第5話 葬儀のご依頼も承っております


 村の民家を一軒一軒訪問しては、「皇帝の幼馴染みのアーシャさんを知りませんか」と尋ねていく。


 村の人たちは、私の胸元のムーンドロップを見て、「セラムの神官様ですか。何か不幸事でもあったんですか?」と聞いた。人を探しているだけだと説明しても、どこか釈然としない顔をされてしまう。仮面をつけた陛下の姿も、怪しさに拍車をかけているのかもしれなかった。


 十軒ほどまわったところで、異変に気づいた。さっきから視界のはじっこに同じ人物が見え隠れするのだ。つまり後をつけられている。何のために? もしや皇帝暗殺を企んでいるとか!?

 振り返って相手の顔を確認しようとしたら、また陛下に肩を抱かれた。がっちりと肩を掴まれる例のあれだ。


「村はずれに水車小屋がある。追跡者をそこへ誘導する。何者かわからぬが、どうやら単独で動いているようす。ひとまず捕獲してみよう」

 耳元でささやかれて、小さく頷き返した。


 私たちは何気ない風を装いながら村を歩いた。民家への訪問は控え、散歩を楽しむカップルのように……いや、やっぱり罪人が連行されているかのように見えることだろう。


 川沿いに建つ水車小屋に到着すると、薄い板でできた軋むドアを開けて中に入った。と同時に、陛下が外に飛び出した。

 私が後を追って小屋の外に出たときには、もう陛下は男を羽交い締めにしていた。

「さすが!」

「こやつ何者だ。暗殺者とも思えぬが。ハルーティ、知った顔か?」


 近づいて男を観察してみた。年齢は30代ぐらいだろうか。髪を短く刈り上げた男だった。


「知らない人です」


「あの……」

 男がおずおずといった様子で口を挟んだ。

「何か誤解されてるみたいなんですけど」


「誤解も何も、あなたは私たちの後をつけていましたよね」


 男は頷いた。

「ええ、だってセラムの神官様だって聞いたものですから」


「えっ」

 私は思わず胸元で両手を組み合わせた。


「もしや入信希望ですか? あなた、見る目がありますね! うちの教団はお金はないけど義理人情はありますからね。歓迎します!」


「す、済みません、そうじゃなくて、葬儀をお願いしたくて……」


「ああ、そっちでしたか」

 がっかりした。というか、セラムの神官に用があるとしたら、それしかないよね。


「それなら尾行なんてしなくて、普通に頼んでくださればいいのに」


「それが……」

 男は言いにくそうに口ごもった。


「もしかして神官に払うお金がないんですか?」


「は、はい」

 男はうなだれた。陛下が拘束を解くと、さらに縮むように背中を丸めてしまった。


「うちの弟が亡くなって、それで神官様に別れの儀式をしていただきたい気持ちはあるのですが、お金のことがあって、どう声をお掛けすればいいものかと悩んでおりました……」


「そうだったんですね。わかりました。私でよければ儀式を行いましょう。お金は結構ですよ」

 無料で儀式をするだなんて教団の子どもたちには申しわけないけれど。みんな、ごめん。かわりに今月はいっぱい魚を釣って、それを売って仕送りするからね。


「え、でも……」

 男は申し訳なさそうな顔で逡巡している。


 私は男に向かって親指を立ててみせた。

「言ったでしょう。うちはお金はないけれど義理人情はあるんですよ」

 スマイル!



☆ ☆ ☆


 村から少し離れたところにある小高い丘、そこがこの村の墓地である。村のほうを見下ろすと、集落の向こうに広がる小麦畑までよく見通せた。


 亡くなった弟さんは既に埋葬済みとのことであった。あとは神官を呼んで、別れの儀式をすれば完了という、ある意味中途半端な状態で葬儀が中断していたようだ。


「それでは、これより別れの儀式を執り行います」


 弟さんが埋葬された場所のすぐ手前に立つ。私の背後にはさっきの男とその親族、そして弟さんのお嫁さんという女性が、悲しげな、でもどこか安堵するような顔で立っていた。

 陛下は一番うしろ、親族の皆さんから少し離れたところにいる。参列するに当たり、さすがに仮面は外してくれていた。


 私は儀式を始める前に、奥さんをもう一度確認した。その背後には禍々しい気配を漂わせた霊が張り付き、今にも彼女を飲み込みそうになっている。悪霊だ。彼女は顔色が悪いが、それは夫を亡くしたせいだけではないだろう。ひょっとすると夫が亡くなったのもこの悪霊の仕業かもしれない。でも悪霊は神官にしか目視できないから誰も気づいていない。これも処理せねば。


 私は皆に向き合った。

「本日はクレイ・マルハナーさんのためにお集まりいただきありがとうございます。私はセラム教神官、ハルーティ・クルスと申します」

 ここで一礼。


「クレイ・マルハナーさんは、奥様とともに粉ひきの仕事に励まれ、家族を愛し、隣人を愛し、犬を愛し、毎日を誠実に生きていらっしゃった。そのことはせいの太陽神であるサーニスラ神もよくご存じのことと思います」


 奥様が肩をふるわせて涙をこらえているのが見えた。それを受けて、悪霊が笑うのも。


「しかし、クレイ・マルハナーさんの魂はサーニスラ神の手を離れ、死の月の女神セラムのところへと旅立ってしまいました。死者の魂はこの世にとどまると悪霊となってしまい、業苦を味わうことになります。女神のもとに行くことで、安息の眠りにつくことができるのです。ですから、彼の魂が無事に女神のもとへたどり着けるよう祈りましょう。皆さんの祈りが、魂を女神のところへ送り届ける助けとなるのです」


