第2話「俺が主役で、相手は…」
次の日、寝不足の小田が教室に入ると、目の下にクマをつけた艶間がいた。
2人は元気なく挨拶し、溜め息をついた。
どうやら艶間も同じ事情らしい。
2人が溜め息をついていると、元凶である松本が入ってきた。
「おはよ〜!なんや2人共、元気ないな」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「お前は朝から上機嫌だな、何か良い事でもあったのか?」
「ふっふっふ…今日はええニュースがあるんや、コレ聞いたらお前らも元気出るで」
「ほう…聞かせてもらおうか」
「それはな…」
その時、小田が教官室に呼び出されてしまった。
「なんだよいいとこなのに」
「おう、とりあえず行ってこい」
ああ、と言って小田は教官室へ向かった。
「で、結局なんなんだ、そのニュースってやつ」
「実はな…お前らに貸してるあの小説、アレがドラマ化するらしいんや」
「へー」
「なんや、興味なさそうやな」
「いや、実写はチョットね…」
「まあ言いたいことは分かる」
「俳優も可哀想だよな」
艶間が憐れむように言った。
「まだキャストは発表されてへんけど、荒れるかもなあ」
小田が呼ばれる少しまえ、教官室では。
「ウチでドラマの撮影⁈」
なにやら厄介なことになっていた。
「そう!凄いじゃろう?」
学校長は自慢げである。
「ええと…舞台は男子校、教師と生徒の恋の話…ってコレ、ボーイズラブじゃないですか⁉︎」
「流行って…というよりまずこの話はどこから…?」
「コレの監督さんがリアリティを追求したいというてな、実に天晴れじゃ」
「それで撮影場所の提供をしてほしいと?」
「それだけじゃないぞ」
「と、いいますと?」
「なんと、役者もウチから出すらしいのじゃ!」
「ええっ⁈そんな無茶苦茶な…」
「無茶苦茶なコトせんと注目されませんからナァ」
「貴方は⁉︎」
「ドウモ、監督のソトムラです」
「はぁ…貴方が」
「いいですか?観てもらうには知ってもらわなきゃダメなんですヨ、そのためには話題性です!」
「まあ…たしかに…?」
「ですから、他とは違うコトせんとイカンのです」
「それで役者をこっちから出せと?」
「そういうことです」
「うっうっ…今のこのご時世はジェンダーフリーとかいうて男子校の学校長というだけで肩身が狭かったんじゃが、伝統を守り続けてきた甲斐があったわい」
「自然な演技ができるってモンです」
「それで誰にするかだけで時間がかかるでしょう、人多いし」
「フフフ、既に目星はつけてます教師役は…そこのアナタです‼︎」
ソトムラ監督が指さした先にいたのは…?
「多懸教官⁉︎」筒美が叫んだ。
「私ですか…?」
そこにはキョトンとして座っている多懸教官がいた。
「そうそう、ウン見た目もキャラクターのイメージにぴったりです」
「はあ…」
「多懸クン、やってくれるな?」
「まあ、やれというなら…」
「そんなあつさり⁈もうちょっとためらいません?普通」
「いいじゃないですか面白そうですし」
「おお!やってくれますか」
「もう…本人が乗り気ならいいんですけど…」
「あとは生徒役ですね…」
「それなら希望がございます」
多懸がにっこりと微笑んだ。
(俺、何かやらかしたかな…?)
教官室に向かいながら小田は自分の行いを振り返っていた。
(ダメだ、心当たりがありすぎて絞れねぇ)
悩んでいる内に教官室に到着した。
「失礼します…」
恐る恐る中に入ると見慣れない人がいた。
「おお!君が小田市悟くんですか‼︎」
ソトムラは小田を見るなり握手をして上下に激しく振った。
「あの…これはどういう…というよりまず誰ですか…?」
ああ、そうでした、とソトムラは小田から手を放し、自己紹介を済ませ、事情を説明した。
「俺がBLドラマの主役で、相手は多懸教官⁉︎」
小田は朝の疲れが吹っ飛んだ。
「そうじゃ」
「なぜ自分なんですか、生徒役なら他にもいるでしょう、この学校、顔面偏差値は謎に高いんですよ」
「多懸教官からのご指名なんですヨ」
自分の耳を疑った。
(何?嫌がらせ?ドッキリ?)
