第9話「鈴本康介という男」

 さて無事に部活動が決まった鈴本康介。これにて悩みの内の1つが解決したわけでありますが、彼にはもう1つ大きな悩みがございましたね。そうです松本尚己でございます。

 従兄弟の松本に彼はどのような悩みを持っているのか、またそれをどのようにして解決するのか。読者の皆様と共に見ることにいたしましょう。


 春が去り夏が顔を見せ始めて蒸し蒸しする日々がやってまいりました。午後から降り始めてしまった雨を眺めて、鈴本は教室の片隅で溜め息をついておりました。その様子を見た友人の榊󠄀原が心配で、どうしたの傘を忘れてしまったのかいと言いました。

「確かに忘れたけどさ…そうじゃないんだよ、僕の悩みは」

「じゃあ何?」

「ねぇ、僕って大人って感じする?」

「なに急に…まあ図体はデカいね、バカみたいに」

 すると鈴本が「はあ」と溜め息をつきました。

「なんだよ、そんな事で悩んでたのか、大丈夫だよ、僕よりはよっぽど大人に見えるよ」

「そんな事とは失礼だな、僕にとっては重大なの」

「ごめんごめん、でも大人感と君がどう関係してるの?」

「僕の好きな人の好みのタイプが関係してる」

「へえ!博愛主義者の君に特別な思ひ人が居たとは意外だね」

 にわかに榊󠄀原の食いつきが良くなり「どんな人?見た目は?名前は?どこで知り合ったの?」などと息をする間もなく問い詰めてきました。その気の変わり様に少々呆れながらも鈴本は答えました。

「君も知ってる人だよ」

「なに?ちょっと待って当ててみせるよ…筒美教官でしょ!」

「違う、まず教官じゃない」

「ムム…分かんないや、本当に僕も知ってるの?」

「うん」

「君はいつ知り合ったの?」

「…物心ついたときから」

それを聞いて榊󠄀原のアホ毛が、ひらめいたようにピンッと跳ねました。

「もしかして…松本先輩…?」

 鈴本が恥ずかしそうに首肯きました。

「まさか君にソッチの気があるなんてねぇ、へぇ〜」

「からかわないでくれよう、僕は本気なんだ」

「で、どうなんだい?気持ちは伝えたの?」

「…まだ、なんだか怖いんだよ、伝えたら戻れなくなりそうで」

「らしくないじゃないか、いつもは後先考えずに行動する癖に…よし、それじゃあ今から松本先輩のところに行ってさ、その胸の中にある想いを伝えてきなよ、なに心配は要らないよ僕も一緒に付いていってあげるからさ」

「なんで急に…」

「善は急げって言うでしょ?ほら早く!」そう言って榊󠄀原は鈴本の腕を引っ張り走り出してしまいました。

相談する相手、間違えたかなぁ…?と後悔する鈴本なのでありました。


 さてこちらは松本達2年生の教室。こっちでは松本が溜め息をついていました。

「なんだ松本、そんな馬鹿デカイ溜め息ついて」と小田。

「幸せが逃げちまうぞ〜」と艶間。

「実は傘を忘れてしもうてな…アカン、見れば見るほど強くなっとる…絶対に放課後までに止まへんやん…」

「オイオイ、今日の降水確率90%だぞ」

「天気予報くらい見ときなさいや…」

 2人が呆れているとドアの方から「失礼しまーす!」という元気な声と共に2人の生徒が入ってきました。そしてその姿を見た瞬間、艶間は、げぇっ、という表情になりました。

 はいそうです、榊󠄀原と鈴本です。2人は松本達のところへ進んでゆきました。いや、榊󠄀原が引っ張ってきたと言った方が正しいのですが。

「どうしたんや2人共」

 榊󠄀原が実に素晴らしい笑顔で答えました。

「実は松本先輩に鈴本君が言いたい事があるらしいんですよ」

「へぇ、そうなんか?こーちゃん」

鈴本は小さく首肯きました。

「あの…なおちゃん…えっとね…」

鈴本が話し始めると榊󠄀原は、そっと小田と艶間の方へ近づいて2人にだけ、鈴本が松本に好意を抱いているという事、その事について鈴本がずっと溜め息をついていてこっちまで気持ちが沈むからさっさと伝えさせる為に連れてきたという事を教えたのです。それを聞いた2人は大変驚いた様子でしたが、なんとか抑えて松本には気づかれずに済みました。

