくさに紛れてミサキちゃんのおっぱいにさわるな!』

『羨ましい……俺もミサキちゃんに抱きとめられたい』

『少年の性癖歪むだろ、こんなの』

『少年の性癖は正常です』


 コンクリート壁は登るよりも降りる方が大変なのか、足をすべらせる人が結構いる。ミサキはそういった人たちに注意を払い、怪我をしないように一人ずつ着地の手助けをしていた。

 年齢層も性別もバラバラだ。たまたま逃げた方向が同じだったのだろう。小学生らしき少年を連れた親も混じっている。

 ミサキは人々を連れて、来た道を引き返し始めた。確か、この間にスギタとオオイの指示で、砂浜に簡易テントを張っていたのだ、自分も手伝ったので覚えている。

 映像は今度はジェシカのものに切り替わった。北へと猛スピードで砂を巻き上げて走っていった彼女は、程無く二つの建物の間を、ぐるぐると逃げ回っている人たちを見つけた。


「こっちです!こっちに来てください!」


 ジェシカが大声で呼びかけると、気がついた人々が振り返り、駆け寄ってくる。当然、現場にいた竜も気がついてその後ろを追いかけてきた。

 悲鳴を上げて駆けてくる人々と一瞬ですれ違い、その後ろをどたどたと駆け寄ってきていた異形の竜に向かって、電光石火の勢いで迫る。

 頭を振り上げた竜を掻い潜るようにして、ジェシカは勢いを載せた右腕の手甲を、正面の腹に抉りこむようにして叩きつけた。

 一瞬の出来事であったが、映像には螺旋に歪んだ竜の白い腹が見えている。激しく凹んだその部分は、ゆっくりと画面の向こうへと移動していく。

 低い、洞穴の中を風が通るような音がした。先程も聞こえていた竜の吠声だ。

 竜はその飛び出た牙の奥から激しく吐血し、湿った吠声を上げてはひどく噎せている。恐らく内臓を激しく損傷したのだろう。

 しかしそれでも尚、生命力の高い生き物は、その血まみれの口腔を精一杯広げてジェシカに噛み付いてきた。

 噛みつかれる、と思った瞬間、視界がブレて視点が変わった。

 恐ろしい速度で身を躱した彼女は、振り下ろされた竜の頭部を悠然と眺めている。直後、その頭部に組まれた二つの手甲が叩きつけられた。

 ばきりともぐしゃりとも、なんとも形容のし難い音を立て、竜の頭部が弾け飛ぶ。視界は急に曇り、よく見えなくなった。

 流石にこれはグロすぎると思い、このシーンにはぼかしを入れたのだ。

 実際には飛び散った血と脳漿で視界が一面覆われ、割れた頭蓋に飛び出た目玉と、それはもう顔を覆いたくなるような惨状だったのだ。


『うへえ』

『ジェシカちゃん、容赦ねえな』

『速すぎて何が起こったのかわからんかった』

『もう音だけでもグロい』


「皆さん!大丈夫ですか!」


 棒立ちになってこちらを見ている人たちに向かってジェシカが呼びかけた。

 遠巻きに呆然とその様子を見ていた人々は、糸が切れたかのように全員がその場にしゃがみこんだ。

 ジェシカは一旦海の方へと駆けていって軽く全身の返り血を洗い流すと、再び座り込んでいる人たちの所へと戻ってきた。


「浜に戻りましょう!ドクターがいますので、怪我をしている人は診てもらってください!」


 そう言って全員を立ち上がらせると、彼女はゴーゴーと叫びながら走り出した。

 全力ではないものの、かなりの速度が出ている。慌てて走り出した人たちも、置いていかれてはたまらないと全力でついてきているようだ。


『ジェシカちゃん、助かった人にも容赦ないなw』

『地獄のマラソン二周目』

『カッターシャツに長ズボンのおっさんいるぞ、無理すんなwww』


 脅威は去ったので急ぐ必要はないのだが、なぜだかジェシカの後ろについてきている人々は必死の形相だ。画面にはぼかしは入れてあるものの、元映像では相当にきつそうだった。

