第14話 追憶

 不思議な子だな。

 私はくないを構えながら、楽しそうにしている由紀ちゃんを見て思った。

 こんな時だってのに、はしゃいじゃって。でも、見てるこっちもやる気になる。久しぶりだな。自分がこんなにも活躍するときが、きたのは。まあ、自分が逃げてたっていう、ケースもあるけど。

「千代ちゃん」

 由紀ちゃんが私を呼んだ。

「作戦よろしく!信じてるよ!」

「まっかせて!」

 そして踏み出そうとした瞬間、足の力が抜けたような気がした。今のは何だ、めまいか。いや違う。じゃあ、何だ。手が足が、震えている。止まらない。息が苦しい、前に進めない。

 どうしたらいい、私はどうすればいい。誰か・・・、私を・・・、どうにか・・・。


「パパ!ママ!祐樹!」

 耳元で5歳くらいの子の声がした。誰がしゃべったんだろう。周りを見渡す。あれ、皆は。気付くと、私の周りには、友達誰一人いなかった。その代わり、自分の目の前を、幼稚園くらいの子が駆けていく。また声が聞こえてきた。

「あ、見てみて!お花だ!かわい~」

 どこかで聞いたことがあった。昔、どこかで。場所は広々とした公園で、仲の良い家族4人が、ピクニックをしている。女の子とその母は、原っぱで見つけた花で遊んでいて、父と少女の弟は、ただぼーっとそれを見ている。今、目の前にあるはずの景色とは違う、風景がそこにある。

 少女の顔が、長い髪のせいで見えなかった。私はその子の顔が気になり、なるべく足音を立てないようにそっと近づいた。

 ・・・ん?草の上を歩いているはずなのに、カサカサいわない。コツコツと、固い音がする。ガラス張りの上を歩いているようだ。砕けやしないと思うけど。

「ママ!私、お花みたいにかわいくなりたい!」

 女の子が言った。

「千代は、世界一かわいいよ」

「うわーい!」

 千代、千代・・・。私・・・?あの子はもしかして、小さいときの私か?

「おーい」

 私(?)の父は、二人に向かって声を上げた。

「バドミントン、やろう」

 母子二人は、父からラケットを受け取り、バドミントンを始めた。 

 私と同じ名前の女の子はとても強く、両親を圧倒した。それを見て私は、そういえば自分もバドミントン好きだったなあ、と思った。ちなみに弟は、その間ずっと飽きることなく園内を走り回っていた。

 その帰り道。

「すごいなあ、千代。また腕上げてえ」

 彼女の頭の上を、父が撫でた。

「ウフフフ、またやろうよ」

「ぼくもー!」

 楽しげな声が、ずっと響いていた。

 健気なことだ、と思っていると。いきなり世界が真っ暗になって、私は驚いた。

 次に見えたのは、小さな一軒家。その中で、さっき出てきたお父さんとお母さんが、何やら言い争っていた。

「祐樹には、普通の小学校は合わない!私立に行かせるべきだ!」

「あなた。そうしたら、祐樹に負担が掛かっちゃうわ。今のお友達とも、とても楽しくやっているし、いくら賢いからって、それは私達が決めることじゃない!」

「俺はあの子の幸せを願って、こう言っているんだ!お前にだってわかるだろ!」

「いいえ、それは願っているとは言わないわ!」

 その時だった。バチン!と乾いた音が、窓の内側から聞こえてきた。私は今、窓の外から一連の流れを見ていたんだけど、なぜか自分にまで、痛みが伝わってくるようだった。

「俺の教育方針を乱すようだったら、お前と千代は家から出ていけ!」

 その言葉を、聞いた覚えがあった。私は怒っている父を見上げた。その瞳にも既視感を覚えた。

 次の瞬間、冷たいガラスの感触がなくなり、窓に当てていた手のひらに、何もなくなった。

 お次の風景は、これまた小さなアパート。表札には、『佐々木』とあった。

 ・・・さっきの家の表札は、『松田』だったな。

「千代、今日から名字は佐々木よ。松田千代じゃなくて、佐々木千代」

「うん」

 頬にばんそうこうが貼られた母親と、私と同じ名前の女の子が、話している。

 松田、松田・・・、!!!

 私の名前は、佐々木千代。でも、小学校2年生までは。

「松田千代・・・。・・・そうか、これは」

 私の頭の中に眠る、遠い記憶。それが今こうして、映し出されている。

「走、馬灯・・・?私今、死にそうなの?」

 走馬灯。かつて社会現象を起こした漫画には、『迫りくる死から免れるため、過去をさかのぼりその方法を探っている』と書かれている。でも私は、さっきまで何してた?

「ああ、そうだ。私はさっきまで、呪われた誘拐犯と戦っていたんだ」

 無理だ。私にあんな怪物が、倒せるわけない。あの漫画は助けられてたけど、私の場合は違う。何の能力の無い、普通の人間だ。主人公と、そもそもが違うのだ。だからもうこのまま・・・、ここに居ようかな。

「そうだよ。もう、ここで神様の迎えをまとう。その方がずっと楽だ」

 地上から離れてしまおう、そう考えていた時だった。

「千代」

 背後で声がした。母だった。さっき見た自分より、少し成長した私と玄関で向き合っている。

「おじいちゃんと、おばあちゃんと、このお家をよろしくね・・・」

 どこか、転勤するようだった。小5の時に、母さんイギリスに行ったんだったけ。まだ、帰ってきてないな。いつ戻るか、判らないらしいし。

「母さん・・・」

 高学年になり始めた私は、悲しい顔をしていた。

 すると。母は思い切り私を抱きしめ、言った。

「千代は・・・、私の誇りよ。苦しいときもあるかもしれないけど・・・、精一杯生きてね・・・。また会えたら、いろんなこと、母さんに教えてね」

「うん・・・」

 私はその様子をずっと見ていた。

 そして。胸の中に、一つの決意が芽生えた。

 一人で育児も、家事も、仕事もこなしていた母さんは、私のことを思っていた。

 ずっと私は、母に忘れられたと思っていた。それで、もう地上から離れようとしていたのかもしれない。

「私はずっと・・・、寂しかったんだ・・・」

 ようやく思い出した。自分の気持ち、胸の中にあった思い。辛かった、苦しかった。でも、言えなかった。

 これからはきっと、きちんと前を向いて歩ける気がする。

「私は!生きる!これからも!」

 真っ暗な空に向かって叫んだ。

 次の瞬間、まぶしい光がどこから降り注ぎ。

 

 気がつくと私は、敵を追い詰めていた。

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