第5話「愛と哀」
艶間周二またの名を『三十人斬りの艶間』。
これは彼の女性関係から名付けられたものであります。
肛交校に入学できる程の容赦は、もちろん幼少期からあらわれており、多くの女性からの告白を受けてきたのであります。しかし、彼はそれをことごとく斬り捨てていったのでした。そこでついた渾名が『三十人斬り』なのでした。
なぜ、彼はそれほどの数の告白を断っていったのでしょうか。それを私が語るのは野暮というものでありましょうし、艶間本人の口から聞かせていただくことにいたしましょう。
この話は、俺の小学校の卒業式まで遡る。
式が終わると、俺は青木という同じクラスの女子に校舎裏へ呼び出された。
青木が口を開いた。
「艶間くん、ずっと好きでした、付き合ってください!」
青木は物静かで、クラスではあまり目立たない女子だったが男子にはひそかな人気があった。
しかし、悲しいかな、この頃の俺は交際というものに全く興味が無かった。だから断った。
「ごめん、無理」俺はあっさりと言い放った。
「私に不満があるなら言って、艶間くんの好みになってみせるから…」
青木はほとんどべそをかいていた。
「そうじゃないんだ、青木さん。僕は交際とかそう言うのに興味が無いんだ。それにね青木さん、なにも僕じゃなくたって、もっといい人が居るよ、きっと、キミ、男子の間でケッコー人気だし」
「私はあなたがいいの!」
普段は大人しい青木の叫びに、俺は少し驚いたけど、答えは変わらなかった。
「だからそれは出来ないんだよ」
「どうして…?私、絶対好きにさせてみせるから…だから…」
青木は、ぽろぽろと涙を流してしまった。
その涙を見た途端、自分が震え出したことに気がついたんだ。だが、寒かったからでも、恐かったからでもないんだ。
感動してたんだよ、俺は。
この青木という女子の愛に俺は感動していた。
俺を好きだから涙を流した。俺を愛しているから涙を流した。この涙が、愛を裏付ける、なによりもの証拠なんだと思った。
俺はなんだか怖くなって、その場から逃げ出してしまった。
慰めの一言でも掛けようと思ったけど、今はどんなことを言っても無駄だと思ってやめた。
その日から、俺は、"愛の涙"の虜になった。
中学生になり、いろんな女子から告白された。
青木を1人目とすると、2人目は水原、3人目は……いやここで1人ずつ言っても時間の無駄だな。まあ、こんなかんじで、計30人から告白され、それをことごとく斬り捨て、涙を流させ、心を満たしていった。途中から俺は気づいた。
1回デートしてその後に振った方が、より良い涙が出るということに。だから、ひとまずデートをして、そして振った。
断わっておくが、デートはつまらなくはなかった、なんなら楽しかった。でも振った。この頃の俺には、涙の方が、愛を実感できたから。今になると、自分でも最低な男だと思うし、過去に戻ることが、もし出来るなら、ぶん殴ってやりたい。
過去に戻ることが出来ない俺の代わりに、お天道様は罰を与えた。
中学2年生の冬に、そいつは31人目として現れた。
「真幸中学の、永井キヌ子っていいます!1年生です!街で見かけてから一目惚れしちゃって…好きです!付き合ってください!」
「………」
俺は、キヌ子という女子を一目見たときから、ある感情が湧き上がっていた。
それは、青木の涙を見たときに起きたものと、似ていた。
キヌ子が言ったように、俺も一目惚れしてしまった。
それは単に、キヌ子が美少女だったからではなく、また年下だからということでもない。
確かに、美少女ではあったが、それなら、今まで告白してきた30人の中にも、何人か美少女と呼べる程の女子は居たし、30人の中には年上も、年下も居た。
うまく言い表せないが、キヌ子は今までの女子達とは、何かが違った。そこに俺は惹かれて、人生で初めて異性を好きになった。
「ありがとう、うれしいよ」
「それは、OKって事ですか…?」
「ああ」
「やったー!」
飛び跳ねて喜ぶ姿も、何もかもが愛おしかった。
それから、俺の人生は正にバラ色になった。
毎週のようにデートをして、その度に好きになった。
ここまで俺の話を聞いてくれた読者諸賢は、何が罰だよ、全然幸せそうじゃねぇか、と思うだろうが、安心してほしい。
ここからが、本番。
クリスマスの日、デートの帰り際に、突然キヌ子がこう言った。
「ねぇ艶間先輩…今日は、ウチに泊まりませんか?」
「えっ」
俺は大いに困惑した。
恥ずかしかながら、異性の家に入ったことがなかった。
「今日は家に誰も居ないんです…」
その言葉は、童貞の俺の心を動かすには、十分すぎる力を持っていた。下心が無かったと言えば嘘になる。正直、大人の階段を登れちゃうのかも?と思っていた。
