第48話 全力休暇

「ふぉおおおおお!クレイジー!すごいですよミサキ!ウスイホンがこんなに!ネットでしか見たことありません!」

「……そうですか。一応このエリアは……ああ、ジェシカはもう19歳でしたか」

 真っ先に彼女が行きたがったのはここだ。同人誌を扱っている、マンガやライトノベルしか扱っていない書店。一体どこでこんな場所を学習したのだろうか。

「ミサキ、これ、大丈夫なの?表紙におっぱいがでてるよ?央華だと、売ってるお店の人が捕まっちゃう」

「そうですね。まぁ、ここはR18エリアなので……メイユィはダメですね、はい、回れ右」

「ええっ!?ワタシだけ仲間外れ?ひどいよミサキ!」

 彼女の手を引いてその場から離れる。こんな可憐な子に不健全なものを見せるわけにはいかない。

 というか、欲しい本があるのなら普通にネット通販でもすれば良いだろう。サカキに言えば買えるはずである。なのに、ジェシカはどうしてもここに来たがった。第一目標である。

 周辺にいる成人男性達は、やたらスタイルの良い外人の女がこんな所にいるのが珍しいのか、チラチラとジェシカの方に視線を投げかけている。主にその目はぴっちりとした服に包まれた巨大な胸に向いているようだが。

「あっ、ミサキ。これ、新刊だよ。『両刀使いのお姉ちゃんは嫌いですか?』3巻!今日発売だったんだね、買って帰る!」

「そうですか。何か不穏なタイトルですが、面白いんですか?」

「面白いよ。主役がミサキみたいなカタナの使い手で、義理の妹と一緒に旅をしてるの」

「……そうですか」

 それは本当に健全な漫画なのだろうか。満面の笑みを浮かべているメイユィに若干の不安を抱えつつ、狭い通路に積み上げられたカラフルな書籍を眺める。

 歳を取ると保守的になりがちだ。既存の買い揃えていた漫画以外にはなかなか手が伸びず、その集めていたものもいつからか手に取らなくなった。

 ソウは時々新しいものを買い求めているようだが、自分は少しそれが億劫になった。年齢のせいなのか、忙しさに疲れているのかはわからない。ただ、それを欲する者の感情はとても良く理解できる。

 メイユィは平積みになっているコミックや小説を、幾つかピックアップして両腕に抱えた。結構な量であるが、金は有り余っているので大丈夫だろう。そもそも彼女達は今日、外出するまで、殆ど金の使い道がなかったのだ。

 サカキに言って買ってこさせている分もあるにはあるが、日々の食費も水光熱費もタダである。二人にいくら支払われているのか知る由もないが、自分よりも極端に少ないという事はないだろう。特別手当抜きで年収500万もあるなら、ほぼそれぐらい、まるまる彼女達の口座には貯まっているはずである。

「ミサキ!ミサキ!ちょっと来て下さい!」

「なんですかジェシカ。あんまり大声を出さないで下さい。店内では静かに」

 ミサキと呼ばれたことでこちらに視線が集中する。気付かれた。

 店内にいる多数の男性たちの視線が突き刺さる。小声で、おい、あの、とか、エッチな格好の人だ、とか聞こえてくる。聞こえない。聞こえない。聞こえない事にする。

 ジェシカはレジで大量のウスイホンを積み上げてこちらを手招きしていた。なんだ、さっさと買って出れば良いではないか。

「ミサキ、私は身分証明書を持っていません。代わりに買って下さい」

 あー。そうか。そういえばそうだ。

 年齢制限のかかったものを買うため、仕方なく自分の免許証を見せて、彼女の代わりに代金を支払う。3万8千8百エン。おい、どんだけ買うんだ。

 積み上げられているウスイホンは確かにそれぐらいの量がある。ジェシカの将来が少し、いや、かなり心配になってきた。

 クレジットカードで代金を支払うと、レジにいた若い男性がこっそりとこちらに囁いた。

『あの、DDDの皆さんですよね?すごい、こんな所で会えるなんて』

『ああ、はい。一応今日はオフなので、秘密にしておいて下さいね』

 感激した店員は、こちらとジェシカに握手を求めてきたので仕方なく手を握ってやる。行列ができるのは勘弁だと思ったが、シャイな男性の多いここでは杞憂だったようだ。

 遠巻きにこちらを見ている者は多いものの、近寄って声をかけてくるものはいない。奥手な男性ばかりで助かった。

「ミサキ、ミサキ。ワタシ、これ買うよ」

 今度はメイユィがどさっとレジに本を置いた。一応18禁のものは無かったらしく、普通に彼女は現金で支払って大きな袋に入れてもらっていた。こちらも1万以上の買い物をしている。いや、一度に買いすぎだろ。

 案の定、メイユィも店員から握手を求められ、握手ぐらいならいいよと笑顔で彼の手を握っていた。彼の嬉しそうな顔は、自分達の時よりも遥かに幸せそうに見えた。このロリコンめ。

 ホクホク顔の二人を連れて通りに出る。最初の店だけで妙に疲れた。まだまだこれからだというのだ。恐ろしい。

「流石に本場は違います!合衆国では、手に入らないので」

「通販で買えばいいじゃないですか。それかサカキさんに言えば」

「シュウトに言うのはダメです。彼の尊厳を傷つけてしまいます」

「あ、ああ」

 確かに外務省エリートのイケメンがウスイホンをネットで買っている姿は想像しにくい。いや、最近はそうでもないのだろうか?だが、本人が嫌がるかもしれない。メイユィの欲しがっていた下着よりはマシだろうが。

「楽しかったね、ジェシカ。次はあそこでしょ?」

 メイユィが指差したのは、公式アニメグッズなどを販売している巨大な店舗のビルだ。分かっている。二人のメインイベントはここなのだ。

 二人共時間はあるので、自分が来る前からジェシカの部屋で散々ヒノモトのアニメを見倒しているのだ。見ていると好きになる。好きになると調べる。調べるとグッズが欲しくなる。そういう事だ。

 広い店舗内には、アニメに出てきたキャラクターのグッズのみならず、コスプレ用の衣装や何に使うのかわからないような劇中の小物まで置いてある。マニアックすぎる。

 ふと見ると、丁度以前ソウと一緒に見た、『兄貴の終焉』のポップアップイベントが開催されていた。兄だと思っていたはずのお姉ちゃんが、風呂に入ろうとしていた時のあられもない格好で等身大立て看板になっている。

「お姉ちゃん、貧乳なんだよね」

 隣にいたメイユィが何故か悲しげにぽつりと呟いた。

「これは結構面白かったのですが、メイユィも見たんですね」

「見たよ。お姉ちゃん、おっぱい小さくてかわいそうで」

 そこか、そこなのか。もっと見るべき所はいくらでもあっただろうに。こう、細かい心理描写とか。弟君の葛藤が一番の見せ場なのだ。

「メイユィ、もっと他に感想はありませんか?弟君の事とか」

「えっ?弟君はお姉ちゃんの虜でしょ?ないよ」

「違いますよ。弟君はお姉ちゃんの事を、兄貴だと思っていたんですよ。それがこう、徐々に変化していく所が良いんじゃないですか」

「そうかなあ。ワタシはお姉ちゃんがおっぱい小さくて悩むところに共感して」

「二人共!『アニシュー』ですね!二期が楽しみです!」

「いや、あれ作るんですか?誰が得するんですか」

「私が得します!」

「お姉ちゃん、かわいそう……二期でも貧乳をいじられるんだよきっと」

 気がつけば完全にアニメオタクの会話になってしまっている。ダメだこれは。ここは危険すぎる。何故この二人は間違ったヒノモトのカルチャーに触れてしまったのか。大丈夫なのかDDD。

 ヒノモト語で胸元にでかでかと『貧乳』と書かれたアニメグッズのシャツを購入してご満悦のジェシカと、何故かゲームキャラの露出度高いコスプレ衣装を紙袋に入れてもらっていたメイユィを連れて店を出る。

 疲れる。果てしなく疲れる。楽しいのは楽しいのだが、彼女達のエネルギッシュでバイタリティ溢れる言動にはついていくのがやっとだ。これが歳か。

 ジェシカがメイド喫茶に行こうというので、けばけばしい看板を避けて、予め目をつけていた店に入る。案内された席について、漸く一息ついた。

「なんだか、思っていたメイドカフェと違います。静かです」

 ジェシカが珍しそうにきょろきょろと店内を見回している。休日の昼時なので客は多いが、その殆どが男性客なのは他と変わらない。だが、店内を歩き回っている給仕の姿は、シックなロングスカートスタイルの落ち着いた格好だ。別段客席から黄色い声が聞こえるわけでもない。

