第9話 特別戦闘員

 松ノ殿は、かつての相棒に向けて申し訳なさそうに言った。

「すまない。気に食わなくて・・・、つい」

「良い。俺もアイツは気に入らなかった。疑り深いから、少し面倒くさくなってね」

「本当だ。『破壊の制裁』で、少しは良くなるさ。火力を最大にしたから、それなりの痛みはあるだろうし」

「はは」

 さっきの案内人の事だ。先ほど神は、自分を神ではないと疑うロボットを消滅させた。何も残ることのない、静かな破壊だった。

「!その子達か。『最後の8人』は」

「!」

 ヴァンさんが私達に気がついた。

 由紀ちゃんがすぐに前に立ち、軽く礼をしてから言った。

「今日はお忙しい中、招待していただきありがとうございます」

 流石、行儀がいい。由紀ちゃんのおばあちゃんは、茶道教室の先生だそうだ。彼女も5歳から7歳までそこに通っていたらしい。食事や人とのコミュニケーションなど、全て礼儀正しいのはそのせいだ。つまり彼女は、知・体・美を兼ね備えた完璧な少女なのだ!と、私が語るのもどうかと思うが。

「やあ。元気そうだね。エアからは聞いているよ」

 ヴァンさんは柔和な顔を浮かべる。エアは、松ノ殿の本名である。

「入りたまえ」

 部屋の方へ手を伸ばす。失礼します、と断ってから中に入る。

 それからソファーに座るように指示された。ただし二人が限界だったので、座る人をじゃんけんで決めた。

 春と私が座り、由紀ちゃんと千代ちゃんが後ろに立つ。

「君達に来てもらったのは、僕からお願いがあるからなんだ」

「お願い?」

 春が不意に首を傾げた。ここまでなかなか反応しなかったので、ちょっと驚いた。

「ここでも勧誘か?商売好きな奴だ」

 松ノ殿が顔をニヤニヤさせながら言う。ああ、もしかして。

「うるさい。言っちゃったじゃねえか」

「つまり、幻魔協会に入ってくれってことですよね」

 推察力抜群の由紀ちゃんが、いつものように当てていく。まあ、これは私も判ったんだけど。・・・嫌味では言ってないよ。本当だって!

「ほうら、バレた」

「お前がばらしたんだろ」

 尚も二人の間で茶番が繰り広げられている。でも、喧嘩になると思ったらそうでもなかった。それ以上お互い何も言わなかった。

「とにかく。今エアが言ったみたいに、僕のお願いはこの協会に入ってもらうことだ。僕らは全世界の幻魔が平和に過ごせるように、怪魔を倒したり、都市を統治したりしている。君達には怪魔を倒すことを専門とする部署・怪魔完全討伐隊の特別戦闘員になってほしい。もちろん、働き次第で報酬を与える」

 そこまで聞いた時、私の耳元で(聞こえるはずのない)小銭が落ちる音がした。

 そしてこの素晴らしい会長に聞いていた。

「どのくらいですか!?」

 もちろん急だから、みんな驚いた顔をしている。我に返り、胸の奥から恥ずかしさが込上げてくる。

「僕はそうやって、はっきり言えるということはいいと思うよ。言ってごらん」

 会長がやはり笑って答える。え、じゃあ・・・。

「報酬って、いくらぐらいですか」

 すると隣の由紀ちゃんや、春達が一斉に笑い出した。

「報酬いくらって・・・、早速賞金稼ぎの本能出てんじゃん。笑えるー」

「てかそれ、後でも良くない?今するー?」

「マジ、オモロお」

「確かに今しなくても、どうとでもなるって」

「それに報酬がお金とは限らんやろ」

「うんうん」

 いや今しないと!お金だよ?生きる上で必要だよ?ほっとけないじゃん!それ私の出生と関係、無いってば!

「気付いてないし」

 千代ちゃんがまじまじと私を見る。

 すると今度はもっと激しく笑い転げた。もう私もお金どころではなくなり、そのまま笑い声を発した。

「手柄次第で弾む予定さ。心配しなくていい」

 よし。まずはそれでいい。お金はいったん置いておこう。

「ところで・・・。君達はスマホを持っているかい?」

「いいえ」

「持っていません」

 一人ずつ首を横に振る。

「まあ、そうだよな。ちょっと待ってくれ」

 彼は自分のデスクに向かって歩き、しゃがんで何かを探し始めた。

「あった」

 取り出してきたのは、まだ新しくて画面の綺麗なスマートフォンだった。4人に一つ渡してくれる。

「これは会員専用スマホ、通称・Gフォン。起動すると初期設定が始まる」

 説明の通りにボタンを押し、起動させる。

 そしてそのまま、名前・年齢・誕生日を記入する。すると今度は、部署の選択を要求された。先ほどの討伐隊を入力する。

 すべての準備を終えると、スマホの中で声がした。

「初期設定完了です。世界幻魔協会へようこそ。あなたの今の階級は、10級です」

 それに合うように、ヴァンさんが補足する。

「この協会には、階級制度がある。これから君達に課す、任務の出来栄えでポイントが増えていく。決まった点数に達すると、階級が上がり、難しい任務に挑戦していくことになるだろう」

