第7話 初陣

 私はためらっていた。

 刀を握る手が震えている。春を斬らなければならないという、思いも寄らないことを体が受け付けていないのだ。武者震いが止まらない。

 足が。手が。こわばり、思考を停止する。

「由紀ちゃん」

 加奈が私を呼ぶ。心配した口調だった。

「大丈夫。いける。下がってて」

 刀をグッと握りなおす。そして、頭の上で構えた。

 加奈は判ったといわんばかりに、ロッカーの方へ下がった。

 そうだ。とにかく春を、皆を助けるんだ!

「よし、行くぞ!」

 ダン!地面をけって、しっかりと感じた。私はこの瞬間、人ととは違った生き方をし始めたのだと。

 春の爪が眼前に迫るのを、しっかり受け止める。

 キイイン。固いものがぶつかる音がした。

「上手い!刀を使いこなしている!いきなりの戦いなのに。何故だ」

 松ノ殿が驚いていた。

 加奈が戦いの衝撃波にもまれながら、私の説明をした。

「由紀ちゃん、剣道部なんですよ。結構昔から、武道系の習い事やってるみたいで」

 今入ってるのは、部活と同じ剣道。これもなかなか悪くは無い。

 や、今はそんな話をしてる場合じゃないぞ、ほんと!

 勢いよく刀を振りかぶり、グオンと前へ突き出す。

 ピュッ。相手の頬から数量の血が出た。

 皮膚だけだけど、切れた!いいぞ、このまま接近して。

 バチバチバチ!私の手元で音がした。

「信じられない・・・!」

 見ると、刀の表面で火花が散っていた。

「こんなにも早く、真髄を覚醒するとは・・・。なんて、すごい奴だ。君は」

「えっ」

 真髄?

「君はただの剣士じゃない。炎を操る、魔剣士一族の子だ」

 魔剣士。剣術と魔術を巧みに操る、空想の戦士。そんな者達の血を、私が受け継いだなんて。

「今は不完全だが、あいつを倒すことは出来よう。もっと集中。自分はできると、信じるんだ!」

「!!!」

 その声に妙な感覚を覚えた。脳裏に蘇るのは、母の姿だった。


 8歳の頃の話だ。

 その時私は、地域のスイミングスクールに通っていた。私はその中でも、常に上位クラスの技術を持っていて、良く友達から羨ましがられたり、妬まれたりしていた。

 そこは、2か月に一度に進級テストというものがある。

 自分のレベルによって、行う課題等が変わる仕組みだ。

 もちろんそこに基準点があるのだが、私が4級から3級に変わるためのテストの練習では、一度として超えることが出来なかった。

 10級から始まって、順調にやって来た私にとって、信じられないことだった。

 次第にやる気を失い、習慣だった市民プールでの練習もしないようになった。

 テストの日。家の玄関前で私と母は話した。

「由紀はきっとできるわ。母さん、信じてる。そうだ、良いこと教えてあげる」

「何?」

「心の中でいうの。私は出来る。精一杯やろう、ってね。そうすれば、自然と集中して取り組むことが出来るから。安心していってらっしゃい」

 本番。私の前の子が、スタートした。

 私は心の中で思い浮かべた。先ほどの母の姿を。

「私は・・・できる。必ず、出来る」

 ピイっ!

「次、由紀さん」

「あ、はい!」

 私は無我夢中で泳ぎ、蹴り、進んだ。

 頭の中に、余計なものは一つもなかった。ただ目標を達成する、その思いだけだった。

 プールから出て結果表を受け取ったとき、私は驚いた。

 基準点どころか、最高点を獲得して合格した。

 その時、自分を信じれば道は開けると知った。


 今、この瞬間も同じだ。

 自分を信じ、敵を倒す。

 ありがとう、母さん。私、やれそうだよ。

 なんとかしても。私は力を込めて、再び立つ。

「今出来ることを!全力でやりきる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る