「ジェシカの想像していたのはあれでしょう?もえもえきゅん♡とかいう。ここはそういうところではないのです」

 そういう所にいってもジェシカは良いだろうが、多分メイユィはがっかりする。主に料理や飲み物の質的な意味で。

 そもそもジェシカの知識は偏りすぎているのだ。確かにそういった軽薄な文化もあるが、発祥は元々そういう事を目的として作られたわけではない。

「お帰りなさいませ、お嬢様方。本日のお昼は何にいたしましょう」

 注文を取りに来た給仕がそう呼びかける。もう昼食時だ。自分も含めて大食いである彼女達が、他の所で食事をしたらとんでもない額を取られる事になる。ここも高いと言えば高いが、余計なサービスがついていない分まだマシだ。

 ジェシカの要求と全員の食欲と自分が求めるコストパフォーマンス、全てを満たそうと思えばこういった店しか無かったのである。

「私はキノコのパスタをセットで。あと単品でハヤシライスの大盛りとビーフシチューをお願いします。飲み物はリランカを」

「ワタシも同じでいいかな。あっ、飲み物はミルクティーがいい」

「え?え?ええと、それでは、私も同じものを」

 気圧されたジェシカは狼狽えて、右に倣えを選択した。

 大量の注文にも関わらず、少しだけ年増に見えるメイドさんはかしこまりましたと言って下がっていった。

「これが、メイドカフェですか?ミサキ」

「そうですよ。本来はこういう所です」

 別にキャバクラじみたサービスのある所が悪いというわけではない。だが、ケチャップでオムライスに字を書いてもらうだけで一品で三品分ぐらいの値段を取られるのは御免だ。そんなサービスは自分たちには必要ない。

「いい香りがするね。紅茶の香りだよね、これ」

 メイユィがすうっと鼻から大きく息を吸った。店内には料理の匂いに混じって、芳しい茶葉の香りが漂っている。

「ここはヴィクトリア式らしく、紅茶にこだわっているそうです。きっと美味しいですよ」

 ジェシカは戸惑っているものの、メイユィはここの雰囲気が気に入ったようだ。元々彼女は静かな所が好きなのである。

 最初に運ばれてきたビーフシチューは本格的なものだった。スープの少ない、ごろっと肉と野菜の転がったものである。

「美味しいです。合衆国で食べたものやミサキの作ってくれたものとは違いますが、肉の質が良いのでしょうか」

「ほんとだね、野菜も柔らかくて甘くて美味しいよ」

 口の中に入れると溶けていく肉の塊や、柔らかく煮込まれた大ぶりの野菜の自然な甘みが、肉汁の溶け出したスープ、いやソースに実によく合う。よそ行きの味だが、たまに食べるととても美味しい。

 ジェシカも先程までの戸惑いは忘れて、嬉しそうに塊肉に舌鼓を打っている。

 続いて出てきたハヤシライスも濃厚なソースとほんのりとしたトマトの酸味がちょうど良く、キノコのパスタはまろやかなクリームソース仕立てだった。どれもこれも、やや高めのレストランで出てくるような質の良いものばかりだった。

「わぁ……すごい、良い香り!」

 メイユィとジェシカが食後の紅茶を口に含んで顔を綻ばせている。漂ってくる香りはベルガモットの甘く芳醇な香りだ。

「アールグレイですか。ミルクティーにはその香りが良く合いますね」

 こちらの頼んだものはリランカのものだが、やや渋みが強いものの華やかな香りが素晴らしい。あまり紅茶の事は良く分からないが、非常に落ち着いた気分になれる。良いものだという事だけはわかる。

 ひとしきりお茶の香りを堪能した後、支払いを済ませ、いってらっしゃいませと声をかけられて外へ出た。他よりは安いだろうが、やはり値段はそれなりだった。

「面白いね、入った時におかえりなさいで、帰る時にいってらっしゃいって」

「私は違うのを想像していましたが、こちらも良いです!」

 腹が膨れて満足したのか、二人共特に不満も無いようだった。あまり先鋭的な店に入るよりは、こちらの方がまだ穏便だろう。

 ジェシカの目的はほぼ達成したので、次はメイユィだ。この近辺だと先ほどメイユィが買っていた特殊なものばかりなので、近くのコインパーキングに駐めていた白い軽に乗り込む。後部座席で二人がシートベルトをしたのを確認して、ゆっくりと幹線道路へと移動する。

「ミサキがクルマの免許を持っていて良かったです!」

「荷物が多いからねー、重くはないけど」

 確かに荷物の事もあるのだが、公共交通機関を使えば絶対に多くの人の視線に囲まれる事になる。これは以前オオイが言っていた事でもあるのだが、三人でいると非常に目立つのだ。

 大量のウスイホンやコスプレ衣装を持った二人を公衆の面前に晒すのはあまり気が進まない。それに、午前中の書店で囁かれていた事が気になって仕方が無いのだ。移動する度にエッチな格好の人だと言われるのは流石に堪える。

 サクラダ駅周辺はまだ一部閉鎖されている為、自宅の周辺で済ます事にした。駅近くには多くの衣料品店が並んでいるし、駐屯地に戻るのにもあまり離れすぎていない。土地勘もあるので無難な所だろう。

 メイユィの言う可愛い服、というのが自分にはどうにも良くわからないため、彼女の言うファッションを近所で検索して、見つかった該当の店にやってきた。

 駅から少し離れた所、狭い路地に少しだけ入った所にその店はあった。

「ゴシックロリータですか……確かにメイユィには似合うと思いますが」

 店の中には、あまり大人が来てはよろしくないような服も並んでいる。全体的にモノトーンの色合いのものが多く、色だけ見れば派手さはない。ないのだが。

「あっ!これ、カワイイ!ねえジェシカ、これ、ミサキに似合うと思わない?」

「ヒラヒラですね!ミサキはカワイイので何でも似合うと思います!」

 メイユィがこちらに向けて示しているのは、黒一色のフリル付きワンピースだった。それだけならば別に問題はない。しかし、その服には困ったことに何に使うのかわからないようなベルトがあちこちにぶら下がっており、スカートの端にはあろうことか白い十字架が刺繍されている。

 スカートの丈も妙に短く、自分の背丈でこれを着たら、かがんだ時に下着が見えてしまうのではないだろうか。いや、というか。

「私の歳でこんなものを着ていたら、中二病をこじらせた痛い女と見られそうですが」

 百歩譲ってハロウィンのコスプレとかでならば許されるだろう。だが、これを着て街中を歩くのは流石に抵抗がある。

「いいですね!格好良いと思います!ミサキ、『魔眼の力を舐めるなよ!』言ってみて下さい!」

「言いませんから」

 片手で片目を隠したポーズを金髪美女がやると、無駄に様になっているのがおかしい。きゃいきゃいと喜んでいる二人には流石についていけず、少し離れて二人を見守る事にした。あまり近くにいるとまた巻き込まれそうだ。

 所在なくぼーっと立っていると、後ろからこの店の店主らしき女性がすっと近寄ってきた。何となくそちらを振り向くと、手に黒い布を持っていた彼女はぎょっとして少し仰け反った。

「何か?」

 そう歳ではないだろうが、濃い化粧をした女性は目を見開いたまま唖然としている。

「驚いた。DDDの人って、後ろにも目があるの?」

「まぁ、新古生物と戦ってますからね。後ろにも目が無いと危ないです」

 勿論冗談だ。単に微かな足音や空気の流れで感じ取っているだけに過ぎない。

「それはそれは。とっても素敵ね。どうかしら、うちの服」

 持っていた布を後ろ手に隠しながら店主はややぎこちなく微笑んでいる。

「とても素敵だと思いますよ。ただ、私には少し似合わないようですね」

 肌の白いジェシカやお人形さんみたいなメイユィならば似合うだろう。だが、流石に今の自分には似合わないはずだ。というか、似合う似合わない以前に恥ずかしすぎる。

 西洋人形のような服から、妙に露出度の高いもの、あちこち透けているものまでなんでもありだ。しかしそのほぼ全てに共通している点は、原色を殆ど使っていない事。全体的に黒が多めで、カラフルなものは色が全体的に薄めである。

 何をもってゴシックロリータというのかという定義は知らないが、大体お人形さんに着せるようなものなのだろう、という認識をしていたのだが。

「似合わない?そんな事はありませんよ。折角いらしたのですから、何か試着されてみては」

「いえ、結構です」

 するわけがない。何が悲しくてこの歳でロリータファッションなどしなければならないのか。変態そのものではないか。

「まぁそう言わず……あら」

「ねぇねぇ、ミサキ。これ、どうかな?」

 店の商品を試着をしたメイユィがこちらにやってきた。これは……。

「可愛いですね、メイユィ。とっても良く似合っていますよ」

 いつもはお団子にしていた髪を下ろした彼女が着ているのは、ピンクのフリルをあしらった黒いドレスだ。胸元の編み込みとお腹の下あたりに大きなリボンがついており、型を入れているのか膨らんだスカートの表面には、波打つようなレースがついている。

 頭にはこれまた白のレースを付けた黒いヘッドドレスをつけており、長い黒髪を後ろに流した姿は、本当に人形のようだ。非常に可愛らしい。

「えへへ、そうかな。これ、気に入っちゃった。店員さん、これ、下さい。着て帰ります」

 何。

 この格好で帰るというのか!?いや、こういうのはあまり街中を歩くのに着るようなものではなくて、そういう格好をする会場で着たり、自宅で写真を撮ったりして楽しむものなのではないのか?

