第31話 対巨竜、対報道

「おはようございます、カラスマさん。出動です」

 出てくるなり、待ち構えていたオオイに事実を告げられる。慌てて地下に降りて着替えを済ませ、現地での着替えと大太刀を担いで上に上がってきた。寒い。

「これを」

 何やら茶色い衣類を渡される。形状としてはロングコートだろうか。全身を一応、覆い隠すような格好にはなっている、が。

「……なんかこれ、変態っぽくありませんか?」

 滑走路に吹きすさぶ風の中、羽織ったコートがはためいている。その中は例の戦闘服、ぴっちりとしたセパレートタイプのインナーのようなものだ。これは、コートの下に下着を着ているようなものではないか。

「すみません。防寒対策としてはそれが今の所精一杯で……費用と耐久性を考慮した苦肉の策だそうです。あ、戦闘時には脱いで下さい。戦闘服ほど頑丈ではありませんので」

「そうですか」

 意味があるのだかないのだか。ただ、防寒着が支給されただけマシだと思う事にしよう。

「それで、今日の出現地は?」

「エゾです」

 エゾ。北国。寒い。そこに、このコート一枚で。

「……そうですか」

 それしか言えない。ただ、距離的には近いので下の事を考える必要がないだけ有り難い。超音速機であれば乗っている時間はほんの僅かだ。用を足すまでもなく降下時間になるだろう。そして寒い。

 北国だ。コートがあるにせよ、上空の寒気に晒されるのである。未だこの職場環境は改善されたとは言い難い。

「今日は詳細が入っています。心して下さい。Gクラスです」

「Gクラス……あの、サクラダ駅にいたのと同じサイズですか」

 冗談じゃない。あいつは地形を利用してどうにかこうにか倒したのだ。そんな、エゾなんていう田舎に地形を利用できる場所なんてあるのか。

「今回は、無人探査機で我々もサポートできそうです。国内ですから」

「そうですか、それは心強いですね」

 お世辞である。サポートがあろうがなんだろうが、倒すには尋常ではない力が必要になるのだ。苦戦すること間違いなしである。

『ヘイ!ミサキ!クソ寒いんだからとっとと行こうぜ!エゾだろ?クソ美味いメシが食える場所じゃねえか!』

『ジェシカ、なんで興奮してるの。しかも連合王国語で』

『一度、行ってみたかったのです。魚介類が、美味しいと聞いています』

 ギャップが激しい。ヘルメットの耳元からも聞こえてくる彼女達の声に苦笑しながら、自分も超音速輸送機に乗り込む。乗り込んだ先で、ぎょっとした。

「え?サカキさん?なんでここに?」

 外務官のサカキが何故か、武器こそ身につけていないものの、防衛隊フル装備で固まったまま後部座席に収まっている。大丈夫か、これ、かなりのGがかかるはずだが。

「げ、現地について行けと言われまして。成人男性なら大丈夫だろう、と」

「あー……大丈夫、というのは多分、命に別状はない、という意味だと思いますが」

 むちうちぐらいにはなるかもしれない。かわいそうで彼にはそれ以上何も言う事ができなかった。

「サカキさん、大丈夫?無理、しないでね?首、しっかり固定してね?」

 案の定、心配したメイユィが優しく彼に注意を促す。なんて良い子だろうか。

「は、はい。ジュエさん、大丈夫です。こうみえて、学生時代は書道部だったので」

 意味がわからん。書道に身体を使う事があるなんて聞いたことがないぞ。でかい筆でチャンバラでもするつもりか。

『これより、当機はヒノモトのエゾへ向けて発進します。DDDの方のみ、時間になりましたら降下をお願いします』

 機長の声が聞こえる。つまり、サカキは着陸地点まで乗ったままでいろということだ。国内なら別にヘリで移動しても良かったのでは……ああ、彼は高所恐怖症だった。

 確かに、外の見えないこの機であれば彼も恐怖を感じることはあるまい。身体の負荷を別とすれば、だろうが。

 激しい音と共に機体が動き始めた。いつものように強烈なGが身体を押さえ始める。ヘルメットのスピーカーから、呻くような彼の声が聞こえてきた。なにかこう、豚を押しつぶしたような。

 機体が水平になり、暫くして強烈な重圧から開放された。ベルトで固定されているので後ろは良く確認できない。

「大丈夫ですか、サカキさん。生きてますか」

 返事は無かった。恐らく気絶しているのだろう。

「呼吸、してますかね……」

『大丈夫だよ、気絶してるだけみたいだから』

 メイユィの声が聞こえた。彼女の席からなら様子が見えるのだろう。

 それにしても上も無理を言う。ずっと学問一筋だっただろうエリート公務員にこのような事をさせるとは。一度総理大臣や大統領本人でも乗せてみれば認識を改めるのではないだろうか。

 そういえば合衆国の大統領には軍人上がりが多いと聞くが、この国は戦後は兎も角、今はまずそんな事は無い。防衛隊の制服組幹部OBは、選挙ではあまり票を集められないと聞く。ヒノモトの戦争アレルギーは未だに根強いという事だろうか。