 つまり上のクラスに上がる連れて、信用度も増えていくしきっと報酬額も増えるだろう。

 ふひひひ。ぼろもうけだぜ。

 あ。こ、これは・・・。自分のためじゃない!皆のためだ!って言い訳してもだめだね。ごめんなさい。

「でも今の君達の力では、任務をこなすことは出来ない。従って、しばらく君達は修行をすべきだ」

 ああ。来たよ。修行ね。

 漫画の序盤のお決まりの部分ね。はいはい。

 ・・・めんどくさ。もう力はだいぶん備わってるんだよ?やんなくても良くない?

「確かに必要かも・・・」

 みんなが納得している。ちょ、なに納得してんの?もういいじゃん。

「言っておくけど、きちんと訓練しないと命取りになるぞ」

「!!!!」

 ・・・結局やんなきゃいけないのか。

「だってさ。加奈」

「えっ」

「今、修行面倒くさいって思ってたでしょ。判るよ」

 図星!なんで。なんでいつも私の思考が読み取られるんだ?幻魔になって、頭も良くなったか?

「大丈夫だ。私がたーっぷりしごいてやるからな。覚悟しろよ・・・」

 とてつもない威圧を放ちながら松ノ殿が迫って来る。逃げ場がない。もう、どうしようもなかった。

「うう・・・。判りましたよ・・・」

 しょうがないなあ・・・。やってやりますか。

「まあ、今日は色々あったし、これで自宅に帰るがよい」

「そうだな。ゆっくり整理してくれ」

 有難くそうさせてもらうよ。

「僕とはスマホでつながるようにセットしてある。困ったことがあったら、いつでも連絡してくれ」

 本当だ。電話を開くと、一番上に『会長』とある。ここから掛けられるのだ。

「じゃ、君達の活躍に期待する」

「ありがとうございました!」

 四人一斉に頭を下げて、会長室を出た。そこからいつものように、肩を並べて帰る。

 スマホは四六時中常備していろ、とのことだった。学校に持っていけないと言うと、他人からは見えないと言われた。つまりこれは、幻魔(あとは神)にしか見えないのだという。あまりにも信じがたいので試してみると、幻魔の時は普通に動かせるけど、人間に戻ると影も形もなく視界から消えた。

 こうして安心して持ち出せるようになった。

 それからいつでも連絡ができるよう、アドレス交換もした。

 全てが終わり、皆とも別れた帰り道。ふと、思い立った。

「私の幻魔のお母さんたちは、何してるんだろう」

 私達の場合は、必然的に親が四人存在することになる。もう二人は、一体どこで過ごしているのか。私を覚えているだろうか。普通の人間としての親を見たら、どんな反応をするだろう。

「そういえば、私の名前も変わるのかな」

 人間の名前は矢代加奈。じゃあ、幻魔は?もしかしたら、後者の方がしっくりくるかも。

「会ってみたいな。もう一組の両親に。会えたら、強くなったってこといっぱい伝えたい」

 何故今こんなことを思ったのかは判らない。けれども、ないがしろにすることは出来無かった。

 目の前に映る坂を下り切れば、もう家だ。すぐには下らず、前を向いた。

 まだ空は青い。さっき言ったように、夏に近づきつつある。制服が汗を吸収できず、濡れている。着替えてくればよかったな。でももうすぐだから我慢しよう。

 チリン、チリン。

「!」

 自転車のベルを鳴らす音がする。坂を見下ろすと、今用事から帰って来た妹が自転車を駐輪場に入れていた。ロックをかけて鍵を取った時、坂の上の私に気がついた。

「おかえり」

 静かに、でも良く通る声で言った。

「姉ちゃんも」

 下から返事が届く。

「今行くよ」

「うん」

 ゆっくり降りていく途中、また前を向いた。

 西の方で太陽が沈もうとしている。その景色は、初めて幻魔の存在を知った時の帰り道と変わっていた。時が変われば、私も変わる。そう実感した。

 家に着くと、夏美が玄関で待っていた。今日は母さんが早く帰ってきている。向こうで掃除機の音がする。

 その音に負けないように、私達は叫んだ。

「「ただいまー!!!」」


第三章・完

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幻魔少女物語〜神様の失敗で人間から異界人になった8人の話〜 カムパネルラ @jovanni

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