第15話 自分の力で

「!」

 私はさっきまで見ていた、千代ちゃんと様子が変わったのに驚いた。

 今千代ちゃんは、私と一緒に誘拐犯と戦っていた。普通に戦ってた・・・はずなんだけど。なんで驚いたか、というと。相手に接近しながら、泣いていたのだ。千代ちゃんが。

 何か、あったのかな。彼女の気持ちは、彼女にしかわからない。でも、心配はしていた。

「由紀ちゃん」

 今泣いているその人に呼ばれた。

「こいつは、私が倒していい?」

「!一人で大丈夫?」

「うん、任せて」

 私は彼女を信じて、前線から離れた。

「良いの?あのままで」

 加奈がさっきの様子を見ていたらしく、不安そうに聞いてきた。私はそれに、正直に答えた。

「私も少し、大丈夫かな?とは思うけど・・・。それよりも、千代ちゃんが敵を倒して、何かを成し遂げたいっていう気持ちが伝わってきてさ。その邪魔をしたくないと思って」

「・・・そっか」

 見かねたように、松ノ殿が言った。

「先ほど彼女の脳に眠る、記憶を探ってみた。彼女の本名は、松田千代。教育上の問題で、父と母が離婚。弟と父と別れ、母の旧姓である、佐々木を名乗るようになった。その生活も母の転勤により変わってしまい、現在は還暦を超えた、祖父母と共に暮らしている」

 勝手ながらも、辛かったんだろうな、と思った。自分が千代ちゃんだったら、苦しい思いをする。

「さっき佐々木の体が、震えてたの、判ったか」

「はい」

 私が呼びかけた時、痺れたように震えていた。

「その時私は、彼女に何かがあると察した。そして、思い出してもらう形で彼女の記憶を探った」 

 でも、何で泣いてるんだ?

「彼女は帰ってこない母を、自分のことを忘れていると考えていた。しかし記憶が戻ったことで、母の本当の気持ちを知った。それに気付けなかったことを、後悔しているのかもしれない」

 今はいないお母さんに、今の自分の気持ちを教えるために、こうして戦っている。私は千代ちゃんを、一人の戦友として強いまなざしを送った。


 もうすぐだ。もうすぐ倒せる。母さん、今こそ自分の力で乗り越えてみせるよ。このきゅう地を。

 目の前で、疲れ切った犯人が膝をついていた。あとはトドメか。なら。

「ここは、忍者らしくいこうじゃない!」

 グッ!手に装着したのは、代表的な武器・手甲かぎだ。

 熊手のような形をしていて、攻撃にもガードにも使える万能タイプ。

「はあっ!」

 一息でやろうとしたけど、無理だった。またもや、敵の鉄拳が私を襲う。

 でも大丈夫。私にはこれがある!

「えいっ」

 投げたのは、けむり爆弾だ。彼の周囲を、それが覆う。

 敵は私が居たはずの前方ばかり気にしていて、後ろのことなんか眼中にない。

「あんたの背後はがら空きだよ!」

 ゆうかい犯はすぐに攻撃に転じようとした。しかし私の方が速かった。

失敗したな!

 私の爪は、バリバリ!と彼の背中に深い傷を負わせた。

「~~~っ!ぎゃあああ!!!」

 その傷口から広がるようにして、彼の体は灰のように消えていった。

 終わった・・・、勝った。一人で・・・出来た。

「ううっ!」

 急に疲労が!私はその場にたおれた。

 由紀ちゃんがかけよって、起こしてくれる。

「大丈夫!?」

 加奈ちゃんも、心配そうに聞いてきた。

 力がなかったけど、かろうじて応えた。

「うん。大丈夫。春は」

 由紀ちゃんは少し明るい感じで、言った。

「平気だよ。さっきまで気を失ってたけど、もう治って今は___」

 その時、当の本人の春が言った。今、振り向くくらいの気力なんてない。でも、声は分かる。

「動けてるよ」

 それは良かった。

「ご苦労だった。佐々木、近衛」

 松ノ殿が言った。更に続けた。

「谷川が吸血鬼の中でも特に、優秀であることが判った。日に当たっても、水をかぶってもやられない。自分のこともあっという間に、治ゆしてしまう」

 凄いな。私の力じゃあ、まだそこまで及ばない。

 ああ、疲れた。もう帰りたい。

「さて」

 神は新しい話を始めた。

「これで8人のうち、4人がそろった。君達に話したいことがある。明日、大同公園の『森のベンチ』で・・・、そうだな、4時ぐらいに来てほしい」

「何かあるんですか」

「そこから先は明日だ。では諸君、自宅でしっかり休みたまえ」

 気がつくと、自分の体力が元に戻っていた。松ノ殿が直してくれたのか?真相は判らない。春みたいに、治ゆ能力があるのかもしれない。

 もう一度前を向くと、帰る気満々で走っている友達がいた。

 空を見ると、少し向こうに紺色の空があった。太陽が沈みかけている。家に帰ろう。

 私は土管の近くに置いてあった、スリーウェイを背負うと、もう公園を出た仲間達に言った。

「ねえ、一緒に帰ろう!」

 と。


 第二章・完


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