「はーい、とっても良くお似合いですよ。毎度、ありがとうございます。アイテムもあるので、そちらも見ていって下さいねえ」

 おかしいぞ、何故この店主も止めないのだ。いや、そういう感性の人が集まる場所だというのはわかる、わかるが、常識は一体どこへ消えてしまったのか。

「ミサキは何か買わないの?多分何でも似合うよ?」

「いえ、私は……」

「そうですよ!いつかここにいらしたら、着てもらおうと思っていたものがあるんです!ささ、こちらへどうぞ」

「いや、いつかって。どんな確率ですか」

 まるで意味がわからない。竜を屠るような人間が、どうしてこんな所を訪れると思うのか。まさか預言者ではあるまいな。

「ジェシカも着てみるって言ってたけど、胸のサイズが合わないんだって。大きすぎるんだよ」

「あらあら、もう少し大きなサイズも取り揃えておくべきでしたか。気に入ったデザインのものがあれば仕立て直しも可能なのですが」

「そうなの?気に入ったのがあるか聞いてみるね」

 何故だ。何故彼女達には抵抗感が無いのだ。メイユィはわかる、彼女はカワイイものが好きなので、こうしたレースのついたフリフリの衣装を好むのだ。寝間着にだってこだわっているので、そこは理解できる。

 だが、ジェシカは普段、ぴっちりとした簡素な格好を好む傾向がある。彼女もカワイイものは好きだが、基本見ているのが好きなだけだったと思うのだが。

「はい、それでは。DDDのリーダー、ミサキ・カラスマさんに着てもらいたいものはこれです。さ、こちらへどうぞ。試着なさってみてください」

「あっ!ミサキも試着するの?見せて見せて!」

「いや、私は」

 断ろうとしたのだが、メイユィの押しが異常に強く、流されるままに試着室の中へと放り込まれてしまった。どうしてこうなった。

 仕方が無い。試着したものを断るというのは心が痛むが、ここははっきりと断ろう。大体、自分に似合うロリータファッションとは一体何なのだ。そんなものがあるはずがない。店主が後ろ手に隠していた黒い布を、狭い部屋の中で広げてみる。こ、これは。

「あの、これ、下着ではないのですか?」

 カーテンの内側から外に向かって声をかける。いや、スカートは一応ついている。しかし、あまりにも何というか、布地が少なすぎる。

「違いますよー、ビスチェスタイルです」

 なんだ、ビスチェって。下着ではないのか。こんなものを偶然の確率にかけて、やってきたら着せようと狙っていたのか。何という店だ、ここは。

「ミサキ、早くしてー」

 メイユィが催促している。着ないという選択肢はどうやら消されてしまったようだ。仕方なく着ていたブラウスとタイトスカートを脱ぎ、その黒い布に足を通す。そう、足からだ。

 正面はまぁ良い。胸から上が完全に無防備ではあるが、一応は腹も隠れているし問題ない。いや、デザインが黒一色でところどころ透けているのが気にはなるが、それはまだいい。問題は背後である。

 後ろ部分、背中はほぼ紐で縛っているだけで、スカートはスケスケなので下着が丸見えだ。これ、普通の下着をつけていたらダサい事この上ないだろう。ていうか、痴女だろうこれは。こんなものを着て歩いていたら公然わいせつ罪で捕まってしまう。

 たまたま今日は黒の下着をつけていたので紛れてわからないが、他の色の下着だったらもうアウトである。今日はどうしてこんなタイミングで黒い下着をつけてきてしまったのか。

 これは多分、ロリータファッションではないだろう。じゃあなんだ、と言われても答えようがない。何故このようなものがここにあるのか、そしてここの店主はどうしてこれを自分に着せようと思っていたのか。わからないことだらけだ。もう、考えるのが嫌になってきて、試着室のカーテンを開けた。

「うわあ、ミサキ、とてもセクシーです!」

「カワイイ!ミサキ、とってもカワイイよ!」

「とても良くお似合いですよ!」

 やめてくれ。これを似合うと言われてもどう反応して良いのかわからない。透けたスカートを付けただけ、布地が多いだけの黒い下着ではないか。似合うも何もあるか。

「いや、これ……」

 反論しようとしたのだが、被せるように店主が言ってくる。

「専用のガーターもありますので、そちらもいかがでしょう?」

「ミサキ、もう全部買っちゃいなよ。すっごく似合ってるよ」

「羨ましいです、ミサキ。私はどうしても胸が邪魔で」

 いや、だから。

「ミサキさんぐらいのサイズが一番似合うんですよ、これ。いやあ、隠しておいて良かったです!ええい、もう、ガーターはサービスしておきますね!」

 何故か買う事が決定している。ああ、もう、どうにでもなれ。



「良いのが買えて良かったね、ミサキ!」

 疲れ果ててクルマに戻る道中、ゴスロリメイユィが元気良くこちらに向かって笑っている。天使のような悪魔の笑顔。

「……そうですね。思ったより高くありませんでしたし」

 ガーターベルトの値段はおまけしてもらったとは言え、割と凝ったデザインなのに、ブランドものの衣類よりは遥かに安かった。作るのに案外手がかかっているだろうに、あれで儲けになるのだろうか。

「でも、どうして着て帰らないの?折角カワイイの買ったのに」

「メイユィ、ヒノモトではあれを着て人前に出たら、警察に捕まってしまいます」

「あっ、それもそうだね。勿体ないなあ」

 というか、央華でだって捕まるだろう。あっちのほうがそういうのは厳しいはずだ。

「じゃあ、旦那様の前でだけで、ですね!」

 ジェシカが嬉しそうに言う。確かに、着るとすればそうなるだろうが、あの適当な男の好みそうなデザインだろうか。

 ソウは割と露出が多ければ良いみたいな感覚だと思われる。水着もそうだ。なので、今回のこれは別に……いや、そうでもないか。

 透けたものは割と好む傾向にある。下着の好みもそういった嗜好が強く出ているのを感じる。ならば、これはこれで良いのか。無駄にならなくて、少し安心した。

「ミサキ、顔が緩んでいます。今、旦那様の事を考えましたね」

「あー!もう!ミサキ!ずるい!なんでミサキだけ!」

「ずるいと言われても……」

 彼に頼らねば生きていけなかったという経緯があるのだ。ずるいと言われても困ってしまう。

「そうですね、メイユィ。ミサキだけずるいです。なので、私達にもミサキの旦那様を見る権利があると思いませんか?」

 おい、待て。何故そうなる。

「そうだよ!流石ジェシカ!折角外に出られたんだから、ミサキの旦那様を見ないと!」

「い、いやいや。別に彼は見て面白いものじゃないですよ?普通だし、ちょっとズボラだし」

「聞きましたかメイユィ。彼と言いました。旦那様の事を彼と」

「これは許せないよね。そうだ!確か、ミサキが一緒なら外泊してもいいってハルナ、言ってたよね?ねぇ、ミサキ」

 何だ。どうしてこうなる。今日は一緒に買い物をして、楽しかったねで終わるはずではなかったのか。何だこの展開は。

「もしもし?ハルナ?今日はミサキのところに泊まるから!うん!日曜日の夕方までには戻るよ!わかった!」

「準備万端です!帰りましょう!ミサキ!」

「……こちらの意思は無視ですか……」

 今日はなぜだか、どうしようもない事が多すぎる。



「オー、ここがミサキがいつも使っているスーパーマーケットですか。あまり大きくないのですね?」

「ジェシカの国と一緒にしてはいけません」

「ねえねえミサキ、お夕食は何を作ってくれるの?」

 一応ソウに二人を連れて行くとワイアードで連絡を取ると、普通に『わかった』とだけ返ってきた。本当に分かっているのか。この二人だぞ。

「何がいいでしょうね。何か食べたいものはありますか?」

「ワタシはカレーがいい!カレー!」

「私はポークジンジャーがいいですね!やわらかくてジューシィで」

 豚生姜焼きとカレーとでは違いすぎる。折衷案を考えなければならない。

「それじゃあ、豚肉をカレー味で照り焼きにしたものにしましょうか。野菜はピーマンと玉ねぎと」

 簡単だ。あとは適当にサラダでもつければ良いだろう。肉のほうが簡単すぎるので、少し面倒でもポテサラを作るか。カレー味の付け合せなので、コーンも入れて、少しマヨ多めにしてまろやかな感じにして。

