第4話 自分達だけの空間
ガチャ。
八つの部屋のドアの前を通り、さらに奥の部屋に入った。
すると。さっきの私の部屋にあったものよりも、ずっとずっと高く大きい本棚が、四方に置かれていた。それには本当にたくさんの本が"テトリス”の様に、敷き詰められていた。
私は下の段から、一冊ずつなめまわすように本を取っていく。表紙を見る、めくる、しまう。表紙を見て、めくって、またしまう。いつの間にか、この作業に没頭していた。
「気に入ったか」
松ノ殿の言葉が聞こえるまで、私は手を止めなかった。ようやく、皆が待っていたことに気付く。
「ええ!とても気に入りました!すごいなあ・・・」
私は天を仰ぎながら応える。目線の先には、まだまだ多くの本が曲を描くように並んでいる。
曲。そう、この部屋は円の形をしている。壁に寄りかかる感じで本棚が並んでおり、真ん中に長方形のアンティークっぽいテーブルと椅子がある。きっとこれに座って読むんだろう。
「なんて本の量なんだろう。千冊は超えてるよねえ」
春が私と同じように天に視線を向けて、言った。私にはもっと多いように、見えるけど・・・。
「聞いて驚け。なんと四千冊だ」
「よよよよ、四千冊う??!!」
一斉に声を上げた。私の予想は二千冊だけど、その2倍だよ、2倍!あまりの数の多さに、腰を抜かしてしまった。
「それだけの本、どこで手に入れたんですか」
「ネットに決まっているだろう」
「神様も使うんですね。ネット」
「そりゃそうだ。神の世界でもずいぶん、役に立っているぞ。進歩したなあ、世の中は」
他の3人が笑っている間、私は自分の後ろにあった本に目を留めた。他の物とは比べ物にならないくらい分厚く、重い。おまけに、表紙も本文も、書かれているのは今まで見たことのない、不思議で角ばった形。もしかしてこれは、幻魔の世界の文字かもしれない。日本のひらがな、カタカナ、漢字の様に。当然だけど、内容は何一つも判らなかった。ただ、炎が何かを燃やしている様な図は理解できた。
私はこの本に興味を持った。いつかこの字を読めるようにして、全てを暗記したかった。
「おい、矢代。もういいかい?次の場所に行くぞ」
「あ、はい」
松ノ殿に呼ばれ、そのまま立つ。すると彼は。
「その本が気になるか」
と言った。
「はい」
素直に答えた。
松ノ殿は、少し軽蔑するように言った。
「その本はもう少し時が経つと、理解できるようになる。それまでは、英語でも何でもない、不思議な文字が並んでるだけの読めない本だ」
その言葉を最後まで聞いた後、私は今まで明るかった気持ちを捨て、原因の判らない怒りに包まれた。やがてその熱は頭頂部までに達し、溢れようとしている。封印しようとしたが、我慢できなかった。知らないうちに、早口でこう言っていた。
「その言葉は違います。本はただ字が並んでいるから本なのだということは、ありません。著者が、一文字ずつ思いを込めて、読んでくれている人に、自分の思いが判りやすく伝わるように表現も、文体も工夫しているんだ。この中の文字は、ただの文字じゃない。著者の思いを集合体としたときの、一つもかけてはならない、大切なピースなんです」
自分でも理解した。私は彼が「文字が並んでいるだけの」と言ったことに、腹を立てたのだと。何も知らない私が、こんなことを熱弁したって説得力がない。でも言わずにはいられなかったのだ。
神は一瞬不服の顔をした後、行こうと言って前を向いた。
「さっきの加奈、すごかったよ」
歩いている途中、由紀ちゃんが私のことをほめた。それは、神に悪い顔をされた私に同情しているようにも聞こえた。
その言葉を素直に受け取れない気がして、結局。
「ありがとう」
とだけ言った。
由紀ちゃんも表面は明るくても、瞳は笑っていない。不安のような、怯えているような目だった。
気まずいような沈黙の中、次の部屋に着いた。洋風の木製のドアが入口だ。
ドアノブをつかみ、内側で押してやる。
すると、涼し気な空気が中から送られてきた。所々に椅子とテーブルがあるけど、私達の他に人はいなさそうだ。
奥の厨房で、誰かがせわしく動いている。誰だろうと覗いてみると、某有名の宇宙を舞台にしたバトル映画に出てくる、体が丸っこいロボットと同じやつがいた。
「映画のやつに似てる・・・」
千代ちゃんは今私が思ったことを口にした。
「調理ロボットだ。こいつは料理の名前と材料を渡せば、最短10分で何でも作ってくれる。そうだなあ。試しにやって見せよう。何が食べたい?」
良いの?じゃあ。
「カレーで」
誰よりも早く、私が言った。4人共、私に注目する。まずかったかな。あらかじめ、皆に聞いてみる。
「あ、良い?」
すると。
「良いよ!私もカレー食べたいし」
「それにしよう」
「うんうん」
口々に同意してくれた。よかったと、胸をなでおろした。
ありがとう、と言うと松ノ殿に向き直り、
「カレーでお願いします」
と申し出た。
「わかった。おい、君い」
ロボットは固い動きでやって来た。
「ハイ、ナンデショウ」
「カレーを頼む」
「ゲンザイ、カレーヲツクルタメノザイリョウハ、ソロッテイマス。タダイマカラ、チョウリヲハジメマス」
そして圧倒的な手際の良さで、カレーを完成させてしまった。所要時間、15分で。
「やば、めっちゃ美味しい」
最初に由紀ちゃんが言った。
冷ましていた私達も、口にパクっと軽快に運ぶ。
「!!!うそ!」
「マジで?」
「この短時間でこのクオリティ、やばすぎ」
それは、本当に美味しかった。ルーのとろみは、しつこくなく。野菜なんて大きさはバラバラといえど、計算されたように味が引き締まっている。こんなカレーは初めてだ。
「「「「ごちそーさまー!」」」」
あっという間に、お皿全員分空になってしまった。
「さあ、はらごしらえしたかい。そろそろ、本題に入りたいんだ」
へ?秘密基地紹介だけじゃないの?
「今日は君達に大変重要なことを伝えるために呼んだ。これは・・・、・・・いわば前座だ」
「もっと大事なことですね」
「その通り」
だいぶ慣れてきたよ、この由紀ちゃんの推察。
「前に君達には、幻魔の基本的な情報を伝えたな」
これには私が応じた。
「たしか、人間の想像力から生まれるんでしたよね」
「正解」
心の中でガッツポーズをした。
「今からは、それ以上の事。君たちが知るべきである幻魔の全てを話すと同時に、鍛錬場の説明をする」
いよいよ本格的なファンタジーっぽくなってきたな。
私はこれから苦しい修行を思い浮かべず、また歩き出した。
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