俺はすぐさま自宅に彼女の家に泊まる旨の一報を入れ、浮かれた気持ちで、キヌ子についていった。
「先に上がっておいてください、何か飲みたいものありますか?」
「まかせるよ」
「じゃあ、私と同じココアでいいですか?」
「いいよ」
ココアとは、ずいぶんかわいらしいなぁ、と思いつつ、俺はキヌ子の部屋と書かれた札のあるドアをあけて中に入った。
清潔。芳香。
ああ、極楽。四畳半。控え目な色彩のベッドは、雲の如く柔らかく、俺のなんて比べものにならない。勉強机があり、可愛らしいちゃぶ台があり、服を仕舞っているらしいクローゼットがあり、部屋の片隅には姿見がある。
部屋の壁には、カレンダーがあり、それには、今日のところに印がつけてあった。これが、12歳の少女の部屋か。電灯が一つ暖かくともって、まさに極楽。
俺がドキドキを抑えるのに必死になっていると、キヌ子がココアを持って入ってきた。
「すいません、こんな狭い部屋で…どうぞそこら辺に座っちゃってください」
「いやいいよ、このくらいの方が落ち着くし」そう言いながらちゃぶ台に向かって座ると、キヌ子がココアを、俺の前に置いてくれた。
「どうぞ、インスタントですけど」
「ありがとう」
俺は緊張をほぐそうと、それをグイッと一気に飲み干した。
「まぁ!そんなに一気に飲んじゃって、先輩ってカワイイですね」
フフフ、とキヌ子が笑った。俺も笑った。
こうして一緒に笑っているだけで幸せだった、一緒に居るだけで幸せだった。
そんな幸せを噛み締めながら、俺達は他愛もない話をした。今日のデートの話、これからの予定の話、そして、なぜ今日は、急に泊まっていかないかと言ったのかを聞いた。
「それはですね…」
キヌ子が話し始めたところで、突然、睡魔が俺を襲った。そして寝てしまった。いや、寝たというよりも気を失ったと言った方が正しいのかもしれない。それほどに急だった。
目が覚めるとキヌ子の部屋だった。外はまだ暗く、目の前にはキヌ子が居た。
起き上がろうとしたら、自分の腕が体の後ろで縛られているのに気がついた。
「はれ、な、なんれ…(あれ、な、なんで…)」
呂律が回らない。思うように体が動かない。
「フフッ、目が覚めたみたいですね。心配したんですよ?先輩、一気に飲んじゃうから」
(まさか、あのココアに何か入ってたのか…?)
「気づいたみたいですね、でも安心してくださいよ、睡眠薬とちょこっと媚薬を混ぜただけですよ」
(ビヤク⁈媚薬ってあのエッチな薬のコト⁈)
しまったと思ったと同時にとても悲しくなった。今まで自分が信じてきたものが、愛が、思い出が、全てが裏切られ、バラバラに壊れていくような気持ちになった。
「(どうして…どうして…)」
「艶間先輩って本当にカワイイですよね、いいですよ、教えてあげます。
覚えている。俺に告白してきた女子の1人だ。
「(ああ…その子がどうした)」
「あなたに振られた後、彼女すごく傷ついてしまいましてね、しばらく不登校になったんですよ。それで相当恨んでたんでしょうね、先輩がいじめられる妄想ばっかりしてたらしくてそんな時に弟である僕が、何か助けになれないかと聞いて、そうして出来たのがこの作戦なんです」
「へ?弟?ぼく?」
「ああ、忘れてました。僕の名前は永井キヌ子改め、榊󠄀原
自分の耳が信じられなかった。というより信じたくなかった。永井キヌ子という女子など、はじめから存在せず、今まで惚れていたのは男だったなんて。
「つまりですね、この作戦の内容は、先輩が女装した僕に犯されるってワケです」
「おかされる…?」
「断っておきますけど、この作戦を提案したのはお姉ちゃんですからね。僕の恋愛対象はちゃんと女性でしたし、最初はあんまり乗り気じゃなかったんですよ?でも、先輩と過ごすうちにだんだんと…って、なんだか照れちゃいますね、これ」
榊󠄀原は顔を赤くした。
いや赤くなられても困るんだが。こっちは泣きたいぐらいだってのに。
「とにかく!僕が好きなのは先輩だけってことです!特別ですよ?」
嬉しくない。男だと分かった今、何を言われても心に響く気がしない。キヌ子に言われたなら、どれほど嬉しかっただろう。
だが、キヌ子はもう、いない。
「そう言えば先輩、どうして僕の告白をOKしてくれたんですか?仕入れた情報だと、告白されたら1日遊ぶだけ遊んで終わったら振るって事だったと思うんですけど」
「キヌ子に一目惚れしたから…」
「キヌ子のどこに惹かれたんですか?」
「わからない…」
「ふぅん…まぁいいです。これだけ話したらそろそろ効いてくるんじゃないですか?媚薬」
言われてみれば、なんだか体が火照っていくのを感じた。ていうか本当だったのか、媚薬。
「どうですか?…センパイ?」
榊󠄀原がだんだんと近づいてくる。