 騒々しい二人を連れて店内を回っていると、なんだか子供ができたような気分になってしまう。しかし、胸のでかいジェシカとゴスロリのメイユィである。こんな子供はいないとすぐに我に返った。

 しかし目立つ。二人共、ひときわ目立つ。特にメイユィだ。彼女は本当にゴスロリのままスーパーの中を闊歩している。すれ違った家族連れがぎょっとしている光景はもう三度目である。首都の特定地域ならばまだしも、カワチの地元密着型スーパーでこれは流石に。

 大喰らいが二人も増えたので、買う量も必然的に多くなる。豚バラ肉なんか、ほぼ買い占めるような感じになってしまった。精肉担当の方、予定を狂わせて申し訳ない。

 満載のカゴ二つ分をどんとレジに置くと、担当はいつもの若い女性の店員だった。案の定、彼女は三人揃っているこちらに目を輝かせて、レジ通しの終わり際に応援しています、と囁かれた。

「この街は良い人が多いですね。もっと騒がれるかと思いました」

 クルマに乗り込んだ直後、ジェシカが意外な感想を漏らす。案外と彼女は自分の立ち位置が分かっているのか。

「そうですね、今のところは……まぁ、問題のある人がいないわけでもないんですが」

 駐車場はちゃんと空いているだろうか。彼女達を連れている時に嫌な思いをするのは御免だ。

「問題のある人?」

 メイユィがスーパーで買った棒アイスを舐めながら、バックミラー越しにこちらを覗き込んでいる。

「良い人ばかりではない、という事ですよ」

「それはそうだよね。ワタシも」

 言おうとした彼女は言い止まった。彼女の経歴を考えれば、良い人ばかりと出会ったわけではないのはわかる。そもそも、『おじいちゃん』だってホンハイの闇に巣食う人間だったのだから。

 彼女は純粋だ。その純粋さにつけこんで殺人をやらせていた『おじいちゃん』の存在を、多分自分は許すことができないだろう。だが、その『おじいちゃん』はもう竜に殺され、メイユィはこちらで新たな人生を歩み始めた。過去のことをほじくり返す意味など無い。

 それに、ホンハイマフィアの人間は恐らく、メイユィの事をかなり大事に育てていたように思える。少し甘やかしすぎな部分はあったにせよ、そこにただ利用するだけの為に飼っていた、という感じは全くしない。相応に愛情もあったのだろう。

 ジェシカもメイユィも純粋に素直に育っているという事は、少なくとも人並みの愛情は受けていたのだと推測できる。彼女達の生い立ちには悲しい部分もあるものの、それだけは救いであったように思う。

 スーパーの駐車場から慣れた手つきで道路に出て、すぐ近くにあるマンションの立体駐車場へと向かった。



 カードキーを通して部屋に戻ってくると、ソウはリビングでゲームをしていた。ベランダを見るときちんと洗濯物も取り込んで仕舞ったようであるし、シンクに洗い物も残っていない。水着の時にお願いした事が割と効いているようだ。

「ただいま。二人、連れてきたよ」

 ゲームにストップをかけて立ち上がった彼は、こちらを見て少し怯んだ。

「いらっしゃい、二人共……なんで、ゴスロリ?」

 それが普通の感覚だ。彼は正常である。

「買った時にそのまま着てきたんですよ。ジェシカ、メイユィ。ソウです」

 そうなんです。名前が紛らわしいのです。二人は少し不思議そうな顔をして、それが名前だとやっと気付いて少し慌てた。

「あっ、こ、こんにちは!ジェシカです!ミサキの友達です!」

「こんにちは、ソウさん。メイユィです」

 多少戸惑ったものの、挨拶をしたソウはソファからテーブルの方に移動して席を勧めた。こちらは冷蔵庫に買ったものをしまい込む。

 三人とも、何故か緊張して座ったままもじもじしている、何をそんなに固まる必要があるのかわからない。

 まぁ、良く考えれば友人の旦那を紹介されたところで、普通は何を話して良いかなどわからないだろう。そもそも世代が違いすぎるのだ。共通の話題だってそうあるわけではない。

 ソウはソウで、あまり人に気を使えるタイプではない。如才なく世間話をするのが苦手な男なのである。それに加えて若い娘だ。何を話して良いのかすら分からないだろう。

「三人とも、何を固まっているんですか。お見合いじゃないんですから」

 じゃがいもを洗いながら呆れて声をかける。二人共、あれだけこちらの配偶者を見たいと言っておきながら、いざ顔を合わせたらこれなのである。ソウだって彼女達の事はこちらから良く聞いて知っているだろうに、共通の話題も出せない。まぁ、これは性分なのでどうしようもないのだが。

「ジェシカ、メイユィも。先にお風呂に入ってきたらどうですか?下着、新しいの買ってあるでしょう?」

 会話が続かないのなら一旦間を置けば良い。二人共素直に頷いて、いつもの騒々しさはどこへやら、買った紙袋を手に持ったまま、指差した浴室の方へと消えていった。

「な、何か緊張するな」

「なんでだよ。意味わかんねえし」

「いやほら、家族とか、お前以外の女の子を家に上げるなんてしたことないから」

「したことなかったのかよ」

 知ってた。別に意外でもなんでもない。

「しててほしかったのか?」

「アホか」

 ありえない話だ。この万事適当な男が女を部屋に連れ込むなど。いや、金を払えば来てくれるサービスも確かあったような。

「そういえば、ソウは風俗とか利用しないのか」

 自分は一度だけ、大学時代の悪友に連れて行かれた事があるのだが、もういいや、と二度と手を出さなくなった。

「するわけねえだろ」

 急に表情を変えるソウ。なんだこいつ、急に機嫌が悪くなったぞ。どういう事だろうか。

「いや、今じゃなくてだな、過去の話だよ」

 一緒になる前であったのならそれは自由だ。合法的な事なら別に誰かから咎められる事も無い。いや、こちらに喜んでその時の話をされてもそれはそれで返事に困るのではあるが。

「俺、そういうの嫌いなんだよ。金で女を買うとかさ。前、お前がそういう事で稼ごうとした時に止めただろ」

「俺が?風俗で?」

 いつの話だ。まるで記憶にないぞ。必死に記憶を探るがまるで思い当たる節がない。ひょっとして記憶喪失だろうか。

「お前がさ、ここに来るってなった時。戸籍がなくても働ける場所を探してただろ」

「え?あ、あぁ。いや、あれは」

 待てよ、そういえば。


『んでもさ、折半するって言っても、どうやって払うんだよ。仕事できんのか?』

『……どうにかしてでも探すよ。その、身元が確かでなくても雇ってくれるような』

『やめとけよ。身体を切り売りするようなのは。そういうの俺、嫌いだから』

『でもさ』

『まぁ、後で考えようぜ。とりあえず、そういうのはナシな』


「あー、ああ、あれ。そっか、ソウ、お前、そういう風に受け取ってたのか」

 自分は肉体労働の日雇いでも探すつもりで言っていたのだ。そういえば妙に強硬に反対するなと思っていたのだが、そうか、こいつはこちらが身体を売ろうとしていると勘違いしたのか。驚きの事実である。

「何だよ。違ったのか?だって、他に受け取りようがあるか?」

「いやあ、まぁ、言われてみればその考え方もあるなって」

 女の身体になったのだから、身体を使う、となれば肉体労働よりもそっちが思い浮かんだんだろう。自分は最初からそんな事は嫌だったので、完全に除外していて思考の外だったのだ。

「まぁ、あの時はさ、日雇いの肉体労働でもしようかなってつもりだったんだけど」

「え……?その、身体でか?」

「うるせえよ。どこ見てんだよ」

 乳がでかかろうがなんだろうが、力があれば肉体労働だってできるだろう。単なる思い込みによる勘違いで、二人共『身体を』使う仕事だと思いこんでいたので、噛み合わないまま話が通じてしまったのだ。おかしい。笑えてきた。