 文民統制という意味では正しい。だが、実際に今は世界中が戦場になっているようなものだ。現状把握の出来ない人間が上に立っていて、果たして本当に大丈夫なのだろうか。

『間もなく当機は目的地付近に到達します。降下の準備をお願いします』

 こうした丁寧なアナウンスは防衛隊向けではない。元々民間人である自分達に気を使っているのだ。立場としては各国の軍属、という事にはなっているものの、彼らの認識としては、我々はあくまでもゲストの立場である。

 装備を再確認し、カウント後に開いたハッチから飛び降りる。途端に突き刺すような冷気に襲われる。

 コートは熱遮断効果の高い素材で作られているようだが、この暴風の中ではあまり意味をなさない。はためく裾や襟元から、真冬の寒風は容赦なく肌との隙間に入り込んでくる。

 落ちながら地形を確認する。辺り一面、広い広い大地だ。海ははるか彼方。エゾでもかなりの内陸部だろう。

 降下地点の北と東に大きな川が流れている。一瞬でどこだか分かった。エゾの中東部、そこそこ大きな都市だ。降下地点は恐らく、その街の中央部にある大きな公園。

 降下地点には既に巨大な影が見えている。でかい。

 周辺の建築物との比較から見て、確かにあのサクラダ駅前に出現したものと同程度の大きさがある。

 アラームと同時にパラシュートの紐を引く。ガクンと引き止められるようないつもの感覚と共に、急激に降下速度が遅くなる。しかし、普通に着地するのはまずい。

「ジェシカ、メイユィ。着地より前にパラシュートを切り離します。間違いなく、こちらは降下中に発見されます」

『わかった』『わかりました』

 広い緑地の公園には、殆ど周辺を遮るものが無い。こんなにでかい生地を広げて降りてくれば、真っ先に見つかって標的にされてしまうだろう。

 周辺は即座に交通規制がされたのか、公園を囲む道路に行き交うクルマは無い。ただ、乗り捨てられ、放置されたものがあちこちに停まって道を塞いでいる。果たしてどれぐらいの被害が出たか。

 降下地点の芝生には、既にあちこちに赤黒い染みが出来ている。その中心部には、かつて人であったものらしき原型を留めていない塊が、見るも無惨に踏み潰された状態でひしゃげている。

 血圧が上がり、体温が急激に上昇する。

 興奮を始めた脳を理性でもって強引に抑えつけ、およそ5メートルほどの高さでコートごとパラシュートを外し、飛び降りた。

 頭の上でバスンと音がした。当然のように自分の顔の高さまで降りてきた獲物を、この食欲旺盛な生物が見逃すはずもない。

 転がりながら着地の衝撃を逃し、抜き放った大刀を足元にあった太い足に叩きつける。大型トレーラーのタイヤを殴りつけたような感触が手に伝わり、刃は足の半分ほどにめり込み、骨にあたって止まった。即座に引きちぎるようにして抜き、後方に大きく跳躍する。

 がちんと歯の鳴る音が聞こえる。既に人の血に塗れた断頭台を、その巨大な竜が自らの足元に振り下ろした音だった。

 距離を置いた恐竜から視線を外さずに、周囲の様子を確認する。

 人はいない。人だったものはそこらじゅうに転がっている。

 周辺に大きな建物はあまり無い。あったとしてもそちらに誘導するのは、隠れている民間人がいる可能性が高く、危険だ。いたずらに被害を拡大させるわけにはいかない。

 北から西側には団地の群れが建っているのが見える。その南側に、恐らく市役所か消防署だろうか。ヤマシロでも見慣れた大きなアンテナを備えた構造物が見える。

 反対側にはホテルらしき建物ぐらいしか高い建造物は見えない。どちらにしても、その高さを利用するという事はできなさそうだ。

 竜は粘度の高い涎を垂らしながらこちらを睥睨している。上空から確認した通り、芝生の広がる公園には周辺を遮るものが殆ど無い。南側の後方には申し訳程度の木々が立っているが、この生き物に対する遮蔽物とするにはあまりにも頼りない。こちらの移動が阻害されるだけだ。

 斬りつけた奴の足元からは暫く赤黒い血が流れ出てきていたが、程なくして止まった。動脈を切断できなかったにしても、傷の大きさに対して止血が早すぎる。

 竜の真上からジェシカが降ってきた。20メートルほど上空から手甲を付けた両腕を合わせ、強烈なハンマーの一撃を頭部にお見舞いする。

 意外に甲高い声を上げて仰け反った竜の背後から、音もなく降りてきたメイユィの槍が首元に激突する。地面から大きく跳躍したにも関わらず、殆ど威力の減衰しなかった貫通の一撃は、竜の太い首を中程まで貫いて血飛沫を上げさせる。

 硬い表皮と頑健な筋肉を貫いた槍は、こちらに穂先を見せるには至らなかったものの、かなりの痛手を負わせたようだった。竜がその大きな体躯を振り回し、吹き飛ばされた二人は宙返りをして芝生の上に着地する。

