第4話 村でお昼ご飯を食べよう
「こっちだ」
仮面を被った陛下の案内で、陛下のプロポーズを回避するために、陛下の幼馴染みを探しにいくことになった。なんかもう全体的におかしいような気がするが、深く考えるのを私はやめた。
城を出て、城下町を通り抜け、踏み固められた街道を歩く。
「良い天気ですねえ」
「うむ」
太陽は高く、空に雲はない。すかっと晴れている。時折ふく春風はどこまでも優しい。
陛下が私の隣に並んだかと思うと、肩を抱いてきた。
「なんですか、一体」
「道案内だ。迷わぬよう、導いておる。ほら、こっちだ」
肩を押されて、左に曲がる。
「道案内で肩を抱く必要はないんじゃないでしょうか」
「いや、ある」
大きな手が私の肩の関節を覆うかのように掴んでいる。でも恋人たちのような甘い雰囲気ではなくて、連行されているというか、捕獲されたというか、そういう感じだ。
「そんなにガッチリ掴まなくても」
「そなたに逃げられたら困るからな。しっかり掴んでおかねば」
もはや罪人が逮捕された感すらある。
「陛下?」
「なんだ」
陛下って呼ばれて、返事するんだ。いいんだ。何のための変装なんだ。
「幼馴染みってどんな人ですか」
途端に仮面からのぞく目が泳ぐ。動揺が伝わる。
「私と似ているんですよね。どういうところが似ていますか」
「そう、だな……。我を振り回すところが似ているな」
「そっちでしたか。外見のことかと思っていましたが」
「……見た目も、似ていると思う。春の日差しのような髪と蜂蜜色の肌で、朝焼けの空のような瞳をしている」
今陛下はどっちを思い浮かべて言っているのだろう。私のほうか、それとも幼馴染みのほうか。
もしも好きな人と見た目も性格も似た人がいたら、その人でもいいやと思えるのだろうか。思えるのだとしたら、もとの人のことをよほど想っているということなのではないだろうか。
「本当に好きなんですね、その幼馴染みのことが」
肩を掴む指先に、ぎゅっと力が込められたのを感じた。
☆ ☆ ☆
昼を少し過ぎた頃、ディルア村に到着した。のどかな農村といった雰囲気で、民家が数十軒ほど密集してできた小さな集落だ。
周辺には小麦畑が広がり、青い穗を揺らしている。近くを悠々と流れる大きな川で網をたぐっている人たちは漁師だろうか。川岸の茂みから首の長い水鳥たちが群れをなして飛び立った。
私たちはまず宿屋に向かうことにした。陛下が言うには、ここの宿屋には食事処があるらしい。
「なんでそんなことをご存じなんですか?」
「それは元冒険者だからだな。悪神を倒す旅の途中で、この村にも立ち寄ったことがあるのだ。ここはなかなか美味い料理を出す店だ。期待せよ」
きょうは朝からプロポーズされて、エミナとお茶をして、城を熊のように走るなどして忙しく、昼食はまだだった。素直に期待してしまう。
集落の一番端に建つ大きな木造二階建ての建物、そこがお目当ての宿屋兼食事処だ。
古びた木のドアをあけて中に入ると、まず目に入ったのは鉄板でできた大きなテーブルだった。鉄板の上には肉の塊や鍋が並び、湯気を上げている。鉄板の手前には料理人がいて、肉をひっくり返したり鍋をかき混ぜたりと忙しく動き回っていた。
店内は、お客さんたちの笑い声、食器のぶつかる音、香ばしいにおいなどで満ちていて雰囲気が明るい。こういうのを活気に溢れているというのだろうか。
「わああ!」
自分でも目が輝いているのがわかる。
「私、こういうところに来たのって初めてです。教団の山と、今いるお城ぐらいしか知らないので新鮮です」
「神官殿は世間知らずだからな」
そんなことを言って笑う。そうなんだよね。世の中は知らないことばかりだ。
「お客さんが多いですね」
のどかな農村にある店とは思えないほど客が多い。ほぼ満席だ。
「ここは人気の店なのだ。宿屋の亭主が料理人を兼任しているのだが、かなりの腕前だぞ。そのため近隣の村々からも客が集まるようだな。さあ、そこの椅子に座って待つがいい」
