第47話 待望の許可
明日は休日というその日。いつものようにトレーニングルームで簡単なブリーフィングを行った後、オオイはついに我々が待ち望んでいた事を口に出した。
「ジェシカとメイユィに外出の許可が降りました。必要であれば、私かミサキさん、それかサカキさんが同行します」
ついに、ついに認められたのだ。彼女たちが危険な存在ではないという事が。頑張って耐えていた甲斐があった。
「本当ですかハルナ!それじゃ、それじゃあヒノモトバシに行っても!?」
「構いません。ただ、遊興や趣味が目的であれば、日中のトレーニング時間は避けて下さい。一応はトレーニングが皆さんの仕事という事になっていますので」
これは当然だろう。あくまでも我々は俸給を貰って働いている公務員のようなものである。仕事や通勤に必要な免許の取得や、慶事弔事などのやむを得ない事以外では外出する事は慎まねばならない。
「ねえミサキ。ワタシ、可愛い服が欲しい。あと、大人っぽい下着」
「明日の休日に皆で買い物に行きましょうか。楽しみですね」
「出かける際は支給品である携帯電話をお渡しします。GPS機能がついていますので、どこにいてもすぐに出動できるように、心構えだけはしておいて下さい」
スマホでなく携帯電話という所がいかにもだ。支給品である以上、余計な機能は無駄だしコストはかけられない、という事だろう。
「それにしても、急ですね。一応申請は前からしていたと聞いてはいましたが」
どうにかして彼女たちを出動以外で外に出してやれないか、と打診していたのだ。いくらここの生活環境が整っていようが、太陽を見られるのが恐竜と一緒の時だけ、というのは流石にかわいそうである。
「ええ、まぁ。ミサキさんのお陰で研究も進みましたし、何より先日の過酷な戦闘がありましたから。上も流石に皆さんに申し訳ないと思い始めたのでしょう」
あの災害は無かったことにされているが、事実として過去最大級に苦戦した戦闘だった。流石に今後もああいう事が続くとなると、精神衛生上も息抜きが必要だと判断されたのだろう。
「そうですか。何にせよ、頑張った甲斐がありましたね。ちなみに、外出ってどの範囲までなんです?」
「特に制限はありませんが、休日中に帰って来られる事が前提です。外泊も構いませんが、その場合、私かミサキさんが一緒に行くことになりますね。流石にサカキさんは」
サカキも隣で激しく頷いている。そんなに思い切り拒否する必要は無いだろう。失礼な。
確かに男性とお泊り外出、というのは問題がある。関係性を疑われるし、外聞もあまりよろしくない。自分達は目立つのである。
ともあれ、これで彼女たちも思う存分、休日に羽を伸ばせるというわけだ。可愛い友人たちが報われたことが、まるで自分の事のように嬉しい。
「外出する場合は事前に私かサカキさん、ミサキさんに言っておいて下さい。ミサキさんにも休日の予定があるでしょうし、その場合は私とサカキさんで調整します」
二人にしてみれば休日出勤と同じようなものだろう。少し申し訳ない。可能な限り自分がついていく事にした方が良さそうだ。
「ハルナ!早速明日、ヒノモトバシに行きたいです!アニメとゲームショップに寄って、メイド喫茶にも行きたいです!」
「……め、メイド喫茶ですか。それは……」
オオイがちらりとこちらを見た。恥ずかしいのである。黙ったまま、わかっているとばかりに頷いた。
「ジェシカ、私と一緒に行きましょうか。何度か行ったことがあるので案内できますよ」
「本当ですか!やりました、ミサキとデートです!」
「ジェシカ!ワタシも行く!」
概ね予想していた通りの展開になった。ジェシカとメイユィの嗜好から、彼女達の好みそうな場所はオオイが出向くと恥ずかしい場所である事が多く、サカキの場合は男性という事でこれも厳しい。そもそも美少女二人を引き連れたイケメンとかどう考えてもやっかみの対象になるし、目立つ。
「すみません、ミサキさん。お休みの日に」
「構いませんよ、遊びですから。オオイ二佐だって休日でしょう?私達より仕事をしているのですから、しっかりと休んで下さい」
恐縮するオオイにそう言うと、構わないと行っているのに礼を言われた。サカキの方はと言えば、こちらに振られなくて良かったとあからさまに安心している。まぁ、いくら雑用扱いだとは言え、流石に外務省職員を休日まで振り回すのも問題だろう。
