第12話 吸血鬼は牙をむく

 グルルル・・・、ウガアアア!

 ものすごい咆哮!地面が揺れるう。

「こら、まずいな」

 衝撃的展開に、私も由紀ちゃんも、もちろん千代ちゃんも追いつけない。松ノ殿は、ただただそこに浮いているだけで、何もしない。

 ぎいいやあああ!ああああ!

 ダン!と躍り出たその後はもう判らない。砂煙が盛大に宙で舞っている。

「え、マジか・・・」

 由紀ちゃんが声にならない声で、目の前のものに感想を述べる。

 砂が晴れたその先に、血まみれになった誘拐犯がいた。うん、これは確かに声にならないよね。春が本当にこれだけのダメージを与えるなんて信じられない。

 はあっ、はあっ、はあっ、ふうう。

 当の本人はかなり体力の消費したらしく、息が荒い。牙の長さが縮んでいる。血管も浮き出てないし、爪も丸い。人間に戻ろうとしてるのか?でも瞳の色は、どんどん赤く、濃くなっていく。汗が溢れ出て、手がこわばる。

「春!もうそこまでにして!お願い!これ以上やったら、この人が・・・!」

 由紀ちゃんが、声を以上ないくらいの大声で叫んだ。でも。

 フ―、フー、がああ・・・。

 届かないようだ。尚も自我と格闘している。

「春を助けることは出来ないんですか!?」

 私は松ノ殿に、強く迫った。

「できなくはないが・・・。今は彼女自身に任せる」

 何言ってるんだ、この人。

「それじゃ、春も誘拐犯も倒れちゃいます!どうにかしてください!」

 由紀ちゃんがさっきの春の咆哮と同じくらいの音量で言う。

「それでもし、この先彼女が自我が持てなくなったら・・・、どうする?」

「!!」

 確かにそうか。

 小学校の時に、人を助けるのは良いことだが、助けすぎてもいけないと聞いたの覚えている。本当に大事な時に、一人でできなくなるからだそうだ。

 言われてそうかも、と思っていると。

「それでもっ、私は春を助ける!」

 ドン!と地面を蹴って、由紀ちゃんが飛びだす。そして春の体を覆い、自分が地面に背を向ける形で、馬乗りになった。

 ううう、グルルル・・・。

 彼女が再びうなり声をあげる。その声は少し無理していて、苦しんでいるように思えた。

「やりすぎた・・・。背中痛い・・・」

 どうやら背中を強く打ったようだ。ずいぶん痛そう。

 それでも春を取り戻そうと、懸命に言う。

「春、判る?!私だよ、由紀だよ!お願いだから、元の姿に戻って」

 グン!

「もどっ、ギャ!」

 3本の爪が、由紀ちゃんの頬を引き裂いた。

 更に春の様子が変わった。また爪が伸び、牙がとがっている。それに、今度はなんだか笑っている。なんだか、ようやく獲物をしとめられそうで、喜んでいる様だ。

 このままでは、由紀ちゃんは食われてしまう。それも、幼なじみに。二人を助けたい。でも、私は戦えない。千代ちゃんも幻魔ではない。どうしたら良いのだろう。

 その時だった。

 いつの間に起き上ったのだろうか。血まみれだったはずの誘拐犯が、春の背中を狙って駆ける。

 由紀ちゃん、気付いてない?!なら、私が行かなきゃ。

 走ろうと思ったその時。

 少しばかり風が吹き、足が止まった。

「!!!」

 そこでようやく由紀ちゃんも男に気付き、刀を構えた。

 でも、その必要はなかった。

 何者かが別の刀を持ち、それの柄が男の首に当たったのだ。

「グエっ」

 彼はむせて唾を吐き出した。

 全身真っ黒に染まった、渋い和服。洋の要素はと言うと、強いてスカーフぐらい。そしてそれも黒い。顔を隠したいときに使う、笠をかぶっている。

「ふー。良かったあ」

 聞き覚えのある声だった。

「忍びは、やっぱ速くなきゃね」

 ふわっとその人がとった笠が宙に舞う。

 笠から声の主へ、目線を変えると。

 一同、と言っても犯人と神以外が、その人の素顔に驚いた。

 それは、先ほどのかわいらしさとは全く違う雰囲気をまとった千代ちゃんだった。

「千代ちゃん!大丈夫なの?」

 屈託なく返って来た。

「うん。でも、不思議。なんか大きな力がみなぎって来る・・・」

「なかなかいいな」

 松ノ殿だ。

「こいつなぜか、この戦い見ていても、ちっとも怖がらなくてな。調べてみたら、幻魔の一人だったのだ」

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