第32話 炎上
炎上していた。
鳴り止まない電話は、既に受話器が外されて使えなくなっている。時折鳴る警告音が鬱陶しいが、鳴り続けるままにしておくよりは遥かにマシだ。
局のサイトはアクセス過多によりパンク。復旧の目処は立っていない。取引先やスポンサーからは絶縁状にも似たメールが担当者に届き、怨嗟の声が局内に、いや、主にこの部屋に向けられている。
いい
テレビ屋としてはお手本のような素晴らしい仕事だ。帰ってきて映像を見た自分は、スタッフ達に感謝と労い、激励の言葉をかけたほどだ。
下請け含め、全てのスタッフに昇進か臨時ボーナスを約束し、これで今年の社長賞は頂きだとまで思った。なのに、これだ。一体何が間違っていたというのだろうか。
いつものように、ちょちょいと編集して、彼女のインタビュー映像ということで、満を持して電波に乗せた。キイ局であるテレビアサヒノにも編集後の映像を渡し、全国一斉放送で、という事で、満額回答を得られたほどの映像である。なのに、何故。
改めて手元にあった映像を見直す。どれだけ見ても欠点の見当たらない、完璧なエロティックスキャンダル映像だ。大衆というのはこういうのが好きなのである。
映像は我が国の誇る、竜災害を駆逐する美少女、ミサキ・カラスマに、竜災害の現場に駆け付けた、我が局のレポーターが質問を投げかける所から始まる。
『カラスマさん、竜災害の鎮圧、お疲れ様でした。今回の恐竜、いえ、新古生物はどのようなものでしたか?』
彼女は少し戸惑った様子を見せる。身体の線が明確に見える格好とその表情が相俟って、なんとも言えない色気を感じさせている。映像は彼女の姿を上から下まで舐めるように映し出し、彼女は少し恥じらうように身体を横へと向けた。
『大型でした。なので、少々苦戦して』
『大型ですか。サクラダ駅のものと、どちらが大きかったですか?前回はお一人で制圧されたようですが、今回は三人いたのですよね?』
『大きさは同じぐらいです』
『お二人が怪我をされたという事ですが、容態はいかがでしょうか』
レポーターがそう聞くと、少し映像が切れた後に彼女は怒りの表情を見せてこう言っている。
『現場を見ていないのに勝手なことを言わないで下さい』
『サクラダ駅のものと同じサイズ、という事ですが、三人いて、二人が怪我をしたと』
『サクラダ駅で何人死んだと思っているんですか?』
『失礼ですが、前回はお一人で制圧されたのに、どうして三人いて怪我人が?お二人が実力不足なのではという意見も』
『放送権を剥奪されてまでこの茶番を続けたいのですか?』
『それは脅しですか?報道と表現の自由を奪う、問題発言かと』
『あなたがたに言われる筋合いはありません』
彼女はスタッフをかき分けるようにして病院の中へと入っていった。
何もおかしい所はない。完璧な編集だ。
映像を見れば、まるで痴女丸出しの格好をした彼女が、レポーターの鋭い突っ込みに対して突然怒り出し、あまつさえ報道の自由を否定して病院へと逃げ込んだ、という、完璧なシナリオである。
勿論、実情と多少違う事は理解している。だが、余分な部分を端折って繋げただけで、こちらの言いたいことはこれなのだ。
可愛い一般人の美少女がアイドルのように持ち上げられて傲慢になり、仲間を傷つけた挙げ句に強権で社会の木鐸を押さえつける。これこそ、我らが報道機関が正義であるという明確な証拠となる、はずだった。はずだったのだ。
この映像が夕方、キイ局からの配信で、全国で一斉にローカル局でも放送された。と、同時に、カウンターのように事の一部始終を収めた動画が、外務省広報のウィスパーラインアカウントで公開されたのである。
ご丁寧にも外務省広報は、『この件において、関係各所へのお問い合わせはおやめ下さい。DDDはこれからも皆さんの為に戦ってまいります』とコメントを添えている。