 多分、一刻も早くあの異形の死体から離れたかったのだと思われる。ジェシカの率いる縦に長い行列は、他のどの集団よりも手早く現場を離れていったのであった。

 映像が切り替わる。今度はメイユィが南へと向かって走っている。

 ジェシカの時よりも大分早く、メイユィはその足を止めた。視界には竜の姿は映っていないが、彼女は何かを感じ取っているのだろう。

 海岸に沿って波打つように置かれたコンクリートのブロック。波打ち際に近い所には、防波用なのか背の高いテトラポッドも積み上げられている。

 奥には木々の合間に木造の建造物が見える。今の所壊されてはいないようだが、周辺は妙に静まり返っている。

 メイユィは黙って自分の身長よりも遥かに長い槍を構えた。視界にはまだ何も見えない。

 と、足元から火薬の爆ぜるような音をさせて、彼女が突進した。目標は右手前方にある木造の小屋。

 その中にいるのか、と思ったのも束の間、メイユィは大きく跳躍してその建物の屋根の上に跳び上がる。いた。

 丁度建物の陰に隠れる形で、辺りの地面を嗅ぎ回っている異形の竜がいた。

 屋根の上の物音に気づいた竜が顔を上げる。と同時に、メイユィはまっすぐにそちらに飛び降り、柄の部分で強かに竜の目元を打ち据えた。

 打撃とは思えないほどの強烈な一撃が、竜の片目を叩き、潰す。

 低い唸り声を上げた出っ歯の異形は、すぐにもう片方の目で自らに手傷を追わせた小さな姿を追いかける。

 木造の建物に挟まれる場所に降り立った彼女は、槍の穂先を静かに下ろして体勢を屈めた。視線はその片目の竜にしっかりと注がれている。

 竜が突進してきた。両脇は建造物で逃げ場は無い。叩きつけられてきた竜の頭を、彼女は低く鋭く、後方に跳躍して躱した。

 直後、再び爆発音が響き渡る。

 土の地面を抉り取った彼女の踏み込みから、凄まじい速度で槍が突き出される。狙いは当然、振り下ろしたばかりの竜の頭部。

 ぼん、と、頭部が弾け飛んだ。当然ぼかし入りである。

 彼女の全力の螺旋突きは、DDDの中でも群を抜いて貫通力のある攻撃だ。例えそれがGクラスの頑丈な肉体であろうとも、その肉をえぐり取り、骨を貫き、大穴を空ける。

 当然、Mクラスの頭など簡単に吹き飛ばす。

 槍の直径よりも遥かに巨大に穿たれた穴は、最早爆発物の直撃と大差無い。一瞬にして脳を失った竜は、自分が死んだ事にすら気づかず、暫く身体だけでその場をうろうろとしていたが、すぐにバランスを失って横倒しになった。


『え?』

『何?何?』

『見えないよサカキさん!』

『一撃かよ。こえー!』


 一撃だというのなら、ミサキも一撃で首を刈っていた。だが、それはジェシカの攻撃に怯んでいたり、こちらに背を向けて気づいていなかった状態のものだ。

 真っ向から一撃でぶち抜いたメイユィの火力は、やはり三人の中でも突出していると言って良いだろう。


「おーい、もう恐竜は倒したから出てきて大丈夫だよ!浜に戻って、皆と合流しようよ!」


 彼女が呼びかけると、木造の建物の中や床下、海岸沿いのブロックの間からぞろぞろと人が出てきた。どうやら彼らは隠れてやり過ごす事を選んだらしい。

 それでももう少し彼女の到着が遅ければ、匂いに気づいた竜にやられていた可能性が高い。迅速に駆け付けられたからこそ助かった命だと言えるだろう。

 出てきた彼らは横たわった竜の死骸を見て流石にぎょっとしたようだったが、屈託のない水着の少女の笑顔にほんわかと癒やされ、全員で彼女を囲むようにしてぞろぞろと戻りだした。


『メイユィちゃん、天使』

『ギャップが激しすぎる』

『サカキさん、メイユィちゃんの顔映してよ』


 無茶を言うコメントがある。これは彼女の身につけていたカメラの映像なのである。

 現場で戦う彼女達の姿を映そうと思えば、第三者が同行するしかない。流石にそんな危険は犯せない。

 ただ、ドローンのようなものがあれば……恐竜の発生直後は電子機器が駄目になってしまうので使えないが、ある程度時間が経てば使えるようになる。

 エゾでドローンを使った支援ができたように、国内であれば撮影は可能かもしれない。支援攻撃も視野に入れて、どうにかできないかマツバラとオオイにかけあっても良いだろう。