 三人で囲むような形となり、全長で20メートルはあろうかという巨大な竜を睨みつける。

 これも獣脚類だ。見るからに肉食恐竜、といった出で立ちである。

 ただ、頭が異様にでかい。サクラダで見た物よりも二回りほど頭部が大きく、その割に姿勢は随分と水平だ。首が痛くならないのだろうか、などと下らない心配をしてしまう。

 頭の位置はおよそ高さ三メートル程。前後に長い、後ろ脚で立ち上がったトカゲのような形をしている。

 前脚は短く、太い後ろ脚は見るからに筋肉質だ。先程自分が斬りつけた時、骨にあたって金属質の音がした。大腿骨も相当な太さと硬さだろう。他の竜のように、重さに任せて真っ二つ、というわけにはいかないようだ。

「二人共、恐らく弱点は首です。足元を攻撃して、頭を下げさせます」

 ヘッドセットから二人の承諾の声が聞こえる。刀を水平に構え、じわじわと回り込むように移動する。竜の視線はほぼ、こちらに向いている。

 ただ、頭部が大きく、目は正面でなく少し横寄りについている。これは立体視よりも視界の広さを重視する生き物の特徴だ。後方のかなりの範囲まで視えていると思って良い。

 先に頭でっかちの竜が動いた。一息にこちらに踏み込んでくると、何人を丸呑みにしたのだか分からないその巨大な口腔を大きく広げ、迫ってくる。

 飛び退きざまに刃を払った。鼻先を掠めた切っ先が、巨大な鼻腔を切り裂く。大きく開いた口が閉じられるその前、その鋭い歯の間に、人だったものの残骸が挟まっているのが確認できた。

 鼻面を斬られて咆哮したトカゲの足元に、背後から二人が襲いかかる。太い後ろ脚に取り付き、二人は目にも止まらぬ連撃を放った。

 嵐かと思われるような左右のブロー。ジェシカの手甲は表皮を抉り、肉を弾き飛ばし、竜巻の勢いで足元を破壊する。まるで散弾銃の連射のような衝撃に、竜の身体が傾く。

 メイユィの初撃は一撃で後ろ脚の腱を貫いた。流石に激痛を感じたのか、竜の顎が上がる。そのまま槍を引き抜いた彼女は、こちらもまた凄まじい勢いの突きを放つ。

 一撃ごとにボンボンと爆発するような音が響き、あまりの衝撃に槍の口径よりも遥かに大きな穴が抉られていく。モップの柄ですら人体を蜂の巣にするその連撃は、今や鋭い刃をもって最強の捕食者を脅かしつつある。

 巨大な身体が傾き、頭が下がってくる。大太刀を大上段に振りかぶり、軽くサイドステップを踏むと竜の頸部に飛びかかった。

 全身全霊を込めて放った唐竹割りが、竜の肉を断ち、振り抜かれる。ばっくりと開いた青黒い首から、真っ赤な鮮血が吹き出す。

 竜は声無き咆哮を上げた。これだけの深手だ。おそらく、放っておいても出血過多で死ぬだろう。一旦距離を置くために反対側へと急いで抜ける。と、信じられないことにその竜は、身体を大きく回転させて周囲を薙ぎ払った。

 死ぬ間際の生き物の力ではない。足を砕かれ、首を半分失っているのに、どこにそんな力があるというのだ。

 足元にいた二人は巨大な尾の一撃を不意打ちでもろに食らって、遥か遠くまで吹き飛ばされる。メイユィは北側の芝生の上をごろごろと転がり、ジェシカは南側の林にある木に背中を打ち付けて止まった。

 彼女達はぴくりとも動かない。まずい。

 気絶しているだけならば良いが、骨折して内臓を損傷していた場合、取り返しのつかないことになる。

 振り返ると、竜は首元からひゅうひゅうと空気を漏らしながらもまだ生きている。どれだけしぶとい生き物なのだ。

 殺す。

 徹底的に破壊しなければ、こいつはいつまでも暴れ続ける。故に、殺す。

 左上段に大太刀を持ち上げ、構える。と、突然脇から無音で飛行物体が飛んできて、竜の顔面に何かを落としていった。

 途端にその頭でっかちな竜は、顔面を振り回して苦悶の動きをしている。何だかわからないが、好機を逃す必要は無い。音もなく近寄り、先程とは反対側から刃を振り下ろした。

 骨を断つ手応えを感じた。先程よりもより深く、鋭く入った暴力の象徴は、首の骨の間をぼきんと折ると、そのまま反対側に振り抜けた。

 竜の首はまだ繋がっている。だが、僅かに繋がった皮膚と肉のみではその重たい頭を維持できない。すぐに頭が落ちてきて、ぶちぶちという肉と神経の裂ける音と共に巨大な首が転がった。遅れて巨体もうつ伏せに倒れ伏す。