途端に何もかもが燃え上がった。動画サイトであるサブウェイの外務省チャンネルに上げられた動画では、彼女達の過酷な戦闘の様子がノーカットで映し出され、献身的に金髪の美少女へと駆け寄り、すぐさま搬送の要請をしているカラスマの様子まで映し出されていた。
そのサブウェイでは、どこぞの有志だかなんだかしらないが、こちらの映像と実際のインタビューとの差を比較し、強引な編集をあげつらい、笑いものにしている。コメントには編集が下手くそすぎだとか、よくこんなものを地上波で流そうと思ったなとか、局に対して攻撃的なコメントばかりが並んでいる。
おかしいだろう。何もかもがおかしい。
こちらの編集は完璧だった。それに、一部始終を撮影した動画など無かったはずだ。
群衆が集まってきたのはインタビューの後半からだったそうだし、聞いても動画を撮影しているものなどいなかったというのである。
これでは、社長賞どころではない。スポンサーからも愛想を尽かされ、出資者が居なくなったわが局は倒産の危機だ。どうしてこうなった。
キイ局であるテレビアサヒノは今だ沈黙を保っているが、こちらを切り捨てる気満々なのは間違いない。何故か。
送られてきたアサヒノからのメールにはこうある。『この国どころか世界の救世主であるはずの彼女達を不当に貶め、視聴率を上げたいがために捏造動画を流した貴局を訴える』と。
何を言っているのだ。大喜びして全国に拡散したのはお前達じゃないか。全部こちらの責任にするつもりか。
というより、彼らだって同じようなことをいくらでもしているのだ。今更だろう。そもそもこっちは彼らを手本にしているのだ。
通知音量を切ったスマホには、延々と通知が流れてきている。wisだ。
自分のアカウントには誹謗中傷のみならず、知り合いからも絶縁状が叩きつけられている。どう考えてもやり過ぎではないか。たかが一本の映像に、何をムキになっているのだ。
今までだっていくらでもこういった映像は作ってきた。そのどれもが、視聴者は疑うこと無く受け入れ、大喜びしていたはずだ。なのに何故、今回だけこんなに叩かれなければいけないのだ。
怒りがこみ上げてきて、ウィスパーラインを開くと思いの丈をぶち込んだ。
『今まで大喜びして俺の映像見てたくせに、今更手のひら返しかよ』
少しスッキリした。ざまあみろ。きっと奴らは自分の行動を恥じ入る事だろう。
戻した通知音が立て続けに鳴り響く。うるさい。一旦マナーモードにしてみると、先程のwisに大量の返信と引用がついている。随分と反響があったものだ。
ほくそ笑みながらアプリを開いて固まった。
謝罪がならんでいるのだろう、と思って開いたそこには、圧倒的な批判と批難の文字列が並び立っていた。
『開き直りきましたね』
『今までもこんな捏造動画作ってたのか、最低だな』
『これがマスゴミってやつの典型例なんだな』
国内だけでなく、海外からも凄まじい勢いで攻撃されている。特に、合衆国と央華からの攻撃がひどい。
『ヒノモトという国のメディアの常識を疑います』
『ミサキは真っ先に我が国の英雄を心配していたのに、何だこいつは』
『ヒノモトには良く旅行に行きましたが、皆優しかったです。このような人がいる事に驚きました』
なんだ、こいつら。外人がわざわざ俺のアカウントにまでやってきて。余計なお世話だ、お前らには関係ないだろう。
自分のwisには凄まじい勢いでBadと引用がつけられている。9割9分が悪意のある引用で、否定的なwisがついている。残りの1分は引用そのままで、そこに連なるレスポンスも、全てこちらに否定的なものだ。
無性に腹が立って、スマホを床に叩きつけた。なんだこいつら、なんだこいつら。頭おかしいのか。なんで俺を叩くんだ。意味がわからない。
お前らが望むから望むままに映像を提供していたんだぞ。お前らの好み通りに編集して何が悪い。
怒りで目の前が真っ赤になる。くそ、くそ、くそ、くそ!!!
