第13話「花火の開花に合わせて告白するやつ、大体伝わらない」

 夏も終わりが近づいているが、まだまだ暑い毎日。

本日は小田達の暮らす街で夏祭りが予定されている。

 松本に集合をかけられた小田は、早めに集合場所へ行き他のメンバーを待っていた。もちろん多懸も一緒に。

 5分前になると艶間と榊󠄀原がやってきた。

「おお、小田。早いな」

「別に他の予定もないからな」

「そうか、それはそうと…呼び出した張本人はまだ来てないんだな」

「相変わらず自分勝手な人ですね」

「まあ集合時間はまだだから、全然良いんだが」

 4人は、ヒグラシの声を聞きながらくだらない話をしていた。するとそこに、松本と鈴本が到着した。

「なんやお前ら、せっかくの夏祭りやのに、普通の格好やんけ」

 松本と鈴本を見るとしっかり浴衣を着ている。

「別にいいだろ」

「良くないで!今日は皆の浴衣衣装が見れる思うて楽しみにしとったのに…」

「それなら先に言っといてくれよ…」

「でもよ小田、言われたとしても従うか?」

「まあ、確かに…」

「だろ?」

「えー、僕は艶間先輩の浴衣見たかったですよ?」

「言ってくれれば教官も着てきたのに」

「まあまあ、今そんなこと言ったってしょうがないだろ?松本」

「…しゃーなしやで」

「ありがと、それでこれからどうすんだ?花火までにはまだ時間があるぜ」

「そうやな…よし、花火の時間まで自由行動や!」

「せっかく集まったのにいいのか?」

「時間までにここに集まればエエやろ」

「大丈夫かよ…」

「それじゃあ一足お先に…行くでこーちゃん」

「あ…うん!」

「艶間先輩、僕たちも行きますか?」

「ああ」

「結局いつもの組み合わせなのかよ」

「教官と2人きりはイヤ?」

「もういいですけど…」

 こうして6人は、松本と鈴本、艶間と榊󠄀原、小田と多懸の2人組に分かれることとなった。


 さてこちらは松本・鈴本ペア。

きらきらと灯る屋台の列に目を輝かせる松本は、人混みなぞおかまいなくずんずん進んでいく。

鈴本はそれを見失わないようについていくのに必死だった。高身長もたまにはいいものだ。

 相変わらず屋台に釘付けの松本が口を開いた。

「なあこーちゃん、なんか気になるやつ、あるか?」

鈴本は意表を突かれた。

普段の松本ならば、自分のやりたいことに他人を連れ回す。しかし、なぜか今日は違った。

「え、なんで?なおちゃんがやりたいようにやっていいよ」

「ホンマ?ほな射的やろうやこーちゃん」

そう言って松本は、射的と書かれた屋台に近づき、お金を払って弾であるコルクと、銃を2丁受け取った。

そして銃1丁と弾を鈴本に渡した。

「勝負やで、こーちゃん」

鈴本はそれを「うん!」と言って受け取って、弾を込め標的に照準を合わせる。狙うはゴム製の、言わば銭湯の湯船に浮かんでいるようなアヒルのおもちゃである。この屋台を見たときから気になっていたものだ。