 急に笑い出したこちらを見て、ソウが渋い顔をしている。やめろ、その顔を見ているだけで笑えてくる。止まらなくなってきた。

「笑うなよ」

「ああ、ごめんごめん。ふ、ふふ。まぁでも、その時から大切に思っていてくれたわけだ」

「いや、ちが……わないか。でもさ、普通、身近な女が身体を売ろうとしてたら止めるだろ?」

 それはそうだ。常識的な話だ。

「じゃあ、ソウは私が簡単に身体を売るような人間だと思ってたんだ」

「あのなあ……」

 システムキッチンのカウンターの向こうに、困り果てた彼の顔が見える。面白い。毎晩散々こちらの事を抱きまくっているくせに、いつまで経ってもこいつは奇妙な恥ずかしがり屋なのだ。

 肉と野菜をカレー味のソースに絡めて焼く単純な作業が始まった。換気扇に取り込めない濃厚なカレー臭がキッチンから漏れ出し、部屋に充満していく。食欲を刺激する香りに、ソウが大きく深呼吸をした。

「あぁ、腹減ってきた。やっぱりミサキの料理は最高だな」

「調子良いなあ」

 沢山食べる人間が三人もいるので焼く量もすごい。肉と玉ねぎ、ピーマンが大皿の上に山のように積み上がっていく。作っているうちに冷めていきそうだが、この料理は冷めても美味いので問題ない。

「さっぱりしました!」

「わぁ、すごい、カレーの良い匂い」

 二人がリビングに戻ってきた、流石にメイユィもゴスロリは脱いで、出かけた時の服に戻っていた。そういえば彼女たちの寝間着が無いがどうしようか、下着でも問題ないだろうか。

 その場合ソウが彼女達を見てしまわないように気をつける必要がある。もっとも、朝の遅い適当な男と比べてこの二人は目を覚ますのが早い。恐らく問題は無いだろう。

 大皿を持って中央に取り分け用のトングと一緒にでんと置く。まさしく山のようだ。あまりの量に、見慣れないソウは口を開けて唖然としている。

 昼食を作る時はいつもこれぐらいの量になる。駐屯地の給湯室にある鍋はどれも巨大で、炊飯器も業務用のでかいものだ。元から大量に食べる二人の為に用意されたものである。

 というより、鍋は厨房から貰ってきたのだと言っていた。炊飯器もお古だそうだ。DDDに使える費用は潤沢に与えられているものの、節約できる所は節約する防衛隊の涙ぐましい努力である。

 ビールを二本と人数分のグラス。ジェシカ達には炭酸水のボトルと、丼に大盛りの飯を持ってきた。

「あっ、お酒!ミサキもソウさんもお酒飲むんだ」

「まぁ、夜だけですね」

 昼間から飲もうとするのはこの男だけである。基本的に制限はしているので最近は滅多に無いが。

 いつぞやのビール祭りで懲りたというのに、ソウは昼間に出かけるとどうしても酒を飲みたがる。肝臓は大丈夫なのだろうか。

「いいなあ、ワタシも飲んじゃだめ?」

「メイユィ、お酒はそんなに美味しくないです。苦いしお酒臭いです」

 どちらにせよヒノモトでは二人とも飲んではいけない。彼女達はまだ未成年である。

 多分、アルコールの分解自体は問題ないだろう。自分も元々は弱かったのだが、この身体になってから毒物に対する耐性だか代謝が上がったのか、殆ど酔わなくなった。だからといって鯨飲したりはしないのだが。

「お酒は飲みたい人が飲むものだよ。ああ、でも二人はまだ未成年だっけ。じゃあダメだね」

「ビールは苦いですよ。この料理には炭酸水の方がいいですよ」

 見た目が幼い彼女が酒を飲んでいる姿というのは、ビジュアル的にもだいぶまずい気がする。もう少し大きくなってからと宥め賺してから、どうにか食事を始めることになった。

「美味しい!柔らかくて、カレーの味がして、ほんのり甘い!」

「美味いな。ビールにもよく合う」

 メイユィもソウも、笑顔で肉を頬張っている。ジェシカはと言えば、物も言わずに只管に飯と肉と野菜をかき込んでいる。気に入ってくれたようだ。

 自分も取り皿に取り分けた肉を一つ、口に入れた。スパイシーなカレーの香りに、はちみつを使った照り焼きの甘辛い味が豚の脂と一緒になって口に広がる。ダイレクトに味蕾を刺激する、強烈な味の砲弾。咀嚼し飲み込んだ後に、爽やかなホップの香りと僅かな苦味を持つ酒を流し込む。炭酸が濃い味に慣れた舌を洗い流していく。

 マヨネーズを多めに入れたねっとりとしたポテトサラダは、匙で掬って口に入れると独特な舌触りだ。少し歯ざわりを残した人参と、僅かに含まれた辛味を出す玉ねぎ、ぷちぷちと甘いスイートコーンの食感もとても楽しい。

 メイユィは特にこのポテサラが気に入ったようで、何度も何度も嬉しそうに匙を往復させている。大量に千切って添えたレタスもしゃくしゃくと瑞々しく、舌を新しくしてまた肉が食べられるようになる。

 喋る時間も惜しいとばかりに誰もが無言になって食事を続け、山のようにあった肉と野菜と芋と飯は、瞬く間に四人の腹の中へときれいさっぱり消え失せた。

「おいしかったぁ。ねえミサキ、あれも作り方教えてよ」

「いいですよ。また今度、お昼に一緒に作りましょうか」

 食事が終わって後片付けを始め、ソウを風呂場へと送り出した後、キッチンのカウンターに二人がだらりと腰掛け、こちらの様子を見ている。

「ミサキ、本当に手伝わなくて良いのですか?」

「今日は二人ともお客さんでしょう?ゆっくりしていて下さい」

 満腹になった二人はこちらの手元を見ながら、昼間に訪れた店の事や先程の料理の感想をとめどなく話し続けている。実に平和な光景だ。

「それでね、あのドレス、ミサキにすごい似合ってたよね」

「本当ですね!でも、少しエッチじゃありませんか?」

「それがいいんだよ!ミサキにはエッチなのが似合うんだから!」

「いや、どういう意味ですかそれは」

 どうして自分の周辺はそうやってエッチなものをこちらに着せたがるのだ。そういえば、ソウが最初にこちらに選んだ下着も相当アレなものだった。何か呪われているのだろうか。嫌な呪いである。

「あんなもの、とてもじゃないですが外では着られませんよ」

 下着が透けて見えているのである。犯罪だ。捕まってしまう。翌日の新聞の一面に『DDDのリーダー、公然わいせつ罪で現行犯逮捕』と出てしまう。

「でも、家でだったら大丈夫でしょう?」

 二人の表情が微妙に変化した。口の端が緩み、何かを期待するような目でこちらを見つめている。

「……まぁ、家の中でなら。でも、それって意味ありますか?」

 ビスチェスタイルのドレスである。ドレスというにはスカート部分がやたらと短いが。言うなれば下着そのものと言っても良い。下着ならもう間に合っている。

「あるに決まってるじゃない。ねえ、ジェシカ」

「そうですね、メイユィ。ミサキには見せる相手がいるのです」

 そういう事か。いくら彼女たちの感性で可愛いと思ったとは言え、外でとても着られたものではない物をやたらと推してくるなと不思議に思ったのだ。

「ねえミサキ、今夜もするの?」

「……」

「ミサキ、あれを着て迫ると良いですよ」

「……」

 どう反応しろと言うのだ。洗い終わった皿を水切りカゴに乗せて、まな板を消毒して立てかける。セラミック製の包丁は殆ど研ぐ必要がないので助かるが、今ばかりはその手持ち無沙汰が恨めしい。

「ねぇー、いいでしょミサキ。あれ、お風呂出たら着てよお」

 猫なで声を出すメイユィに辟易する。どこでそんな甘え方を覚えてきたのだ。ネットか、アニメか。

「着ませんよ。私は普通に寝間着です。ほら、二人とも、和室に布団を敷いてあげるので寝る準備をして下さい」

 良い子は早めに寝るのが望ましい。寝る子は育つ。ジェシカはこれ以上育っては困るだろうが。

 手をよく拭いて前掛けを外し、リビングの奥にある和室の襖を開いた。自分の荷物の中から下着と寝間着を取り出して脇に置くと、押入れから二人分のマットと掛け布団、枕を取り出した。