どいつもこいつも低学歴の連中が俺をバカにしやがって。俺はエゾ大学出身だぞ。こいつらより、こいつらの殆どより頭が良いんだぞ。そうだ、バカには俺の価値がわからないんだ。そうだ、そうに決まっている。
鼻から息を吐き出してスマホを拾う。画面に大きくヒビが入ってしまったが、使う分には問題はない。どうせ俺は高給取りだ。次のモデルが出たらすぐに買い換えれば良い。
着信でスマホが振動した。妻からだ。なんだ、この忙しいときに。
『ごめんなさい、暫くの間、子供たちと一緒に実家に帰ります』
それだけ言われて、切れた。はぁ?何いってんだあいつ。今まで誰のお陰で広い家に住めていたと思ってるんだ。ほんの僅か、炎上したぐらいで。
また着信がきた。局の人事部長からだ。まさか、まさか。
『悪いが流石に庇いきれないよ。長い付き合いだったけど、残念だ。当たり前だけど再就職先も斡旋できない。それじゃあ』
バカな。そんなバカな。蜥蜴の尻尾切りか。でかい蜥蜴を殺す女を題材にしたら、自分が尻尾になっただと、バカな。
どいつもこいつも、責任を俺一人に押し付けようとしている。そんな都合の良い話があるか。
編集者としての責任者は確かに俺だ。だが、そんな俺の『作品』を、皆して大喜びして流していたじゃないか。何故、俺だけが責任を被るんだ。不公平だ。
手元からスマホが落ちた。またヒビが入ったようだが、もうそんな事はどうでもいい。責任を、俺以外の誰かに責任を被せなければ。そうだ、レポーター。あの女だ。枕営業で近寄ってきたから使ってやったらいい気になって、余計な質問をしやがって。あの質問さえなけりゃ、俺だってあんな『作品』を作らなかったんだ。そうだ、あの女が全て悪い。せめて一言、言ってやらなければ。
拾い上げたスマホを忙しなく操作する。浮気バレ防止のために、◯◯社△△様、と登録してある番号をアドレス帳から呼び出し、かける。中々出ない。さっさと出ろ。俺がかけたら三回以内に出るように言ってあるだろうが。出た。遅い。何をやっているんだ。
「おい!お前のせいだからな!お前があんな質問しなけりゃ、こんな事にはならなかったんだぞ!」
相手は答えない。なんだ、反省して言葉も無いってことか?
「おい!なんとか言え!お前のせいで俺は首を切られそうなんだぞ!お前、代わりに辞めろ!いいな!」
『……失礼ですが、このスマートホストの持ち主のお知り合いですね?』
男の声だ。誰だ、あいつの男か?あのアマ、俺に取り入って仕事を得たくせに、他の男に。
『エゾ県警オリベリ署です。このスマホの持ち主がHRの列車に飛び込みましてね、身元を調べている所なんですが。もしもし?』
今度こそ、本気で目の前が真っ暗になった。
「おかえり。今日は煮込みハンバーグだぞ」
定時を少し過ぎて帰って来た適当な男は、その言葉に小躍りして喜んだ。完成までまだ少し時間がかかるからと言うと、先に風呂に入ってくると言って浴室へと消えた。
エゾで病院から近隣の駐屯地に戻って、それから遅い昼食を終えてナナオまで戻ってくると、既に時刻は15時を過ぎていた。少しだけ不愉快な事はあったものの、今回の件では一つ、驚きの事実が発覚した。
自分達は身体が頑丈になっただけでなく、自然治癒力まで向上している。しかも、その回復力たるや尋常ではない。
あちこち折れた骨でさえ一時間経たずに全修復が終わってしまうほどであり、通常の生物ではありえない速度だ。あっという間に細胞が老化してしまわないか、少し不安になる程である。
この事は既に研究者の間では常識となっていたらしく、関係者の中では知らないのは自分とサカキだけだった。教えてくれよと思ったのだが、オオイも二人も、こちらは当然知っているものだと思っていたらしい。
試しにナイフで軽く腕を傷付けてみたら、あっという間にかさぶたも残さずに綺麗に治ってしまった。逆に怖い。
この再生力は何か医療技術に使えないのかと、研究所長のフェルドマンに聞いてみたのだが、自分達の細胞を他者に移植してもその再生力は得られないのだと言われた。人間に近い豚の皮膚で試してみたそうだが、そもそも拒絶反応が抑制できないのだという。
それでもこの機構を解明できれば大発見ではあるので、引き続き研究は進めているところだと言っていた。調べることが多すぎて研究者も大変そうだ。
「ふー、いい湯だった。やっぱり冬場は湯船に浸かるのが良いな」
ソウが湯気を立ち上らせながらリビングに戻ってきた。水代も電気代も食うのだが、こう寒いとやはり熱い湯に浸かりたくなるものだ。
「幾つ食う?」
「とりあえず二つ」
