第49話 実況

 キッチンで朝食の支度をしていると、和室の襖が開いてメイユィが出てきた。ピンク色のリボンがついた可愛らしい上下で、スタイルは控えめだが可憐な彼女にとても良く似合っている。

「いいにおい……」

「おはようございます、メイユィ。朝ごはんがもうすぐできますから、服を着て来て下さい」

「わかったー」

 彼女は襖を開けっ放しのまま、和室へと戻っていった。続いてジェシカも眠そうに目を擦りながらリビングに現れる。こちらは灰色の実用一辺倒のスポーツブラだ。

『クソうまそうな匂いがするな。メシか?』

「ジェシカ、おはようございます。そうですよ、早く着替えてきて下さい」

『オーケーファッキン。クソ面倒くせえ』

 彼女の連合王国語は相変わらずである。意識しないとふとした事で現れる。あまり外では他人に聞かせたくない。彼女もまた、メイユィと同じ様に和室に戻っていった。

 ソウがねぼすけで助かった。もし彼がここにいたら、彼女たちの下着姿を見られていた所である。それは決して許されない事だろう。

 二つ完成しただし巻き玉子を、熱いまま包丁で切り分けて小皿に盛る。続けてグリルからさわらの味噌漬けを取り出して皿に並べ、はじかみしょうがを乗せていく。二人はよく食べるので、これも一皿で三人前ぐらいはある量だ。

 冷凍庫から取り出したきんぴられんこんをレンジで温め直し、小鉢に盛って軽く七味を振る。メイユィは辛いのが苦手なのでごく少量だ。

 彼女たちが着替え終わって出てくる頃に、朝食の皿は全て並べ終わった。お椀に味噌汁を入れて、丼鉢に炊きたての白飯をこれでもかと盛った。好みでかける海藻のふりかけをテーブルにとんと置いたと同時に、彼女たちが並んでテーブルについた。

「ミサキ、これは、ヒノモト料理ですね!初めて食べます!」

「わぁ、わぁ!すごい!ガイドブックで見たホテルの朝ごはんみたい!」

 それは言い過ぎだ。多少は品数を増やしたが、ごく普通の和朝食である。というか。

「二人とも、和食を食べるのが初めてって、朝ごはんはいつもどうしているんですか?」

 自分が作っているのは昼だけだ。そういえば駐屯地にいる時の彼女たちの朝と夕は何を食べているのか知らない。

「朝ですか?大体私はサンドウィッチが多いです。夜もそうです」

「ワタシはマントウが多いよ。ヒノモトの甘いマントウ、大好き」

 結局以前と変わっていないらしい。しかし、同じものばかりというのはどうなのだ。

 かといって自分が作ってやるわけにもいかない。その時間は勤務時間外だし、そもそも朝晩はソウと一緒に食べたいのだ。

 二人は目を輝かせて和朝食に食らいついた。鰆に直接かじりつき、飯をかきこみ、合間にきんぴらやだし巻きをつまみ、味噌汁を啜る。器から直接スープを食べるのは、昼食で慣れたようだ。

