第1章
第1話「電子辞書を買わなかっただけなのに...」
教官の課題の説明が終わると皆、一斉に取り組んでいく。
その中でただ一人、
「小田?」
声をかけられて、はっと気が付くと目の前に教官である
今は英語の授業中で今回の課題の英作文に皆は取り掛かっていたが、小田が何もしていないところを発見されてしまったのだ。
「小田、何してんの?」
急に声をかけられて、驚きはしたが、こういう時の言い訳を考えていない小田ではない。
「単語がわからなかったんで教科書で探してました」
「ああ、小田は電子辞書持って無いもんねぇ」
この一言によって、勝利を確信していた小田の自尊心は、完全に折られてしまった。いや、正確にはこの一言というよりも、それによって起きた、周りからのわずかに聞こえる嘲笑の声の方が、小田にはこたえた。
抜け殻となってしまった小田を置いて、多懸はさっさとその場を去った。
そして、授業終了のチャイムが鳴った。
放心して机に突っ伏していた小田に2人の生徒が声をかけた。
「今回もまたやられたな」
「ここまで来たら、逆に気に入られてるんちゃう?」
この2人の生徒の名は、
「気に入ってる奴への扱いじゃねぇだろ」と小田が体を起こしていった。
「まあまあ、もう昼飯や、飯食って元気だそうや」
「食欲わかねー」
「そういうなって、小田はどうせ弁当だろ?俺たちが戻ってくるのを待ってたら腹は減るだろ」
「はいはい、いってらっしゃい」
「よし松本、さっさと購買行こうぜ」
「よっしゃ。先に食っとたらアカンで」
足早に購買部へ行った2人の後ろ姿を見ながら、小田は騒がしい奴らだなと思った。
しばらくして艶間と松本が戻ってきた。3人はいつものように机を合わせた。いつからか、こうして3人で食べるのが日常となっていた。
小田が飯を食べようと弁当を開けると、その中を見た艶間が言った。
「相変わらずおいしそうなお弁当ですこと」
「やめろ、気持ち悪い」
「にしてもよく毎日弁当つくるな」
「慣れだよ、慣れ」
「いや、毎日早起きして弁当作るなんて、よーできんで」
「そりゃどーも」
くだらない話をしていると突然、松本の動きが止まった。
「おい、アレ見てみぃ...」
松本の目線の先を見ると座っている生徒の膝の上に座っている生徒がいたのだが、それもいつものことで特に変わった様子はなかった。
「あいつらがどうしたんだ?」
「…アレは絶対に
それを聞いた途端、小田と艶間の2人はポカンとした。
「何を言っているの尚己?」
「全く、やめてほしいですな、急にこーゆーコト言うの」
「なんか文句あるんか、オレはこれのためにここに来たといっても過言やないで」松本が自信満々に鼻から空気を噴射した。
「そんな自信満々に言われても...、もしかして俺と艶間でも似たような事、考えてるのか?」
「当たり前やん、お前ら1年生からずっと2人でつるんでるやろ、そらそう見てまうわ、でもな最近思ってんねんな、勝市もアリやって。今日も見たやろ?アレ。メッチャ匂わせてるやん。とはいっても周市も捨てがたいし――」
ストップ、と小田が松本を止めた。
「つまり、俺と艶間だったり、男2人が仲良くしていたらそんな風に変換してしまうのか」
それなら...。と黙りこくっていた艶間が小田の手をとり、マスク越しにそれに口付けをした。
「急になにすんだ!」
「俺たちが普通にしてるだけでそうなるなら、普通じゃない事したらどんな反応するのかなって、実験だよ」
2人は松本の方を見やった。
「ありがとうございます...」
2人が見たのは、鼻血を流しながら手を合わせて拝んでいる松本であった。
「おや、過剰摂取」
「なんで拝んでんだコイツ」
「有り難いんじゃね」
「何が有り難いんだか」
「確かに、こんなED野郎のどこがいいんだか」艶間は肩をすくめた。
「今それは関係ねぇだろ」と小田が艶間を睨むと松本が実に穏やかな声で言った。