逃げたいのに、縛られてる上に薬のせいもあり、逃げられない。
「ほら…顔が赤いですよ?」
榊󠄀原がそっと俺の太ももに指をなぞらせた。
その瞬間に、電流が走ったようにビクッとなった。
「ぅあ…」
「ああもう…可愛すぎますよ、センパイ♡」
榊󠄀原はついに、俺の上に馬乗りになった。
俺の体に硬い感触が当たっている。ひぇ…本当についてるし。マジで男じゃん。
「い、いやだ…」
「どうして嫌がるんです?センパイの大好きなキヌ子ちゃんですよ〜♡」
違う。やめろ。これ以上俺の思い出を壊さないでくれ。お前は決してキヌ子じゃない。やめてくれ。
「ちがう…おまえは…キヌ子じゃ…」
榊󠄀原が耳元で囁く。
「ちがいませんよ…ほら…よく聴いてください…キヌ子の声じゃないですか…♡」
その言葉が、甘い刺激となって俺の頭を駆け巡る。
ああ、キヌ子の声だ…。違うとは分かっていても、キヌ子の声として頭の中に侵入してくる。まるで俺の頭を犯すように。
「センパイ♡…ちゅーしてもいいですか♡」
ダメだ、それだけは絶対にダメだ。この火照った体に、そんなことをされて、抗える気がしない。
確実にコイツを受け入れてしまう。
「…だめ…だ」
「むりです♡」
「んぐっ⁈」
嗚呼、無情。拒もうにも、両手で顔を固定されてしまっては拒めない。唇に柔らかい感触が当たる。さようなら…俺の初めて。
鼻からはキヌ子の香りがいっぱい。
初めは堅く閉ざしていた口も、しだいに緩んでいきついに榊󠄀原の舌の侵入を許してしまう。侵入してきた舌は、俺の舌を求めるように口内を暴れまわる。
口内を犯された俺は気づくと、自ら舌を差し出してしまっていた。出会った2枚の舌は、
互いの舌を貪り合う音が、頭の中に響く。それが響く度に、もっと欲しくなったが、榊󠄀原は口を離してしまった。
「ふふ…すごいですね、媚薬って♡それとも、元々こんなにえっちな人だったんですか?センパイ♡」
「ち…ちがう…」
「どうあれ…ほら♡センパイのここ、女の子みたいになってますよ♡」
榊󠄀原は服の上から俺の胸に触れた。そして、焦らすように俺の乳首の周りを指でなぞる。それだけで身体を震わせてしまう。
「これ、直接さわったら、どうなっちゃうんでしょうね♡」
そう言って榊󠄀原はまた口づけをした。今度は拒むことなく、舌を絡ませた。微かに甘い。
俺が夢中になっていると、榊󠄀原がその身をぴったりと重ねてきた。心臓の音が、俺にまで伝わってくる。たぶん、向こうにも、俺のドキドキが伝わっているだろう。
突然、榊󠄀原が俺の服の下へ手を滑りこませ、だんだんと上へ動かしていった。
目標はもちろん、乳首。蛇の様にゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。俺のは、いまかといきり立っている。目標に辿りつくと、榊󠄀原は軽く触れた。
すると、全身に鋭い刺激が走った。まるで、全ての神経がそこに集中しているかのようだった。
それを見た榊󠄀原は、今度は少し強くつねってきた。
その瞬間、俺は声にならない叫びをあげ、大きく身体を仰け反らせ口を離してしまった。
「あはっ♡かわいいですね、センパイ♡…そろそろ、コッチもつかいますか♡」
榊󠄀原は俺の下半身に手を伸ばし、臀部を弄った。
まさか、本当にやる気か、コイツ!
まずい!絶対に戻れなくなる!
「やっ…そこは…ダメッ…」
「ダメって…そんな顔で言われても説得力ないですよ♡」
「へ…?」
視界の端に見えたのは、姿見に映る自分の顔だった。
笑っていた。
自分の貞操が、年下の、それも女装した少年に脅かされているのに、まるでそれを望んでいるように、実に恍惚とした表情で、笑っていた。
それを見た途端、全身の血の気が引いていくのを感じ、同時に身体の感覚が戻ってきた。薬の効力が切れたのだ。動ける。逃げよう。いわゆる火事場の馬鹿力で、自分の腕を縛っているものを千切り、榊󠄀原を押し飛ばして、逃げた。「きゃっ」という声が聞こえた気がするが、構わない。靴も履かずに外へ飛び出した。真冬、雪の降る聖夜である。足の痛みなぞは、問題ではない。冷たい、痛い、などと軟弱な事は言って居られない。俺は、ただ己がために走ったのだ!
どれほど走ったのだろう。とうに足の感覚はない。
そして家に着いた。泣いた。おいおい泣いた。そこで涙の本当の意味を知った。
それから俺は変わった。女遊びもやめ、真面目に勉強した。なにより、自分の顔が嫌いになった。あんな状況で笑っていた顔が嫌いになった。そして、マスクをつけるようになった。
女とは関わらなくて済む男子校に行こうと思い、俺は肛交校を受験した。
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