出発

ついにこの集落とお別れする日が来た


あの魔熊まゆうの活動範囲もどんどん近くなってきていて

ここで活動できるのはもう限界になっている


前回の大人たちの話し合いの予想通りであったが

今の季節は冬。寒さはまだ厳しさが続いている


だがそれが幸いなのか魔熊の活動報告は減ってきている

おそらく冬眠しているのではないかと予想されている

だから魔熊が冬眠明けに活発化するよりも前にこの寒さを耐えながら進むのが得策


本来、商人に売る予定でいたなめした毛皮はもう商人と会う予定もないので

この旅で活用することでみんなを寒さから助けられる

干し肉と水の確保も怠っていない


だが問題は合流するまでの日数が全く想像できていないこと

一週間なのかそれ以上なのかなのか

少なくとも一週間歩いた程度では仲間の活動した痕跡には辿り着けない

それは一人で周りを探索してくれたセスさんからの報告だ


しかも今回の大移動は大人だけではない

子供たちの歩速にも合わせなければならないので日数の予測はさらに困難


他の仲間たちと合流する時俺たちは誰一人かけずに合流できるんだろうか?

あの魔熊よりも恐ろしい魔物がいたらどうすればいいんだろうか?

考え始めると不安しか出てこない


だけど今更やっぱりやめようなんて弱気は言えない

特に俺はあの話し合いの時に手を挙げた責任がある


マットは俺の得意なこと、俺にできることを教えてくれた

俺がなんのために異世界転生させられたのかはもうよく覚えていない


あの女神が言っていたことなんかよりも

今を共にしているこの仲間たちが大切だから、今は自分の役割を全うするだけ


これから先のことを思いながら進む道を眺めていたが

ふと気づいたらみんな洞穴から出ていた


大人たちが荷物を持ちはじめ、子供達もそれに釣られて自分の親の近くへ歩み寄る


みんな尻尾は垂らしているが顔はしっかり上げている

尻尾から読み取れるのは不安、だけど顔に浮かべているのは覚悟


列を組み始める

直感に優れたマコトと何か異変が起きた時に一番頼りになるトラさんが一番前

指示だしをするマットと補佐をする俺がその後ろ

子供たちを他の大人たちが囲みながら後列にシュウとマロさんとセスさん


シュウは俺たちと離れて寂しそうにしていたが

「トラさんの次に力で頼りになるのはシュウだから。お願い」って言ったら

尻尾を振りながら引き受けてくれた

マロさんもマコトほどじゃないけど感が鋭いしペロさんは状況の異変に敏感な人だ


果たしてこれが適材適所なのかはわからない

だけどみんな自分に役割があるのは嬉しそうだ

俺と同じように


マットの「じゃあ、進もうか」の一言で列が動き始める


自分たちが生まれ育った場所である子供たちだけが

後ろを気にしながら歩いている

大人たちは振り向かない


ここは俺たち犬の獣人の故郷ではなく

ただ一時的に休んでいた仮の宿だからと言わん顔で



出発一日目

特に目立った問題はなかった。だけど移動してる速度は相当遅いらしい

寝る時は毛皮を大人が纏い子供を抱き上げ団子になって寝た

これなら寒さには耐えれそうだ


出発三日目

匂いを辿ると普段は近寄らない地域に入った

これから暖かくなるはずなのに雪が積もっている

雪の中でもあの商人の匂いは嗅ぎ分けれるが

今までよりは嗅ぎ分け辛いのと雪に顔を近づけるために鼻や手が霜焼けしたりして

さらに時間がかかるようになった


出発六日目

子供たちの体力が保たなくなってきた

寒さによる体力低下だけじゃない

成長期のためかスイッチが切れたように倒れてしまう

人間の同年代よりははるかに体力があるように思えていたが

それでもやっぱり子供だ

大人たちが担いで方が移動速度は上がるが移動距離はどんどん短くなっていく


そして出発十日目


何度山を上り、山を降りたのかわからなくなってきた頃

食料は底をつきかけているにもかかわらず

最大の問題

商人の匂いがわからなくなっていた


今セスさんが来た道を戻り匂いを探している


大人ですら憔悴し、子供たちは泣く元気すらなくなっている

普段は元気なマコトもほとんど喋らなくなった

それでも絶対に進んではダメな方向だけは勘づいてくれる



ここまで来てみんなで野垂れ死するのか

何か役に立つものはないかと近くを探すが特に目立ったものはない

あるのは種類がわからない木と竹


竹?

さっきまでどこにでも生えてそうな木が生えていたはずだが

竹が生える地域までにきたのか?

そういえば前の世界で父さんに竹は寒い地域にはあまり生えないと聞いた気がする

空腹で気にしていなかったが寒さは感じなくなっていた


いやそれよりも

竹が生えてるってことはタケノコが生えてるんじゃないか?