「楽しそうで何より。ただ、ナンパにはほいほいついていかないように」
マツバラがそう言っていつもの問診を始めた。それは大体自分が阻止するし、仮に強引にされようが並の人間が自分たちに敵うはずがない。杞憂というものだろう。
それよりも何よりも、心配なのは集られる事である。
自分一人でも突然握手会が始まったり、街中でかなりの割合で声をかけられる。三人揃っていたりすればもう、勝手に写真も撮られまくりだろう。肖像権の侵害であるが、有名税と割り切るしか対処法は無い。
「特に健康面にも問題は無いようですね。最後にもう一つ、来週早々に、アトランティックとの顔合わせがあります」
アトランティック。海。いや、違う。こちらをパシフィックと呼ぶように、向こうはアトランティックと呼ぶ。つまり、あちらの三人と会う、という事だ。何故急に。
「それは、願ってもない話ですが。どうしてまた?」
考えられるとすればこの間の南コリョでの戦闘だ。あれは無かったことにされているようだが、今までに経験したことのない程の大群だった。順当に考えればあれを見て危機感を覚えた、という事だろうが。
「三人だけではどうしても対処できないと判断された場合、多少被害が拡大しても六人で対応したほうが良いという判断です。戦力の分散は、足りているうちは良いですが、皆さんのように代えの利かない戦力の場合、一つ崩壊すれば全てが終わってしまいますから」
妥当な判断だろう。こちらとしてもその方がありがたい。何より、あちらの面子にも非常に興味があるのだ。
こちらの戦力とほぼ同等だと考えると、先の大群だってかなり余裕を持って殲滅できたはずだ。手数が単純に倍になるのである。連携もできればもっと戦いやすいだろう。その為に親睦を深める意味での面会、という意味もあるのだろうか。
三人が部屋から出ていったので、トレーニングウェアに着替えてマシンで身体を鍛えだす。いくら新しくしてもらっても、すぐに軽くなってしまう。ただ、最近はあまり強くなったという感覚が無い。竜の手応えは大して変わらないし、寧ろ竜が強くなったとも感じられる。こちらの強化が追いついていないのだろうか。
明日の休日の予定を楽しそうに話す二人と雑談を交わしながら、代わり映えのしない筋力強化に勤しむのだった。
「オオイさん、どういう風の吹き回しですか?」
サカキが二人に要求されたものを買いに出ていくと、すぐにマツバラはオオイに疑問を投げかけた。
「どうしました?先生。あちらとの面会の事ですか?」
マツバラは違います、と首を振った。
「外出の話ですよ。確かに研究で彼女達の普段の力のセーブは可能、という結果は出ました。ですが、それは本人が制御すれば可能というだけであって、感情の面ではまだあの二人は不確定要素があります」
「……わかっています。これは、私も驚いたのですが、上からの命令です」
思いもよらぬ言葉に、白衣の医師は眉を寄せた。
「命令?要求が通ったのではなく?」
「そうです。理由は、その、お恥ずかしい事なのですが」
オオイは少し言葉を止めて躊躇した。言うべきか悩んだのだろうが、結局そこまで言って先を言わないという選択肢は無い。
「その、国民からのミサキさんへの好感度がかなり上がっただろうから、大丈夫だろうと。あの週刊誌の特集の話を持ち出されまして」
ただでさえ怪訝そうな顔をしていたマツバラの顔が、これ以上無いほどに疑問に歪む。
「はあ?あの、水着のですか?そりゃあ、確かに世の中の男性諸君は彼女に対して好意的、というか、性的興味は持ったでしょうが。何故それが理由になるのですか」
「上は、その、言ってしまいますが、政府首脳は、彼女を我が国のシンボルとしたいようなのです。皇族よりも民衆に近く、より身近な存在にすると」
この国には世界最古級に続く皇室がある。実際に政治に関わることは無いものの、外交や慰問、行事の参加など、国にとってかなり存在感のある人々だ。だが、民衆の前に顔を出すことは多いものの、それはあくまでも国の顔であり、尊敬されるだけの存在である。
「それで、俗な雑誌にああいう写真を撮らせたと?」
「写真はまあ、出版社側の意向です。分かっていて積極的にGOを出したのは上ですが」