「クリア。ジェシカ!メイユィ!無事ですか!」

 血圧と体温が元に戻っていく。もう周囲に恐竜はいない。

『ワタシは、大丈夫。ちょっとあちこち痛いけど』

 メイユィの返事はあった。ジェシカの反応がない。慌てて彼女の飛ばされた林の方へと走る。とんでもない距離を跳ばされていた。

「ジェシカ!しっかりして下さい!」

 彼女は木に背中を預けてぐったりとしていた。ぶつかった衝撃なのか、太い生木が衝撃で割れて後方に傾いている。彼女はうっすらと瞼を持ち上げた。

『ヘイ、ミ゙、ミサキ。く、クソが。ちょっと油断したぜ。でも、大丈夫だ。死なねえから、大丈夫』

 大丈夫なわけがあるか。早く医者に診せなければ。

「至急、ジェシカとメイユィの二名を医療施設に搬送を」

 周波数帯を切り替えたヘッドセットに呼びかける。周辺に防衛隊がいれば、この通信は聞き取れるはずだ。

 重たいエンジン音がすぐに聞こえてくる。恐らく周辺に待機していたのであろう防衛隊の輸送車両が、物凄い勢いで公園内へと侵入してきた。バラバラと降りてくる制服姿の隊員達に、こっちだと大きく手を振って呼びかける。

「二人共、全身を強く打っています。あまり大きく動かさないようにお願いします」

 任せておけと頷いた防衛隊員に引き渡し、担架で車両に運び込まれた二人を見送る。一緒についていきたいが、こちらは事後処理がある。この化け物を防衛隊に引き渡す必要があるし、やってくるサカキも待たねばならない。

 倒れた頭部の大きな新古生物、恐竜へと近付く。最早物言わぬ死骸と化したそれは、首から流れ出した血で芝生を一面赤黒く染めながら北国の寒空の下、うつ伏せの状態で転がっている。

 一体どこからやってきたのか、何故現れるのか、まるでわかっていない。

 わからないまま、こいつらは人を喰らい、屠り、そして自分達に殺される。この行動に一体どんな意味があるというのだろうか。

 続いてやってきた防衛隊の車両から、背広に着替え終わったサカキが降りてくる。周辺の封鎖は解かれたようだが、民間人の公園内への侵入は禁止されているようだ。道路は動き出したが、遠くで進入禁止のテープを張っている警察関係者が見える。

「カラスマさん、お疲れ様です。ジェシカとジュエさんがやられたとか」

「サカキさん。ええ、命に別条は無さそうですが、全身を強く打っています。暫くは動けないかもしれません。全く、今回のはとんでもない竜でしたよ」

 恐るべき生命力だった。両足を潰され、首を半分切り裂かれてもまだ激しく動き回っていた。やはり、サクラダでの時のように、このサイズのものは徹底的に叩き潰さなければダメだ。

「こ、これが……ち、近くで見るのは初めてですが。それにしても、その、すごい、臭いですね」

 臭い。それはこの竜だけのものではない。

「そうですね。あんまり周囲をまじまじと見ないほうが良いですよ。被害者が……」

「え?あ、……うっ」

 彼は口元を塞ぎ、必死で肩で呼吸をしている。呼吸をすればする程にこの空気を吸い込むというのに。だが、それは指摘しないでおこう、広報のはずの彼にみっともなく吐かれでもしては困る。

「少し離れたほうが良いですよ。防衛隊への引き継ぎは私が行いますので。駐屯地で待っていて下さい。ええと、ここだとオリベリ駐屯地で良いんでしたっけ」

「そうですが、二人を置いていくわけにもいきませんので……ちょっと病院で、彼女達の様子を見てきます。中央病院です」

 彼はそう言うと、逃げるように外に走っていった。テープを越えて、外にいた隊員に何事か話しかけている。

 暫くその場で待機していると、少し寒くなってきた。コートを探したのだが、良く考えたら降りてくる時にパラシュートと一緒に脱ぎ捨てたのだ。恐らくはこの恐竜の腹の中、である。支給された直後になくしてしまった。オオイには悪いことをした。

 指揮官らしき三佐がやってきたので状況を説明し、竜の死体を引き渡す。これもまた研究者達の貴重な研究素材になるのだろう。早く何か分かれば良いのだが。

 そういえば最後のトドメの直前に飛んできた物体。あれは恐らくオオイの言っていたサポートだろう。無人探査機と言っていたが、ドローンだ。兵器は通用しないはずだが、この頭でっかちは何か攻撃されて怯んでいた。研究の成果、だろうか。

 こちらも病院に行こうと思ってサカキの出ていった西の方角に向かう。スマホは輸送機に預けてあるので地図の検索ができない。外にいる警察官か防衛隊員に中央病院の場所を聞けば良いだろう。