 なんとか手に入れたものの、弾を使い切ってしまった。

目当ての景品を受け取った鈴本は、松本の方を見やった。

どうやら惨敗であるらしい。

 肩を落とし溜息をついた松本だったが、鈴本を見て、「ま、ええか」と小さく呟やき屋台を後にした。

「くっそー、あの屋台絶対細工しとるで、俺が狙ったやつビクともせんかったもん」

などと松本は文句を垂れながら歩いていると、今度は、クジ引きと書かれた屋台に寄っていった。

「今度はこれやで、こーちゃん。運は強いんやで俺」

たくさんあるひもを引き、それについている景品を獲得できるというシステムだ。

「おっちゃん、2回で。まずは俺からや」

 松本が引いたひもの先についていたものは…。

真っ赤な天狗のお面だった。

「えぇ…こんなんもろても俺、カラテはやっとらんし、鬼退治もできんで…。クジ引きやし、しゃーないか」

 松本はそのお面を顔の側面につけた。

「さあ、こーちゃんの番やで」

悩んでも仕方ないので、適当に引いた。

するとその先には「お菓子」と書かれた大きな袋がついていた。

「こーちゃんすごいなぁ…」

松本は感嘆の声を漏らした。大きさしか見てないようだ。

 アヒルとお菓子袋に両手を塞がれた鈴本を見て、松本が声をかけた。

「こーちゃん、荷物待とうか?」

「いやいや、いいよ、全然気にしなくていいから」

「まあまあ、そう遠慮せんでええで」

そう言って松本は、鈴本から菓子袋をひったくった。

「本当に大丈夫なのに…」

「かまへんかまへん。それにな?両手がふさがっとったらな……これができんからな!」

突然、松本が手をつないできた。

「小っちゃい頃は、はぐれんようにって、よくつないどったもんなぁ。昔に戻ったみたいやな」

 松本が太陽のような微笑みを浮かべた。ここにあるどんなものよりも眩しく、心地よかった。

「さあ、まだまだ祭りを楽しむで」

その顔を見ていると、自然とこちらにも笑みが浮かんでしまう。

「うんっ‼︎」

鈴本は大きく返事をした。


 お次は艶間・榊󠄀原ペア。

「祭りの屋台っつても、色んな食い物があるんだな」

2人は食べ物系の屋台の列を歩いていた。

「焼きそば、たこ焼き、イカ焼きに焼きとり…焼きばっかだな…」

 鉄板の焼ける音とソースの匂いが漂う。

「…まぁ祭りの屋台で出来ることなんて限られてるんだろうから、仕方ないけどさ…」

 しかし、艶間の本当の気がかりは屋台のラインナップなんぞではなかった。彼の本当の気がかりは、先程から榊󠄀原が一言も喋らないことだった。そのせいでさっきから、マヌケな自問自答をする羽目になっていた。

(いつもなら、やかましいぐらいに話しかけてくる癖になんでこんなに静かなんだ?)

「…艶間先輩、夏祭りのスイーツといえば、何が思いつきますか?」

「え?ああ…えっとな…りんご飴とかわたあめ?それとベビーカステラとかか?」

「それもありますけど、まだありますよね?」

「…?あっ、かき氷か?」

榊󠄀原は首を横に振った。

「なんだ…?」

「チョコバナナですよ」

「あー確かに、言われてみればそうだな。で、チョコバナナがどうした、食べたいのか?」

「はい」

「どこにあるかな…」

 艶間は周りを見渡して、チョコバナナの屋台を探した。

「探さなくて大丈夫ですよ先輩」

「なんで?食べたいんじゃないのか?」

「実は、持って来てるんですよ、先輩も食べます?」

 榊󠄀原が懐からタッパーを取り出した。

「普通持って来ねぇだろ…それじゃ1つもらおうかな?…ってなんだこれ、チョコしかねぇじゃねぇか!」

タッパーの中を見ると、溶かしたチョコが並々と入っているのみだった。

「え?何言ってるんですか?バナナあるじゃないですか?」

「…おいお前…一体どこ見てんだ…?目線が少し下すぎじゃないか…?」

 榊󠄀原は無言で手にチョコをまとわせた。

「…おい…そのチョコをどうするつもりだ…おい!俺に近づくんじゃねぇ!」

 艶間の叫びは、この賑やかな祭りの空気にかき消された。


 最後は小田・多懸ペア。

2人は人混みの中を並んで歩いていた。

「こう見ると、結構浴衣の人もいますね」

「小田も着たかった?」

「そういう訳じゃないですけど…」

「教官も、浴衣は小さい頃に着たのが最後だなぁ」

「別に聞いてないです」

「小田知ってる?教官の小さい頃にはカメすくいとか、カラーひよことかあったんだよ?」

「聞いたことはありますね、外来種とか動物愛護とかで無くなったんでしたっけ?まあ今はせいぜい、金魚すくいぐらいですね」

「そんな話をしてるとほら、金魚すくいがあるよ小田」多懸が金魚すくいの屋台を指差した。水槽の中には赤や黒の金魚たちが元気に泳いでいた。その水槽の周りを子供達が取り囲んでいたが、その中に八十と渡辺の姿があった。