 最近は来客も多いので、押入れには結構な量の寝具を入れてある。敷布団代わりのウレタンマットにカバーをかけるだけの簡単なものだが、これは洗濯が楽で常に清潔なので便利だ。普段は寝室のベッドを使っているので、来客用だからと言って分厚い布団を入れておくと、干したりクリーニングしたりする手間が非常に面倒くさい。

 別に今の時期は寒くはないし、冬場も暖房を入れて毛布を使うので問題ない。カビが生えるよりは遥かにマシだ。

「まだ早いよミサキ。8時にもなってないよ」

「そうです。今寝たら、太陽が昇る前に目が覚めてしまいます」

 困った子供達である。だがまぁ確かに早いと言えば早い。自分などは寝て良いと言われたら早々に眠ってしまうのだが、若い人間は時間が勿体ないと思うものだ。自分も学生時代は良く夜ふかしをしていた。

「わかりました。じゃあ、ゲームでもテレビでもなんでも……ああ、ソウが出てきたので、一緒に遊んでて下さい」

 ほかほかに茹で上がった適当な男に、二人とゲームでもしていてくれと言って、入れ違いで脱衣所に入った。彼は子供の扱いも得意なのでどうにでもなるだろう。

 昼間にも一度脱いだ服をもう一度身体から離す。試着というのはどうにも苦手だ。だって、ものに肌をつけてしまうのだ。

 皮膚には皮脂だって汗だってついているだろうし、そんなものを売り物に付けてしまえば、どうしても買わないといけないという気分になってしまう。いくら試着用のは試着用だと言っても、何故かそれはどうにも我慢できない。結局買ってしまう。

 黒いブラジャーとショーツを外して洗濯ネットに入れる。この下着はソウが好みそうなものを休みの日に買ってきたものだ。どうにも、彼は自分でこちらの衣類を脱がす事にフェティシズムを感じるらしく、そのデザインも性的興奮度に影響しているようだ。

 となれば、今日買ってきたアレも……いやいや、それは無い。仮に使うにしても、二人が帰ってからだ。何も二人が泊まっている時に性行為を示唆するような事はしたくない。

 浴室に入ってシャワーのハンドルを捻り、熱い湯で煩悩を洗い流そうとするのだった。



「ゲームするの?いいよ。どんなのが好きかな」

 風呂から上がってきた男は、見目麗しき美少女に囲まれて戸惑いつつも、寝るまで何かして遊びたいという要望にリビングのテレビの電源を入れた。

「ワタシはゲームだと、RPGが多いかなあ。エンクエとか」

「私はあまりゲームはしませんね。でも、カワイイキャラクターの出てくるものが好きです!」

 二人の言葉に少し考えた風呂上がりの適当な男は、それならば、と一つのゲームソフトを引っ張り出した。

「可愛くてRPG風味、ってのなら、これはどうかな。ファンタジー系格闘ゲーム、『ブランディッシュファイト』。ネット対戦もできるけど、これなら二人でもできるよ」

 RPGでは二人プレイができない。見ているだけというのも問題であるし、ソウが最近プレイしているゲームはリアル寄りの割とグロいアクションゲームだ。あまり二人の好みには合致しそうにない。

「格ゲー!一度やってみたいと思ってたの。ミサキに聞いたら、簡単すぎてすぐに飽きるかもって言ってたんだけど」

「いやいや、そんな事はないよ。可愛い見た目に反してコンボは結構タイミングがシビアだったり、三すくみの読み合いが結構アツいらしくて。俺は軽く触って積んでたんだけど」

 買ったは良いがプレイする時間が無くて放置する、というのは割と良くある事だ。一人暮らしであればある程度時間は作れるだろうが、夫婦生活というのは色々と時間をとってやりたい事も多いのである。

「それじゃあ、一度やってみましょう!私も格闘ゲームは初めてですが」

 ジェシカも同意したので、ソウは高性能な最新のゲーム機にディスクを入れる。起動したホーム画面から、ディスクトレイに入っているゲームのアイコンを選んでスタートした。


「マジかよ。初心者って。ジェシカちゃん、飲み込み早すぎじゃない?」

「なかなかやるね、ジェシカ。ダテに普段から恐竜を殴ってるわけじゃないね」

「当然です。格闘こそ私のホンブンですから!」

 簡単な操作説明を受けた二人は、プレイするなり瞬く間に操作を覚え、お試しにとやったストーリーモードをほぼノーミスでクリアしてしまった。

 その後、次は対戦だとばかりに二人はそれぞれが好みのキャラクターを使ってバトルを始めた。

 最初は若干メイユィが優位だったものの、すぐにジェシカが盛り返してきて、対戦成績はほぼ五分五分になってしまった。お互いの凄まじい反射速度と的確な行動に、一応は経験者だったはずのソウは驚きのあまり、ただ見ている事しかできなかった。

「メイユィ、メイユィの使っているキャラの衣装、今日ミサキの買ってきたものに似ていませんか?」

「うん、そうだよ。だからこのキャラ使う事にしたの」

 黒髪の少女が操作しているのは、大胆にふとももを露出した水着のような衣装と、申し訳程度の鎧を身に纏った女剣士だ。やや火力に寄ったピーキーなキャラクターであるが、彼女はその性能を持ち前の反射神経で的確に使いこなしている。

「え?今日、買ってきたって?こ、これに似たのを?」

「そうだよ。駅前の西の路地にあるゴスロリショップで」

「……あそこに行ったのか」

 何やら知っている風のソウに、二人は不思議そうな視線を投げかける。目の前の男性がそのような場所に縁があるとはとても思えないのだ。

「ねえ、今度はネット対戦をしてみようよ。世界中の人と遊べるんでしょ?」

「いいですね!やりましょう!DDDの強さを世界に知らしめるのです!」

 そんな事をしなくても、彼女たちは既に世界最強の一角である。主に肉体的な意味で、であるが。

 ゲームのタイトル画面に戻ったメイユィは、ネットワークモードに入ってランキング登録画面にやってきた。

「あれ?これ、名前がいるの?」

「ああ、ハンドルネームだよ。勝ち進んでいくとどんどんランキングが上がって、上位になるとランキングに表示されるようになるんだ」

 説明を受けたメイユィは、迷いなくそのハンドルネームを入力した。『ミサキ』。

「勝手にミサキの名前を使って良いのですか?メイユィ」

「大丈夫だよ。それにこのキャラ、どことなくミサキに似てるし。ぴったりでしょ?」

「確かに、そうですね。では、ミサキで頑張ってチャンピオンを目指しましょう!」

 ランキングは最下級のEマイナスから始まって、勝った相手の強さによってどんどんランキングが上がっていくシステムだ。

 最高ランクはSSSで、更にそこから勝ち続けるとSSSの中でのランキングが表示されるようになる。プロゲーマー達は軒並みこのランクである。

 メイユィは早速、Eマイナスランクでマッチングした相手をボコボコにした。まるで容赦がない。三本先取のストレート、全て無傷のパーフェクト勝利である。

「め、メイユィちゃん。ちょっと手加減してあげたほうが」

「ソウさん、真面目にやらないと、相手にも失礼だよ」

 言われたソウは、それもそうだと納得して観戦を続ける。手加減して良い勝負になったとしても、相手にとっては屈辱だろう。

 勝ち方があまりに極端だったのか、ランクはいきなりCマイナスランクまで上がった。昇段条件すっ飛ばしである。

 交代したジェシカもまた、このランクでマッチングした相手を容赦なく叩きのめした。彼女が選択したキャラクターは胸の大きな格闘家であり、火力は無いもののスピード一辺倒で防御力が低い、こちらもピーキーなキャラである。

 あろうことか相手を固めるだけ固めて、反撃を誘って見てからカウンターの超必殺技で止めを刺していた。しかも三回とも同じ様に、パーフェクト勝利である。

「これ、相手がコントローラー叩き割ってないか心配だな」

 舐めプレイというわけではない。ただ、美しく勝利しようというジェシカのプレイに簡単に乗せられていた。あまりにも無慈悲である。

「手応えがありません。もっと強い相手はいないのですか」

 ランクはBランクになった。上昇が多少緩やかになる。

 交互にマッチング相手を只管完全勝利で叩きのめしている二人は、それでも楽しそうにキャラクターを操作している。勝負がどうこうよりも、思い通りに色っぽいキャラクターが動くのが楽しいのである。