 張ってあるテープをくぐり抜けて西シジョウと書かれた通りに出ると、歩道は中を見ようとしている人だかりでごった返していた。

「あの、すみません、おまわりさん」

 歩道に向かって睨みを効かせている、がっしりとした体格の警察官に後ろから話しかける。ぎょっとして振り向いた彼は、こちらの姿を見てすぐに誰だか気がついたようだった。

「ああ、お疲れ様です。どうされましたか?防衛隊車両なら南側ですが」

「ええ、いえ。中央病院はどちらでしょうか?仲間がそこに運ばれたと聞いたので」

 サカキはこっちから出ていった、ということは方角は間違っていないはずだ。

「中央病院ですか?南の通りに出て、東に500メートルほど行った所ですよ」

 野次馬を見張っている彼にありがとうございますと礼を言って、南へと歩く。一部の野次馬がこちらの存在に気がついたようだが、警察官が並んでいるので迂闊に近づかないようだ。実に助かる。

 先日のように握手会でも始まろうものなら、暫く身動きが取れなくなってしまう。早く病院に行きたいのだ、それだけは避けたい。

 足早に警察官の後ろを駆け抜けて、南側の通りへと出る。こちら側は現場から遠いためか、あまり野次馬の数は認められない。それでも捕まってはたまらないので、さっさと交差点を渡って東へと歩き出す。

 それにしても、この格好だ。この寒い季節、しかも北国のエゾでこんな露出度の高い格好をしているなんて、まるで痴女ではないか。近くだとはいえ、ちょっと無理を言ってでも防衛隊の車両に乗せてもらえば良かった。

 突き刺さる周辺の視線を振り切って、せかせかと歩く。

 公園から見えていた南西側の建物は、やはりこの市の合同庁舎だったようだ。向かい側には公共放送局であるHHKの支部が立っている。

 歩道に人通りは少ないものの、クルマの行き来は活発だ。基本的に広いエゾではクルマがないとどうしようもないのである。当然、目的地の中央病院の隣には、都市部では考えられないほどに広々とした駐車場が広がっている。

 すれ違う一般人から声をかけられるものの、すみません急いでいますのでと振り切って歩く。オリベリ中央病院と書かれた大きな建物の前までやってきた。

 恐らく、二人は緊急搬送という形で運び込まれたはずだ。一般の出入口から入ると、この格好だ。また囲まれる可能性が高い。緊急搬送用の出入口から声をかけて入れてもらうべきだろう。

 車両が入るが故、道路に面したところに入口があるはずだ、と、道路沿いに建物を伝っていくと、あった。『夜間救急出入口』と書かれたガラス扉の出入口だ。

 足早に近寄る。少し人だかりがあるが、脇を通してもらう。ここは勘弁してもらおう。

「すみません、ちょっと通して下さい。関係者です」

 人だかりに声をかけて中へ入ろうとすると、突然目の前に女性が立ちふさがった。

「ミサキ・カラスマさんですよね?EBS放送です!少しお話を」

 しまった。こいつら、地方テレビ局だったか。良く見れば長いマイクと大きなカメラを持ったスタッフが近くにいる。そうか、緊急搬送された二人を追いかけてきたのだ。どうする。どうすれば良い。

