第10話 事件の朝

 ガチャン!

 私は目が覚めた。どこだ、ここ。

 はあ、と野太いため息が聞こえた。

 思い出した。私は、下校中に声をかけられて、そのまま連れていかれたんだ。

 その時に殴られて、気を失ったのか。

 あんな返事するんじゃなかった。今更ながら後悔した。

「おはよう、お嬢ちゃん」

「・・・」

 誘拐犯の言葉に、私は答えなかった。

 気味の悪い笑顔だ。

「寂しいかい?君が助かる術が一つある」

 手を差し伸べて、静かに続ける。

「金をくれ。最低でも1万。この場で。出来なければ・・・判るな?」

 でも、そんなことするもんか。顔をキュッとしかめた。

 そんな私に、犯人は激しく迫ってくる。

「早く!!さあ、渡せ!!!」

 しつこいなあ、もう。

 渡さないっての。

「あんたなんかに、お金は渡さない!」

 精一杯の声を、響くくらいに貼った。

 すると。

「俺の言うことが聞けねえのか!?わざわざ警告したのにいい度胸だ・・・」

 彼が懐から出したのは、キッチンにあるナイフ。

 私はそのナイフという物に、大きな恐怖心を抱いた。

 その鋭い刃が私に向けられ・・・。

「うわあああああ」


「ふわあ、ねむー」

 登校中、私は大きなあくびをした。

 昨日勉強しすぎたせいかな。頭が全然回んないや。

「加奈ー」

 名を呼ばれた。声の主は。

「谷川さ・・・、違った。春」

 一昨日幻魔として、仲間になった春。 

 いつもポジティブで、元気だ。おまけにフレンドリーで、これまであまりかかわることが無かった私とも、今じゃすっかり一緒に登下校するようになっている。

「由紀はどこ?いつも一緒って聞いたけど」

「ああ、今日はもう学校にいるって。当番って言ってた」

「あ、風紀のか」

「そうそ。今日が初めてなんだって」

「確かに。しばらく先輩たちがやってたもんね」

 私の親友・由紀ちゃんは、風紀委員。朝早くにきて、制服のチェックをする、あの委員会だ。 

 昨日のメールでは、『明日が初めての仕事だから、ちょっと心配だよ~』とあった。その言葉に、『小学校の時にしっかりやってたから、きっと大丈ブイよ~』と返した。

 小学校に公民委員というものがあったが、やることは一緒である。え、私服だからやることないって?そういうことではないようだ。例えば、変な着方してないかだとか、ボタンがある服は一個でも外れてないかとか。小学校の方が服装に関して、うるさかった覚えがある。

 下駄箱に着くと、由紀ちゃんが生徒たちに向かって微笑みながら、プリントに何かを書いていた。

「えーと、ほぼ大丈夫だな。あっ、あの人第一ボタン外れてる。それから・・・」

「や。おはよ」

「?あ、加奈、春。おはよう」

 顔を上げて笑ってくれた。やっぱ由紀ちゃんは笑顔がいいなあ。

「どお?調子は」

 私が聞こうとしたことを、春が尋ねた。

「順調だよ。ありがとう」

 それは良かった、と私は言う。上手く出来てれば、安心だ。

 その時だった。

「おーい、ここにいたの」

「「「??」」」

 私達一同の後ろで声がした。振り向いてみる。

 そこには、私と同じくらいの身長(私は152センチ)の子がフツーに立っていた。顔だちも、少しだけ子供の面影がある。スリーウェイには、某有名の電気ネズミのキーホルダーをつけていた。

 その人を見たとき、春の口角が緩むのを見た。

「なーんだ、千代かあ。ごめん、先、着いちゃったわ」

「ずるーい、勝負になってないよー」

「判ったわかった。じゃ、本当の勝負は明日ね」

「やったー」

 なんだか、ものの感じ方が子供みたいで可愛い。仲いいのかな、この二人。へえ、千代ちゃんか。

「勝負ってなに?」

 確かに気になる。由紀ちゃんの言葉に、そうだねと言う。

「ほんとは今日、千代と待ち合わせして、どっちが速く正門をくぐれるか勝負する予定だったんだ」

「自己紹介しなきゃね。私、弓道部&緑化委員の佐々木千代でーす。1年5組だよ」

 あいさつ代わりの握手をする。弓道部員らしく、力がこもっていた。

「近衛さーん。お疲れ様ー。教室戻っていいよー」

 顧問の先生らしき大人が、声をかけてきた。

「お」

「教室入るか」

「うん」

 春が呼びかけ、千代ちゃんが応える。

 いっしょに1年のフロアへ行き、やがてそれぞれのクラスの前で別れた。

 この時私は気づいていなかった。思いもしていなかった。

 まさか千代ちゃんも、運命の仲間の一人だということに・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る