決断
「僕の匂いを辿れば仲間たちと巡り会えますよ」と赤い瞳の商人 リオンは言った
あの男の匂いは確かにそうそうには消えないと思う
歩いてきた方向、去った方向、両方向にまだあの男の香水の匂いが強く残ってる
それを辿るだけなら簡単なようにも思えるが…
マット「仲間は無事だったか…」
俺を抱き上げてくれているマットの顔を見る
仲間が無事なのは吉報なはずだが、表情は複雑
「あの人やっと帰った?」
と後ろから声をかけてきたのはカーネ
カーネ「ねえちょっと待ってこの嫌な匂いってあの商人の匂い?」
近寄ってきたカーネも残り香を嗅いだのかすごい嫌そうな顔をしている
マット「獣避けの香を使ってるって言っていたよ」
カーネ「だからかぁな…?すごい近寄りたくなかった…
助けてもらったあの日も変な怖さはあったけどこんな匂いじゃなかったよね?」
マット「うん…あの時はもっと普通の人間の匂いしてたね…」
カーネ「服を提供してくれるの嬉しいんだけど、あの人なに考えてるんだろ…」
マット「わからないな…とりあえず手に入れた衣服をみんなに分けたら全員で話し合いをしよう」
カーネ「話し合い?なんで?」
カーネは洞穴の中にいたから聞いてなかったんだろう
あの男が森に散り散りになっている仲間たちとも会っていたことを説明した
カーネ「え!?じゃあすぐにでも!あ、けど…」
マット「うん…それも含めて…夜みんなで集まろう」
━━━━━ 夜 ━━━━━━
焚き火を真ん中に集落の大人だけじゃなく子供まで集まっての会議
マコトはお腹だしながら寝てる。シュウも眠そうにあくびをしている
俺も正直ちょっと眠いが
この話し合いは聞きたかったから頭を振って眠気を飛ばす
マット「みんな集まってくれてありがとう。
集まってもらったのは他でもない。あの商人から他の仲間たちについての情報をもらったことだ」
みんながざわつく
マット「みんな気づいていると思うけどあの男が歩いた道にはすごい残り香がある
それを辿れば最短でみんなたちと合流はできる」
マット「一刻も早く合流したいが問題もある。あの日、妊娠していた最初の子供
うちのシアン、柴一族のマコト、秋一族のシュウが大人になり、
狩りを安定してこなせるようになるまではこの拠点で時期を図る予定でいたが
その3人の子供達も今はまだ小さくて狩りには参加できそうにない
それに新しく妊娠した家もある。うちもそうだ」
うちに子供?てことは俺はお兄ちゃんになるってこと?
なんか不思議な気分だ
前の世界では一人っ子だったし両親は早くに他界して
祖父母に育ててもらえたけどその祖父母も他界して
一人ぼっちだった俺に妹ができるなんてちょっと嬉しい
マット「今まで狩りに行く時にこの集落から移動できそうな範囲を散策し
仲間たちの情報を探したが匂い一つ見つからなかった
だから相当森の奥まで行く必要があるが、今森の中を歩き回れば魔獣に対抗できる
手が少なく、子供や妊婦たちを危険に晒す可能性が高い」
「あの商人が来れるくらいの距離にみんないるんじゃないのか?」
「いや、一週間走って見つかる距離にはいないぞ?あいつの荷物の量を見たろ」
「子供達が大きくなるまでは待とうよ」
「けどあの匂いがなくなったりしないか?」
そんな言葉が飛び交う
この話し合いに着地点はないと思った
最短ルートがあるならそれが一番いい
迷わず進めればそれだけ日数はかからなくて済む
だけどそのルートがどれだけ日数がかかるかわからない
あの獣よけの香水もどれほどの効果を発揮し、持続できるかもわからない
嫌な匂いではあるが近寄れないほどでもない程度なら魔獣と鉢合わせた時に
効果があるとも思えない
だからあの男が現れたタイミングとこの集落の現状が噛み合っていないから
この話は進展しないまま終わると思った
ただ一つ疑問に思うことがあるマットはなぜ俺たち子供たちも参加させたのか
俺たちが何を言ったってこの話が進展するとも思えない
当初の予定通り俺たちの成長を待つかそれとも強行して危険な旅に出るかの二択
マットの顔を見る
耳も尻尾も垂らし何か困っているような顔
俺はあのマットの表情などにすごい共感を覚える
前世、言いたいことがあるにも関わらず何も口出しできなかった俺の顔も
あんな顔だったんだろう
ただなんでマットが今その顔をする?
