第3章

第7話「メイドカフェに行こう」

 ある日の昼休みいつもの3人に榊󠄀原を加えた4人は屋上で昼食を食べていた。

「そうや、メイドカフェに行こう」

突然松本がそんなことを言い出したので、他3人は困惑した。

「どうした急に」

「何か悪いものでも食べましたか?」

「どっかぶつけたのか?」

「俺は至って正常や。なぁ、俺らに不足しとるもん、分かるか?」

「さあ?」

「それは癒やしや、心の癒やしや」

「それなら僕と艶間先輩は大丈夫ですね」

「なんでだよ」

「だって、先輩は僕で癒やされ、僕も先輩に癒やされてますもん」

「んなわけねぇだろ…」艶間は溜め息をもらした。

「そんなに怒らないでくださいよ。ほら、あーん」

榊󠄀原が自身の弁当の卵焼きを差し出した。

「いらん、お前のなんか食えるかよ」

「えー、僕結構、料理得意ですよ?」

「何が入ってるか分かったモンじゃねぇって言いたいの!」

 艶間と榊󠄀原のことは無視をして小田が聞いた。

「癒しねぇ、それでメイドカフェか?」

「そうや、日頃の疲れをメイドさんに癒やしてもらうんや」

「でも意外だな、お前なら、BLカフェ(?)みたいなとこに行くんじゃねぇの?」

「そういうのは、ここで間に合っとる。そうじゃないんや、女子が足りないんや!」

「まあ、ここは男子校だし仕方ねぇだろ」

「だからこそ行くんや」

「はぁ…」

「とにかく、今週末みんなで行くで」

「拒否権は?」

「なし」

松本がきっぱりと言った。


 約束の日がやって来た。待ち合わせ場所には既に、小田以外は揃っていた。

「あいつ遅ない?」

「何かあったんでしょうか?」

「どうせもうすぐ来るだろ」

 そんな話をしていると、小田の姿が見えた。

遅い!と松本は言いそうになったが、どうやら小田以外に、誰かいることが分かり、やめた。

「おい、小田が誰か連れてきてんで」と松本は艶間と榊󠄀原に言った。

「ほんとだ」

「誰なんでしょう?」

「…あれ、もしかして多懸教官やないか?」

「えっ?マジで?」

「多懸教官って、確か英語の?」榊󠄀原はキョトンとしている。

「あぁそうか、1年生はあんまり関わりがねぇんだったな」

 小田が、合流すると同時に申し訳なさそうに言った。

「悪い、遅くなった」

「それは別にええんやけど…なんで教官が…?」

「なんか、ついて行くって言って聞かなくて…」

「だってせっかくの休日なのにどっか出かけるっていうから」

「いいじゃないですか、出かけようが何しようが」

「一緒にゴロゴロできると思ったのに…」

「しません」

状況が飲み込めていない榊󠄀原が聞いた。

「えっ2人って一緒に住んでるんですか?」

「まあ一応。悲しいことに」

「はいはい、そういうのは後でええから、とりあえず行くで」

 移動中、榊󠄀原は『ドラマ騒動』の一部始終を多懸から聞かされていた。説明がちょうど終わった頃に目的地らしき場所についた。大きな看板があり、小田と艶間は少し足が引けた。

しかし、多懸と榊󠄀原はなぜか興味津々で、松本に至っては何か覚悟を決めていた。

「よっしゃ、入るで」

 中に入るとメイドさんが出迎えた。

「おかえりなさいませご主人様!」

「おぉ…」

松本はもう感動していた。

「当店のご説明をさせていただきますね…」

店の設定について説明された。どうやら大体のメイドカフェには、その店ごとに世界観があり、それに則って接客をするらしい、そんな店によって色が異なるメイドカフェでも共通しているのが、メイドさんへのおさわり禁止である。

