第11話「海は広いな大きいな」
終業式が終わり、夏休み前最後のホームルームが行われている。この物語の主人公である小田のいるクラスでもそれは行われていた。
「とあえず、法を犯すことなく、ケガをせず、大いに楽しみなさい!」
担任である筒美教官が、長い説明の後にまとめるようにそう言った。
「お前ら、夏休み何か予定あるか?」
「いや…」
「特には無いな…」
「そやったら明後日に海行こうや、海」
「なんで…」
「暑いじゃん…」
「海に入ったら気持ちええやろ。な?ええよな?」
2人は知っていた。こうなった松本は、何を言っても聞かないと。
「まあ…別に暇だし良いけど…」
「そんなに言うなら…」
渋々承諾する2人であった。
「決まりやな、ちゃんと水着用意するんやで」
松本は満足そうに教室を出た。
家に帰り、小田は水着を探していた。
「どこに仕舞ったっけかな…」
「小田、なに探してんの?」
その様子を見ていた多懸が聞いた。
「水着です。明後日に海に行こうって松本に誘われまして」
「せっかくだから新しいの買えば?車出すよ」
「良いんですか?」
「もちろん」
小田と多懸は近所にあるスポーツ用品店に来ていた。
「水着と言っても色んな形があるんだねぇ」
「教官、それはただの下着です…水着コーナーはこっちです」
小田が申し訳なさそうに、本当の水着コーナーを指差した。
「小田はもう決めたの?」
「まぁ、これでいいかな、あんまピッチリしたやつ好きじゃないんで」
小田はゆったりとした、地味な海パンを手に取った。
「こっちにしたら?」
多懸が手にしたのは、目が痛くなるようなド派手なブーメランパンツだった。
「嫌ですよそんなの、そんなに気に入ったなら、教官が履けばいいじゃないですか」
「じゃあそうしよ〜」
結果的に小田は地味な海パンを、多懸はド派手なブーメランパンツを購入したのだった。
店を出て車に向かう途中、小田は1つの疑問が浮かんだ。
「そういえば教官、水着使う予定あるんですか?」
「そりゃもちろん、明後日にね」
「まさか…」
多懸はにっこりと微笑んだ。
車を出してもらった手前、しょうがないと小田は溜め息をついた。
約束の日がやってきた。
この日は雲1つない快晴であり、太陽がかんかん照りつける海水浴には打って付けな天気であった。
夏の日が眩しく反射する渚に、小田達は集合していた。
小田、艶間、松本に加え、多懸、榊󠄀原、鈴本もいた。
艶間は榊󠄀原の姿を見るなり怪訝な顔になった。
「なんでコイツが居るんだよ」
「鈴本君に誘われました。と言うよりこんな時までマスクしてるんですか?マスク焼けしますよ?」
「別にいいじゃん」
「エエんかホンマに…。ま、とりあえず脱衣所行くで」
松本の言葉に従い6人は脱衣所に向かった。
そこで注目を浴びたのは多懸だった。
「教官、意外と派手なモン履きよるんですな」
「小田からのリクエストだからねぇ」
「そうなんか小田?」
「嘘に決まってるだろ」
「ちぇ」
「なにが、ちぇだよ」
「でも僕は艶間先輩にビキニをリクエストされたので、持って来ましたよ」
榊󠄀原が男性用更衣室には不相応な水着を拡げた。
「んな事一言も言ってねぇよ。とりあえず早くそれ仕舞え」
「えー、結構時間掛けて選んだんですよ?」
「知らねぇよ、普通の水着も持って来てんだろ?」
「まあ、そうですけど」
「なら早く着ろよ」
「はいはい、先輩が言うならしょうがないですね」
そんなこんなで着替えを済ませた6人であった。
「一番乗りや!」外へ出るなり、松本が海へ駆け出した。
「あっ!待ってなおちゃん!」鈴本がそれを追った。
「さて俺達は歩いて行くとするか」
4人が砂浜を歩いていると艶間が足を止めた。
「俺はここら辺でお前達を見守っとくわ」
「海に入らないのか?」
「もしもって時があるかもしれないだろ?」
「それなら僕も一緒に残ります」
「良いのか?2人共」
「ああ、早う行け」
「なんか悪いな、代わりたくなったらいつでも言えよ」
そう言って小田と多懸は海へ歩き出した。
その後ろ姿を見ていた艶間に榊󠄀原は言った。
「本当に良かったんですか?せっかく海に来たのに」