「ミサキ、ミサキ。このオムレツ、美味しいよ!ふわふわしてて、味がじゅわって滲み出てくる!」

「それはだし巻き玉子ですね。美味しいでしょう」

 だし巻きは自分もソウも大好きだ。大根おろしを添えることもあるが、今日は大根が無かったのでつけていない。

「ミサキ、この魚は何ですか?味が濃くて、ごはんが進みます!」

「それはサワラという魚ですよ。その味付けは白味噌です」

「シロミソ!少し甘くてしょっぱくて美味しいですね!」

「ミサキ、このピンク色の、カワイイけど辛いよ」

「メイユィ、それははじかみしょうがです。苦手なら残してもいいですよ」

 朝から彼女たちは元気いっぱいに朝食をもりもりと食べている。健啖家は見ているだけでも楽しくなってくる。作りがいがあるというものだ。

「ミサキ、ミサキは食べないの?」

 メイユィが箸を止めてキッチンにいるこちらを見た。気遣いのできる良い子である。

「私はソウが起きてきてから食べます。気にしないで下さい」

 流石に家にいるのに彼を一人きりで食わせるわけにもいかない。というか、分けて食べると後片付けが面倒なのだ。一緒に食べたほうが効率も良い。

 メイユィだけでなく、ジェシカも箸を止めてこちらを見てにんまりと笑った。

「夫婦ですからね!『ミサキ、好きだ、愛してる。私もだよ、ソウ』」

 じろりとジェシカを睨む。折角無かったことにしてやろうというこちらの気遣いは意味がなかったようだ。慌てて彼女は再び食事に没頭した。

「覗きはダメですよ、二人とも。最低限のマナーは守って下さい。どんなに気になっても、それはいけません」

「はい」

「ごめんなさい」

 一度釘を刺しておけば大丈夫だろう。二人は素直だ。言うことはちゃんと聞く。

 黙って食事を続ける二人に、目から力を抜いてほうじ茶を湯呑に入れて持っていく。苦味と渋みの少ないこの茶であれば、緑茶が苦手なジェシカでも大丈夫だろう。

「今日は何かする予定はあるのですか?買い物は昨日で終わりですよね」

 元々外出は昨日一日の予定だったのだ。急遽ここに泊まった為、日曜日の予定は皆無のはずである。

「勿論!昨日の続きですよ!ミサキ!チャンピオンを目指します!」

「他にも何か面白いゲームないかな?ソウさんに聞いていい?」

 意外と二人はインドア派だった。まぁ、駐屯地にいれば部屋の中でする娯楽ばかりになるのは仕方がない。運動ですら室内で行っているのである。

「はいはい。それじゃあBFの続きをしましょうか。こっちは出かけなくていいので楽ですけどね」

 食事が終わって早速テレビの前に座り込んだ二人を追いかけるように、リビングにソウが入ってきた。今日は寝坊せずに起きられたようである。

「お?この匂い、味噌漬けか?」

「うん。できてるから、座って」

 いそいそと席についた彼の前に、二人と同じ、けれど量は三分の一のものを並べる。こちらも余りを全て皿に乗せて、彼の向かい側に座った。

「おっ、二人とも。早速続きをやってるの?」

 ネット対戦を始めた二人に気付いたソウが声をかけた。ジェシカはプレイしていたので、メイユィが振り返って眩しい笑顔を見せる。

「うん!これ、面白いね。キャラもカワイイし、操作も楽しいよ!」

 ソウはそっか、良かったねと言って食事に向き直った。確かに、楽しいのは良い事だ。だが、自分達の能力を使ってネット対戦をするというのは、ある意味チートではないだろうかと思うのだ。

 無論、これは自分達の持っている能力だ。それを使ってどうしようが、文句を言われる筋合いはない。だが、明らかに常人離れした能力をもって回線の向こうの相手を叩きのめすのは、なんというか、若干罪悪感がある。


 そうか?弱者を叩きのめすのがお前の本分だろう?


「この鰆、白味噌か?懐かしいな」

「でしょ?ヤマシロでは良く食べたよね」

 あまり白味噌の味噌漬けは他の地域では出回っていない。だが、この魚の仄かに甘みのある味噌漬けは、他では味わえない独特の良さがある。自分も大好きだ。

 黙々と食事をしている中、二人は歓声を上げて相変わらず相手を完膚なきまでに叩き伏せている。加減という言葉を知らないのだろうが、SSSランクで手加減、というのも何か違う気がする。抜き身の刀を向けあっているのが格闘ゲームのネット対戦だ。甘えは許されない。実力が全てだ。

「あれ?ねえ、ソウさん。何かメッセージが出てきたよ?何だろう、これ」

「うん?どれどれ?」

 画面の中央上部に小さなウィンドウがポップアップしている。ああ、これは。

「あー。ほっといていいよ、メイユィちゃん。負けて悔しい奴が吠えてるだけだから」

「そうなの?返事しなくていいの?」

「返事をすると余計ヒートアップするので、放っておいて下さい。気にせず遊んでいいですよ」

「うん、わかった」

 ちらりと見えたウィンドウには、チート野郎という言葉が出ていた。よくある、負けたことに納得がいかず、相手を不正呼ばわりする類の人間である。無視が一番だ。

 食事を終えてキッチンで洗い物に取り掛かる。洗濯機も回して、足元をロボット掃除機が動き回る中、カウンター越しにリビングの方を見る。ソウが彼女たちの脇に座ってゲーム画面を見ているが、その顔はあまり晴れない。

 ここからでも見える。画面には何度もポップアップが出ており、先程の人間のしつこさがよくわかる。普通、時間を置けば勝手にクールダウンしてどうでも良くなるものだが、どうやら対戦した相手が悪かったらしい。たまにいるのだ、延々と怒りが持続する人間が。

 バカバカしい。たかがゲームではないか。夢中になれるというのは良い事だが、そんなに怒ってまで続けるものではない。ゲームは娯楽だ。

 娯楽でストレスが溜まるというのならば、そんなものはやらない方がマシだ。すっぱりとやめてしまえば良いのである。SSSランクという事はそれなりに続けていて、腕にも自信があったのだろうが、上には上がいる。当然だ。

 負けたことをバネにして改善するのであれば健全だろう。だが、負けたことを相手のせいにして怒り散らすというのは愚か者の所業である。対戦ゲームに向いていない。

 ロボットが掃除を終えてホームに戻ったので、ごみを取り出して捨てた。前掛けを取ってソウの隣に座ると、やはりというか何というか、彼は非常に困った顔をしていた。

 ポップアップに出てくる言葉は段々と過激さを増している。ジェシカもメイユィも気にしなくて良いと言われたので意識から外しているようだが、その内容は明らかに攻撃的になりつつある。これは、あまり良くないだろう。

「ジェシカ、それが終わったらちょっと貸して下さい」

「はい!ミサキもチャンピオンになるのを手伝って下さい!」

 手伝わなくても放っておけば彼女たちは勝手に一位になるだろう。それよりも、こっちだ。ホーム画面に戻って該当のウィンドウを開き、メッセージを送ってきている相手をブロックした。これで大丈夫。

 静かになった画面を確認して、メイユィにコントローラーを返す。彼女はまた、嬉しそうに対戦を始めた。

 ランキングはもう一桁にまで上がっていた。無敗で延々と勝ち続けているのだから当たり前だ。だが、そこから上位の人間は今はログインしていないのか、なかなかマッチしない。大体がその辺りの同ランクの相手とばかり当たっているが、そのどれもがこちらの圧倒的な反応速度に恐れをなしたのか、一度戦っただけですぐにマッチしなくなった。

 必然的に下位の対戦相手とばかり当たるようになる。これ以上はランキングの仕様なのか、どうにも上昇しなくなっているようだ。現在7位。

 直接自分よりも上位の相手と戦うか、その上位の相手を負かした相手が下位にいればそれを倒せばじわじわと上がっていくのだろう。だが、流石にそんな機会は訪れない。

 或いは圧倒的に勝ち数を積み上げれば上がるのかもしれないが、こちらは昨日の夜始めたばかりである。四六時中プレイしていたであろう上位勢に数で勝てるはずもない。

「うーむ、上がらなくなってきました。どうしてでしょう?ずっと勝っているのに」

 ジェシカが唸っている。確かにずっと勝利しているのに上がらないというのは不思議に感じるかもしれない。だが、システムとしては健全だ。

 でないと、八百長が可能になってしまうのである。自分でアカウントを二つ作って、両方成長させた上で、メインの方でサブを倒す。それを繰り返せば、強い相手とそこまで戦わなくてもどんどんランクが上がっていく。それは問題だろう。