 動画の場面はまた飛んで、青いテントの中でマツバラの治療を受けている人たちが映っている。


「うん、軽い傷だね。消毒だけでも大丈夫。ただ、悪い菌が入ってたらまずいから、熱が出たり腫れてきたらすぐに近くの病院を受診すること」

「ありがとうございます、先生」


『むほほ、白ビキニのお医者さん』

『先生、ボクの股間が腫れちゃって苦しいんです』

『先生に診てもらったら出血が激しくなりそう』


「―――先生、大きな負傷を受けた人は?」

「大丈夫だよ―――さん。今の所かすり傷みたいな人ばっかり。ただ、そっちの人の奥さんが……」

「そうですか……すみません、ご消沈の所恐縮ですが、奥さんのお名前とご住所を」


 急に重い話になって、コメントが沈黙する。そう、これは災害なのだ。亡くなった人がいるのである。

 頭を剃り上げた30代ぐらいの男が、うつむきがちにぼそぼそとオオイの質問に答えている。

 名前と住所の音声は消しているが、彼の状況説明はこの時、良く聞こえていた。

 彼の奥さんは、竜が出現した場所から少し離れた場所にいたらしい。露店の呼び込みと表のベンチの給仕をしていたそうで、異変に真っ先に気がついたそうだ。

 突然、宙空からぼたぼたと竜が降ってきたのだという。すぐ近くにいた40代ぐらいの三人連れの近くに出現し、三人のうち、逃げ遅れた一人が真っ先に犠牲になった。

 次に近くにいたのは親子連れで、父親が小学生の息子を抱えて逃げ出した。

 彼の妻は、子供を抱えているせいで逃げ切れそうもない親子の脇から大声を上げて竜を引き付け、浜とは反対の方向へ走り出したのだという。

 しかし、五体もの竜がひしめき合う場所からは、到底逃げおおせる事などできなかった。


「俺は、何もできなかった。あいつがあんなに必死になって、お客さんたちを逃がそうとしたのに……」


 彼は暫くうなだれていたものの、顔を上げてこちらに向かって言った。


「あの、あいつが逃した親子は、どうなりました」

「助かりましたよ。カラスマさんが連れて戻ってきました。お子さんが、屋台のおばちゃんが助けてくれたって」

「そうですか……良かった、良かった……」


 彼は涙ぐんで、顔を覆って下を向いた。小さく嗚咽が続いている。

 耐えられなくなって表に出た。現場の後処理は辛い。

 表に出ると、丁度ジェシカがこちらに駆けて戻ってきた所だった。


「ヘイ!みんな無事でしたよ!建物をぐるぐると逃げ回っていました!」


 明るい声に少しだけ癒される。沈黙していたコメント欄も、少しずつ戻り始めた。

 少ししてメイユィも戻ってきて、シートに座り込むなり空腹を訴えた。

 そこへ、出てきたばかりの先程のスキンヘッドの男性が声をかけた。


「おっ!みんな、腹減ってるのかい?露店は無事だし、俺っちが焼いてやるよ!」


 周辺からも続々と協力者が現れる。


「あ、あの。俺、丁度食材運んできた所なんです。トラックは無事だったんで、足りるとは思います」

「事務所の給湯室も解放しましょう。ガス台はありますし、停電していないのであれば電子レンジも使えますよ」

「あら。それなら、船の食材も出そうかしら。もう船は修理するまで動かせないし、冷凍冷蔵食品もこのままじゃ無駄になっちゃうから。発電機も積んでるから、必要なら言ってくださいな」


『おっさん、奥さんが亡くなって辛いだろうに』

「このシャツの人、ジェシカちゃんを走って追いかけてきた人だ』

『え、これ、この人、ひょっとしてユリアの社長じゃね?』

『民間の船って、ユリアの船だったのか』

『やばい、泣きそう』


 ぼかしが入っていても分かる人には分かるようだ。そもそも彼女は有名だし、この間のコスプレイベントに出ていたので、この動画の視聴者であればすぐに気がつくのだろうが。

 音声まで変えている余裕はなかった。それに、そこまでしてしまうとどうしてもテレビ番組のようになってしまって気持ち悪いとも思ったのである。これは創作ではない。現実なのだ。

 和やかに食事のシーンが進んだところで、映像を切ってその日の浜の映像に戻した。例の新聞社の言いがかり場面はカットした。

 勿論映像は残っているし、何かしらアクションを起こしてきたら公開するつもりではある。

 ただ、折角落着したところに、視聴者の気分が悪くなるようなシーンを持ってくるのもどうかと思ったし、公開すれば間違いなくネットでは二社を叩く流れが出来上がってしまうだろう。

 以前のエゾの報復の結果のような事はもう沢山だ。流石にあれ以来、報復するにしても慎重に考えるようになった。

 慌てた様子で電話してきた時のミサキの声が忘れられない。結局、あの時はミサキの懸念通り、後味の悪い結末になってしまったのだ。

 動画の反応は今の所かなり好評だ。わざわざ怒りを煽り立てるよりも、こちらで良かったのだと納得した。

 ベッドのヘッドボードに埋め込んであるデジタル時計の時刻を見ると、もう午後八時前だ。

 時間を忘れて作業していたので、流石に腹が減ってきた。ルームサービスを頼むにはもう遅いし、外でラーメンでも食べてこよう。


 近くにあるラーメンチェーン、『天下布武』で濃厚なスープのラーメンを啜り上げていると、店内に映ったニュース番組の画面がいきなり切り替わる。

「……あぁ、公表したのか。ふーん」

 連合王国の首相が、比較的妥当な判断を世界中に向けて知らせている。連邦の反応は二つに一つだろうが。

「まぁ、あの国、強情だからなぁ」

 食べ終わったスープにライスを投入して、最後の一滴まで残さず堪能した。

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