父親
魔熊との遭遇から4ヶ月が経過した
俺の身体は大体10歳にはなったと思う…
ちょっと自信がないのには理由がある
鏡なんてないし、同い年のマコトとシュウの身体の大きさが違うのだ
俺はちょうど二人の中間くらいの背格好をしている
最初は混乱もしたし、個体差にしては差がありすぎると思ったが
マコトは柴一族だから柴犬、それに対してシュウは秋一族の秋田犬
小型犬と大型犬なんだから大きさは違うのは当然だった
マコトはまだ小学生低学年程度に対して
シュウは中学生、いや高校生ぐらいあるか?
トラさんもマットに比べたら大きかったけどこんなに大きくなるのか
それに比べるとちんまりとしているマコト
ただしこの話はタブーである
「マコトは小さいね」なんて言ってしまった日には俺の頸動脈が無事では済まない
あの牙が俺に襲いかかるだけなのである
シュウとマコトを交互に見たことがあるが
その時も眉間に皺寄せて牙を剥き出しにしていた
柴犬ってそういう顔するよなぁって可愛いとは思うが
発散するために俺に飛びかかってくるからあまりしてほしい顔ではない
そして新しく加わった小さい獣…
「お兄ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!!」ドーン
「ぐは!!!!!!!」
横腹を突き刺す白と黒とちょっとだけ茶色が入ったわんこ
2ヶ月前に生まれた俺の妹、ソラ
カーネが妊娠を自覚してから3ヶ月程度で出産した。
人間の妊娠期間と比べると半分程度での出産だと思う
出産が近くなってきたらマットは狩りについてこなくなった
周りの大人たちがそばにいろと気を利かせてくれたからだ
マットがいない間でも俺は狩りについていくつもりだったが
カーネに「お父さんがいない時は行っちゃダメ!!」って大反対された
だけどトラさんやマコトの父親のマロさんもいる
マットがいない間でも学べることはたくさんあったから同行した
マットがカーネを説得してくれたから良かったが
「もう反抗期なの!!?」って泣かれたのは流石に困った
そうやって何度目かの狩りに同行している間にカーネは無事出産。
カーネも今は元気一杯だ
ソラ以外にも集落には子供が4人生まれた。ソラはその中で一番の年下
みんなに可愛がられているからか明るくて元気いっぱい
ちょっとやんちゃなとこもあるけどいつも笑顔でいい子だ
太陽のような笑顔を俺に向けるソラの頭を撫でながら
今なら前にマットが言ってくれた言葉がよくわかる
以前話し合いの時、
俺たち子供は何も考えないでただ平和を謳歌してほしいと言っていた
この子達を見てると俺もその気持ちがよくわかる
だけどそうも言ってられない状況になってきた
以前見た魔熊の活動した痕跡、匂いがだんだんこの集落に近くなってきている
やつに見つからないようにしながら獲物を探すのはだんだん大変になってきていて
集落を襲われれば全滅の恐れだってある
だから予定ではこの集落を2ヶ月後に去る予定だったが
時期を早めるべきかと今話し合いをしている。
今回の話し合いには俺は参加しない
参加しない理由は今回の話し合いは複雑だからだ
今の季節は冬
あと2ヶ月もすれば暖かくなると言っていたが
ちょっとでも早く出ればまだ寒く、特に夜の寒さが辛い
大人たちは耐えれるだろうけどソラや他の子供達は耐えられるかが心配
無理に移動すればついていけないもの出てくるかもしれない
だけど予定通りここに滞在してもあの魔熊と遭遇するかもしれない
完全にジレンマに陥っている
だがここからどうするのかの判断は大人たちの仕事
俺もマコトもシュウもできる限りのことはしてきたはずだ
シュウは体格がいいから大人たちと狩りに加わっても問題ないだろうし
大人たちが狩りをしてる間に子供達を守る番もできそうだ
マコトは異様に感がいい
柴犬を知っている人ならわかってくれそうだが
歩くのイヤイヤモードがマコトにもある
変な顔になるくらいリード引っ張っても動かないあれだ
本来の柴犬と違いマコトはしゃべれるので「そっちやだ」しか言わないが
その先を調べると魔熊の痕跡があったりする
本人もなんでそう思うのかはわからないらしいが