「…ナマちゃん、本当に金魚すくいやるノ…?」

「無論だ。だがお前がやりたくないと申すならば、我だけで充分だ」

「いや最後まで付き合うヨ…ってアラ?小田くんと多懸教官じゃないカ。キミ達も金魚すくいをしにきたのかイ?」

「そういうわけじゃないっすけど…先輩達はなんで金魚すくいを?」

「先日、其方の水着に引っ付いていた蟹を、我等が魔法研究部で飼うことにしてな、そのエサにちょうど良いと思った次第」

「これ食わせるんすか…」

「左様」

「えぇ…」

 小田が困惑していると、多懸が袖を引っ張ってきた。

「ねーねーもっと他のとこも見て回ろうよ〜」

「それもそうですね…」

頑張ってください、と言って小田と多懸はその場を去った。


 八十達と別れた小田と多懸は、再び祭りの中を歩いていた。

 先程から、歩いてばかりで夏祭りらしい事は何もしていないので、小田は心配になったが、かといって何をすれば良いのか分からなかった。

「多懸教官、さっきから歩いてばっかですけど何かやりたいこととかないんですか?」

「教官は小田と歩いてるだけで十分楽しいよ〜、逆に小田は大丈夫なの?」

「自分は…えっと…」

 多懸に任せようと思っていたのに、思わぬ反撃を食らった小田は、急いで周りを見渡した。

「あっかき氷食べません?暑いですし」

「いいよ〜」

 2人はかき氷と書かれている屋台に向かって歩きだしたが、急に小田が足を止めた。

「やっぱりやめましょう。先客が居ます」

「えー、待てばいいじゃん」

「駄目です」

「なんで?」

「あそこに居るの、太田ひまです」

「えっ…」

 言われてみれば、確かにその後ろ姿は太田ひまに似ていた。

「見つかる前に早く離れますよ」

「りょーかい」

 2人が踵を返して離れようとしたとき、背後から大きな声で呼び止められた。

「あっ!市悟じゃん!ちょっと待ちなさいよ!」

「見つかった…しょうがない。教官、走りますよ」

 そう言って小田は、多懸の手を握って走り出した。

「ちょっと市悟!言いたい事があるのよ!」

「俺はない!」

「…私、諦めないから!」


「なんとか、撒いたみたいですね」

「そうみたいだね」

太田から逃げ切った2人は、乱れた呼吸を整えていた。

「なんであいつがここに居るんだよ…」

「言いたい事があるって言ってたけど、そのために来たのかな?」

「それに諦めないってどういう意味だ…」

「さあね〜でも楽しかったね、鬼ごっこ」

「楽しかったって…まぁそれでいいか…」

 小田がふと時計を見ると、花火の開始時刻が迫っていることに気がついた。

「あ、もう時間なんで移動しましょう」

「おっけー」


 集合場所に着いた小田と多懸は、そこに自分達以外誰も居ないことに気づいた。

「おいもう時間だぞ…」

「皆、満喫してるみたいで大変よろしい」

「いいんですかそれで…」

「全然いいよ〜、だって小田と2人きりで居れるもん」

「よくそんな言葉が平然と言えますね」

「なんで?」

「なんでって…そういう言葉は、漫画とかだと花火の音に合わせて言って相手には伝わらないって、読者にモヤモヤを与えるためのやつですよ」

必ずそうとは言えないが、大体そうかも知れない。

「モヤモヤかぁ…それじゃあ……」

 その瞬間、空から光が降り注いだ。花火が始まったのだ。それに合わせるかの如く、多懸が何か言った。

「……だよ」

しかし、その言葉の前半は花火の爆発音により掻き消されてしまい、小田は聞き取れなかった。

「何て言いました?教官」

「うまくいった?」

「はい、それで何と?」

「それは内緒…だって伝わらないのが良いんでしょ?それよりほら、花火、綺麗だよ」

多懸は空を指差した。

 様々な色や形、大きさの花火が、夏の夜空に咲いては散り、咲いては散るのを繰り返し、美しくも儚い夏の終わりを感じさせられた。

「ほんとだ…」

 小田はそんな花火に瞳を輝かせていたが、そのとなりの多懸の瞳には、花火の光によって照らされた小田の横顔だけが映っていた。

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教官とボク 白川落 @shirakawaraku

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