 それ故に、自分より強い者か、強い者を負かしたものと戦わなければいけないのだ。つまり、トップランクを取ったものが無敗であれば、そのままログインしないだけで延々とトップに君臨し続ける事となる。

 それはそれで問題があるだろうが、このランクというのはたしか、一月で一度リセットされる。それに、一定数対戦をこなさないと上には上がれないような仕組みになっているのだ。

「今日は無理かもしれませんねえ。時間を置いて、上の人が入ってる時にでもやらないと……」

 ぽん、とまたポップアップが出た。先程とは違うアカウントのようだが、どうやら同じ人物らしい。『逃げんなカス』。逃げていない。マッチすれば戦えるだろうに。

「なんだこりゃ。しつこい奴だなあ。この情熱を他に向けりゃいいのに」

 呆れたソウが再びブロックした。また静かになる。

「この人は、なぜこんなにメッセージを送ってくるのですか?そんなに私達の事が、気に入らなかったのでしょうか」

「うん、まぁ、そういう人も結構いるんだよ、ジェシカちゃん。気にしないのが一番いいよ」

「そうですか。ネットにも沢山いますね」

 知っているのか。まぁ、ジェシカの部屋にもメイユィの部屋にも、アクセス制限はされているものの外部に繋がったネット環境がある。調べようと思えばある程度までは調べることができるだろう。だが、純粋な彼女たちにはあまり見てほしくない世界でもある。特に、自分を取り巻く誹謗中傷に関しては。

 ソウが彼のデスクの方に移動した。端末を操作して、何か調べているようだ。

「あんまり上がらないと退屈だね。対戦相手もなんか随分下の方ばっかりだし」

「もう十分上がったでしょう?この辺で良いのでは」

「ダメです。目指すならチャンピオンですよ、ミサキ」

 なかなかに頑なだ。こういうゲームは程々で良いと思うのだが。

 微妙にマッチングしなくなった画面をぼーっと眺めていると、ソウがこちらを呼んだ。

「ミサキ、ちょっと」

「ん?」

 だれてソファに寝そべっている二人を置いて、ソウのデスクの方へと近づく。調べていた画面からウィスパーラインだというのは分かっていたが、そこに表示されていたアカウントを見て苦笑した。

「なにこれ、この人だったの」

「みたいだな。ちょっと笑える」

 少し前に、暴言で有名になった女性プロゲーマーのアカウントだった。そこにはこういう囁きが並んでいる。


『今日マジムカつく相手にぶつかった。チートしてやがんの』

『何しても超反応、作成が昨日で無敗のSSSとか絶対チート。しかも名前があのビッチのミサキとか、馬鹿にしてんのか』

『運営に通報した。こんなの放置してるとかBF運営マジクソ』

『絶対晒し上げて潰してやる、覚悟しとけ。アカウントこれな』


 最後の囁きにソウのゲームアドレスが貼られている。間違いなくこれが先程の暴言の本人だろう。これは、ご丁寧に複数アカウントの自演まで自白してしまったようなものだ。

「懲りないな、この人。炎上芸かな?」

「違うだろ。多分頭の病気だぜこいつ」

 暴言で有名、になったのだが、それ以前から見た目が可愛いプロゲーマーという事で、随分と一部界隈で有名になっていた。当時から言動に怪しい所は目立っていたものの、肌の白さは七難隠す、ではないにしろ、見た目の良さで一部の男性ファンに持ち上げられたのだが、『ブサイクとハゲとデブとチビに人権はない』と公式の場で言ってしまい、大炎上を巻き起こしたのだ。

 それでも悪名は無名に勝るという事か、今でも元気に現役美人プロゲーマーを続けているようだ。

「どうする?これ」

「ほっとけばいいんじゃない?」

 触らぬ馬鹿に祟り無し、である。まぁ神でない以上勝手に触ってくる馬鹿は悪意を振りまく害悪ではあるのだが。

「サカキって人、確かネットの広報やってたよな。そっちに連絡してみたら?」

「いや、休日だよ。流石に悪いよそれは……うん?」

 キッチンカウンターに置いていたスマホが鳴っている。まさか、まさかな。

「はい、カラスマです。サカキさん?」

『カラスマさん、今、暴言ゲーマーが話題にしてるのって、カラスマさんの事ですか?』

 おい。なんだこいつ。なんで見つけてるんだ。ずっとこっちのエゴサーチでもしてるのか?