言いたいことがあるが言えない相手なんて…
ああ、そうか俺たちか…
俺たち子供達に言いたいことがある。だけど言えないんだ
マットは本当に優しいから
俺みたいな臆病ではなくて子供達のことを考えているから
獣人の成長速度は速い。人間なんてくれべものにならないくらい
俺だってまだ生後半年くらいしか経ってないのに5歳児くらいの肉体をしている
本来の犬と同じように幼齢期が短く
多分あと一年もしたら15歳くらいの肉体になっているだろう
『シアン、シュウ、マコトが狩りを安定してこなせるようになるまでは』
とマットは言っていた
その意味がわかった気がする。ただ怖いのが…
5歳児程度の肉体をしている俺が意見なんか言って
他の大人たちから気味悪がられないだろうか?
普通に考えたらそんな子供いるわけない
生前からずっとこうやって逃げる言い訳をしてきた
マットの優しさとは違う…俺のはただの臆病だ
それがわかってるなら…
手を挙げて言ってみる
本当は怖いけど、いつかやらないといけないなら
シアン「狩り、早くできるようになるために教えてほしい…です」
俺たちが早く狩りをできるようになれば、それだけで移動できるのは早くなる
今すぐできるようにするわけではない
ただ、幼齢の時が一番物覚えがいいのは人間も犬も同じだと聞いた
それなら身体の成長に合わせて簡単なトレーニングを積んでいくことは無駄じゃない
そう思ったから
「本気で言ってんのか?」「まだちっこいのに無理だろ」
「けど練習だけならしておいて損はないでしょ?」「そうだけど…」
「けど最前線に出れなくても小さい子達を守れればそれだけでも安心じゃないか?」
俺の言葉を聞いて大人たちは驚いていた
ただ不気味に思う人なんていなくて、次のことを考え始めていた
マットが俺の近づいてきて頭を撫でながら言う
マット「嬉しいけど本当にそれでいいの?本当はある程度大人になるまでは
シュウとマコトと何も考えずに遊んでいて欲しかった
少しでも平和な時間を楽しんで欲しかったけど狩りの練習に費やしていいの?」
俺が転生者ではないただのシアンだったらそっちの方がよかったと思う
けど俺は生前誰も救えなかった負け犬
このまま何もしなかったら何も変われない
だから無言で必死に頭を縦に振る
ふと肩と足に重さを感じる
シュウが何も言わずに俺の肩に顎を乗せてる
足にはマコトが頭を乗せて
マコト「勝手に決めんなよ〜」って文句を垂れてくる
ごめん。確かに俺が練習始めたらみんなも練習しなくちゃならないのか
謝ろうと思ったら
マコト「まあシアン噛むの飽きてきたから狩りの練習やりたいからいいけど」
シュウ「……うん」
って言ってくれた
その言葉を聞いて周りの大人たちは大笑いしていた
「なんだこいつらいい根性してるわ!」
「シアンっていつもマコトにやられてておとなしいのかと思ったのに…」
「いや、カーネの子だぞ?怒ると怖いかも!」
カーネ「どういう意味よ〜!!」って嬉しそうに怒ってた
誰も俺を気味悪がるがったりせずむしろそんな俺を誉めてくれた
安心と褒められたことへの照れでそわそわしていたら
不意に頭を撫でられる
さっきまで垂れていた耳は後ろに向け
尻尾はゆっくり横に揺らし
誇らしさと嬉しさが混ざった表情で俺を撫でてくれるマット
ああ、そうか…
俺は生前誰かにこんな表情を向けて欲しかったんだ…
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