「マスクを外さない時点で分かってた癖に、体を動かすのはそんなに好きじゃないの、インドアなの、俺は」
「僕が言えたことじゃないですけど、先輩って肌白いですよね、日焼け止め塗りました?」
「いや、塗ってないけど」
「それは大変!絶対痛くなりますよ、僕持って来てるんで塗ってあげましょうか?」
「1人で塗れるだろ」
「背中とか自分じゃあ塗れないでしょ?遠慮しないで塗り合いっこしましょうね」
榊󠄀原は小走りに荷物の置いてある脱衣所へ向かった。
残された艶間は小田達を眺めていた。
(流石に暑いな…)
暑さに耐えかねた艶間はマスクを外した。
その時だった。
「おにーさん、お1人ですかぁ?」
見知らぬ女性2人組が声を掛けてきた。
「ヒマなら私達と遊びませんかぁ?」
どうやらナンパの類であるらしいり成る程、確かにチャラい。
艶間は昔のこともあり、女性が少し苦手だった。
「いえ、友達と来てるんで結構です」
「えーでも海に入らないでヒマそうだったじゃないですか」
「いやホント大丈夫です」
「いいじゃん、いいじゃん」
女性の1人が艶間の腕をつかみ強引に連れて行こうとした。
「ちょマジでやめて。誰か助け…」
「あ、いたいた。もう、マスク外すなら言ってくださいよ、探しにくいじゃないですか。…って、どーゆー状況ですか?これ」榊󠄀原は、艶間と女2人を交互に見た。
「かわいいー!」
「なに?弟くん?ボクもお姉さん達と遊ぶ?」
一瞬にして榊󠄀原は、2人に囲まれてしまった。
「ど、どういう事ですか、説明してくださいよ」
「ふぅ…助かったぜ。すまねぇが身代わりになってくれ」
艶間がその場を離れようとしたが、ナンパ女の1人に腕を掴まれてしまった。
「どこ行くんですか?おにーさん」
「ハハ…ちょっと…あのね…」
「弟くんを置いてけぼりにしちゃだめじゃん?」
「…僕は先輩の弟じゃなくて…」
榊󠄀原は艶間の下へ近づきその手を握って言った。
「…恋人ですっ!」
「お前は急に何を言い出しとるんだ?」
「お兄ちゃんっ子なんだね〜」
すると、女の1人が鼻血を噴き出した。
「ちょっと⁉︎どうしたの⁉︎」
「…なるほど…そういうことね…撤退よ!私達の出る幕はないわ…」
「そ、そう…」
鼻血を出していた方がもう片方の肩を借りながら、どこかへ行ってしまった。
「何だったんだ一体…」
「解決、したんですかね…?」
「……とりあえず、手放してくれ…」
さてこちらは海の上。
小田と多懸は仰向けになってボーっとしていた。
重力すらからも解放され、ただ波に身を任せて浮かんでいた。
こうすれば日々の悩みからも解放されている気がした。
しばらくして疲れた様子の鈴本が流れてきた。
「流石なおちゃん…全然…追いつけないや…」
「松本はどうしたんだ?」
「多分まだ泳ぎ回ってると思います」
「元気だね〜」
「あいつの前世、魚かなんかか?」
「かもしれないですね」
3人が笑っていると、ジェットスキーの如き勢いの松本が通り過ぎた。
「いやっふぅぅっ‼︎」
当然そんな勢いで泳いだら、上がる水しぶきは尋常ではない。
小田はそれをまともに被ってしまい、溺れかけた。
「松本てめぇ!この野郎!」
「なんや追いかけっこか?そんなら負けへんで」
逃げる松本を小田が追いかけるが、中々2人の距離が縮まらない。それどころか段々と離れていっている。
必死になって泳いでいた小田だが、ある時突然、泳ぎをぱったりやめてしまった。
不思議に思った松本が「どうしたんや、足でも攣ったか?」と聞いても小田は首を横に振るばかり。ただ、その顔色は、海よりも青かった。
小田達の居る海水浴場から少し離れた海岸にて、釣りをする2人の男が居た。正確には、釣りをしているのは1人でもう1人はそれを眺めていた。
「ねぇナマちゃん、いい加減魔法で獲ろうヨ、魚。1匹も釣れてないじゃないノ」
「魔法を使えば修行にならぬ。これは己が精神統一を図り、忍耐力を鍛えるもの也」
「釣れなきゃ今日のご飯はナシなんでショ?」
「それもまた修行の一環也」
もうお気づきだろうが、2人は魔法研究部の八十と渡辺である。どうやら2人の食事はこの釣果に懸かっているらしい。