 彼女たちは一度もダメージを受けることなく、無傷でSSランクにまで到達した。一時間も経っていないのに。

「良いお湯でした。ソウ、洗濯機に入れる時、シャツは裏返さずに……って、二人とも、BFやってるんですか」

 ミサキがいつものだぼだぼシャツにハーフパンツ姿でリビングに姿を現した。乾かした髪をヘアゴムで頭の後ろで止め、うなじを剥き出しにしている。

「そうだよ、ミサキ……って、何その格好!?」

「何って、寝間着ですよ、私の」

 メイユィとジェシカは揃って口をへの字に曲げた。

「色気がない!ダメだよそんなんじゃ!今日買ってきたあれ、着ようよ!」

「いや、あれを着て寝るわけにはいかないでしょう。皺になってしまいますよ」

「驚きました。完璧だと思っていたミサキの寝間着が、このようにだらしないもだったなんて」

 散々な言い様である。言われたミサキは少し困惑した表情になって、年季の入ったシャツを引っ張った。

「そんなにダメですか?この格好が楽なんですが」

「ダメだよ!ねえ、ソウさん。こんなんじゃゲンメツするよね?」

「いや、俺は別に。ミサキは大体毎日これだし」

 ぎゃあぎゃあと文句を垂れる二人に辟易したミサキは、冷蔵庫からビールを一缶持ってきて、ソファに座り込んで開けた。

「二人とも、私が家でどんな格好をしていようと勝手でしょう。それより、BFのオンライン対戦をしているんですか?」

 珍しくグラスを使わずにそのままぐいっと500ミリリットル缶を傾けるミサキ。

「そうです。もうSSランクまできましたが、誰も彼も相手になりません」

 それでも随分と楽しそうにプレイをしていたジェシカは、ランキング画面を指差した。戦績は8戦8勝、勝利数24に負け数が0と出ている。負け数は取られたポイントの事なので、無傷でSSランクにまで上がってきた事になる。

「当たり前でしょう。私達は普通の人たちと違って、反射神経が物凄く強いのです。並の人間なんて、ゲームでだって相手になりませんよ。だから私はオンラインプレイをしなかったのに」

 実はミサキもこのゲームを何度かプレイしていた。やはりコンピュータ相手では最高難易度でも苦労せずクリアしてしまったため、そのまま放置していたのだった。

「でも、ミサキ。トップクラスのプロゲーマーならいい勝負ができるかもしれないよ。だからさ、ミサキも一緒にやろうよ」

「プロゲーマーですか。そういえばこれはeスポーツの競技に入っていましたね」

 単なるお色気キャラゲーかと思いきや、しっかりとしたバランスと三すくみのシステムが噛み合っていて、意外と市場の評価は高い。それ故に彼女もソウの買ってきたこのゲームを遊んだのだが。

「わかりました。少しだけですよ。ただ、プロゲーマーでも弱いと感じたらそれで終わりです。いいですね?」

「わかった!じゃあ、次はミサキの番ね!どのキャラ使うの?」

「私ですか?特に得意なキャラはいませんが……ああ、じゃあこれでいきましょう」

 ミサキが選択したのは最重量の男性キャラ、ゴンザレスというキャラクターだった。

「え?ゴンザレス使うの?カワイくないよ!」

「そうです、カワイくないです。ミサキ、別のにしてください」

「いいんです、これで。一番シビアなキャラなんですから、強い相手を求めるならこっちがハンデを背負わないと」

 ゴンザレスはつかみ技を主体として戦う、むさくるしい髭の大男だ。相手に接近しないと攻撃できない関係上、特定の相手には極端な苦戦を強いられる。プロゲーマーでもこのキャラクターを大会時に使用する者はいないという非業のキャラである。

 SSランクでの初マッチングは、メイユィの使用キャラと同じ、女剣士が相手だった。リーチと火力のある女剣士ともゴンザレスは相性が悪く、対戦の有利不利を示すダイヤグラムは3:7で不利とされている。

 ミサキは開幕と同時に無造作に歩いて接近する。つかみ技のキャラなので、接近しないと攻撃手段が無いのだ。相手の剣士がスキの少ない弱攻撃を牽制に放った。そこそこリーチが長く、出も判定も強い技だ。ミサキはそれを見てからしゃがんで躱し、すぐにまた歩き出す。再び剣士が弱攻撃を放つ。躱す。近づく。

 細かい動きの繰り返しで、ゴンザレスは機敏にスクワットをしながら女剣士の方へとずんずんと近寄っていく。堪りかねた剣士がジャンプして逃げようとした所を、ダッシュ技で突っ込んだ。

 降り際に放たれた剣士の攻撃を技の無敵時間で避けると、剣士の身体を着地と同時にゴンザレスの腕ががっしりと掴んだ。

「うわ、ミサキ。やらしい」

「ヘンタイです」

 ゴンザレスは女剣士にしっかりとしがみつき、鯖折りで締め上げている。剣士は必死に抜け出そうともがいているが、ミサキの凄まじいボタン連打でなかなか逃れる事ができない。体力の三分の一ほどを奪い取って、技の効果時間いっぱいで漸く女剣士はゴンザレスの腕から逃れた。

 危機感を覚えたのか、距離を取った女剣士は細かくジャンプを繰り返し、隙の少ない攻撃でちくちくと斬りつけてくる。

「甘いですね。飛んでいれば掴まれないと思ったのでしょうが」

 相手のジャンプに合わせて、上りながらゴンザレスは飛び蹴りを放った。剣士の攻撃が出る前に発生した蹴りが命中し、空中にいた剣士はそのままダウンする。すかさず近寄ったゴンザレスは、相手の裏側をめくるようにしてジャンプからの体当たりを放った。

 絶妙にガード方向を狂わされた相手は、あえなく被弾を許してしまい、ゴンザレスの打撃からの目押しコンボで、残りの体力を一気に削り取られてしまった。

「なんか、地味じゃない?」

 メイユィが戦い方にダメ出しをした。確かに地味である。

「ゴンザレス、やっぱりカワイくないですね。しかも、ミサキ。これはハラスメントではないですか?」

「ゲームなんですから気にしてはいけません。二戦目、いきますよ」

 二戦目は、牽制していたのでは勝てないのかと思った相手は積極的に攻め込んできた。隙の少ない連撃でガード状態を押し付け、ミサキのミスを誘ってくる。しかしミサキは平然と相手の僅かに生まれた隙をついて、今度は大技の投げを放った。連続で地面に叩きつけられた女剣士は体力の半分近くを失い、焦った挙げ句に再びゴンザレスに捕まり、抱き締められたまま勝負がついた。

「ミサキ、そういう願望があるの?」

「だから、これはゲームですって」

 その後も手を変え品を変えしてきた女剣士だったが、冷徹なミサキの前にはまるで刃が立たず、ゴンザレスの完勝で勝負は決まった。

「SSSに上がりましたね。まぁ、無敗なので当然でしょうが」

 ここからは群雄割拠の上級プレイヤーの巣窟である。

「じゃあ、次、ワタシね。えへへ、エリザベート使うから。ねえミサキ、エリザベートってちょっとミサキに似てない?」

「どっちかと言えばジェシカじゃないですか?金髪ですし」

「ジェシカは髪の毛短いし、おっぱいも大きすぎるよ」

「いや、エリザベートもかなり大きいと思いますが……」

 女剣士を選択したメイユィの相手は、ゲーム中屈指の強キャラとされている槍使いだった。トリッキーな動きとリーチの長さ、発生の早い技が特徴で、大会でも最も使用者の多い優秀なキャラクターである。

「あっ、相手はランスか。負けないぞ」

 現実では槍を扱うメイユィは、ゲームでは長剣を持って槍使いに対峙した。

 遠距離からチクチクと攻撃してくる相手の動きを見切って一気に懐に入ったエリザベートは、カウンター攻撃からのみ決まる凶悪なコンボを決めて危なげなく一勝をもぎ取った。相手の動作を見てから潰せる彼女達ならではの戦い方である。

「そんなコンボ、良く知ってましたね」

「使ってたらわかるよ。もう、大体どの攻撃がどんな時に繋がるか覚えたから」

 その後もメイユィは露出度の高い女剣士で槍使いの男をボコボコにして、やはり三連勝で勝利した。SSSランクの強キャラでもまるで相手にならない。

 その後もジェシカが格闘家で忍者を完膚なきまでに叩きのめし、ミサキがゴンザレスで女キャラをセクハラじみた攻撃で粉砕した。

「あっ、みてみてミサキ、ソウさん。ランキング入りだって!今、27位だよ」

「ソウ、これは、世界で何人ぐらいプレイしているものなのですか?」

 ジェシカの問いに、ソウがスマホで検索している。一応世界中にプレイヤーがいるゲームなのである。

「えーと、ざっとアクティブで2万人ぐらいだって」

 ソウの言葉に、ジェシカは少し落胆した。

「思っていたより少ないです。もっと多いと思っていました」

「ジェシカ、それでもeスポーツの種目ですよ。やり込んでいる人は相当に多いはずです」

 通常のゲームプレイヤーは、まずSSSランクにまで到達しない。SSSランクは全体の5%程度と言われているので、およそ1000人程がこのランクにひしめき合っている事になる。