「はあ、BFの件でしたら多分そうかと。実際に暴言がいっぱいきましたので」

 一応彼は広報だ。情報として提供しておくのはこちらの義務である。昨夜から今朝にかけて起こった事を、時系列で掻い摘んで彼に説明した。

『なるほど、なるほど。面白いですね。ちょっと待って下さい、一旦切りますね』

 サカキはそこで一旦通話を切った。何をするつもりだろうか。

 しかし、暴言ゲーマーがいる以上はこれ以上続けてやってもあまり良い事にはならない気がする。二人に声をかけて、一旦休憩にする事にした。

「格闘ゲーム、面白いね。自分の身体だと無理な動きが、ゲームだとボタン押すだけでできちゃうし」

 おやつに出したクッキーを齧りながら、メイユィが抱きしめたいほどの眩しい笑顔でゲームの感想を言っている。

「そうです!私もユンファみたいに気が飛ばせたら良いのに!」

 ジェシカが使っていた女格闘家はユンファという名前の央華人という設定だ。彼女は素早い動きで相手を翻弄し、”気”を扱う格闘家である。

「ユンファの気もそうですが、ランスの動きもメイユィには無理でしょうね。あれは、かなり物理法則を無視していますから」

「ほんとだよ。槍を軸にして身体をぐるぐる回転させるとか、どう考えても威力が低いし、さきっぽでちょっとぶったぐらいじゃ竜は死なないし」

 それどころか、棒高跳びの要領で宇宙まで飛び上がって降ってくるのだ、一瞬で。わけがわからない。まぁ、ゲームだから良いのだが。

「ん、うん?おい、ミサキ」

「何?また?」

 彼のデスクに近づくと、先程の暴言ゲーマーではなくてサカキの書き込んでいる外務省広報のアカウントが表示されていた。

「ちょ、サカキさん、何やってんの!?」

「どうしました?ミサキ」

 ジェシカがやってきて、メイユィもクッキーを食べるのをやめてソウのデスクへと近寄ってきた。サカキの発言はこうだ。


『巷で噂のブランディッシュファイト。一部で話題の無敗のミサキというアカウントですが、確かに当方のDDDのメンバーです!そしてなんと!BF運営に許可を取りまして、BFにて我がDDDメンバーとの対戦相手を募集します!詳細は暫くお待ち下さい!』


 何やってんだあのイケメン。調子に乗るにも程があるだろう。外務省広報の囁きには、大量の返信と引用がぞろぞろとついている。あっという間にバズってトレンド入りだ。

「えっ、なにこれ?シュウトさんがワタシ達の対戦相手を募集してくれるの?」

「流石ですシュウト!私達にできない事を簡単にやってのける!」

 いや、別にそこに痺れもしないし憧れもしないが。一体どういうつもりだとスマホを取り出すと、すぐにあちらから着信があった。折角の休日に何やってんだこいつは。

『カラスマさん、見ましたか?ちょっとアレを逆手にとって、皆さんの対戦相手を探してきましたよ。大丈夫、公式から許可を貰って、特別に一つのアカウントで複数人数のプレイ許可を貰っています』

 なんでそんなにフットワークが軽いんだ。ひょっとしてこいつ、BFプレイヤーかなにかか?いや、忙しい外務省職員に限ってそんな事は無いだろうが。

「サカキさん、いくらなんでもこれは……どうするんですか?」

『一応13時から15時までやろうと思っています。皆さんの使用キャラクターは決まってるんですよね?一種の大会という事にしてもらったので、高ランカーも参加すると思いますよ』

 そういう事を聞いているんじゃない。どう収拾をつけるのかという話だ。

「こんな事して、一歩間違えば大炎上ですよ?竜を殺せる人間がゲームに手を出すのかって」

『別におかしな事じゃありません。DDDにだって息抜きは必要でしょう?幸い、今日は日曜日です。運営も大歓迎しているので。では、聞いた通りのキャラでいきますね』

 本当に、何考えてんだこいつは。いや、確かに広報としては美味しいイベントなのかもしれないが、休日に機敏にウィスパーラインに反応した上にゲームの公式まで巻き込んで即興でイベント開催とか、その行動力はどこから出てくるのか。民間のイベント企画企業にでも就職したほうが良いんじゃないか。

「ミサキ、広報から続報が出たぞ」

 はやい、はやすぎる。サカキははやい。ミサキ覚えた。


『お待たせしました!BF特別イベント、DDDに挑戦!本日13時から15時まで突発開催です!参加資格はSSSランク25位までの方!それより下の方、申し訳ありません。彼女達は極めて強いので、上位の方でないと手も足も出ないのです!指定時間になりましたら、以下のリンクからアカウント名『ミサキ』にアクセスして下さい。開始と同時に戦いたいキャラ、三種類の所どれかにカーソルを3秒合わせてお待ち下さい。以下続く』

『選択キャラは、ゴンザレス(ミサキ)・ユンファ(ジェシカ)・エリザベート(メイユィ)です。彼女達から一本でも取れた方にはなんと!該当メンバーからの直筆サイン色紙をお贈りします!対戦の模様に関しては以下のリンクで生放送を行いますので、参加できないファイターの皆さんも、是非ご覧になって下さい!詳細はサブウェイの方の公式チャンネルからも出ています!』


 おい、待て。こんな短期間でどこまで準備整えてるんだ。得体のしれない動員力に寒気がしてきた。サカキって、ただの嫌味っぽいイケメンかと思ったらとんでもない有能じゃないだろうか。おかしいだろ、何もかも。

 外務省広報のその囁きにはまた、大量の返信と引用がついている。


『暴言女涙目wwwww草生えすぎwwwww』

『チートだってよwwwww生DDDじゃんかwww』

『すげーな、昨日の今日でSSSかよ。計画されてたイベントか?これ』

『ミサキちゃんゴンザレス使いとか怖すぎワロタwおい、ランカー、出番だぞ』

『勝ったらミサキちゃんの直筆◯◯◯が貰えるって本当ですか?』

『暴言女って確か20位だろ?逃げんなよ』

『DDDってゲームもするんだ、ちょっと親近感』

『飯食ってる場合じゃねえ!』

『強キャラ一人もいなくて草。これでも無敗なのかよ、化け物じゃん』


 すぐにサカキから電話がかかってきた。もう、どうにでもしてくれ。

『カラスマさん?配信用の高速通信環境はありますか?ある?流石ですね。今から送るアドレスに繋げてください。それじゃ、時間になったらプライベートモードで待機しておいてください。挑戦者が現れますので』