「…あの、断っても…」
「ん?」
「だからこの話は…」
「ん?」
「お断りして…」
「ん?」
これダメなやつだ…と判断した小田はついに諦めてしまった。
「…わかりました、やらせていただきます…」
「ありがとう、小田くん‼︎」
ソトムラは手を叩いて喜んだ。
「それでいいのですか、小田くん…」
「とても断れるような雰囲気じゃないですよ、筒美教官」
「それもそうね…」
2人は溜息をついた。
「何⁉︎オマエ俳優になるん⁈」
「やるやん!」
「しっ、うるせぇよ静かにしろよ」
教官室から解放された小田は、周りの目を気にして人気のない所へ移動し、艶間と松本に教官室での出来事を話した。
「やっぱこれは確定やな」
「まあ、頑張りなさいや、受けの市悟さん」
「今の内にサインもろうとこうかな」
「あれってせいぜいキスまでだったくね?つまんねえなあ」
「お前ら良い加減にしろォ‼︎」
(クソッ、アイツら、一日中からかってきやがって)
放課後にも小田は教官室に呼び出されていた。
「…失礼します」
入ると当たり前のようにソトムラ監督がいた。
「来ましたね…」
「…はあ、なんですか、早く帰りたいんですけど…」
「その帰るとこなんですけどネ…」
「……えぇっ⁉︎お、多懸教官と同棲⁈」
「そうです」
「そんな、色々と急すぎせんか?」
「まあ安心してくださいヨ、既に入居先は決まっていますし手続きも完了してます、もちろん親御さんの許可ももらっていますヨ」
「というよりどうして同棲なんか…やらなくてもいいでしょうに…」
「役づくりというのと、宣伝にもなると思いましてネ」
「そんな無茶苦茶な…」
「はいコレ、部屋の鍵と建物までの地図です」
「どうも…そういえば多懸教官はまだ帰んないんですか?」
「まだ仕事がありますから、こう見えても私、学年主任なので、忙しいんですよ」
多懸が自嘲の笑いを浮かべた。
「なんならどうです?教官を待って、お2人で一緒に帰るというのハ」
「遠慮しときます」
小田はそそくさと出ていった。
小田は新居に行く前に、実家に寄ることにした。
ドアを開けて家に入ると、母親が驚いた表情で出迎えた。
「あら、市悟じゃないの、なんでこっちに来たの?もう来ないと思って、あなたの部屋の物、全部そっちに送っちゃったわよ」
それを聞いた小田は顔を真っ青にしながら、自分の部屋へ走り出した。
部屋のドアを開けて中を見ると、何も無かった。
あるのはベッドと勉強机だけだった。
一応、机の引き出しもクローゼットも確認してみたが、空だった。
小田の私物と呼べるものは、きれいさっぱりなくなってしまっていた。
「な、なんで、俺のものがなくなってんだ…」
「なんでって、あんたアッチで暮らすんじゃないの?全部送っちゃったわよ」
「たまには帰ってくるかもしれないだろ」
「帰ってきてもいいけど、アンタの部屋はないわよ?」
「は?なんで、ここは?」
「亮介が使うわ」
亮介とは1番上の兄のことである。
「亮介兄が?帰ってくるのアイツ」
「そう、部屋をどうしようかと思ってたら、アンタが家を出るって話が来るじゃない、ちょうどいいと思ってね」
「えぇ…」
ここにいても意味がないので、小田は新しい住処に行くことにした。
「ここか…」
外から見た感じは、比較的新しそうだった。
鍵を開けて中に入りドアを閉めると鍵が自動的にかかった。どうやらオートロックであるらしい。
疲れたので、とりあえず、リビングのソファに腰を下ろした。
「はあ…落ち着かねぇ」
すると、突然ソトムラ監督から電話がきた。
『もしもし小田くん、もう帰りましたか?』
「はい、まだ実感が湧きませんが…」
『ハハハ、まぁ明日からお願いしますヨ』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
電話を切り、テレビをつけると『今流行のBL特集‼︎』という番組がやっていた。
誰得ですか、この特集。
(本当に流行ってんだな、これ。俺には関係ないけど………ないよな?ない、うん、あれは演技だし、役だし、俺とは無関係だよな?なに本当に恋愛するわけじゃないんだ、大丈夫)
小田は自分にそう言い聞かせ、テレビを消した。
じっとしていても落ち着かないので、部屋を見て回ることにした。
寝室が1つだけな点以外は、文句のつけようがなかった。
(本当にタダで住んでいいのか?)