「よーし、それじゃあトップ目指してがんばろー」

「いや、メイユィ。もうそろそろ終わりにしませんか?もう11時前ですよ」

「えっ?もうそんな時間?わかった、続きは明日ね」

「明日もやるんですか……」

「ミサキ!やるからには頂点です!チャンピオンですよ!」

 ミサキははいはいわかりましたと言ってコントローラーパッドを操作し、電源を落とした。

「二人とも、新しい歯ブラシが棚の中にあるので使って下さい。ソウ、先に寝室に行ってて」

 既に歯を磨き終わっていた適当な男は、ミサキの指示に素直にしたがって廊下に引っ込んでいった。ミサキは空き缶を洗いながら、小さくため息をついたのだった。



 二つ並んだマットの上、下着姿で布団を被っている二人は、照明の落とされた和室の中、ひそひそと言葉を交わしていた。

「ねぇジェシカ。ミサキ、今日もするのかな?」

「するでしょう。聞きましたか?『ソウ、先に寝室に行ってて』と言っていました。まちがいなくやります、それはもう盛大に」

「でも、ミサキはあの格好だよ?全然エッチじゃないよ」

「脱いだらすごいのかもしれません。きっと最初に見たような、エッチ下着を身に着けているに違いありません!それか、あ、あの水着とか」

「あの水着!そうか、その可能性はあるね!うーん、気になるなあ。どんなふうにしてるんだろう」

「確かに、気になります。ウスイホンでは何度も見ていますが……やはり大きな声を出すのでしょうか?」

「えっ、ジェシカ、どうやるか知ってるの?朝にいっぱい買ってた本って、そんなことまで載ってるの?」

「載っています。今度見せてあげましょう。しかし、それよりもまずミサキです」

「そうだね、ミサキだね。ねぇ、ちょっとだけ、ちょっとだけ覗けないかな?」

「覗くのは無理でしょう。ミサキは鋭いです。でも、扉の外で聞くだけならできるかもしれません」

「そうだね、よし、じゃあ、ジェシカ」

「いきましょうか!」

 二人は下着姿のまま布団を這い出すと、音を立てないようにそろそろと和室を出て行った。



 二人の寝室、先にベッドの上にいた彼の隣へ潜り込む。いつものように抱きしめてくるのか、と思いきや、彼は天井を見たままこちらに話しかけてきた。

「なあ、ミサキ。駅前の路地にあるゴスロリ専門店に行ったって本当か?」

 唐突だ。二人から聞いたのか。

「行ったけど、何?」

 ソウは少し考え込んで、迷った挙げ句に口に出した。

「あそこな、キョウカの同級生がやってる店なんだよ。ほら、キョウカって結構若作りするだろ?」

「若作りって。そんな言い方したらちょっとかわいそうじゃない?キョウカちゃんもまだ若いんだし、それに年の割に若々しいし」

 彼女ももう30代に突入したが、それでもまだ若い。若作りと言うのは酷いだろう。

「いや、まぁ、それはいいんだよ。本題はそこじゃねえ」

 同級生が。そうか、そういう事か。

「ミサキ、お前、あそこで何か買ったのか?」

「買ったよ。買わされたというか。どうも、いつか来たらこれを着せようと思っていた、みたいな事を言われて」

「やっぱりな」

 ソウははあと分かりやすい息を吐いた。自分にもある程度合点がいった。

「キョウカちゃんが教えたの?」

「ああ。多分な。時々お前がゴスロリに興味がないか、みたいな事を聞いてきたから、おかしいなと思ってたんだよ。いつか連れて行くつもりだったんだろうな」

 つまり、キョウカは割と良く訪れるこの街に、同級生がゴスロリの店を構えているのを知っていた。それだけでなく、どうやらこちらの事を教え、いつか連れてくるとでも言っていたのだろう。

 妙にこちらの事を知ったような感じで接客してくるなと思ったのだが、そういう事だったのだ。謎は全て解けた。実にしょうもない謎だったが。

「それでな、ミサキ、その、買ったものって」

 ソウが天井を向いたまま言いにくそうにしている。

「うん」

「ど、どんなやつだった?」

「ほぼ下着みたいな、エロいのだったよ。見たいの?」

 見たいのだろう。分かっている。

「ほぼ下着……うん。できたらそれ着て」

「いいけど、今日はダメ。和室に置いてあるし、二人が寝てるでしょ」

「そうか、そうだな。うん。じゃあ、明日」

 欲望に忠実な男である。ただ、それはそれで好都合だ。折角金を払って買ったのに、着もせずにしまっておくというのは勿体ない。例え寝室でしか使わないにしても、死蔵しておくよりは服も喜ぶだろう。アレを服と言って良いのかどうかは疑問ではあるが。

「じゃあ、今日は普通に」

「あ、やっぱりするんだ」

 明日の為に弾を温存する、という考え方は無いようである。元気で大変よろしい。

 掛け布団を跳ね上げた彼は、そそくさとこちらのシャツに手をかけた。だぼだぼのいつもの、二人に色気がないと怒られたものである。

「ねえ、ソウ。やっぱりこの格好って萎えるかな?」

 彼女たちがいなければ、この時期は下着のまま寝室にやってくる。だから普段は彼もこちらの格好を気にしないでいたのだと思うと、少し申し訳ない気がしてきた。

「別に、そんな事ねえよ。ミサキはどんな格好でも可愛いし、脱いだらエロいだろ」

「それ、褒めてるの?」

「褒めてるんだよ、最高の賛辞だ」

 彼は丁寧にハーフパンツの紐を緩めて、下着を一緒にずりおろしてしまわないように慎重にこちらの脚を引き抜いた。彼なりの拘りである。

「何度見てもミサキの身体は綺麗だ、興奮する」

「ふふ、どうも。ソウも早く脱いで。脱がしてあげよっか?」

「うん、頼む」

 上半身がシャツだけの彼の裾をまくりあげて腕を抜く。スウェットをずり下ろし、パンパンにテントを張ったトランクスに手をかける。

「もうこんなに大きくして。そんなに私の下着姿、気に入った?」

「当たり前だろ、そんなエロい下着つけて。我慢できそうにない」

 彼がこちらのブラに手をかけたところで、その布を下にひきずり下ろした。引っかかるような感じがして、ぶるんと擬音が聞こえそうなほどに屹立した彼のものが目の前に現れる。やはり、でかい。いつものように、これが自分の中に入るのだ。想像するだけで堪らなくて、下半身が疼く気がする。

 彼の手が背中に回り、ブラのホックが外された。こちらもぷるんという感じに、覆われていた締め付けから開放される。それを見ていた彼の息子がぴくりとわかりやすく反応した。

 彼のそれを優しく撫でようとした時、ふと耳慣れない音が聞こえた。

 空耳か、と思ったが違う。まさか、そんな事をするとは。いや、しかし。

「ミサキ、好きだ。愛してる」

「私もだよ、ソウ。でも、ちょっと待って」

 今まさに襲いかからんとした彼を腕力で止めて、扉の方に向かって言う。

「二人とも、盗み聞きは感心しませんね」

 扉の向こうから聞こえていたのは、素肌がフローリングを這いずる音だ。聴覚の強化された自分には、注意を向ければはっきりと聞こえる。

 そして聴覚が鋭いのはあの二人も同様である。扉越しとは言え、こちらの睦み言はしっかりと聞き取れる事だろう。危ない。喘ぎ声を上げる前に気がついて良かった。

 自分にだけ聞こえるぺたぺたずりずりという音は遠ざかっていった。止められたソウはこちらの言葉を聞いて、硬直している。

「き、聞かれてたのか?」

「多分。ちょっとだけ」

 彼の息子がしおしおと萎えていく。かわいそうに。

「あの二人、どうもそういう事に興味があるみたい。もう駐屯地でもしつこくって」

「そ、そうなのか。可愛いのに、随分となんていうか……いたたた」

 寝室で別の女を可愛いとか言うな。デリカシー皆無である。抓った乳首から指先を離して、最後の下着を取り払って抱きついた。潰れるほどに胸の先を押し付ける。

「私とどっちが可愛い?」

 答えは聞かなくてもわかる。力を取り戻したものがこちらの腹を押し返している。

「答える必要あるか?」

 一度追い返せば二人はもう戻ってこないだろう。遠慮なく、全身で彼の優しくも激しい蹂躙に身を任せるのだった。

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