タケノコの匂いなんてもう覚えてる自信はないが鼻を使って探してみる


あった!これを食べれば少しは空腹を紛らわすくらいは

と掘り起こそうとしたらマットの手に止められた


マット「ダメだよシアン」

シアン「え…?でもこれ食べたら少しはお腹に膨れるでしょ?」


マット「人間はそういう食べ物を食べたりするみたいだけど

俺たちが食べると吐いたりお腹を下したりしちゃうんだ」


思い返せば俺はこの種族に生まれてから

肉以外のものを口にしていない

人間が食べれても、犬には食べれないものがあるように

獣人にも食べれないものがあるのか…


人間と犬のいいとこどりの種族ではないってことを今知る羽目になるとは

ネギ類とチョコレートを食べてはいけないのは知っていたが

タケノコはどうなのかはわからない


いや、マットの言う通り今これを食べたところで嘔吐下痢なんて起こせば

もっと衰弱することになる

それなら諦めるしかないか…と思った矢先

微かに血の匂いがする


マットも気づいたのか周りをキョロキョロ見回すと

さっき探索に出たセスさんが「おーい!」と

片手を振りながら、もう片手には鹿のような動物を引きづりながら戻ってきた


肉肉肉!

子供も大人も生き返ったように飛び起き

手際よく火を起こし、切り分け、貪り食べる


あっという間に3/4の肉が骨に変わり

残りの1/4だけ小分けし道中持ち歩くことにした

干し肉にする余裕なんてないから日持ちは期待できないが

ないよりはマシである


久々に腹が膨れ、大人も子供も気力が戻ったのに

セスさんが座ったまま歩こうとしない


マット「どうしたのセス?進もうよ」

セス「あ〜俺はもうここまでだ」


そう言うセスさんの様子をよく見たらセスさんの背中は血で染まっていた


セス「鹿一頭狩るにもこの様だ。こっから先俺はただの足手纏い。

血の匂いを辿って魔獣を引き寄せるかもしれないし…

ここで置いてい「置いてかないよ」


セスさんが言い終わるよりも前にマットが否定した


マット「セスはここまで周辺の探索とか色々一人で危ないことをしてくれた

そんな仲間を怪我したからさよなら。なんてすると思う?」


セス「だけど俺がいたら血の匂いで魔獣がよって…」

マット「それでも見捨てるつもりなんてないよ」


カーネ「そうそう!怪我したくらいですぐ弱気になって

ほら背中見せて傷口水に流して傷に効く薬草塗るから!」


いつの間にかカーネがセスさんの近くにいた

手際よく傷口の治療をしてる

獣人たちは不器用な種族だと思っていたから

カーネの手際の良さに少し驚いた


セス「カーネ…お前まだこういう治療できたんだな…」

カーネ「…」


複雑そうな顔をしながら治療を終え背中をピシャリと叩く

セスさんが声にならない声をあげている

流石に傷口は避けてるけどそれでもあれは痛い


カーネ「全く!昔から口数と泣き言だけは多いんだから」


セス「うう…叩くことねえだろ…」


マット「あのまま何もしなかったら全滅していたかもしれない

それもこれも全部セスのおかげだ

みんな生気が戻った。もう一踏ん張りすればきっと辿り着けるはずだよ」


それは予感なのか、希望的観測なのかわからない

だけどこの人は集落にいる頃からみんなを突き動かすような力があった


俺にはなかったリーダーシップ

それがマットにはある


そんな人だからセスさんを背負う役はみんなで交代しながら進むことになった

誰かを助けるから誰かが助けてくれる


なら俺にできることは

シアン「お父さんが背負ってる間は僕が頑張るね」

とマットの代わりを務めるだけ


俺もこの人を助けたい。セスさんを背負うのは流石に無理だけど

そのぐらいならできるかもしれないから


マットまた嬉しそうに俺の頭を撫でてくれた。

カーネには自慢の息子と頬にたくさんキスされた



出発から十三日目


寒さはなくなり動物の影がちらほら見えるようになった

手がかりの商人の匂いはないがそれとは別にトラさんが何かを見つける


それはこの森ならどこにでも落ちてそうな動物の骨

普通ならただの骸から白骨化しただけだと思うが

だけど形状が不自然でどこか加工したような跡がある


トラさんが手に取り念入りに骨の匂いをすんすん嗅いでいる

トラ「ん!!ん!??これってつまり??うまそうな匂い、じゃなくて!

感じる…感じるぞ!!この匂いは!!」

元々身体だけじゃなく声も大きい人だと思ってたが今までに聞いた中でも最大の声量


トラ「いる!いる!仲間たちが!近くにいるぞ!」

と骨を放り投げ地面の匂いを嗅ぎ始める


骨だけじゃないよく見れば足跡もある

しかも一つ二つじゃなく、何人かが活動したような跡


仲間たち全員に希望の色と安堵の色が見えた


あと少しでこの旅も終わる

そう思ったのに


マコトから「嫌な予感がする」という言葉と


進んできた方角から聞き覚えのある雄叫びが聞こえた

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