深めの皿に煮込んだハンバーグを入れ、ソースをかけて彩りを添えた。自分の分も合わせてリビングのテーブルへと持っていき、グラスとビールを二人分置いて座る。
「今日、出たんだって?」
「ああ。エゾだった」
「どうだった?」
「でかかったよ。サクラダのアレぐらいのサイズだった」
やや種類は違うようだったが、全長としては同じぐらいだった。前後に長いので異様にでかく感じたものだ。
「アレと同じサイズかよ……大丈夫だったのか?」
こいつは目の前でその恐怖を感じた人間の一人だ。少なくとも今日の奴が出てくるまでは、あれが最大サイズだったのである。
「結構ヤバかったよ。滅茶苦茶生命力が高くてさ、首を半分斬り裂いて、足もボコボコに潰したのに平然と生きてんの。んで、ジェシカとメイユィが吹き飛ばされちゃってさ、肝を冷やしたよ、マジで」
「えぇ……それ、二人は大丈夫だったのか?」
「最初はかなり重症だと思って、すぐに病院に運んでもらったんだけどさ、一時間もしないうちに治っちゃって。なんか、俺達って自然治癒力もやたらと上がってるらしい」
「重症が一時間、って。すげーな、超人じゃん。ミサキもなのか?」
「うん。知らなかったんだけど、そうだった。あ、これ、他言無用な」
「わかってるよ。お前の事は言えないことだらけだから」
ソウの会社の人間には、自分がこいつの配偶者であることがバレている。そのため会社ではあれやこれやと聞かれるそうなのだが、殆ど全て機密事項だからと突っぱねているらしい。苦労をかける。
「その割には処女膜とかは再生しないのな」
「馬鹿か、お前は」
ただ、初めての時でも殆ど痛みが無かったのは多分、そのせいではないだろうか。今頃になってあの時の事を思い出して、少し顔が熱くなった。
「そういや速報でしか見てなかったな。ニュース、やってるかな」
ソウが普段はゲームをする時以外、あまりつけないテレビの電源を入れた。入力を切り替え、民法の局にチャンネルを変える。ちょうど7時の動画ニュース番組が始まったところだった。
「おっ、おい、お前が出てるぞ。やべえ、めっちゃエロい格好じゃねえか」
「おいおい……今朝のだぞ。もう流すのか」
カメラが舐め回すようにこちらの全身を映している。あの時のだ。
「ん?」
妙な違和感がある。かなりの部分がカットされているのだ。それはいいが、時系列も無茶苦茶だ。自分の記憶と大分異なる。
「なんだこれ」
ソウが変な顔をした。こちらもきっと同じ様な表情をしているのだろう。
「ひでえな、ぶつ切りで繋げたような映像で。これ、絶対なんか編集されてんだろ」
「うん。俺が言ってた事、殆どカットされて、都合の良い所だけ切り抜きされてるな」
何というか、杜撰だ。素人目に見ても明らかにこれは無理な編集だろうとわかってしまう。
頑張って会話の前後を繋げているように見えないことはないものの、あまりにも場面展開が唐突で違和感がすごい。それよりも何よりも、この切り抜きには悪意を感じる。
「何じゃこりゃ、いきなり放送権の剥奪だってよ。間違いなくこの間になんかあったんだろうなって思うよな」
あったのだ。しかも大分前後を入れ替えられている。アホらしくて説明する気にもなれない。
「ちょっとマツバラ先生の気持ちがわかった。それにしても、これはひどい」
彼女が『マスゴミ』と揶揄する気持ちもわかる。公共の電波を使ってこんな捏造動画を垂れ流すとは。呆れて開いた口が塞がらない。口を開けたついでにビールを流し込んだ。
「ま、気にすんなよ。こんなもん、本気にする奴いねえだろ」
「そうかもしれないけどさ……ん?電話だ」
キッチンのカウンターに置いてあったスマホが鳴った。呼び出し、だろうか。今朝出現したばかりだが。
「もしもし」
『カラスマさん?サカキです。今、放送されてる動画、気にしなくていいですから』
気にして連絡してきてくれたのか、案外マメな男である。流石にエリート官僚候補ともなれば細かい所に気がつくのだろう。
「ああ、気にしてないですよ。あまりにもひどい出来なので、ちょっと笑ってしまいました」
『そう、それならいいですけど。対応はこっちでやりますんで、安心して下さい』
サカキはそれでは、と言って通話を切った。こんな時間まで仕事とは、国家公務員とはなんとも忙しいものだ。
「誰?」
「サカキさん。今のニュースは気にするなって」
「ああ、あのイケメンの」
ソウは少しだけ警戒を含んだ顔になった。心配性すぎる。
テレビの中では、先程の動画について、お笑い芸人とコメンテーターがあれこれと述べている。概ね一致しているのが、報道や表現の自由を規制しようとするのはけしからん、という事だった。