 小田、艶間、榊󠄀原の3人は鈴本がどう切り出すのか、それをじっくりと観察しました。

「あのね…なおちゃん、前に好みのタイプを聞いたらさ、大人っぽい人って言ったじゃん?それでね…僕のタイプも教えておこうと思ってね…僕のタイプはね……。な…」

「な?」

ごくり。

「なまりの強い関西弁で、泣きぼくろと八重歯がかわいらしくて、身長は少し低くて、ちょっと抜けてるとこもあるけどそれでも優しくて面倒見の良い人!」

「ちょっと回りくどくないですか?」と小さく呟く榊󠄀原。

「ほとんど言ってるようなもんだろ、鈴本にしては頑張ったんじゃないか?」

「見なよ彼の顔を、耳まで真っ赤だぜ。心なしか湯気が見える」

確かに鈴本の顔は茹でだこのようでした。

「ダメですよ、男ならハッキリ言わなきゃ」

「皆が皆、お前みたいなメンタルを待ってる訳じゃないの」

 その時、小田が「しーっ」と人差し指を口に当てて、2人を制止しました。どうやら松本が喋るようです。

「…なんや随分と細かいとこまでハッキリとした理想やな。これに完璧に当てはまる奴なんて中々おらんで?」

3人は異口同音に「は?」と言ってしまいました。

「なんやお前ら何か言いたいんか?」

「松本お前…何も気づかないのか…?」

「何の話や?」

「鈴本のタイプだよ、もうちょっと考えてみろって」

「えぇ…?」

松本はしばらく考え込んで、顔を上げました。

「特徴だけで言ったら俺も当てはまっとるなぁ?」

「そうだよな?そこだよな?」

「…まあ偶然やろ!考えすぎや考えすぎ!」と松本は大きく笑い飛ばしてしまいました。鈴本は今にも暴発しそうな程に膨れてしまい、残りの3人はこけるのを我慢するために周りにヘンテコな踊りを披露しておりました。

「愉快な奴らやな…。こーちゃんくらい体格が良かったら、確かに、低身長が合うなあ…そや、榊󠄀原とかエエんちゃう?」

「僕を巻き込まないでください」榊󠄀原は抗議しました。

「あいつ、俺達へのBLセンサーは感度ビンビンの癖に、自分に対するセンサーは死んでるのなんなんだよ、マジ」

「哀れだなぁ鈴本くん」

その時突然、鈴本が教室を飛び出して行ってしまいました。

少し遅れて榊󠄀原が後を追い、松本は「何やったんやろうなぁ?トイレかなぁ?」と状況を理解できていませんでした。小田と艶間は互いに顔を向け、溜め息をつくのでした。


 松本達の教室から飛び出した鈴本の頭の中には「なんで気づいてくれないの」「ちゃんと言えなかった僕のせいだ」「なおちゃんは何も悪くないんだ」「苦しい」などの想いがぐるぐると回っており、走っていた足もしだいにとぼとぼと歩いていました。外を見ると雨はいっそう強くなっております。

 楽しみの部活も、今日は水曜日なのでありません。

 いよいよ気が沈んできたとき、何処からか聞き覚えのある声が聞こえてきました。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、助けてくれと声がする。悲し、苦しき恋煩い、悩める男が此処ここ一人、雨は益々強まれど、胸に咲かせよう晴れの華、東西南北乱れて荒れて、此処に参上魔法研究部!」