先程から、首も動かさず竿の先を睨みつけている八十の様子に、渡辺は半分呆れていた。
渡辺が空のバケツを悲しそうに覗いていると、八十の持っている竿の先端が動き始めた。
「喜べ愛よ、断食はしなくて済みそうだぞ」
「まだ食べられるとは決まってないヨ」
「なに、毒が有ったとて少々痺れる程度であろう」
「ナマちゃんならそうかもネ…」
八十が竿を振り上げると掛かっている獲物が水面から飛び上がった。
「ムム?」
「アラ?」
釣り針に掛かっていたのは魚ではなかった。
「海パン…?」
「とカニ…?」
そこにあったこは地味な海パンと右腕の無いカニだった。
「まぁ…水着は食えぬがカニならば食えよう」
「そうじゃないでしょナマちゃん…ここに水着があるってことは誰かがスッポンポンってことでショ?確かこの近くに海水浴場があったよネ?そこに行って持ち主に届けに行こうヨ」
「しかし修行が…」
「困っている人をほっとかないのが魔法研究部でショ?」
「…致し方無し」
八十は重い腰を上げた。
一方その頃、艶間と榊󠄀原は取っ組み合っていた。
絶対に体を触らせたくない艶間と絶対に日焼け止めを塗りたい榊󠄀原で争っていた。
「いいじゃないですか、ただ日焼け止め塗るだけですよ」
「それなら自分で塗れるって」
「背中とか塗れないでしょ?」
「いやもう本当、体柔らかいから、俺」
一歩も譲らない両者に、海から上がった、松本が話しかけた。
「お前らイチャイチャしとる場合やないで」
「どうした松本、なんかあったのか」
「小田の海パンが流されたらしい」
「マジで⁈なんで?」
「俺を追いかけてたら脱げたらしいんや」
「ということは今、小田先輩は全裸なんですか?」
「そうなるな」
「ゆったりとした水着だったもんな、あいつ」
「かわいそうですね」
「海は広くて大きいから、探すのは厳しそうだな」
「あーあ、こういう時に便利な魔法があればなー」
「お呼びかな?」
榊󠄀原の背後に2人の男が現れた。
「わぁ⁉︎なんやお前ら!どっから出て来たんや⁉︎」
「あ、八十先輩に渡辺先輩!今日はどうしたんですか?」
「たまたま通りかかっただけだヨ」
「修行の一環で釣りをしていた」
「どうでした、釣れましたか?」
「全く」
「そないな世間話しとる場合ちゃうやろ…なぁ先輩方、海パンを探す魔法とかありまへんか?」
「魔法はないが水着ならほらここに」
八十がバケツを差し出した。
その中を見て松本が叫んだ。
「これです!これ!どうしてこれを⁉︎」
「釣った」
「分からんけどありがとうございます、もらっていきますわ」
「ただ1つ難儀有り」
松本が水着を持ち上げると、手の平に収まる程度の小さなカニがくっついていた。また、そのカニは右腕が無かった。
「なんやコイツ」
「釣り上げたときからくっついててネ、全然放そうとしないンだよネェ」
「んなもん無理矢理剥がせばエエやないですか」
「ダメだヨ、生き物を慈しむのが魔法研究部だからネ、ただでさえ片腕なのにその腕まで奪ったら可哀そうでショ?」
「面倒やなぁ」
皆が困っていると、焦れったいといった風に八十がカニに語りかけた。
「それは其方の品物ではあらぬ、それの持ち主はあすこに佇んでいる男、小田市悟也」
「カニに言っても分かりませんよ」
その言葉を八十は片手で制止した。
「何、ならば其方自身で持ち主に届けると?確実に持ち主に返すのだな?承知した、ではあすこに遣る瀬無く佇む男の下へ行って参れ!」
そう言って八十が小田の水着を砂辺に置くと、カニが敬礼をするかの如く左のハサミを上げ、水着をしっかひと挟み、海へ駆けていった。
「伝わったのか…」
「ホンマエライこっちゃ…」
「流石ナマちゃんだネ」
意気揚々と小田の下へ向かったカニだったが、無情にも水着と共に流され八十達の下へ戻されてしまった。
「駄目やないか!しゃーない俺が行くわ」
カニは自身の無力さを痛感し、素直に水着を放した。
松本は難なく小田の下へ到着し、水着を渡して事態は一件落着となった。
小田はしばらく海に行くのを嫌になってしまった。
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