第4章

第10話「怪しい隣人」

 梅雨が終り耳をすませば蝉の声が聞こえるような季節、小田達2年生の3人は相変わらず互いの机を合わせて、昼休みを過ごしていた。

「暑い…梅雨が終わったと思ったら今度は太陽が頑張り始めやがった」小田がギラギラと照り付ける太陽を睨んだ。

「たしかに…おい松本、なんか涼しくなるはなししてくれよ」

「難しい注文やな……涼しくなるかは知らんが、エエ話ならあるで」

「ホウ…」

「気になりますなぁ」小田と艶間は顎をさすった。

「前に小田が主役を逃したドラマがあるやろ、そのキャストが最近発表されたんや」

「どうでもいい」

「興味ないね」

「お前らから話せって言った癖になんやねんその反応は」

「しょうがねぇな、聞いといてやるから好きなだけ話しなさい」

「ま、ええわ、それでな主役の2人がなこの学校のOBらしいねん」

「あの監督、すごい執念だな、余程諦めきれなかったらしい」

「で、誰なんだ?そのOBって」

「教師役はモデルの城澤辰月しろさわたつきで、生徒役はアイドルの七河しちかわ雨美里うみりやな」

「誰?艶間知ってるか?」

「モデルの方は知らんがアイドルは聞いたことがある様な…なんか歌唱力が売りのアイドルグループで確か…Showしょう guys がいずとかそんな名前だった気がする」

「へぇ、てか結局役者じゃねぇんだな」

「あの監督の考えることは分からん」

「作品のためなら家賃も負担するような人やもんなあ…」

「そういえば行ったことねぇなぁ」

「来なくて良い」

「なんだっけ、窓が無いんだっけ?」

「くそでかい力士がおるんやろ?」

「一体何と間違えとるんだお前らは…」


 授業が終わり、帰宅した小田が着替えを済ませて夕食の準備をしていると、インターホンが鳴った。

「どちら様ですか…」

 エプロン姿のままドアを開けると、そこには2人の男が居た。その内の1人が、小田を見るなり握手をして

きた。

「小田市悟君だよね!話を聞いたときから会いたいと思ってて、わぁうれしいなぁ」

「あの…一体どちら様で…?どうして俺の名前を…」

「あ、そうだよね、いきなりだもんね」そう言って男は、小田から手を放して仕切りなおすように小さく咳をした。

「先日、隣の部屋に越してきた七河雨美里です」

「七河雨美里って…もしかしてアイドルの…?」

「そう!実はね今度ドラマの主役をやらせてもらうんだけど僕の前にこの役に抜擢された子が居て、それが肛交校の後輩だって聞いて、会いたいと思ってたんだよね」

「はぁ…それでそちらの方は?」

小田はもう1人の男に目をやった。

気のせいかもしれないが、睨まれている気がする。

「どうも、同じく越してきた城澤辰月だ、普段はモデルの仕事をやっている、ドラマでは教師役をやらせてもらう。一応雨美里とは肛交校の同期だ」

城澤は相変わらず不機嫌そうに言った。

「それで、本日はどういったご用件で?」

「引っ越しが大体終わったからお隣さんに挨拶しようと思ってね、それに監督からは、隣には小田くんが住んでるって聞いてたし」

七河はまた小田の手を握ってきた。

 仮にもアイドルの握手を、こんな玄関先で受けてしまってもよいのだろうか、それに七河も安売りしすぎじゃないか、よく知らないけど、こういうのってCDを買ったりしてようやく手に入る権利なんじゃないのか?ファンの子に怒られたりしないよな?などと小田が不安になっていると、それを知ってか知らずか、城澤が口を開いた。