 広報のサカキは中だ。呼ぼうにも、入口が塞がれた。まさか無理やり押しのけて入っていくわけにもいかない。カメラは録画のLEDランプを点灯させてこちらを向いている。

「すみません、取材は出来れば広報を通して……中に仲間がいるんです、通してくれませんか?」

 だが、彼らも仕事だ。こんな絶好の機会を逃すはずがない。今、正に竜災害を鎮圧してきたDDDのリーダーが目の前にいるのだ。聞きたいことはいくらでもあるだろう。

 さり気なくスタッフが並んで入口を塞ぐ。病院の入口を塞ぐとか、とんでもない迷惑行為ではなかろうか。しかも、ここは緊急の出入口なのである。

「あの……」

「カラスマさん、竜災害の鎮圧、お疲れ様でした。今回の恐竜、いえ、新古生物はどのようなものでしたか?」

 照明が点灯され、こちらに向けられる。庇の下にあった薄暗い空間が唐突に明るくなる。どうする。ぞんざいな態度は取れない。ひょっとしたら生中継かもしれないのだ。

「大型でした。なので、少々苦戦して、搬送された仲間が中にいるんです。お願いですから、通していただけませんか」

 強い香水の匂いを振りまくレポーターから顔を背けて、扉を塞いでいるスタッフの方を見る。彼らはこちらから視線をすっと逸らして、そのまま立ち尽くしている。

 押しのけて通りたい。だが、カメラの前でそれをするとどうなるだろうか。

 無力な人間に暴力を振るう存在だと認識されないだろうか。それだけは困る。

「大型ですか。サクラダ駅のものと、どちらが大きかったですか?前回はお一人で制圧されたようですが、今回は三人いたのですよね?」

 うるさい。だから、その三人のうち二人が怪我をしたのだ。何度言えば分かるのか。

「大きさは同じぐらいです。ですが、生命力が尋常ではなかったので……あの……」

「その格好、戦闘用ですか?随分とぴっちりとした服装ですね」

 カメラのレンズが舐め回すようにこちらの身体を上下する。思わず身体を横にして、腕で胸元を覆った。

「これは、支給された戦闘服で……すみません、恥ずかしいので、あまり撮らないで下さい」

 なんだこいつら、失礼過ぎるだろう。これが公共の電波を使ってやることなのか。流石に腹が立ってきた。

「お二人が怪我をされたという事ですが、容態はいかがでしょうか」

「だから、それを確かめる為に来ているんです!お願いですから、通して下さい!」

 何故こちらの話を聞いてくれないのか。こいつらには人の心というものがないのか。

「サクラダ駅のものと同じサイズ、という事ですが、三人いて、二人が怪我をしたと」

 そうだよ。何か文句あんのか。怪我だってするだろう。恐竜だぞ。兵器も効かない化け物なんだぞ。

「失礼ですが、前回はお一人で制圧されたのに、どうして三人いて怪我人が?お二人が実力不足なのではという意見も」

 黙れ。

「現場を見ていないのに勝手なことを言わないで下さい。今回と前回では状況も環境も何もかも違います。彼女達は優秀です。あなたがたに言われる筋合いはありません」

 言ってしまった。仕方がないじゃないか。なんでこいつら、こんな勝手なことばかり言うんだ。ジェシカもメイユィも、自分の指示通りに活躍したのだ。問題があるとすれば、足元を攻撃させた自分のせいだ。

「サクラダ駅で何人死んだと思っているんですか?今回だって、沢山の人が亡くなっているんですよ?あなたがた報道機関は、私達を追いかけ回すことよりもまず、災害の詳細を報道すべきなんじゃないんですか?」

「で、ですから、現場で動いていたDDDの皆さんに話を――」

「ですから、それは広報を通して下さい。私達はただの兵隊です。話を聞くなら上の人間に聞いて下さい。報告はいつも上に上げています。早く、通して下さい」

 レポーターを、カメラを、そして道を塞いでいるスタッフを順番に睨みつける。まだ動かない。呆れた商売根性だ。これが使命だと勘違いしているのか、命令だから仕方がないと割り切っているのか。

 一般的にミルグラム効果とは、権威ある人間に命令された場合、それが非道な事だとしても大半がそれに従う、というものとして知られている。

 だが、そのミルグラムの行った実験は、直接的な被害者と被験者が接近すればするほどに躊躇する者が増えていく。全員が全員、非道になれるわけではないのだ。

 ならば、今目の前にいるこの人間たちはその残りの割合の人間という事か。これだけ懇願しても、職務に、仕事に忠実に自分の邪魔をしている。ならば。

「あなたがたの意思は良く分かりました。では、私も上からお願いをしてもらうことにしましょう。放送権を剥奪されてまでこの茶番を続けたいのですか?そうですか、仕方がないですね。なんでも聞いて下さい」

 権威に弱いのであれば、それ以上の権威をぶつけてやる。文句あるか。お前らが選択した結果だ。

「そ、それは脅しですか?報道と表現の自由を奪う、問題発言かと」

「報道の自由とやらは、仲間を心配し、病室に向かおうとする人間を拘束してまで優先されるものなのですか?」

 黙った。軟弱で強情な連中だ。

「他に聞きたいことは?」

 聞きたいならなんだって答えてやろう。それこそ、こちらのスリーサイズだとか普段履いている下着の色、初体験の事だって教えてやろうじゃないか。だが、それをした場合、こいつらが品性を悪魔に売り渡したという紛れもない証拠となるだろうが。

「ありませんか?では、通して貰っても構わないですよね?」

 いつの間にか夜間救急出入口の周りには、一般の野次馬も集まってきていた。彼らもこのやり取りを目撃した事だろう。どちらが異常か、一般的な常識に照らし合わせればすぐに分かるはずだ。それが、彼らには何故わからないのか。

 やっと遠慮がちに人ひとり分開けられた隙間を通って中に入る。この期に及んで通せる幅がこれだけしか無いとか、余程仕事に忠実なのか、心がそれだけ狭いのか。

 中に入ると、放送局の人間が入ってきたのかと驚いて看護師が近寄ってきた。最初は厳しい顔をしていたが、こちらの格好を見てすぐに理解したのか、二人のいる三階の病室番号を教えてくれた。

 恐らく彼らは、病院の中まで搬送してきた防衛隊の人間を追いかけてきて、病院の人間に追い出されたのだ。医療従事者は報道関係者に強い拒否権を持っている。

 教えられた病室に向かって、走らないぎりぎりの速度で階段を上り、廊下を早足で歩く。四人部屋の病室には、ネームプレートはまだ掲げられていなかった。

「あっ、ミサキ。おつかれー」

「ミサキ、お疲れ様です。帰りに何を食べましょうか?」

 病室は、普通の病室だった。二人共ベッドの上に半身を起こして漫画を読んでいた。

 ICUのような所で全身に機器を取り付けられているようなものを想像していた自分の全身から、力が一気に抜ける。思わずその場にへたり込んだ。

「何ですか、二人共。心配させないで下さい。私はてっきり」

 搬送された時、二人はまるで動けない状態だったのだ。てっきり体中を骨折して、痛みに呻いているのではないかと想像してしまうではないか。そうでなくとも、折れた骨が内臓に刺さってでもいれば手術だって必要になると思ったのだ。