つい、そう思ってしまうほどの優良物件だった。
寝室自体もベッドが1つ以外はおかしなところは見当たらなかった。
あの監督のことだからもっと、いやらしい装飾が施されているかと思ったが、それもなく、ちょっと見直した。
探検が終わり、腹が減ったので飯を作ることにした。
料理は好きだ。このときだけは嫌なことを全て忘れられる。急にBLドラマの主役をやれと言われたことも、急に教官と同棲しろと言われたことも全て忘れられる。
「ただいま〜」
幸せだった小田の気分を一気に地獄の底に叩き落とす声が聞こえた。
「小田、なに作ってんの?」
「し、シチューです…」
「いいねぇ〜」
小田は心の中で舌打ちをした。
「ヒマなら風呂でも沸かしてくださいよ」
「りょーかい」
小田はこれからの生活が思いやられた。
料理が完成したので食卓に並べ、風呂沸かしに行ったまま戻ってこない多懸を呼びに向かった。
「多懸教官、晩メシできましたよ…」
その時、小田は自身の目を疑った。
先程、見回ったときは、普通だった風呂が、ピンクにライトアップされていた。
そして、そのピンクの空間の中に、多懸がいた。
「なにしたんだ、アンタ!」
「いや、監督に持っていけって言われた小道具?の動作確認をしようと思って」
「なんて物持たせたんだ、あの人は」
「それにしてもこれ、ピンク一色って使いづらいねー」
「そういうのは普通、寝室とかでしょうに」
「そうなの?寝室なら使っても良いの?」
「勝手にしてください、俺はリビングのソファで寝ますんで」
「えー、いっしょに寝ようよ〜」
「嫌です」
小田が即答した。
ちぇ、と多懸がわざとらしくふくれた。
「そんなことよりメシですよメシ、早くしないと冷めちゃいますよ」
「はーい」
多懸が居間へ向かうその後ろで、小田は小さく溜め息をついた。
食事中も多懸はくだらないことを小田に話していたが、小田は適当にあしらった。
小田の人生で、こんなにも美味しく感じないご飯は初めてだった。
さっさと食べ終わって、小田は風呂に入ろうとした。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「あ、一緒に入るー」
「無理です、やめてください、マジで」
「えー、私たち恋人なんでしょ?」
「それはあくまで役の話です。公私の混同はいけませんよ」
「ぶー」
「ぶーしゃない、豚かアンタは」
「ぶひぶひ」
多懸を無視して風呂に入る小田であった。
「上がりましたよーって、なんですかそれ」
多懸が持っていたのは片面には『YES』と、反対には『NO』と書かれているクッションだった。
「YESNO枕?」
「まぁ、見れば分かりますけど、誰のですか、もしや監督ですか?」
「よく分かったねー」
「やっぱりか…もうあの人からの物は仕舞っといてください」
「えーまだ面白そうなのいっぱいあるよー」
「いいから仕舞って、そんで早く風呂入ってください」
「はーい」
小田は疲れてソファに腰を下ろした。
(黙ってれば、顔は悪くないんだから、あの人。口を開いた瞬間にあんなに残念になれるのか、人間って)
そんなことを考えていると、ウトウトしてつい眠ってしまった。
多懸が風呂場から出てくる音で目覚めた小田は、目の前の光景に理解が追いつかなかった。
小田が見たのは、風呂から上がったばかりの、バスタオル1枚を腰に巻いただけの多懸であった。
その姿が、なんとも艶かしく、そして官能的であった。
少し濡れている髪も、少し火照った肌も、薄く開いた瞼も、その奥に鋭く光る瞳もすべてが美しかった。
時代が違えば、絵画や彫刻になっていたかもしれない程の気品を感じさせ、まさに水も滴る良い男だった。
耽美主義者の気持ちが、わからなくもなかった。
「あ、起きた」
「なんすか、その格好、とりあえず服を着てください」
「えー、気持ち良いよ、この格好」
口を開けばやっぱり多懸だった。
「知りません、湯冷めしますよ、風邪ひきますよ」
「風邪ひいたら看病してくれる?」
「いいから早く着てください」
「はいはい」
(少しでも色気を感じた俺がバカだった)
「ねー、一緒に寝ようよ」
寝巻に着替えた多懸が言った。
「嫌です。無理です、1人で寝てください」
「えー」
「いい加減、殴りますよ」
「こわーい」
笑いながら多懸は寝室に入っていった。
小田も電気を消して、ソファに横になった。
次の日、小田は飛び起きた。
目を覚ますと、目の前に多懸の寝顔があったからだ。
リビングで寝ていたはずの小田が、なぜか寝室に、しかもベッドの中で寝ていたのだ。
何を言っているのか分からないと思うが、小田も何が起きたのか分からなかった。
「おはよう…小田…早起きだねぇ」
「なんで、俺はここに…?」
「なんでって…えへへ」
「えへへじゃ分かりませんよ…自分が何かしましたか…?」
「へへへ…」
読者の皆様には教えておくが、ただ単に寝ている小田を多懸が運んだだけである。
しかし、そのことを知らない小田は、このままじゃ埒があかないと諦めてしまった。
「まぁ、いいや」
小田が部屋を出ようとした。
「朝飯つくるんですよ、ついでに弁当も」
「じゃあ手伝うよー」
「大丈夫です、テレビでも見て、ゆっくりしてください」
「えー、なんか悪いねー」
慣れてます、と言って小田は部屋を出た。
そして2人は、朝食と着替えを済ませ、学校へ向かった。
出発する際に多懸に「乗ってく?」と聞かれたが、当然、小田は断わった。
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