第12話「なんでアンタがここに…」
海水浴からしばらく経った日、小田と多懸の住居で小田が神妙な面持で頭を下げた。
「実家へ帰らせていただきます」
それを言われた多懸は、相当ショックだったのだろうかしばらく静止していた。
「とは言っても、まあ偶には実家の方にも顔を見せとこうかなって、安心してください」
「なんだ〜そういうことねぇ、いいよいってらっしゃい」
多懸と話し終わった後ら小田はなぜ多懸を慰めるようなことを言ったのだろうと、自分でも不思議に思った。
実家で小田がまったりとしていると突然、インターホンが鳴った。
「はーい、どちら様ですか…ってなんでアンタがここに…」
ドアを開けると、多懸が立っていた。その姿を見た小田は急いで閉めようとしたが、多懸は目にも止まらぬ速さでそれを防いだ。玄関先での小さな攻防は多懸に軍配が上がった。
「…で、何しに来たんですか」
「遊びに来たよ〜」
「帰れっつっても帰りませんよねアンタは…仕方ない、上がってください」
「お邪魔しまーす」
客間へ向かう途中に母親に遭遇してしまった。
「これは多懸教官、初めまして市悟の母です」母は頭を下げそしてもう一度多懸に向き直り、「いやぁ、写真で見るよりも男前ですねぇ」
「いやいや、お母さんもお綺麗ですよ」
「
「もう!母さんは部屋に戻ってろよ」
「あら、どうしたの市悟、照れちゃったの?」
「もういいよ」
小田は母を無視して客間へ入った。
「あんな綺麗なお母さんがいるなんて、小田は幸せ者だよホント」
「どこがですか、若作りしてるだけですよ」
「えー結構良くない?何ならもらっちゃおうか、なーんて…」
「やめてください殴りますよマジで」
小田は静かに言ったが、体からは殺気が溢れていた。
「あはは…ジョーダン、冗談。教官は小田一筋だよ〜」
「はいはい…で今日はどういった用件なんですか?」
「小田に地元の案内してもらいたくてね〜」
「えぇ…」小田は困惑してしまった。
とりあえず外に出ることにした。
案内といっても、何をすればいいのか分からないのでゲームセンターや、本屋など、小田が良く行く場所を実際に楽しみながら案内した。
気がつけば陽が傾き始めていた。
さて読者諸賢、突然だがアインシュタインの相対性理論はご存じだろうか。ザックリ言うと、光速になると時間の流れが遅くなる、というアレである。アインシュタインはこの理論を説明するのにこんな例え話をしたのだとか…
熱々のストーブの上に10秒手を置くとその時間は1時間に感じ、美女と過ごす1時間は10秒に感じると。つまり、幸せな時間は一瞬に感じてしまうらしいのである。
何故、話の腰を折ってまでこんな話をしたのかだって?ただ単に筆者の気まぐれであり、これといった意味はない。
物語に戻ろう。
解散ムードの漂う街を小田と多懸は歩いていた。多懸の手には小田に取ってもらったぬいぐるみが大切そうに握られている。今日の思い出の品であるらしい。
「どうします?最後に近くの喫茶店でお茶でもして解散にしますか?」
「いいね〜」
2人が選んだのは落ち着いた雰囲気のこぢんまりとした店だった。
小田はココアと人気商品らしいいちごババロアを、多懸はコーヒーを頼んだ。
「小田って甘党なんだね〜」
「別にいいじゃないですか」
「意外だな〜って、クレーンゲームも上手だったし、今日は意外な小田が見れて良かったよ〜」
「楽しめたなら良かったです」
そんな話をしていると注文の品が届いた。
「いただきます」小田はスプーンでババロアをすくい取り、口へ運び「う、美味い!苺の酸味とババロア本体の甘みが両立している!こういうのは大体が酸っぱすぎたり、逆に甘すぎたりと喧嘩しているものだが、これは違う!両方が仲良く口の中で広がってきやがる。そしてこの生地の滑らかさ!柔すぎず固すぎず、絶妙な口溶けで全く不快感が無ぇ!」
ここまで喋った後、小田は多懸が無言で微笑み、見つめているのに気付いた。