「そこが問題なのではありません。そんな事をして、一体どうなるか上は分かっているのですか?」
過剰な接触はあまり見てはいけないものを表に出す危険性がある。彼女達の凶暴性であるとか、通常の人間にも備わっているネガティヴな感情面。それを民衆が見た時、全ての人間が寛容性を持って彼女達を受け入れるだろうか、という話だ。
「私も再三、イメージダウンに対する懸念を上申はしました。ですが、決定事項だと言われては、私ではどうにも……」
医師兼研究者の白衣の女は臍を噛んだ。どうしようもない事は確かにある。だが、もしかしたら上は彼女達を完全無欠な存在だと思っているのではないだろうかと。
「カラスマさんであれば多分大丈夫でしょう。彼女の精神年齢は非常に高いですし、滅多な事は起こりえません。エゾでの出来事だって、相手のあからさまな迷惑行為が原因でしたから。ですが、ジェシカとメイユィは……」
彼女達も成長したようには見える。ヒノモト語を覚えたこともあって、意思疎通にもまるで齟齬は無い。だが、精神性は未だ大人のそれとは言い難い。
「ですので、ミサキさんや私をつけろ、という事なのでしょう。それでも性急であるとは思いますが」
オオイは彼女達の前では見せなかった不安そうな表情をしている。マツバラもそれ以上彼女を追い詰めても意味がないと理解しているので、その辺りで矛を収めた。
「決まった事なら仕方がありません。確かに精神衛生上、休暇に好きなことをして過ごすというのは大切なことです。外出は彼女達のメンタルに、間違いなく良い効果があるでしょう」
元々彼女達が、いや、ミサキが望んでいた事なのである。申請を出していたものが受理されたと考えれば、決して悪い事ではない。
「やはり、彼女に頼ることになってしまいますが」
「可能な限り、我々でサポートしましょう。サカキ君は、まぁ」
「男性には少し難しい問題ですね、これは」
二人は揃って苦笑すると、それぞれの持ち場へと足を向けた。彼女達にも、毎日やるべきことがある。棚上げして良い問題は一旦棚上げするというのも必要な事なのだ。
ある程度見て知ってはいたが、もう一度、DDDアトランティックについて調べてみる。ネットに転がっている情報だけでも、それなりに外観は掴める。
情報の真偽があやしいものもあるにはあるが、断片的にこういう情報があった、とおぼえておくだけでも意味はある。ガセだったとしても、情報自体はなにがしかの意図を持って発信されたものであるからだ。
自分の情報は怖くて全く調べていない。エゴサーチなどというのは、鉄の心臓を持っている人間がするべき事だ。自分はそこまで自らのメンタルを信用していない。
それでもネットに触れている以上、どうしても自分に関する話が聞こえてくる事はある。最近で一番凹んだのは、『この格好、エッチですか?』が若干ネットミームっぽくなってしまっていた事だ。ふとした拍子に目に入って、なんとも言えない死にたい気分になってくる。
あのセリフを考えたライターは冥利に尽きる事だろう。願わくば、今年の流行語大賞の時期まで皆さんの記憶に残っていてくれないことを。
自分の事はどうでも良い。今調べるのはあちらのメンバーの事だ。
以前、ソウの言っていた通り、あちらのリーダーは貴族の女性だ。なんと、ヴィクトリアの公爵家の娘で、兄が一人いる。これは明らかに我々とは違う。
我々は全員が全員、戸籍のない身元不詳の記憶喪失、という事になっている。自分の情報は隠しているので、公的な発表の事だ。
そんな中、生まれがはっきりしていてかつ竜を駆逐できる人間、というのは、明らかに毛色が違う。彼女だけ、他のDDDの面子とは一線を画しているのだ。
フレデリカ・ゴールドクラーク。22歳。テムズ公爵家の長女として生まれ、代々続く貴族らしく厳しく育てられた。ロンディニウムのど真ん中に現れたMクラスを細剣で滅多刺しにして始末した事から発覚。立場と事情故にその存在を隠されていたが、DDD結成が決まった際に身分を公開。誰からも文句が出る事無く、DDDアトランティックのリーダーとして就任。
22歳。自分の公証年齢である21歳より上だ。他の二人が20歳と17歳である事を考えれば、六人の中でも最年長である。
人格をざっと調べてみたが、こちらはどうにもあてにならない。貴族らしく高飛車だとか、そうではなく慈悲深く寄付に積極的だとか、ひどいものになれば彼女は淫乱で実の兄とできている、というものまである。これは流石に眉唾ものだ。