 妙に詳しい。こいつ、確実にBFプレイヤーではなかろうか。

「ミサキ!これでランクが上がるのですね?チャンピオンまであと少しですよ!」

「シュウトさん、すごいなあ。優しいだけじゃなくて、こんな事もできるんだ」

 困惑するこちらとは裏腹に、彼女達は大喜びだ。いや、まぁ……楽しい休日になるのなら、それに越したことは無いのですけれど。


 自分のノート型端末をゲーム機前のローテーブルに置き、ヘッドセットを着用する。配信するPCの環境自体はサカキが整えてくれているそうなので、ゲームのリアルタイムキャプチャを指定されたIPアドレスに接続、程なく配信前のゲーム画面が、開いている端末に表示された。

 サカキは若いだけあってこういった事に詳しいようだ。自分は基本的に動画は見る専門だったので、彼の分かりやすい説明と采配は非常に助かった。

「あーあー、テスト中です。聞こえますか?」

 ヘッドセットマイクに話しかけると、音量を落とした目の前の端末から自分の声が聞こえてくる。自分で聞こえている声と微妙に違って、なんだか変な気分だ。

 端末でワイアードを開くと、サカキが映像通話をかけてきた。小さい画面の向こうで、いつもの清潔感溢れるイケメンが手を振っている。

『ミサキさん、オッケーです。連絡はこっちで取りますので、あとは自由にやってください。ああ、ジェシカさんに連合王国語でだけは喋らせないように』

「シュウト!そんな事はわかっています!」

「シュウトさん、ありがとう!」

 脇から二人がぬっと顔を出した。こちらの様子も端末の上部についたカメラで向こうに見えているはずだ。

『OKです!それじゃあ、間もなく時間なので、楽しんで下さいね』

 楽しんでと言われても。こんな事、したことがないぞ。とりあえず愛想良くしていれば良いか。

 ソウの方を見ると、彼はデスクに座ってこちらの配信待機画面にいる。既に大量のコメントが滝のように流れているのがここからも見える。

 カウントダウンが終わり、13時、きっかりに映像が切り替わった。目の前のテレビ画面が、サブウェイのウィンドウに表示されている。


「えー、こんにちは。ミサキ・カラスマです。なんか、すみません、突発でこういう事になっちゃって……あ、早速?じゃあ、いきましょうか。あ、投げ銭は無しです。無しにしてますので」

 凄まじい勢いでコメントが流れている。投げ銭をしようとしている視聴者もちらほら見かけるが、収益のためにやっているのではないのでその機能はオフだ。こちらは二人が遊びたいがためにこんな事をしているだけなのだから。

「はい、えー、じゃあ、最初は。あっ、ランキング14位のミニスターさん!ヒノモトの方ですかね?あ、そうですか、はい。それじゃあ戦いたいキャラの所で待機して。選んじゃダメですよ、選んじゃうと同キャラ対戦になっちゃいますから。構わない?そういえばそうですね」

 コメントを強化された動体視力で必死に追っていく。意味の有りそうなものだけをピックアップして返事をしていれば、話題に困ることはなさそうだ。

「はい、えーじゃあ。え?ゴンザレス?いきなり私ですか?あー、はい。わかりました。実況どうしましょ……ああ、メイユィがやりたいと言っているので代わりますね」

 横でぐいぐいと袖を引っ張っている彼女にヘッドセットを渡した。彼女は嬉しそうに装着すると、元気に挨拶を始める。

「こんにちはー、メイユィです!ワタシ、一度こういうのやってみたかったの!よろしくね!」

 妙に気合が入っている。ひょっとして彼女も実況動画なんかを見たりするのだろうか。

 コメントがまた凄まじい勢いで流れ出した。


『メイユィちゃん、声カワイイ!』

『あぁ^〜、たまらないんじゃああ』

『ヒノモト語上手だね!』

『メイユィちゃん、エリザベート使いなんだ』


「そうだよー、エリザベート、カワイイよね!ちょっとミサキに似てる所とか、服とかもね、昨日買ってきた服なんだけどー」

「ちょっと、メイユィ。それは無しです、無し」

「えー?ダメ?ダメだって。あっ、始まるね。ミサキ・ゴンザレス対、ミニスター・ランス。容赦ないね!でも、ミサキは強いから頑張ってね!」

 ゲームが始まった。メイユィが余計なことを言わないか心配ではあるが、負けるとサイン色紙を書かされる。その数は少ないほうが良い。

 流石にランカーだけあって隙のある攻撃は放ってこない。じりじりと近づき、牽制を見てから避け、技でスカし、徐々に徐々に近寄っていく。


『何だこの神反応』

『やべえ、ゴンザレスの圧すげえ』

『あたらねえwwww』

『あっ、捕まったwwww』


 長いリーチとトリッキーな動きで翻弄しようとする槍使いの男に接近し、絞め技を放った。猛烈な勢いでボタンを連打し、逃れられないように拘束する。


『ボタンの音すげえwこっちまで聞こえてきてるw』

『リアルチートキター!』

『これのどこがチート?めっちゃ音してるけど』


 拘束から逃れたロン毛の槍使いは、固有技で暴走状態となってこちらの追撃を回避した。流石に一度の攻撃では終わらせてくれない。

 細かくジャンプしながら判定の強い技を繰り出す彼に、タイミングを見計らって空対空の蹴りを放つ。


『あっ』

『オワタ』


 相手の復帰直後に攻撃を重ね……るふりをして、動かないのを確認した上で大技の投げを放った。ロン毛が激しく地面に叩きつけられ、KOの文字がでかでかと表示される。パーフェクト。