大人たちが鼻を使っても気づかないものを野生の感だけで察知してるらしい
二人とも役割ができた
問題は俺だ
元々人間のくせに何か秀でたものがあるわけでもない
せいぜい大人たちの足を引っ張らないように空気を読むくらいしかできない
できることが生前と対して変わらないのが情けない
姿や種族が変わっても根っこが変わってないから何も変われない
そんな自己嫌悪していたら
ソラ「お父さああああああああああああああああンンンンンン!!!!」
と駆け出し飛びついた
マット「遊んでたのかい?」
ソラ「ん〜?お兄ちゃんなでなでしながらむつかしいかおしてた」
マット「あはは。シアンは考え事してる時そんな感じになるからね」
あ…ソラの頭を撫でながら考え込んでいたか…
マット「シアン。話し合いの結果、ここを出るのを早めることにしたよ」
そっか…ここにいてもどっちにしろジリ貧だったと思うから
こういう決断になるのもしょうがないと思う
マット「それでシアンに相談なんだけど…」
シアン「なに?」
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マット「今回の移動の指揮を取るのが俺になった」
シアン「うん」
それがいいと思う。マットはリーダーってわけではないが
いつも冷静でいるし、トラさんは結構激しい時あるし
マロさんは逆におっとりしてるし
マット「それでね、シアンには指揮をする俺の補佐をやってほしいんだ」
シアン「え???補佐?それって…」
マット「お父さんが困ったら隣で助けてほしいんだ」
聞こえはいいが要は参謀のようなもの
肉体は10歳に相当するが1歳児にそんなポジションをやらせていいのだろうか
マット「シアンならできるよ」
シアン「何で…そう思ったの?」
マット「今までいろんな犬の獣人と出会ってきた。大人から子供まで。走るのが得意な人、力が強い人、匂いを嗅ぎ分けるのが得意な人。いろんな人がいたけど
シアンはその中でも一番観察能力に優れているって
これは俺だけじゃない。大人たちみんな思ってる」
自分が観察能力が優れているなんて思ったこともなかった
ただこの世界が俺の知る世界ではなかったから
だからいろんなことを知っておくべきだと思って観察していただけだったのに…
マット「赤ちゃんの頃からいろんなものに興味を持ってるなと思ってた。そして観察して、考えて、理解してるって」
理解が早いのだって俺が普通の獣人じゃなくて…
みんなよりも長く生きてきた人間だから賢いだけであって…
マット「俺は雑種で他の獣人たちみたいに自分のルーツがわからないから
特別な能力がなんなのか、そもそも何か能力を持ってるのかもわからなかった
けどそんな俺もシアンと同じで観察能力は高いって褒められたこともあったんだ
だけどね。シアンはそれ以上だと思う」
マット「だからさ。俺が指揮してる時何かを見落とすことがあったら
シアンに助けてほしいんだ」
この人は俺が生前できなかったことをなんでこんなにも簡単にできてしまうだろう
自分の能力はこのぐらいだと認め、
父親とか、大人とかそういうポジションにプライドを持たず
相手の能力が高いなら息子にだって助けてくれとお願いができる
そんな人今まで出会ったことがない
マット「それにシアンは人の顔色を伺いすぎるところがあるから
俺だったら言えるでしょ?」
シアン「ふっ、はは」
思わず笑ってしまった
それは可笑しかったからじゃない
俺はこの人には敵わないと思ってしまったからだ
俺のいいところも悪いところもこのお父さんには全部お見通しなんだ
だから
シアン「うん。やる。お父さんの助けになるなら…やるよ」
マット「ふふ。ありがとう」
俺のことをこんなに認めてくれる最高の父親をサポートできるなら
大変なポジションだってやり通して見せるって誓える
ソラ「ねえ!むつかしいはなしでわかんない!」
マット「あはは。ごめんねお母さんのとこ帰ってご飯にしようね」
ソラ「ごはーん!!お兄ちゃんごはんちょっとちょうだい!!」
シアン「うん、いいよ。たくさん食べな」
集落出発まであと三週間
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