「まさか、この出演者達、本気にしてるってこと無いよな」
「無いだろ、流石に……言わされてるに決まってるよ」
台本があるのだ。自由に喋っているように見えてその実、こういった番組は紙芝居なのである。放送作家の創った筋書きに沿っているだけだ。動画の中でも自分が言っていたが、これは茶番である。
「なんかなぁ。普通はこういうのに騙されたりはしないと思うんだが」
ソウがスマホを操作しだした。多分、ウィスパーラインのトレンドを見ているのだ。
何か変な放送があったときは、大抵話題になってトレンドに上がってくる。自分のアカウントは殆ど発言せずに情報を見ているだけなのだが、最近は自分達の話題ばかりで見る気が失せている。エゴサーチなんてものをする趣味は無い。
「お?なんだこれ。わはは、さっきの動画のカウンター動画が外務省から出てるぞ」
「は?」
自分もスマホを操作してwisを立ち上げる。右側にずらりとならんだ瞬間トレンドは、『捏造』。
フォローしている外務省広報をタップすると、なるほど、あった。
サブウェイにリンクされた動画は、間違いなく自分視点のあの時のものだ。こちらはほぼノーカットで、先程の様子が流れている。
「あー、これ、大炎上になるぞ。いくらなんでもこりゃ、話の内容完全に捻じ曲げてるし」
ソウの言う通り、wisは荒れに荒れている。どこをみても先程の動画ニュースの話ばかりで、出演者や動画のレポーターを批難する囁きで溢れかえっている。
「大丈夫かな。これ、やりすぎるんじゃ」
「つっても、収まらんと思うぞ。お前が出てきてやめろって言えば別だけど」
それはできない。基本的に自分は表に出ずに、広報を通すのが正式なやり方だ。そうか、ならば。
先程かけてきた番号に折り返す。自分が言えないのなら、サカキに言わせれば良いのである。確かにあの動画はひどいが、だからといって死ぬまで叩いて良いというわけではない。
数度コールがあってサカキが出た。まだ仕事中のようだ。
「サカキさん?すぐにwisで、私が過剰な叩きは止めるように言っているって囁いて下さい。そうです。今、すぐにです」
戸惑っている様子のサカキをせっついて書き込ませる。外務省広報のアカウントにそれが反映されたのを確認して、漸くため息をついた。
「お人好しだな、お前」
呆れた様子で呟いたソウに言う。
「このままだと死人が出るだろ。忘れたのかよ、数年前、テレビ番組で憎まれ役を演じた人が、ネットで叩かれまくって自殺しただろうに。大衆ってのは、加減を知らないんだよ」
ある企画系番組で、誰からも嫌われるような役柄を演じた人間がいた。彼女は役者ではなく素人であり、企画という名を付けてまるで事実のように放送していたが、どう考えてもシナリオのあったやらせであった事は明白だ。
一昔前ならば、今のようにネットも発達しておらず、誹謗中傷なんかも本人には届かなかったかもしれない。だが今や、世界中の人間がいつでもどこでも手軽に見知らぬ誰かに対して、正義の斧を振り下ろすことができてしまう。
馬鹿に鋏という言葉があるが、人間というのは思っている以上に馬鹿だ。画面の先、見えない奥に生身の人間が居るという事、事実は本人にしかわからないという事まで考えられない。
「まぁ、そうだな。世の中何でもかんでも本気にしすぎる奴が多すぎるんだ」
そうだ、本気にしすぎる奴が多すぎる。
断言するが、テレビに限らず、新聞、雑誌、wisの囁き書き込みに至るまで、媒体を通した時点で何がしかのフィルターがかかっているものなのだ。
一見動画というのはもっともらしく、本物らしく映って見える。だが、先程の編集された映像ほど露骨ではないにしろ、それが公開された時点で何らかの意図が含まれているはずと見るべきなのだ。
サカキが上げた動画だって、これは事実ではないぞというカウンターの意図を持って投稿されたものだ。そこにはDDDを、自分を守るという意思があるものの、反面、嘘をついたものを許さないという強いメッセージ性を与えてしまう。
無論、悪意を持って編集されたものを真実だと言い張る者を、許しておくわけにはいかない。だが、それはあくまでも法的に、当人たちの間で解決されるものであって、大衆がやたらめったらに正義という名の棒で打ち殺して良いというものではないのだ。
「ただまあ、ちょっと遅かったかもなぁ」
「……かもな」
燃え広がった火は、基本的に燃えるものを焼き尽くすまで終わらない。結果として数日後、その懸念通り、最悪の結末になってしまったというのを知った。
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