確かに魔法研究部キャプテンの声ですが、どこにも姿が見当たりません。

「声はきこえど姿が見えぬと、上下左右後方確認、けれども見えぬ益々奇怪!さては例の薬かな?いやいや違うぞこれこそは、名付けて「奥義、空遁の術」!」

 すると目の前に白煙と共に爆発が起こり、一時周りが見えなくなりました。そして煙がなくなると、そこには八十と渡辺の姿がありました。

「八十先輩と渡辺先輩…どうしたんですか?」

「かわゆい後輩の悩みを解決してあげようと思って参った次第だヨ」

「其方の悩みは知っている、さぁ、これを持って行くが良い」

そう言って八十は小さな瓶を差し出しました。

「何ですか?これ」

「ホレ薬だヨ」

「心配御無用、効果は絶大、1滴舐めれば比翼連理ひよくれんり間違いなし!」

 どうせ叶わぬ恋ならば、いっそ頼って見ようかと鈴本が手を伸ばそうしたとき、後ろで大きな声が聞こえました。

「薬に頼っちゃっていいの⁈」

その声の正体は榊󠄀原でした。彼は肩で息をしながら言いました。

「そんな薬で得た愛なんて偽物じゃないか!本当にそれでいいのかい⁈」

 そう言う榊󠄀原は薬を使って艶間を襲ったじゃないか!という読者もいらっしゃると思います。彼に代って弁明しましょう、彼は艶間に制裁を加える為に使っただけで愛を育むためでは決っして無かったのです。今の鈴本とは使用目的が異なるという事を承知していただきたい。

 さて、榊󠄀原の叫びを聞いて鈴本は手を止めました。

「…要りません、彼の言う通り偽物の愛なんていりません。無理だとしても、自分の力で振り向かせたいんです。それに先輩達に頼りっぱなしってのも悪いですし」

 八十と渡辺はしばらく黙っていました。八十に関しては、じいっと目を閉じておりました。雨の音だけがあたりに響いている空間は八十によって破られました。

「…なんと…なんとなんと、実に天晴なり。正に男の中の男!易きにつかぬとは。其方の中に武士もののふを見た!其方の恋路に我々は力不足らしい、ならば良かろう!己が道を突き進むがいい!」八十は豪快に笑いました。その隣の渡辺も「きっといいコトあるヨ」と言ってコーラを渡してきました。

「コーラ…?」

「ただのコーラだから、安心しなさイ」親指をグッとたてました。

「御免‼︎」と言って2人は走り去っていきました。

 残された鈴本と榊󠄀原は自分達の教室へ戻ることにしました。


 放課後、昇降口にて鈴本は、一向に止まない雨を見て溜め息をついていました。松本との問題は一応は収まったものの、傘についてはすっかり忘れていました。既に大半の生徒は下校しているので、このままびしょ濡れ覚悟で走ろうと思ったとき、背後から声が聞こえました。

「どうしたんやこーちゃん?帰らへんの?」

「なおちゃん…。いや傘忘れちゃってね…なおちゃんこそどうしたの?」

「まあ、色々あってな。それより俺、傘持ってるから入りや」

「えっいいの?」

「当たり前やろ帰るとこ一緒なんやし。ほら傘持ってや」

「うん!」

何も無理に先に進もうとしなくてもいい、今このひとときに感謝しよう。

 ハッピーエンドに赤面しているところ悪いのですがお忘れでしょうか読者の皆様、松本も傘を忘れていたということを。どーせこの筆者はバカだから、忘れてんだろう?とかそんなとこでしょう。安心してください、流石に自分で書いた文章を忘れるほどバカじゃないです。では何故松本が傘を持っているのか、そろそろ種明かしといきましょう…。

 松本達よりも先に下校している傘の中にも1つ、相合傘をしているものがありました。

「傘を忘れちゃうなんておっちょこちょいですね、艶間先輩」

「今日は何も言ってくれるな…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る