「二人共、スポドリ買ってきたよ……って、カラスマさん。どうしたんですか?」

 リノリウム貼りの床にへたり込んだ自分の後ろから、サカキが入ってきた。両手に四本のペットボトルを携えている。

「サカキさん。二人とも、平気なんですか?」

「ああ、はい。最初は僕も大変な事になったと思ったんですけどね。ICUに二人共運び込まれて……僕が来て10分もしないうちに、もう大丈夫だって、医者が止めるのも聞かずに歩いて出てきちゃったんです」

 なんだそれは。一体どうなっているんだ。

「お医者さんもサカキさんも、大げさだよ。ちょっと身体を強く打っただけだし、そんなの、すぐに治っちゃうよ」

『オレは医者が嫌いだってのに。クソファッキンどもめ、無理やりベッドに縛り付けやがって』

 いや、治るって。間違いなく、あの状態では治療が必要な状態だっただろう。なのに。

「一応簡易検査もしてもらったんですけど、健康体だって。骨にもヒビ一つないって」

「いや……そんなわけが。だって、数十メートルも弾き飛ばされたんですよ?ジェシカなんて、全身を強く打って気絶だってしていたのに」

 間違いなく骨の一本や二本、どころではない怪我だったはずだ。内臓損傷だって考えられる程の衝撃である。一体彼女達はどういう身体の構造をしているのか。

「まぁ、ワタシ達って頑丈だから。ミサキだってそうじゃないの?」

「それは、頑丈なのはまぁそうかもしれませんが」

 確かに、自分も多少高所から飛び降りた所で平気だ。だが、怪我をしないのは頑丈だと言えるが、怪我をしたのに治ってしまうというのは全然別の意味だ。

 待てよ、ひょっとして、自分もそうなのか?

 この身体になってから、まともに怪我をしたことは無い。竜の攻撃はほぼ全て避けているし、日常生活においてもその攻撃以上に危険な事なんて早々ない。交通事故や転落事故ならあり得るだろうが。

 だが、怪我をしたことが無いというのは、治癒力がどれぐらいあるかという事を知らないという事でもある。ひょっとして自分は、自然治癒力も尋常ではないのか。

「まぁ、びっくりしたけど。二人共元気ならそれで良いんじゃないかなって」

 はい、と、サカキにペットボトルを渡された。やれやれと立ち上がり、ジェシカのベッド横に置いてあったスツールに腰掛けた。キャップを捻って白く濁った液体を喉に流し込む。知らないうちに喉が渇いていたのか、身体に水分が染み込んでくる。

「それはまぁ、そうですけど。決死の覚悟でテレビ局を振り切ってきた私の苦労は一体……」

 その言葉に、サカキは顔色を変えた。

「え!?マスコミがいたんですか!?どこに!?」

 彼は気が付かなかったのだろうか。ひょっとして別の出入口から入ったのか。

「夜間救急出入口ですよ。防衛隊の車両も奥に停まっていましたし、彼らは多分それを追いかけてきたんじゃないかと。捕まりました」

 サカキはしまった、という顔をした。

「そっちかぁ。僕は一般外来の方から入ったから、気が付きませんでした。それで、カラスマさん、何を聞かれました?」

「竜の大きさぐらいですが、後はその、大したこと無い事と、大変失礼な事を」

「大変、失礼な事?」

 彼は広報だ。あったことは知っておくべきだろう。ジェシカとメイユィにも聞かせておくべきだろうか。

「大したこと無いものとしては、この格好の事ですね。恥ずかしいので撮らないで下さいと言いましたが」

「あっ……」

 サカキが今頃気付いたのか、慌てて視線を逸らした。思春期の少年かお前は。

「確かに、この格好はちょっと恥ずかしいよね……」

「動きやすくて良いと思います」

「ジェシカはちょっと恥ずかしがった方が良いと思う。胸だってそんなに大きいのに。もう、半分わいせつ罪だよ」

「ワイセツ罪!それは失礼ではないですか?私の身体は、ワイセツではありません!」

「格好がって事だよ!」

 彼女の格好が公然わいせつ罪に相当するかどうかは置いておいて、流石にこの格好はどうにかならないものだろうか。何度もオオイに言ってはいるものの、こればかりはどうにもならないと言い続けられている。一体どんな理由があってこの格好でなければならないのか。

 改めて自分の身体を見下ろす。身体に張り付くようなぴっちりとした布地は、適度に胸を締め付けていて確かに動きやすい。一体どういう技術を使っているのかまるでわからないが、ただの布に見えるのにある程度の通気性があり、保温性も高い。頑丈な身体を持っているとは言え、寒い地域でも特に問題なく動けるのは恐らくこれのお陰だ。腹と腕、足も殆ど丸出し状態なのに、不思議と言えば不思議である。

 ただ……やはりへそも足も丸出しで、身体のラインが完全に見えてしまうというのは問題である。別に他人にどのような目で見られようとそこまで気にはならないが、自分には若干独占欲を発揮しがちな配偶者がいるのだ。あまり彼以外に身体を見せつける、というのも、なんだか倫理的にまずい気がする。

 あまり気にしていないジェシカは兎も角、メイユィも問題だろう。見た目が完全に幼い美少女である彼女がこの格好というのは、なんかこう、犯罪的だ。どうにもいけない香りがする。

「そ、それで、カラスマさん。失礼な事というのは」

 そうだ、それだ。

「大きさとしてはサクラダ駅にいたものと変わらない、という事で、二人が怪我をしたのは実力不足だからではないか、と。とんでもない話です」

 彼女達が戦力的に自分に劣っているなどという事は無い。二人共単独でMクラスの竜を狩る事ができるし、それぞれ自分にはできない事ができる。

 ジェシカの素晴らしい敏捷性と回避に関する嗅覚、終わりのない打撃の連撃というのは、明らかに自分には無い特徴だ。先鋒役としてこれ以上の適任はいない。

 メイユィは瞬発的な火力で言えば三人の中でも明らかに突出している。足元が爆発するような踏み込みの脚力と、鋭い槍による貫通力は、貫けぬものなど無いと言えるだろう。速度としてはジェシカに劣るものの、槍の連撃も凄まじい破壊力だ。

「で、でも、それはそうかも。ミサキは、ワタシ達より明らかに強いよ」

「そうですね。戦闘の指示も的確です。ミサキは少し、私達と違います」

 そんなわけがない。二人共、自身の力を過小評価しているのだ。

「そんな事はありません。二人共、実力で言えば私と大差ありませんよ。それぞれにしか無い強みもありますし、三人で行動できて、私はとても助かっています。指示だって、今回ももっと慎重な指示を出していれば、二人が怪我をする事も無かったでしょうし……ごめんなさい」

 そうだ。彼女達が怪我をしたのは自分のせいであって、決して彼女達が弱いわけではない。責任は全て自分にある。

「ええ?違うよ、あれは、倒したと思って油断して避けられなかったワタシ達が悪いんだし」

「そうです。あれは、ミサキの責任ではありません。実際に、Gクラスを倒せました」

「しかし……」

 例えば、あそこで油断せず、打ったら離れろと指示していればどうだっただろうか。恐らくドローンのサポートが無くても、弱った竜を再び三人で、余裕で叩きのめせたはずだ。

「まぁ、誰が強いかというのは割とどうでも良くないかな。問題は、そのテレビ局の人間が、カラスマさんにそういう発言をしたって事ですよね」

 そうだ。それもあるのだが。

「それと、通してくれと言っているのに道を塞いで通してくれませんでした。なので、ここに来るのがこんなに遅くなってしまったのですが」

 三人ともそれぞれ特有の渋い顔をしたが、特にサカキが今までに見たことの無いほどの渋面を作った。

「何ですか、それは。病院に入るのを妨害するとか。カラスマさん、広報を通せと言ったんですよね?」

「何度も言いました。それでもどかないものですから、放送権の剥奪を盾に少し強いことを言ってしまいました。すみません」

 切り取られれば問題発言に聞こえるだろう。彼らがそれをしないという保障もない。

「ああ、それは大丈夫ですよ。ヘッドセット、つけたままでしたよね」

「え?あ、はい。あぁ、そうですか」

 良く考えれば作戦中の自分達の言動は全て記録されているのだった。問題のある行動は表に出ないだろうが、仮にこちらに問題がないという事を証明する場合、これ以上無い証拠となる。警察官や兵士が着けているウェアラブルカメラと同じだ。

「ですので、そちらの心配はありません。まぁ好きなようにさせておきましょう」

 なるほど、これにはこんな利点もあるのか。ただ、迂闊な行動が上に伝わってしまうのは少し怖い。すっかり忘れていたが、作戦行動中は気を引き締めておかねば。

「それにしても、酷いですね。病院に入るのを邪魔するなんて」

 ジェシカがぷりぷりと怒っている。持っていた空のペットボトルをぐしゃりと握りつぶした。

「ほんとだよ。うちのファミリーだって、そんな事、しなかったよ。病院だけは絶対に邪魔をするなって言われてたし」

「そ、そうですか」

 戦争と同じようなものだろうか。武闘派マフィアの抗争にもルールというものが一応あるらしい。

「まぁ、とりあえず今回もなんとか無事に終わったようで良かったです。二人共、どうしますか?一晩ここに泊まっていきますか?」

 ぶんぶんと同時に首を振る二人に笑いかける。まぁ、当然だろう。折角冬のエゾに来たのである。ラーメンやカニでも食べてから帰れば良い。サカキに言って退院の手続きを取り、駐屯地に戻って着替えてから、寒い冬の街へと繰り出したのだった。

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