 説明が終わると次は席へ案内された。

「とりあえず何か頼むか?」

小田がメニューを開くと「げっ」という声を漏らした。

「結構な額だな…」とそれを覗いた艶間が言った。

「学生にはちょっと厳しいですね」

「まあまあ、せっかく来たんやし、楽しまんと損やで」

「その声…もしかしてなおちゃん…?」

 そう言ったのはお客の1人であるらしい大柄の好青年だった。

「おい…今…なおちゃんって言ったか…?」

「ああ聞いた…この中になおがつく奴といえば…」

「松本先輩の知り合いですかね…?」

「多分そんなとこじゃないかな…」

ヒソヒソと話していた4人は松本のほうに目をやった。相手を見てこそいるが、その表情は鳩が豆鉄砲をくらったようだった。しかし、青年は真っ直ぐな瞳で見つめている。

松本が口を開く。

「どちら様ですか…?」

「えっ…」

青年は悲しげな表情になった。

「覚えてないの…?ほら…康介こうすけだよ、従弟の鈴本すずもと康介」

「ホンマか?ホンマにお前はこーちゃんなんか?」

「お前は何がそんなに引っかかってんだ?イトコなんだろ?お前の」

「確かに俺の従弟に鈴本康介っちゅうのはるが…」

「居るが…?」

松本がスマホの画面を見せてきた。

「これを見てくれ、2年前のやが、俺の知っとる康介はコイツや」

 そこには中学生時代の、まだ前髪を上げる前の松本と、その横に、小柄で華奢な少年が松本に隠れるように立っていた。

 4人は、写真の鈴本と、目の前の鈴本を見比べながら言った。

「まあ確かに別人だなぁ…」

「大きさが全くちがうよなぁ…」

「待ってください、体格はともかくとして、面影があるには有りませんか?」

「そうかぁ?」

「ムムム…」

「…わからん。別人と言われれば別人だし、似てると言われれば似てる気もするなぁ」

「そうだ。身内にしか分からないようなことを知ってたら、本物なんじゃねぇの?」

それを聞いた途端、鈴本と名乗った青年は何かを思い出そうと考え込んだ。

 しばらくして、「あっ」という声と一緒に顔を上げた。

「何か思い出したか?」

「セブ島!」青年は大きな声で言った。

「セブ島?…あのフィリピンの?」

「何かピンときたか?松本」

松本を見ると、だらだらと大粒の汗を流していた。ひどい焦りよう。

「セブ島がどうかしたんですか?」榊󠄀原が青年に尋ねた。

「たしかそこでね…」

「待てぇぇいっ‼︎」

松本がものすごい勢いで青年の口を押さえた。

「どうしたどうした急に」

「それはアカン…アカンでこーちゃん」

「認める?」

「当たり前や、そんなんこーちゃんにしか言っとらんし、これからも秘密や、絶対に」

「えぇ〜気になるぅ〜」艶間が体をくねくねさせた。

「気になりすぎて夜しか眠れないよ〜」小田もそれを真似た。

「至って健康やな!」

「あはは、仲良いね」

「こいつらがおると話にならん、外行くで」

「えっ、ほっといていいの?」

「かまへんかまへん」

 松本と鈴本は外へ出た。


「…さて、どうしてこっちに来たんや?こーちゃん」

「どうしてって…久しぶりになおちゃんに会いたいなって…」

「それなら連絡の1つでもしてくれや…でも良くわかったな俺がメイドカフェに行くなんて」

「いやこれはなおちゃんの家が分かんなくて歩き回ってたら客引きに捕まっちゃって断るに断れずに…」

「昔からお人好しやもんなぁ、それが良くも悪くもあるんやけど。でもすごいなぁ、ちょうど入った店に俺達が来るなんて奇跡やで、運命感じてまうなぁ」

「…これ、4店目だけどね…」

「マジで言っとんのかお前…」

「でも最終的には会えたから良かったよね!」

「…まあ、そうやな…?せやけど、連絡してくれたら迎えに行ったのに…」

「サプライズだよ、サプライズ」

「居場所も知らんのにか」

「へへへ…」

鈴本は頭をかいた。

 2人はしばらく思い出話に耽った。

そして小田達が店から出てきた。

「松本クン、おもしろかったよ小田の萌え萌えキュン♡ってやつ、動画撮っとけばよかったな〜」

「撮ってても消してもらうだけです」

「楽しいですねメイドカフェって、あ、チェキ見ます?」

榊󠄀原が見せてきたチェキには艶間が写っていた。

「なんや艶間やんけ、オマエは写っとらんのか?」

「なに言ってるんです?いるじゃないですか」

よく見るとメイドの方が、榊󠄀原だった。

「ホンマや、着たんかオマエ」

「えぇ、センパイのために、ほらうれしそうでしょ?」

「どこがだよ、死んだ魚の目をしてるぜ、この時の俺」

「そういえば、勝手に終わらせたけど良かった?松本」

「楽しんでもらえたんなら結構やけど…あ、そうや」

松本は多懸に何か耳打ちをした。


「榊󠄀原、頼みたいことがあるんやが…」

次の日、松本が急に言い出した。

「えぇっ⁉︎いとこを肛交校に転入させる⁉︎」

「転入って、この学校で出来たんだな」

「なんで急に?」

「アイツな、昔からお人好しでな、断るってことを知らん奴だったんやが、しばらく見ない内にそれが限界突破してしもうてな、心配になったんや」

「理由は分かりましたけど、それと僕になんの関係が?」

「そこでな、この学校にいる間はお前が守ってやってくれへんか?」

「なんで僕が、松本先輩がやればいいんじゃないですか?」

「だってお前が同じクラスになるんやもん」

「僕と同い年だったんだ…」

「頼む!あとはお前が了解してくれればええんや」

松本が頭を下げた。

「でもなー松本先輩に頼まれてもなー」

榊󠄀原は中々首を縦に振らない。

「なんやお前、可愛くないな」

「別にあんたになんと言われようとどうでも良いですよーだ」

榊󠄀原は舌をべーっと出した。

「あんま舐めとるとそのアホ毛ブチ抜いたるぞコラァ」

「へへっその前にその自分のトサカをなんとかすべきじゃないんですか?」

「なんや、やる気か?」

「そっちこそ」

「あーはいはい、そこまでにしとけ2人共。艶間も見てないで何か言ってやれ」

「榊󠄀原、お前は可愛くないから安心しろ」

「野次を飛ばせって意味じゃねぇよ」

「素直じゃないですね艶間先輩。全然いいですけど、どんな先輩でも受け入れますよ、僕は」

小田は困惑した。(重いなコイツ)

「まぁでも、松本の頼みを聞くんなら、少しは可愛げがあるかもな」

「艶間先輩の頼みならしょうがないですねぇ〜、特別ですよ?」

榊󠄀原は随分とあっさり了承した。

「えぇ…」

「ホンマ、可愛くないわ…」

 斯くして、鈴本康介が肛交校に転入することとなった。

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