 私が両手を組み合わせると、人々も同じようにした。


「女神セラムよ。クレイ・マルハナーさんの魂を受け入れたまえ」


 皆、目を閉じて祈りを捧げている。


 私も祈りを捧げた後に、心の中で別の祈りを捧げ、神聖魔法を発動させた。これは悪霊を直接冥界送りにする<霜を踏むように命を送る>という魔法だ。祈りの言葉が長いので、戦闘中には不向きな魔法だが、葬儀中なら発動させても問題ないだろう。


 忠実なしもべたる神官の私が祈りを捧げた結果、女神が応え、冥界への門がひらいた。空気中にぽっかりと開いた黒い穴、それが見えているのは神官である私だけ。あたりの気温が急激に下がり、空気中のほこりが凍り付いてキラキラと輝いた。ばきばきと硬いものが粉々になるような音とともに悪霊は穴に吸い込まれていった。

 これでもう大丈夫だ。


「これで儀式は終了です」

 ふうと息を吐いてから宣言すると、人々は小さな声を上げた。ああ、とも、おお、ともつかない溜息みたいな声だった。


 高齢の夫婦がまっさきに私のところにやってきて頭を下げてくれた。きっとクレイさんのご両親なのだろう。何度も頭を下げられて、かえって恐縮してしまう。そのあとからお兄さんと、弟さんの奥様もやってきて、お礼を言ってくれた。


「ありがとうございます、神官様。これで弟もやっと……本当にありがとうございます」



 涙をぬぐいなら肩を寄せ合う人々に別れを告げ、陛下と一緒に墓地を離れた。

 やわらかな草の生えた丘をくだる。しばらく歩くと空気が冷えている地帯を抜け、通常の空気に包まれた。


「まるで別人のようだった」

 感嘆のこもった声だった。見上げると、陛下が目を輝かせていた。


「ハルーティは神官として務めているときは、真面目で信用できそうに見える」


「それはつまり、いつもは不真面目で信用ならないって言われたような気がするんですが」


「気のせいだ」


「そっかあ。なら、いいか!」

 まったくもう。


 春風が吹いて、額を撫でた。少し肌寒さを感じる。そろそろ日暮れ時も近い。日差しは赤みを増していた。


「ところで先ほどの葬儀だが、何かがおかしくなかったか?」


「そうですか? 何がおかしかったですか?」


「いや、我にもよくわからぬのだが、冷気を感じたのだ。あれは……セラム教の神聖魔法を使ったのではないか?」


「使ってませんよ」


「だが、確かに寒気を感じたのだ」


「気のせいじゃないですか」


 悪霊は人に取り憑いて、命や幸運を奪う。実体化して直接襲ってくることもあるが、基本は呪いによって人をじわじわと弱らせる存在だ。もしあの奥さんが悪霊に憑かれていたことが村に広まったら、過去のいろんな不幸事があの奥さんのせいにされてしまうかもしれない。だから、誰にも言うつもりはなかった。


「気のせい気のせい」


「そうか」


「そうですよ」


「義理人情か」


「え?」


 陛下は小さく笑った。

「セラム教が儲からぬわけだ」



☆ ☆ ☆


 その後、再び民家訪問に戻ったが、全ての家を訪問したにもかかわらず、皇帝の幼馴染みであるアーシャさんを知っている人はいなかった。


 再び水車小屋に前に戻ってきて、恨みのこもった目を陛下に向けた。


「これは一体どういうことですか~?」


「まあいいではないか」


「私に嘘を吐きましたね?」


 こらえきれないといった感じで、陛下は吹き出した。


「やっぱりか! この村にはアーシャさんはいないし、アーシャさんを知っている人もいないのですね」


「ハルーティ」

 陛下はわざとらしく真剣そうな顔をしてみせたが、目の奥は笑っている。


「よく考えてみてほしいのだが、我はこの地域の出身ではない。皇帝になってから、この近くの城に住まいを移したのだ」


「はい?」


「我の幼馴染みなら、我の故郷にいるのではないか?」


「……」

 一瞬考えた。どういうこと?


「ああっ」


 やっと理解できて、頭を抱えた。確かにそのとおりだ。もともと陛下はどこだったか忘れたが小さな国の王子で、いまの城に住み始めてからまだ半年程度なのだ。城近くの村に幼馴染みがいるわけがない。


「すっかり騙されました。陛下って人を騙す能力も高いんですね」


「いや、それはちょっと人聞きが悪い。しかし、そなたは怒らぬのだな」


「怒るほどのことでもないですし、それに美味しいお昼もご馳走になりましたし。あ、でも陛下はなぜこんな嘘をついて、この村へ私を連れてきたんですか?」


 にやりと口を歪める。

「もちろんデートにちょうどよい機会だと思ったからだ」


「これ、デートだったんですか……」


「宿もとってあるぞ」


「いやいやいや……何をしれっと言っちゃってんの」


 身の危険を感じたので、陛下から数歩離れた。すると陛下は眉根を寄せた。


「何を誤解しておるのだ。いやらしいことを考えるでない、ハルーティ。我は皇帝ぞ。嫁入り前の娘に手を出すようなことはせぬ。まったく……」

 今度は騙されてなるものか。

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