これ以上は自分で調べてわかることではない。実際に会って確かめれば良い事だろう。年齢と特殊な家庭環境を知れただけでも良しとする。
二人目、ヴァイマール出身、ゲルトルーデ・アルブレヒト、20歳。
二年ほど前、路地裏で倒れていた所を警察官が見つけ、保護。身元が判明せず、発見者である年配の警察官が養子として引き取った。
この警察官は自らの家系がかつての宗教騎士団の末裔だと硬く信じており、代々軍人や警察官としてその系譜を継いでいるのだという。どこまで本当だかわからないが、養子として迎え入れられた彼女は厳格に教育され、身なりや言葉遣いはどうにも堅苦しいものだという。
ベルン郊外を義両親と散歩中に竜災害に遭遇。両親は惨殺されたが、近くの工事現場から持ち出した金属製の建材でSクラス三体を駆逐。その存在をヴァイマール政府に認知され、再び保護される。現在の使用武器は両刃の大剣。
建材でSクラスを複数。自分と良く似ている。しかし、彼女は育ての両親を竜災害で亡くしている。家族を亡くしたという点ではメイユィと同じだ。
最後、ロロ・アイナ17歳。経歴、不明。本人曰く、気がついたらそこにいた、だそうだ。
彼女が認知された経緯がなんとも豪快だ。サウスサハラの北部、サバンナに通したハイウェイの道端で、彼女がトカゲの肉を焼いて食らっているところを通りがかった旅行者が発見し、珍しい肉だと貰って帰った所、それが新古生物のものだと判明。残骸からSクラスのものだと断定された。
彼女は石を削って作ったらしい鈍器を手にしており、サバンナで獣を狩っては食らって生きていたという。なんと言うか、相当にワイルドな娘である。
ロロ・アイナという名前も彼女の自称であるが、見つかった時にそもそも彼女自身に名前という概念が無く、旅行者の口にしていた言葉の音から自分がそうだと認識したらしい。なんというか、ソウが言っていた通り、野生児そのままだ。
性格は野生児。なんだこれ。元気で奔放という意味だろうか。使用武器は巨大なハンマー。恐らくDDDの中でも最重量と言われている鈍器を軽々と振り回すらしい。
どいつもこいつも特徴的だ。うちも他所の事は言えないが、公爵家のフレデリカ以外は壮絶な人生である。ていうか、竜を殴り殺して食ってたとか、なんだこの娘。滅茶苦茶ヤバいぞ。そもそも食べて大丈夫なのか、あれは。毒とか無いのだろうか。
ブラウザを閉じてため息をつく。一体何なんだ、この界隈は。一見まともに見えるフレデリカだって、細剣でMクラスを滅多刺しとか。メイユィだって槍だぞ、細剣って。あれ、競技用とか儀礼用じゃないのか。
確かに鎧通しとか言われて戦争で使われてた時期もあったそうだが、それにしても効率の悪い武器じゃなかろうか。それで竜を殺せている時点でもう、なんかヤバい。
しかし、彼女の明確な身元がなんとも気になる。元々その家の娘だったという事は、生まれてからずっとこの体質だったという事だろうか?だとしたら異常だ。誰よりも自分の肉体の事を理解しているはずである。そう、この人外の肉体の事を。
どうにも、不安要素がある。考えすぎだろうか。
実際に会って話をすれば多分、そんな事はないのだろうが、ネット上にある情報だけを見ていると間違いなく彼女達は異形のそれだ。
異形。
「ふっ」
人のことが言えるか。
自分には男としての記憶がある。それは恐らく彼女達には無いものであろう。
記憶喪失だったゲルトルーデやロロはジェシカやメイユィと同じだ。記憶が残っているにしろ、生まれつきの女の子として育ったフレデリカも自分とは違う。そういう意味では自分だけが異形だ。滑稽ではないか、異形の中の異形。まともだとかどうだとか、考える事自体が馬鹿馬鹿しい。
デスクから立ち上がって両手を組み、後ろに逸らして大きく伸びをする。固まった筋がほぐれて気持ちが良い。ついでに大きな胸も引っ張られて薄く感じる気がする。気がするだけだ。
トレーニングルームへ出た。そろそろ二人が起きてくる頃だ。コーヒーを淹れて、可愛い友人達とクッキーでも齧りながら、定時まで明日の予定でも練る事にしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます