第29話 独占取材

「はあ、取材ですか?」

 いつものマツバラによる問診が終わった後、朝の簡単なミーティングの最中にオオイにその事を知らされる。公表があった時点でいつかは来るだろうと思っていたが、それにしても早すぎる。

「例の秋藝の記者、いたでしょう。彼が真っ先に独占取材させろと」

 そういえば以前、取引をして黙らせたと彼女は言っていた。つまり、優先取材権を餌にした、という事だろう。しかし、週刊誌の記事である。

「大丈夫なんですか?一応社会部とは言っていましたけど」

「私も同席しますので、余計なことは書かせません。その辺りはあちらも阿吽の呼吸でしょう」

 確かに、取材対象の機嫌を損ねてしまっては、今後の取材ができなくなってしまう。記者クラブや警察関係なんかもそうだが、基本的に余程のことがない限り、記者というのは取材対象とのパイプを保ちたがる。

 冒険した記事が書きにくいのはその通りで、故にその横紙破りを躊躇なく行うのが、しがらみのない俗な週刊誌、という。一般的には。

 実際にはそんな事は無い。彼らは良くすっぱ抜いた取材対象から訴えられているが、それはその後の取材価値が無くなったと編集に判断されたから暴露されたのだ。

 竜災害は続く。そして、自分達の活動も続く。それがある以上、直接こちらにコンタクト出来るという強いパイプを、週刊誌と言えども手放すはずがない。つまり、こちらに余程後ろ暗い所が無い限りは、ある程度の制限はかけてもらえるという事だ。

「私は反対かな。あいつら、好き勝手書くだけ書いて放りっぱなしだから」

 マツバラがやや憎しみを込めた口調で言う。彼女にはマスメディア全体に対して強い恨みがあるのだ。

「そうならないように私がいますので。当時のマツバラ先生は力の無い存在でしたが、今はこちらには国家や世界という後ろ盾があります。メディアというものは、総じて力には弱いものですよ」

 冷酷に微笑むオオイ。これはこれで怖い。言論の自由の完全否定である。

「取材、私達も一緒ですか?」

 ジェシカの言葉に、オオイは頭を振った。

「代表者として、カラスマさんだけです。ジェシカとメイユィはもう少し様子を見てから、というのが上の意向ですので」

「そうなの?ワタシはあんまり昔のこと掘り返されるとまずいから?」

 首を傾げるメイユィ。無論、それもあるだろう。

「そうですね、それもあります。ただ、その……この国のメディアは、殆どが俗な事を聞きたがります。その辺り、ある程度分別のあるカラスマさんでしか対応は難しいと思われるので」

 それは議事堂での囲み取材でも分かった。あのような場所ですらそうなるのだ。個別取材となればそれはもう、『初体験はいつですか』なんてことだって聞いてくるに決まっている。偏見かもしれないがきっとそうだ。

 それに、メイユィの場合、過去が暴かれた場合には国際問題にも発展しかねない。独裁国家である央華は、この国にも数多くの密偵を紛れ込ませている。そんな記事を出そうものなら、記者と編集者の身に危険が及ぶ可能性すらある。自業自得とは言え流石にそれもまずい。

「取材は13時半からです。場所はカラスマさんの部屋。ジェシカとメイユィは、昼食が終わったらいつも通りお昼寝をしていてもらって結構です」

「いつもどおり、ですね、わかりました」

「ねえねえ、ミサキ、今日のお昼ご飯は何?」

 自分には関係ないと割り切った彼女達は普段と変わらない。笑ってお昼はチクゼン煮ですよと答えた。

 ミーティングが終わって、彼女達はさっさとトレーニングを再開した。オオイ達三人を扉の近くまで見送ると、マツバラがこっそりと耳打ちしてきた。

『妊娠は普通に出来るみたい』

『そうですか』

 資料提供者への情報提供という事だろう。ただ、これは恐らく後にオオイやその上の人間には伝えられるはずだ。ジェシカやメイユィはそもそもその事、つまり、普通に男性と性行為をした場合に、普通に子供ができるという事を疑っていない。

 疑っていたのは自分達を人間だと思っていなかった層だろう。自分もそうだし、研究者や、各国の上の人間達。念の為避妊しておいて良かった。

 彼女達が出ていって、こちらも着替えてトレーニングを開始する。入れ直してもらったばかりの機器は、もう既に抵抗を失いつつある。一体どこまで自分達は強くなるのだろうか。


 早めにトレーニングを切り上げてシャワーを浴び、二人に料理を教えながら昼食を作る。出動が無ければ殆ど遊んでいるようなものだ。まぁ、その出動が命がけなわけだが。

 よく煮しめたチクゼン煮は好評だった。自分の食べた分も含め、でかい炊飯器いっぱいに炊いた飯をあっという間に空にしてしまった。エンゲル係数は相当に高い。

 外に出た時に食事をして帰ることが何度かあったが、経費で落ちなければ外食ばかりではすぐに破産してしまうだろう。それぐらい良く食べる。やはり自炊を教えておいて正解だった。

 税金の無駄遣いを抑える、という意味もあるが、将来的に彼女達が所帯を持った時、料理ができなければ食費だけでひいひい言ってしまう事になる。

 少量であれば冷食や中食の手抜きでも良いが、流石にこれだけ食べるとなると作ったほうが圧倒的に安い。物価の安いヒノモトだとは言え、積み重なれば馬鹿にならないのだ。

 オオイに言われた通り、出勤時の服に着替えて部屋で待っていると、目隠しをされた例の背の低い記者、イグチがオオイとサカキと一緒にやってきた。

 目隠しを外された彼は、目の前の椅子に座っているこちらに慌てて一礼した後、物珍しそうに部屋の中を見回した。

「殺風景ですねぇ。女性の部屋とは思えませんが」

「女性の趣味嗜好も色々あるでしょう。お久し振りです、イグチさん」

 どうも、と彼は再び名刺を出した。二枚目だが一応受け取っておく。名刺配りのノルマでもあるのだろうか。

 オオイとサカキが折りたたみ椅子を持ってきたので、イグチに向かい合ってこちらの両側に彼らが腰掛けた。サカキは一応広報なので、基本的な質問は彼にする事になるのだろう。

「いやあ、市役所の事件を嗅ぎ回っていた甲斐がありましたよ。DDDへの最初の取材がうちですからね、もう、私の社内での株、上がりまくりです」

「あまり深い所には顔を突っ込まないほうが身のためですよ。秋藝さんとしてもね」

「ごもっとも。良く理解しておりますよ。これでも記者歴20年ですからね」

 オオイの忠告にもヘラヘラとして堪えた様子は無い。割合肝は据わっているようだ。

「えー、それじゃ。レコーダーは禁止?ですよね、はい」

 彼はメモを取り出して、シャープペンシルの先を舐めた。鉛筆じゃないんだから。

「分かってる事は省いていきましょうか。時間制限もありますし。えー、それじゃあまず、巷で話題のDDDリーダー、カラスマさんについて。以前もお聞きしましたが、サブウェイに投稿されていたあの二箇所での竜殺しの動画、あれはカラスマさんで間違いないですよね?」

 違うと言う方が難しい。はいと言って頷いた。

「あの力というのは、生まれついてのものなんでしょうか?それとも、後から身につけられた」

 オオイとサカキを見る。サカキが口を開いた。

「彼女達は数年前から記憶喪失の状態で生活されていました。なので、生まれついてのものかどうかは分かりません。ただ、トレーニングによってその力が増大するという事は確認されています。ですので、彼女達は出動の無い日も、毎日欠かさずトレーニングに励んでいます」

 外向きの理由と基本的には同じだ。記憶喪失。実に便利な言葉である。覚えていません、記憶にございません。

「なるほど、記憶喪失。その割には皆さん、言葉も随分と流暢ですし、生活に困っている様子もありませんね?」

 その通りだ。記憶のある自分は兎も角、ジェシカもメイユィも、恐らくあちらのチームの者もそうだ。学習能力と適応能力が異様に高い。だからこそ、拾われた先でも問題なく生活できていたのである。

 そもそも、言語野自体は恐らく生きていたものだと思われる。母国語ができなければ、ジェシカの義両親ともメイユィの『おじいちゃん』とも会話が出来なかっただろうし、恐らくそこは、喪失前のものが生きている。この辺りは脳神経学の専門家ではないので分からないが、ネットで調べた限りでも、そういった事は起こりうるのだそうだ。

「生活は、彼女達の拾われた先がたまたま裕福なご家庭ばかりだったので助かったようです。ああ、ご家庭の事はプライベートな事になるのでお教えできません」

 サカキが答えた。そう、自分達が身を寄せていた所は、往々にして裕福な家だった。

 ジェシカは大農場の持ち主夫婦の所で、メイユィはあちらでパンと呼ばれるマフィアのボスに。自分はどうにか自分で生活しようと思ったが、結局破綻して議員の息子、大地主の御曹司であるソウの所に転がり込んだ。

 全員が全員、運が良かった。もしかしたら、運悪く記憶喪失のまま、のたれ死んだ仲間もいたかもしれない。運が良かったもの、6人だけが生き残ったと見るのが正しいのかもしれない。

「なるほど、なるほど。ヒノモト語は僅か半年で覚えられたと聞いていますが、それは間違いないですか?」

 もうあの情報が出回っている。蛇の道は蛇、という事か。

「間違いありません。彼女達は、半年で今のように喋るようになりました。彼女達の学習能力は非常に高いです」

 料理も、言葉も。教えたら教えた分だけどんどん吸収していく。真綿が水を吸うというレベルではない。空っぽの水槽に、水をどんどん貯めているようなものだ。

「素晴らしい学習能力ですね。サヴァンとか、超記憶症候群か何かですかね?」

「彼女達に病的な部分はありません。その例えは不適切ですね」

 知的障害のある突出した記憶能力だとか、見たものを全て明瞭に記憶してしまえる脳というのは確認されている。だが、そのどちらも自分達に当て嵌まるとは思えない。そもそも、そういった能力というのは殆どが先天的なものだ。

「学習能力が高く、力も人並み外れている。容姿は言うに及ばず、ですか。これではまるで、完璧超人ではないですか」

 その通りだ。三人が三人とも、誰もが振り返る見目麗しい容姿。頑丈な竜の身体を叩き斬り、貫き、殴り潰す凄まじい腕力。ほんの僅かな期間で多言語を習得してしまうほどの学習能力。はっきり言って異常だ。人間の能力を遥かに越えている。

「確かに、彼女達の能力は人並みはずれています。しかし、だからと言って彼女達が人間ではない、とは私は思いません」

 オオイがきっぱりと言った。

 彼女は自分達と最も長期間に渡って接している人間だ。自分は兎も角、ジェシカやメイユィが普通の女の子であるという事を、彼女が一番良く理解している。出自によって言葉や価値観が多少異なるにしろ、彼女達はサブカルや恋愛に興味のある、ごく普通の女の子なのだ。

「そうですね、それは私も同感です。見た限り、同年代の少女と変わった所はなさそうですし……いや、カラスマさんだけは少し、大人びているかな」

 彼はメモからこちらに視線を戻して言った。

「どうにもね、いえ、これは私の勝手な感想なんですけどね。あとの二人と比べて、カラスマさんは妙にしっかりしているなと。言葉遣いも丁寧だし、世の中の常識を随分とご存じです。だからリーダー、なのかもしれませんが」

 流石に鋭い。この辺りの嗅覚はやはりベテランの記者という事だろうか。しかし、サカキがその点で気になった点を突いた。

「失礼ですが、他の二人とお話をされたことが?どうして彼女だけ突出していると?」

 そういえば、そうだ。二人はほぼこの中に軟禁状態なのである。議事堂での囲み取材でさえ、殆ど口をきかなかった。

「いやあ、それはちょっと……まぁでも、我々には色々とパイプがありましてね。間接的には色々と見聞きしたりできるものなのですよ」

 各国の軍関係者か。わざわざ外国にまで出かけて行ってか、それとも駐在員を使ったのか。いずれにせよ、思った以上の取材力を持っている。侮れない。

「カラスマさんだけ大人びているのは確かです。彼女は他の子よりも年齢が高いですし、社会経験もあります。恐らくそのせいでしょう」

 自分の実際の肉体年齢はわからない。この20歳というのは、産婦人科を受診するにあたって最初に申告した年齢だ。実際にはあの二人と同じぐらいだったとは思う。

 ただ、20歳としておいて助かったことは沢山ある。運転免許も取れたし、籍を入れる際にも両親の同意が必要ない。大人であるという事は裁量権が大きいものなのである。

「なるほど、確かに、彼女はヤマシロ市の某所で働いていましたからね。ああ、これは書きませんよ?怖い顔で睨まないで下さい」

 鋭い視線を向けたオオイに、イグチは慌てて両手を振った。

 自分の情報が漏れていない所を見ると、やはり元上司の二人は黙っていてくれているようだ。ありがたい事である。

「ええと、難しい話はこの程度にしておきましょう。もっと読者の喜びそうな事を」

「喜びそうな事……」

 何だ、またスリーサイズでも聞こうというのか。

 オオイとこちらの視線に気が付いたのか、週刊誌社会部の記者は再び大袈裟に否定の仕草を取った。

「違います違います!そんなセクハラじみた事は聞きませんって!グラビア撮影じゃあるまいし」

「え?セクハラじみたこと?」

 サカキが素っ頓狂な声を上げた。気付いていなかったのか。純朴なのか意地が悪いのか、まるで掴みどころの無いイケメンである。

「だから違いますって。そうではなくてですね、いや、確かにそれも読者が喜びそうではありますが、戦闘の事ですよ、戦闘の」

「ああ」

 なるほど、それも確かに週刊誌の読者が好みそうな情報だろう。

 現代兵器の一切通用しない化け物相手に、見目麗しき少女達が痛快な一撃を食らわせるというのだ。それはもう、どんな武器を使っているのかとか、どういう風に叩きのめしたのかとか、大変興味のある事だろう。男の子と女の子の夢でもある。

「えぇ、そうですね、まずはお使いの武器からで……確か、カラスマさんは剣、ジュエさんは槍、サンダーバードさんは手甲を使われるという事ですが」

 そこで彼の言葉を遮って、オオイが横槍を入れた。

「その情報を、どこで?まだ戦闘の様子は一般に公開していないはずですが」

 鋭い突きにもイグチはへへへと笑って誤魔化した。

「出どころはお教えできませんが、まぁ、先程と同じで色々と情報源がありまして。で、合ってますよね?」

 オオイを見ていると、彼女は渋々こちらを見て頷いた。まぁ、武器ぐらいは構わないだろう。

「大体あっています。ただ、私が使っているのは剣ではなく、片刃の刀のようなものです」

 イグチは途端に目を輝かせた。

「刀!そ、それはどのような?いえ、馬鹿でかいというのは聞いていますが。出来れば拝見できないでしょうか?お願いします!」

 再びオオイを見ると頷いたので、部屋の隅、ベッドの脇に立てかけてあったそれを持ってきた。刃渡りだけで1メートル以上はある、長い長い大太刀だ。

「お、おぉ……これが。ぬ、抜いてみてもらえますか?」

 言われるがまま、柄のスイッチを押して鞘から引き抜いた。断面が逆三角形をした、重量のある無骨な太刀が、部屋のLED光を反射してギラリと光る。

「これは、刀?にしてはまた、随分と太い。まるで尖った角材のような。それに、この刃渡り。大太刀ですか?反りも少ないし、ほぼ直刀ですね」

「お詳しいですね」

 一見するとサーベルのような直刀かと思いきや、その峰の太さが刀のそれではない。只管に重量を意識した、切断するというよりも押し斬るという言い方がしっくりとくる。

「重量を生かして力任せにぶった斬る、という使い方のようです。何故私にこれが支給されたのかはわかりませんが……」

 オオイを見ると、良いだろうという風に頷いた。やおら口を開く。

「カラスマさんの場合、戦闘の映像が既にありました。彼女は新古生物と戦う時に、金属パイプや鉄骨を使っていましたので、恐らく重量を生かした頑丈な金属を振り回すのが合っているのだろうと判断しました。特注品です。生産者はお教えできません」

 それを聞くと、イグチは感心したようにこちらの持っている刀を眺め回した。

「ははあ、なるほど。重量もかなりのもののようですな。ほう、なるほどなるほど。あっ、写真を撮っても良いですか?ありがとうございます。では、こう、右青眼で」

 言われるがまま、構えてスマホのレンズを見た。カシャカシャと連続で合成シャッター音が鳴り響く。

「いやいや、ありがとうございます。しかし、様になっていますね。どこかで、剣道なり剣術を?」

 高校の部活でやった、とは言えない。

「いえ、覚えていないんですが。なんとなくできました。我流です」

 実際に我流だ。型通りの太刀筋では動き回る恐竜に対応などできるわけがない。突きは兎も角、なぎ払いや逆袈裟なんかは力任せに振り回しているだけだ。

「そうですか、しかし、いや、見事です。この重量のものを……鋼鉄、ですよね?一体どれぐらいの重さがあるんですか?」

 どれぐらいだろうか。重いと言っても振り回すのに支障は無い。10キログラムとかその程度か。その問いにオオイが答える。

「28キログラムあります」

 もう少し重かったようだ。そうか、そんなに。

「にじゅ……え?にじゅうはち?」

 イグチは目を丸くしている。通常の、というか、大太刀を通常と言って良いのかどうかはわからないが、そのサイズのものの三倍以上の重さがある。なるほど、峰の太さと柄の頑丈さを見ればそれぐらいはあるだろう。ただ、鋼鉄の比重よりはもう少し重いような気がする。

「ちょ、ちょっと待って下さい。28キロって。それ、振り回せる重さじゃないですよね?」

「実際に彼女はこれで既に何頭も新古生物を狩っています。というより、彼女の力で振り回すと、通常の刀では折れるか曲がるかしてしまいます」

 ああ、それは確かにそうだろう。割と適当に振り回しているのだ。普通の刀だったらとうの昔に折れている。

「同じ様に、メイユィの槍もジェシカの手甲も、重量は相当なものです。それぐらいでないと、新古生物……竜は狩れないのですよ」

 二人共どでかい武器を軽々と振り回している。自分と同じだ。

 あのサクラダ駅で戦った竜の身体は非常に硬かった。思い切り殴りつけたら鋼鉄の建材が折れ曲がってしまうのである。確かに、生半可な重量と強度の武器では対抗できないだろう。

「はー、凄いですね。多分、格闘技の世界チャンピオンがいたとしても、これを振り回して竜と戦うのは無理でしょう。はー」

 彼はしきりにこちらの刀を眺め回しては感心している。

 様々な角度から写真を撮り、漸く満足したのか、彼は再び折りたたみ椅子に腰を落とした。

「いやいや、興味深いお話でした。えー、戦いについてなんですけれど」

 一呼吸置いてから、彼は続けた。

「実際、どうですか?あの巨体と戦う事が、怖くありませんか?また、ヤマシロ市役所での戦いですが、一体どんな理由で竜と戦おうと思ったのですか?」

 正直に答えるのは簡単だ。だが、流石にそれはまずいだろう。オオイが心配そうに口を開こうとしたが、目で制して黙らせた。承知している。

「怖いと言えば、怖いですね。戦わなくても良いのならば、戦いたくはないです。ただ、戦わなければ竜は建物を壊し、人を殺すでしょう。私はそちらの方が怖いです」

 嘘だ。

 最早小さい竜など全く怖いと思わない。頼りになるジェシカもメイユィもいるし、ただ作業的に狩っているに近い。単に仕事と割り切っているだけだ。

 それに、あの二人もそうだが、竜が近づくと何故か血が滾る。殺さなければ、屠らなければと身体が勝手に殺戮を欲している。白状すれば、自分達は竜を

 だが、そんな事を口に出して言えば、当然のように他の人間を怯えさせてしまう。今の所、この事を知っているのはこの駐屯地にいる研究者たちと、オオイを含む一部の人間だけだ。だからこそ、未だに二人の外出が許されていないのである。

「ヤマシロ市役所の件は……前の道路でも、工事現場でも、人が殺されていました。庁舎の中では私の同僚までも。正直に言えば、怒っていました。食べるためでなく、遊びで人を殺した竜に対して。なので、許しておけないと思ったんです。正直、倒せるとは思っていませんでしたが」

 これも嘘だ。怒っていた事だけは事実だが、その怒りは得体の知れない高揚感に増幅されて、抑えきれない程に強くなっていた。今だからわかる。あの時、怒りに任せて竜を殺したのも、殺したい、殺すべきだと思ったからだ。殺せるとも思った。殺せるだろうと半ば確信していた。

「そうでしたか。いや、辛い記憶を掘り起こさせてすみませんでした。まだまだ聞きたい事はあるのですが」

 腕時計を指で示しているサカキをちらりと見て、イグチは笑顔で言った。

「また次の機会にします。そうですね、出動があった後にでもまた、お話を伺えればと。最後に一枚、宜しいですか?座って、笑顔でお願いします」

 殺風景な部屋の中、こちらの写真を最後に一枚だけ撮影して、再び目隠しをされて彼は戻っていった。端末の時計を見ると、午後三時半。二時間も話し込んでいた事になる。

 トレーニングルームに戻ると、終わったことを察したのか二人も出てきていた。

「ミサキ!どうでしたか?取材は。やっぱり、カレシの事を聞かれましたか?」

「違うよジェシカ、カレシじゃなくて、旦那様。ミサキは結婚してるんだから」

「同じ意味じゃないですか。どうせやることはかわらないのです」

「そういう意味ではそうかもだけど」

 二人の他愛ない会話は実に癒やされる。勘違いされては困るので、笑って答えておく。

「そういうプライベートな質問は無しにしてもらいました。二人共、外で聞かれても、私が結婚しているという事は内緒にしておいてくださいね」

「えー?」「どうしてですか?」

 彼女達はまだこちらの文化にそこまで馴染んでいないようだ。

「私達は、何故か勝手にアイドルの様な扱いをされているようなのです。なので、そういう恋愛関係の話はしないほうが良いでしょうね」

 迷惑な話だ。ただ、迂闊に口を滑らせてソウや彼の家族に迷惑がかかるのだけは避けたい。そういった意味でも秘密にしておく方が無難だろう。

「アイドル?像ですか?お人形?」

「ジェシカ、ヒノモトのアイドルはあれだよ、芸能人。コリョのユニットとか、サブウェイに出てるでしょ」

 コリョは央華とヒノモト、ルーシ連邦に囲まれた半島国家である。東西の代理戦争の場とされて、南北に別れて久しい。この話の場合は西側国家の南コリョである。

「ああ、あれ。私は、アニメにしか興味がありませんので。ノー、三次元」

「偏ってるなあ」

 ジェシカらしくてとても微笑ましい。早く外に連れ出してやれたら良いのだが。

「まぁ、ああいった有名人は恋愛の話が出るだけでスキャンダル、醜聞になることがあるのです。こちらに何の落ち度がなくても、です。別にどう思われようと構わないんですけど、あまり敵を作るのは良くないですからね」

 二人共少し不満そうにしていたが、最終的には分かったと頷いた。素直な妹が出来たようで嬉しい。実際、妹のミユキも小さい頃はこうだったのだが。

「ねえミサキ、それじゃあ、何を聞かれたの?」

「武器の事だとか、言葉を覚えるのが早いですねとか」

「へー、なんか普通だね」

「取材は普通なのが普通ではありませんか?」

「普通じゃつまんないよジェシカ」

「確かに。もっとカゲキなのが面白いです」

 トレーニングが終わってしまうと、やることがないこの時間は大体こういったおしゃべりに終始してしまう。呑気と言えば呑気ではあるが、殺伐としているよりは余程良い。彼女達の言葉の練習にもなるので、悪いことばかりではない。文化に触れ、言葉を学ぶ。これも勉強の一種なのである。

 結局その後、こちらの夜の生活の話に飛び火して切り上げるまでは、ひたすらに和やかな時間が続いた。


 オオイが迎えに来て重たい扉の外に出ると、スマホの通知が一斉に鳴った。トレーニングルームの中には電波が届かないので、保留してあったものが一気に届くのだ。

 歩きスマホは良くないので、クルマに戻ってから見ようと無視してオオイと階段を上がる。エレベーターは給湯室にある貨物用のものしかない。

「やはり、取材はカラスマさんだけにしておいて良かったです」

 唐突にオオイが言った。昼の事か。

「そうですね。彼女達はまだ、正直ですから」

 嘘をついたことを言っているのである。ああ言わないと、外面は非常にまずいことになってしまう。外を歩くだけで怯えられる生活など、考えただけで真っ平御免だ。

「実の所を言うと、私も少し不思議に思っているんです。カラスマさんだけが何故、こんなに大人びているのか。世の中の常識というか……世情を良く理解しているのか」

 記憶喪失だった、とすれば、確かに不思議に思うだろう。働くのだって最初は難儀するはずなのだ。

「それなりに、苦労をしましたから。必死になれば嫌でも色んな事を覚えるものですよ」

「……そうですか」

「オオイ二佐だって、その歳で幕僚課程を終わらせたのでしょう?並々ならぬ努力をしたのだと思います。それと、同じですよ」

「……そう、ですね」

 実際、彼女は非常に優秀だ。何をするにしても迷いが無いし、こちらの疑問には答えられる所は全て答えてくれる。物事はよく理解しているし、何より男だらけの防衛隊でこの地位にいるのだ。優秀でなくて何と言おうか。

「何だか、私よりもカラスマさんの方が年上なのではないかと思ってしまいます」

「案外、そうかもしれませんよ?ふふ、実は私、異世界からの転生者なんです」

「最近流行りのやつですか?ジェシカが喜びそうですね」

 冗談を飛ばすとやっと彼女も笑顔になった。普段は冷徹な軍人を装ってはいるものの、彼女はやはり笑った顔の方が可愛らしい。その必要が無い時は、軍人の仮面を外したって良いのだ。

 彼女に笑顔で別れを告げ、駐車場のクルマに戻ってスマホを見る。大量に来ていた通知は、殆どがソウと弟のトシツグからのワイアードだった。中身を確認して少し固まる。

 要約するとこうだ。公表された動画を見て興奮した子供達が、すぐにでも自分に会いたいと言っている。次の休みには泊りがけで行くから。と。

 来る分には構わない。可愛い甥姪達に料理を振る舞うのも望む所だ。だが、これは少し厄介な事になった。

 子供は子供である。悪意なく、情報を漏洩してしまう事が往々にしてある。正直な子程、特にそうだ。

 自分が結婚してあそこに住んでいるという事、まではまだマシな方だ。その場合、影響があるのはこちらだけだ。最悪、取材の手が及ぶのは自分とソウだけになる。

 しかし、彼女達が自分と親戚だ、と言いふらしてしまえば、問題は彼女達の家族にも波及する。そうなれば当然、話を聞きつけたメディアや野次馬達が、話を聞こうと彼女達の家族の下へと押し寄せる。問題だ。それはあまりにも大きな問題だ。

 情報が広まれば広まるほど、秘密というのは綻びが見えやすくなる。どうすれば良いだろうか。週末までにどうにか、考えを纏めておかねばなるまい。

 ステアリングを切って、暗くなり始めた空の下、明るいカワチ市街へとクルマを向けた。

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