「…これは…その…」
「好きなんだねぇスイーツが」
小田は小さく頷き、無言で食べ始めた。
耳まで真っ赤や小田の様子を、多懸は相変わらず見つめていた。
ババロアを食べ終えた小田がココアを飲んでいると、多懸が口を開いた。
「小田ってEDなの?」
急にこんな質問をされた小田は、ココアを噴き出してしまった。
小田が、そそくさと机を拭きながら周りを憚って言った。
「ど、どうしてそれを…」
「松本くんが言ってたんだよね〜」
「あいつマジで口軽いな…」
「なんでEDなの?原因とかあるの?」
「言わなきゃ駄目ですか?」
「頼むよ〜、ここ奢るからさ〜」
「…分かりました、話します…」
普段の小田ならば頑として譲らないところであったが奢られるからであろうか、今日は話してみる気になった。
「単刀直入にいうと。女子から与えられたショックの所為なんです。その女子というのが
多懸はしばらく目を閉じて黙っていた。
小田はどういった感情で多懸がそうしているのか分からなかった。
「…それで、彼女とはその後どうなったの?」
目を開いた多懸が最初に言ったのはそれであった。
「会話も減っていって自然消滅って感じです」
「今でも彼女のこと好き?」
「むしろトラウマです」
なんでこんなことを聞くんだろう、と思っていると多懸はウンと納得した様に頷いた。
「そんな辛いことがあったんだね、小田」
その多懸の声がどこか、いたわるような、あやまるような、優しい、哀調に似たものを帯びていたので、小田は胸の中で何かが震えるのを感じた。
その震えは、意外なものによって終止符が打たれた。
「…アンタ、もしかして…小田市悟…?」
そう背後から声が聞こえたので振り返った小田は、そこにいた女子高生らしき人物の顔を見るなり固まってしまった。
「やっぱり市悟じゃん!メッチャ久しぶりじゃない?」
「小田の知り合い…?」
「…こ、こいつが…太田ひまです…」
「ちょっと!なにそこでコソコソ話してるのよ、市悟は今、ワタシと話してるんですけど?」
「ああ、ごめんね」
「ふん」と太田は腕を組み「…て市悟、しばらく見なかったけど何してたの?まずどこの高校に通ってんの?」
「別にお前には関係ないだろ…」
「いいじゃない教えてくれたって」
「知ってどうすんだ?」
「別にどうもしないわよ」
「なら知らなくても良いだろ」
「なんでそんなに教えたくないのよ」
「プライバシーだ」
2人の押し問答を聞いていた多懸は、とうとう我慢ができなくなった。
「私は肛交校で教官をやっています多懸です。そして、小田市悟くんは私の生徒です」
「なによ…肛交校?道理で顔が良い訳だわ」
「満足しましたか?子供はもう帰りなさい、小田は今、私とお出かけしていますので…」
「…感じ悪いわね…ま、帰ってあげるわ」
「はいさようなら」
多懸が太田に手をひらひら振ってみせ、小田に向き直った。
「とんだ災難だったね小田」
小田は、震えていた。下を向いて、今にも泣きそう。
「大丈夫⁈とりあえず外に出ようか?」
多懸は小田の手をとり、会計を済ませ店の外へ出た。
店を出た小田はただ小さく一声「怖かった…」と言い多懸の胸元へ抱きついた。
あまりの突然の出来事に多懸は、しばらく言葉も出せず身動きも取れなかったが、動けるようになるとそっと小田の頭を優しく撫でてやった。
小田はその腕の中で、静かに泣いていた。
そして、小田はそのまま眠ってしまった。
目を覚ました小田が見たものは実家の天井と、隣で眠っている多懸であった。
「…ああ、小田…おはよう…」
「なんでアンタがここに…」
「なんでって…昨日のこと覚えてないの?」
「昨日…?……あっ!」
「思い出した?」
みるみるうちに顔が赤くなっていった小田は、勢いよく毛布にくるまり身を隠してしまった。
「もう帰ってください‼︎」
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