「気にせんでもええで小田、棒がダメでも穴があるやろ」
何の話だよ。と小田が言ったが、松本はそれを無視して言った。
「時に御二方、こちら側へ来る気はあらへんか?」
「「やだね」」重なった2人の声が即座に返ってきた。
「そういわんといてや、何ならオレのオススメ貸したろか?」
「「結構です‼」」
また重なった。
小田、艶間、松本のバカ3人がバカな会話をしている頃、教官室では、教官達も昼食を食べていた。
個性的な教官達の中でも我々が注目すべきなのは、やはり多懸だろう。彼の昼食はコンビニ弁当だった。だが彼はその事については別に不幸に感じていなかった。しかし、困った事はあるにはあった。
「あっ、多懸教官またそんなもの食べて。体に悪いですよ」
多懸を困らせる原因が今日も声をかけてきた。
最近、多懸の昼食を見る度に注意してくる彼女は
「あはは、すいません。ご忠告ありがとうございます」適当に言った。
(全然思ってないわね、この人)筒美は思った。
「自炊してみてはどうです?自分で作った料理ってのはそれだけで美味しいですし、何より家計にやさしいです」
「えーめんどくさいです」
「何なら私がつくりますよ、1つや2つ大して変わりません」
「私はコレが好きですから、どうぞお気になさらずに」
「もうさっさと彼女つくったらいいじゃないですか。良く言うじゃないですか、彼女の弁当は美味いって」
「彼氏居ないのによく分かりますね」
その瞬間、一気に教官室が凍り付いた。これだけは禁句であるらしい。
「い、今のはナシで...」
案外、教官も生徒も変わらないのかもしれない。
午後の授業も終わり、放課後になった。
「結局、押しつけられてしまった...」
「コレ、読まなきゃダメ?」
小田と艶間は松本からオススメを押しつけられ、その押しつけた張本人は自身の所属する茶道部へさっさと行ってしまった。教室内にはまだ帰宅の準備や部活の準備をしている人達がいる。
「なんで同じやつを2つも持ち歩いてんだよ、アイツ」
「布教の為じゃねーの?」
そう艶間が言った後、2人の間に沈黙が訪れた。
はあ、と同時にため息をついた。
2人とも帰宅部なので帰ることにした。
艶間と別れ、家に着いた小田は、家事をしている母と軽い挨拶を交わし部屋に入った。着替えている最中、ふと松本から借りた本のことを思い出した。
(読んでみるか...)
着替え終わると本を手に取り、ベッドに腰かけた。本を開いて読み始める。
(男子高校生と教師の恋愛のお話か、なるほど、よくある教師と生徒の恋愛小説を男同士にしただけか)
そう思ったのだが、なぜかページを繰る手は止まらなかった。
(えっ主人公の親友って腐男子だったのかよ。しかもコイツ2人をくっつけるためにメチャ頑張ってんな)
感情移入するところがズレている気もしないが、読み方は人それぞれであるし、とにかく小田は物語にのめり込んでいた。
時間を忘れて読んでいた。
「………市悟!晩ご飯できたわよ。早くいらっしゃい」
母に呼ばれた小田は、続きが気になりながらも居間へ行った。既に居間には父と兄がいた。小田には2人の兄がいるのだが1番上の兄は家を出ており、今いるのは2番目の兄だけだった。既に食卓を囲んでおり、市悟も席に着いた。
「市悟どうしたの?落ち着きがないわよ?」
「え?あ、いや、読んでた本の続きが気になってるだけだよ」
「何の本を読んでんだ?」
「恭介兄には関係ない」
「ちぇ、教えてくれたっていいだろ」
「いやだ」
「ぴえん」
まあいいや、と恭介は言い食事に戻った。
市悟はさっさと飯を食べ終え、部屋に戻り本を開いた。
読み終えてふと時計を見ると深夜2時を指しており、流石に寝ることにした。
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