『強すぎて草』

『14位でも相手にならねえw』

『おい、もっと強い奴出てこい!』


 二戦目、三戦目は相手の手の内が見えたので、先程よりも危なげなく勝利する事ができた。槍使いは強さを押し付けるキャラクターではあるが、削りという概念の無いゲームではいかに相手を崩すかが重要となる。崩し方は色々あるが、投げが強力な分、ゴンザレスも自分達が使えばなかなか強い。

「さすがミサキ!でも、ゴンザレスはカワイくないよね。ねえねえ、やっぱりエリザベートが一番カワイイよね?えー、ユンファ?ユンファはおっぱいが大きすぎるよ!勿論カワイイけど。ジェシカみたいだし。あ、ジェシカも大きいよ。えっとねー、サイズは、あっ」

 彼女からヘッドセットを取り上げて戻した。彼女は視聴者に物凄い人気だが、あまり赤裸々な事を言われては困る。

「はい、じゃあここからはまた私が。え?いや、私のサイズは合ってますけど。はい!それじゃあ次の人!えー……次は10位の……え、これ、名前、呼んでいいんですか?ち、ちんこうさん、ですかね?合ってる?はい、ちんこうさん。いいんですかこれ、大丈夫なんですか?」

 サカキがノート型端末の中でOKと言っている。これはセクハラではないだろうか。


『ミサキちゃんがち◯こって言った!』

『ナイスちんこう』

『グッジョブちんこう』


 グッジョブじゃねえ。なんて事を公衆の面前で言わせるのだ。ジェシカが大笑いしてバンバンとこちらの肩を叩いている。少し痛い。

「えー、それじゃ、ちんこうさん。戦いたいキャラを……え、またですか?また私?」

 ちんこうが指名したのはまたゴンザレスだった。そんなにこんな髭男が好きなのかこいつらは。ひょっとしてホモじゃないだろうな。

 肩を叩いていたジェシカが物欲しそうな目でこちらを見ている。わかった、わかったから。

「それじゃ、対戦中は今度はジェシカに代わります。セクハラ禁止ですよ、禁止」

 言った所でゲーム実況は基本無法状態だ。ずらずらと流れていくコメントの中には、どうにかしてこちらに卑猥な言葉を喋らせようというものが散見される。まぁ、そんなものに乗るわけがないのだが。

「ハーイ!ジェシカです!こんにちは!ブランディッシュファイト、面白いですね!今まではゲームよりもマンガやアニメの方ばっかりみていましたけど」

 ジェシカはジェシカでちょっと危うい。彼女には奔放すぎる所もある。とはいえ、今はゲームに集中しなければならない。

「チンコーさん、キリカゼですね!ニンジャ、かっこいいです!え?チンコーさんですよ、チンコーさん。あははは!」

 やめたまえ。ソウが若干引いているではないか。コメントは朗らかな彼女の声にまた沸き立っている。


『ジェシカちゃん、ちんこうさん気に入ったみたいだね』

『俺のちんこうさんもジェシカちゃんのでっかいので挟んで貰いたい』

『ミニマムちんこうさん乙』

『ミサキちゃんのあれよりでかいってマジかよ』


「そうですよー、私のおっぱいはミサキより大きいです!でも、結構邪魔になります。戦闘服を着ている時は良いのですが、トレーニング中はすごく邪魔です」

 戦闘服は全体的にフィットする締め付けのお陰か、そこまで揺れなくなるので楽なのだ。ジェシカは普段、似たような形状のスポーツブラを愛用しているのだが、それでも激しく動くと目の毒状態になってしまう。

 揺れにくいスポブラもあるそうなのだが、彼女のサイズのものを取り扱っている所がないため、仕方なく我慢してそれを着用しているらしい。

「それじゃ、ミサキゴンザレスとチンコーキリカゼ。え?アクセントが違う?平坦にちんこー、ではなくて上からちんこー?」

 ちんこうはもう良い。こちらはもう対戦が始まった。

 キリカゼは素早い動きと飛び道具や設置物を利用した、相手を固めて選択を迫るタイプのキャラクターである。ただ、選択というのはつまり、反射速度があれば全て対応できるという事だ。

 そしてこのキャラはユンファに次いで防御力が低い。一発決めれば体力の大半を奪うことができる。カウンターが決まればワンパンチでKOする事も可能だ。

 消えたり現れたりを繰り返すちんこうの忍者をタイミング良く小技で薙ぎ払ってダウンさせ、こちらも中段と投げのいやらしい二択を迫る。というより、相手の反応を見て動きそうなら打撃を重ね、動かないなら投げるというただそれだけだ。

 危なげなく紙忍者をKOし、髭の男は画面の中で雄叫びを上げた。

「オー、忍者、弱いです。アニメの忍者はもっと強いですよね?イヤアアア!メッサツ!あっ、はい!くのいち忍法帖ですか?それも好きですよ!ウスイホンも沢山買いました!」

「ジェシカ」

 彼女からヘッドセットを取り上げる。これ以上喋らせると危険だ。


『ジェシカちゃんオタク過ぎで草』

『こんな可愛い子があんなエロアニメを』

『ウスイホン草』


 コメントの連中は草ばかり生やしている。除草剤か草刈り機が必要だろうか。

「えー、先程大変お聞き苦しい場面がありました事をお詫びします。え?いや、私はウスイホンとか買ってないですよ。私を?まぁ好きにすれば良いんじゃないでしょうか。それでは次の方」

 自分を題材にしてウスイホンを描いて良いかというコメントがあった。好きにすれば良いだろう。わざわざ目の前に持ってきて見せつけるのでなければ、創作は自由で良い。ただ、隠れてやれ、隠れて。