「いいのか?小田くん。君の恰好を見る限り、料理か何かの途中なんだろ?」

「あっ!忘れてた。そうだ、ついでと言ったらアレですが、良かったら食べていきますか?」

 その言葉に七河は目を輝かせた。

「えっいいの⁈」

「もちろん、こうして出会ったのも何かのご縁ですし」

「それなら遠慮なく、お邪魔しまーす!」

七河はずかずかと中へ入っていった。

 その様子を見ながら城澤は肩をすくめ、そして小田の方を向いて「悪いな、邪魔する」と言って中に入った。

 クールな人だなあ、と小田は感心した。


 玄関先で話しているときから思っていたのだが、いわゆる芸能人というものには何かオーラがある。一般人とは雰囲気から異なる。

 それが部屋に入ると一層際立つ。2人の周りだけ特別なオーラが漂っている。

 プライベートからあんなにオーラだだ漏れなのか、芸能人って。

 芸能人オーラに怯えながら小田は、夕食を完成させた。

「メシできましたよ」

「そういえば多懸教官はどちらへ?」

「あぁ…もうすぐ帰って来るんじゃないんですか?あの人、学年主任で忙しいらしいんですよ」

「それなら待ってあげようよ、メシは人が多い方が良いしさ」

 アイドル様に言われちゃしょうがないと、小田は諦め、多懸が帰って来るまで雑談することにした。

名物教官の話、ソトムラ監督への愚痴(後者に関しては小田が一方的に言っていただけだが)などを話したが、オーラに気圧されているせいであろうか、話が続かない。

 そんな小田の様子に気づいた七河が言った。

「そんなに緊張しなくていいよ、小田くん」

「え?ああ…はい…」

とは言えやっぱり落ち着かない。

自分の家のはずなのに、まるで借りてきた猫のようになってしまう。

「小田くん、僕ってそんなに怖い?」

そう言って七河は小田の顔を覗き込んだ。

 うへぇ、眩しい。

「雨美里、これ以上小田くんをいじめるんじゃない」

「別にいじめてないし、てゆーか僕ってそんなに怖い?」

今度は城澤に聞いた。

「さあな、俺はなんとも思わんが、後輩からしたら初対面の先輩なんてこわいだろうな」

「それならだんだんと仲良くなっていけばいいか」

「あ、あのテレビでも見ます?」

 小田はこの状況から逃げようと、テレビをつけた。

だがそれは間違いであった。

 バラエティー番組にはひっぱりだこ、CMになると3本に1本は七河か城澤のどちらかが出演している始末。

そのせいで小田はさらに畏縮する羽目になった。

場違いすぎるだろ、俺。と小田が思っていると玄関のドアが開く音が聞こえた。

「ただいま~、って誰か来てるの?」

そう言って入ってきたのは多懸であった。

「あっ多懸教官!初めまして!」

七河は小田にやったように、多懸の手を握り自己紹介をした。その後、城澤も自己紹介を済ませ、最後に小田が、こうなった経緯を説明した。

「へぇ、そんなことになってたんだ~、じゃあせっかくだからサインもらっちゃおうかな~」

「僕、サインは苦手で…」

七河は頭を掻いた。

「試しにここに書いてみてよ〜」

多懸が色紙とペンを七河に渡した。

それを受け取った七河は、不安げな表情でペンを走らせた。

「できた…」

そう小さく言った七河の色紙を3人は見てみた。

「こ、これは…中々…」

「何と言うか、その…」

「思ってたよりもひどいな…」

 色紙の中には、ミミズがのたうち回った跡のようなものが書かれていた。

「だから苦手って言ったじゃん!」

「まあまあ、個性があって良いんじゃないですか?」

「とは言え小田くん、雨美里にはもうちょっとプロ意識があったほうが良いんじゃないか?ファンの子がこれをもらってはたして嬉しいのか」

「大丈夫ですよ、好きな人からならどんなものでも嬉しいはずです」

多懸がスマホを見ながら言った。

「小田の言う通り確かに、実際にサインをもらったファンからは肯定的な反応ばっかりだねぇ」

「ならいっか。はいじゃあ次は辰月の番」

七河は元気を取り戻したらしく、ペンと新しい色紙を城澤に渡した。

「しょうがないな」

そう言って受け取った城澤は慣れた手つきでペンを踊らせていった。

そして書き終えると小田に差し出した。

「た、達筆…」

まるで筆で書いた様な、実に達筆な字で城澤の名が書かれていた。渡したのは間違いなく、ただのマジックインキのはず。

「上手いねぇ…」

「でも、サインとしてはどうなの?これ」

お前のが許されるなら俺のも許されるべきだろ」

「それもそっか」

 すると突然、七河の腹から大きな唸り声が聞こえた。

それを聞いた小田が、思い出したかのような声を上げた。

「メシですよ、メシ。さっさと食べちゃいましょう」

 夕食を終え、七河と城澤は帰り際に、ここに住んでいるということは内緒にしてほしいと、小田と多懸に伝えた。

 最後に七河は小田の手を取り、「応援してるからね!」と言って帰った。

 自分の何を応援しているのか、応援するのはこっちの方だろうと小田は思った。

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