「次の方は。おっ、なんと三位の方ですね。Annakinさん。アナキンさん?連合王国語圏の方でしょうか」

 連合王国語で一応挨拶をしておく。実況を見ているかどうかはわからないが、念の為である。

『アナキンさんは誰を指名でしょうか。そろそろ視聴者の方もゴンザレス以外を見たいはずですが……はい、ユンファですね。ジェシカです』


『ミサキちゃん、連合王国語流暢だな』

『ヒノモト語でおk』

『ジェシカちゃんキター!』

『すまねえ、合衆国語はさっぱりなんだ』


 ジェシカが喜び勇んでコントローラーを握った。対戦相手もユンファ。なんと、同キャラ対戦である。

「おっと?これは驚き、同キャラ対戦です。大丈夫ですか?ジェシカは強いですよ?」

 同キャラだと、純粋に技術とキャラクター理解度の勝負になる。アナキンは三位だという事から相当の自信があるのだろう。対戦が始まった。

「さあ、開幕から。おっと、いきなりぶっぱか?当たれば読み、そうですね、でも当たりませんでした。ジェシカのコンボが決まって……ダメージはあまり伸びませんね、やはり当たればラッキー、でしょうか」

 女格闘家であるユンファは、長いコンボを決めてもあまり大きな火力は出ない。攻撃チャンスが多く、手数で稼ぐタイプのキャラクターだ。上手くカウンターを取って超必殺技を決めれば大火力が出るが、流石に相手も使い慣れているだけあってそのような隙は見せない。

 順番に訪れる攻撃ターンの中、ジェシカの差し込んだ攻撃がヒットし、そのまま空中コンボにもつれ込み、起き上がりも裏回りからの二択を迫ったジェシカが危なげなく勝利した。

「やはり、反射神経ではジェシカの方が上です。すみません、なんかチートみたいな能力で。え?はい、そうですね、何か道具を使っているわけじゃないんですが。うーん、こういうエキシビジョンみたいなイベントだと良いんですが、流石にランキングに居座るのは迷惑ですよね。あっ、ジェシカ、また空中コンボを……落とした、と見せかけて、誘ってカウンターからの大技、卑怯ですね、汚いですね、とても女の子の使う手段とは思えません。はい、お疲れ様でした。これにめげず、頑張って下さい。我々は規格外なので」

 アナキンはメッセージで『Thx! too strong!!』と送ってきた。こちらも対戦ありがとうと返しておく。彼はジェシカに負けはしたものの、ランキング三位だけあってやはり相当に強かった。ジェシカも勝った時に嬉しそうにガッツポーズをしていたので、相手の強さを分かっているのだろう。

「アナキンさん、ありがとうございました。三位だけあって流石に強かったですね。はい、これでこちらのランキングも三位に上がりました。さあ、我々に土をつけられる猛者はいるのでしょうか。おっと、マッチングしましたね。これは……なんと、現チャンピオンのシキさんです!」


『キター!!!』

『これを待ってた』

『やべえ、鳥肌たってきた』

『神 実 況』

『無敗の王者達成なるか!』


 時間も頃合いだろう。このシキという人に勝てば、無敗の王者だ。つまり、この格闘ゲームで我々に勝てるものは誰一人いないという事になる。

「キャラ指名は……メイユィですね、エリザベートです。メイユィ、手加減は無しでいいですよ。チャンピオンですから、全力で叩き潰して下さい」

 手加減なんてしたことないよー、とメイユィは嬉しそうにコントローラーを握った。準備万端である。

「メイユィについてですが、彼女は実はゲーム好きです。休日は主に部屋でロールプレイングゲームをプレイしていまして、エンドオブクエストが特にお気に入りのようです。好きなキャラクターは第四作目の女勇者だそうで、昨日もコスチュームプレイ用の衣装を……え?いや、流石にあれを公開はまずいかと。え?OK?広報がOKだと。いやいや、いいんですかね?本人と広報が良いなら構いませんが」


『メイユィちゃんの女勇者衣装……』

『おっきしてきた』

『はやくはってやくめでしょ』

『ミサキちゃんとジェシカちゃんのもよろ』


 流石に自分は嫌だ。何が悲しくて水着に続いてエロコスプレまでしなければいけないのだ。メイユィのだって、本当ならばこんなに可愛くて可憐な子のあられもない姿なんて見せたくはない。犯罪臭がプンプンだ。

 ジェシカはまぁ、本人が良いならば良いかな、とは思う。ただ、彼女も純粋なので悪い男に捕まったりしないか、それだけは心配だ。

「はい、コスプレの話は置いといて。始まりました。メイユィ・エリザベートとシキ・ラディアス。チャンピオンはスタンダードキャラですね、これは強そうです」

 ラディアスは遠距離、対空、連撃と全てバランス良く所持するスタンダードな剣士だ。これといって大きな強みもないが、あらゆる状況に対応できるため、玄人になればなるほどこのキャラを使う傾向が増えていくという。

 対戦が始まった。両者ともお互いの動きを警戒しているのか、あまり目立った動きが無い。

「二人とも、なかなか積極的には攻めませんね。ラディアス、飛び道具でチクチクが目的でしょうか」

 相手の剣士は地面を這う飛び道具を、エリザベートのジャンプでは一足飛びに届かない距離から断続的に放っている。メイユィは特に危なげなくその場でジャンプで躱しているが、飛び込めば対空攻撃の餌食になるのがわかっているのか、無理に攻め込もうとはしない。

 だが、少しずつ、少しずつジャンプの後に近寄っているのが分かる。対空攻撃が間に合わないタイミングで飛び込もうとしているのだ。

 相手側もそれが分かっているのか、飛び道具を撃ちながらも間合いを詰められないように少しずつ下がっている。だが、下がれる距離にも限度はある。

「エリザベート、飛び込んだ。対空攻撃の無敵時間前に潰して、一発、二発。リバサも躱して、画面端、カウンターヒット!目押しが、当然決まる!続けてスラッシュからの、ヴィクトリーフラッシュ!完全勝利ですね」


『うへ、あれ繋がるのかよ』

『リバサ読みエグいな』

『これ勝てる奴いんのかよ……』


 リバサというのはリバーサルアクションの事で、ダウン中やガード中などの硬直が切れるなり繰り出す行動の事である。大体においてリバサで出す技は発動の最初に無敵時間がついている事が多く、起き上がりに攻撃を重ねようとした相手を切り返す行動である事が多い。

 華麗なメイユィのコンボに、見えない感嘆の息を感じる。コメントのボルテージがどんどん上がっていき、熱狂が画面を通して伝わってくる。

 今までこういった場は全く経験した事がなかったのだが、何だか少し馴染んできた気がする。こういった対戦はもうできないだろうが、それでも他のことで、別の機会があればやってみても良いかもしれない、などと、少し浮かれた気分になってきた。

「開幕からエリザベートのぶっぱ!ではなく、読みですね、命中して、これは痛い、ラディアス、いきなり五割持っていかれた!起き上がり、先程のリバサカウンターが脳裏にあるのか、ラディアス動かない。と、崩されてー、残った!残せば安い!はず、でしたが残念でした!」

 凶悪な火力を持っている女剣士のカウンターが身体に刻まれてしまったのか、消極的になった相手をメイユィは容赦なく責め立て、簡単に二択を命中させて、止めはぺちっと小攻撃で刺した。派手さを重視するジェシカとは正反対の堅実さだ。

 三戦目、気を取り直した相手のラディアスは、再び堅実な戦い方をするも、やはり超反応のエリザベートに崩されてあえなく3タテされてしまった。完全勝利である。


『エグい、現チャンピオンにこれか』

『DDDパないな』

『流石に◯ンコ生物を相手にしてるだけはあるな』

『え?ちんこう生物?』


 ちんこう、大人気である。10位の彼は微妙にその存在を確立してしまった。

「シキさん、対戦ありがとうございました。これで我々のランキング一位が決定です!時間も時間ですので、申し訳ないですが対戦はこれでおしまいです。時間はもう少しだけありますので、まだ……え?えー」

 目の前のノート型端末で、サカキからの指令を受け取る。面倒くさいが仕方がない。

「えー、今回、誰も我々に土をつけることができませんでしたが、記念として、対戦してくださった皆さんに、それぞれのサイン色紙を差し上げます!あ、いらない人はwisで言って下さいね、その方がこっちは楽なので」

 また草が生えている。除草剤で破産しそうだ。

「次回?次回は、多分無いです、ごめんなさい。こういった対戦は流石に……あー、えー。えー……その、こ、広報から、BFのキャラコスを、しろと。いえ、します。誰がどのキャラが良いか、外務省広報でアンケートを出していますので……その、あんまり露出の多いキャラは遠慮したいのですが。全部エロい?ごもっともで」

 サカキがこちらに送ってきたワイアーには、BFエキシビジョンマッチ勝利記念イベントを近日行う。その現場で三人のコスプレ姿を公開する、というのだ。やめてくれ。どうしてそんな迷惑な事を考えつくのだ。サカキもやはり変態の一人か。

 困ってソウの方を見ると。彼もこちらと同じ様な顔をしていた。嫌だろう。自分も嫌だ。

「そ、そういう事、ですので。皆さん、詳細はウィスパーラインの外務省広報をご覧になって、投票を宜しく……お願いします」

 ひょっとして、最初からこのつもりだったのか。妙に簡単にBF公式の許可が取れたと思ったら、DDDを使って販促イベントをしようというわけだ。ちゃっかりしている。

「それでは、皆さん、これからもDDDパシフィックの応援を宜しくお願いします!」

 時間が来て、実況が終了した。ヘッドセットをテーブルの上に放り出し、思わずソファに倒れ込む。

「ミサキ!ミサキもコスプレするの!?やった!」

「シュウト、やりますねえ。こんな事を企画していたのですね」

 二人は単純に大喜びしている。良いのか、このお色気格ゲーのキャラのコスプレなのだぞ。絶対にローアングルでバシャバシャ撮られまくるのだぞ。そしてネットの大海原に流出だ。

「ミサキ、もう投票始まってるぞ」

 ソウがやや疲れた声で言う。早い、早すぎる。こちらが呑気にゲームで対戦している間、準備を進めてていたに違いない。

「外務省や防衛省が……ゲーム会社と……」

 一応防衛省は艦船や戦車のゲームとコラボをしたことはある。だが、外務省がこんな事をするというのは前代未聞の話だ。好色な防衛大臣は兎も角として、外務大臣は果たしてこれを良しとするのだろうか。

「それで、誰がどのキャラをするんですか」

「メイユィちゃんはティンクルが多いな。ジェシカちゃんはユンファ。ミサキは……エリザベートだ」

「あの変態鎧を私が着るのか……」

 防御力がまるでありそうにない、白いレオタードが丸見えの鎧である。ジェシカは超ミニスカートのユンファ、メイユィのティンクルは幼い見た目の魔法使いであるが、こちらも大胆に肩を露出して、スカートも極めて短い。

「ミサキ!コスプレイベントですよ!ウスイホンの聖地に行きますか?」

「ミサキ!ミサキ!楽しみだね!」

「世界はどうして私にこんなに試練を与えるのでしょうか」

 二人に揺さぶられながら、休日の終わりに世界に闇の帳が降りてきたかのような気分になった。

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