指示された席に座り、そっと店内の様子を見回した。若い男女や中年男性の集団、お年寄りの一人客までいろいろだ。服装から察するにおそらく普通の村人たちだろう。庶民の食堂といった感じだろうか。
陛下が料理人と何やら話をしている。へえ、こういう店ではああやって注文するのか。勉強になる。陛下が私の隣の席に腰を下ろすと、すぐに料理人がやってきて、木の器に入った汁物を二つ出してくれた。ニンジンとエビが入ったシチューのようだ。こってりと濃厚な美味しそうな香りがする。
「いただきます!」
「うむ」
「わあ、このシチュー美味しいですね。エビのうま味が濃くて、ニンジンが甘くて」
「うむ」
「あれ、でも陛下はニンジンが嫌いでしたよね……って食べてる」
「うむ」
「ニンジン、美味しいねえ」
「うむ」
「仮面、邪魔じゃないですか。外してもよくないですか」
「うむ」
「もう。話、聞いてます?」
「聞いておるが?」
適当に相づちをうっているだけかと思った。陛下はどこか面白がるような目で私を見つめてきた。
「ところで、この村の名物「カニの塩蒸し」を食べてみたくはないか?」
「なにそれ食べてみたいです!」
「だと思ったぞ。既に注文してある」
「わあ、やった!」
「カニのあとにはデザートもあるぞ」
「マジですか……」
「喜びに震えるがいい!」
「震えます! 陛下だいすき!」
う、と言葉に詰まって視線を逸らした陛下を見て、あっ、と思った。こういうのを今まで自然にやっていたが、それが良くなかったのかもしれない。教団の子どもたちとはいつもこういう感じで会話をしていたから、それが癖になっているのかも。ちょっと改めよう。
まったくもう、これだから世間知らずの神官殿は。自分でも苦笑してしまう。
そういえば。ふと思い出したのだが、陛下からセラム教団への寄附って、いまのところゼロなのではないだろうか。
何をやっているんだ、私。
城に来てからの半年間、ただただ皇帝陛下と遊んでいただけの日々だった。女神よ、ダメな私をどうかお許しください……。でも、これでも仕送りはしている。セラム神官として儀式を行い、その謝礼として受け取ったお金を教団に送っているのだ。きっと子どもたちのおやつ代ぐらいにはなっているはず。これからも積極的に仕送りしよう。でも、よく考えたらこれってただの出稼ぎなのではないだろうか。おかしい、私は城に出稼ぎに来たわけではないのだが。
帝国から寄附金をいただかねば。教団に保護された子どもたちに、貧しくてみじめな思いはしてほしくない。
そのためにも早く幼馴染みを見つけて、陛下のところに連れていく……いや、会いにいくのか? とにかく幼馴染みと陛下がいい感じになったら感謝されて、それで寄附金ももらえるかもだし、プロポーズもうやむやになるだろうし良いことづくめだ。頑張ろう。
決意もあらたに、食事に集中した。
その後に出された料理も絶品であった。カニを塩竃で包んで蒸し焼きにした料理もナッツが乗った糖蜜のタルトも最高としか言いようがない。ちなみに陛下のおごりである。ふとっぱら皇帝!
満足して食事処を出ると、さあ、いよいよ幼馴染み捜索の開始である。
「民家を一軒ずつ訪ねてまわりましょう」
私がそう言うと、皇帝陛下は少しうろたえた。
「本気か」
「もちろんです。ところで、幼馴染みのお名前は何ておっしゃるんですか」
「……アーシャだ」
「くう、いかにも女性的なお名前ですね。きっと美女なんでしょうね、私みたいな」
そこでツッコミを待ったが、何も言ってくれなかった。どうしたんだろう、陛下のわりにノリが悪い。上目遣いで見上げると、陛下は少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「陛下……?」
「いや、美女か。そうだな、しばらく会っていないからわからぬが、今はきっと美女になっていることだろう」
仮面の奥の目がまぶしそうに細められた。
「だが、我はハルーティがいいのだ。なにせ世界で一番可愛いからな。幼馴染みなど探す必要はない」
胸がちくりとした気がして、誤魔化すために咳払いをした。
「う、えっと、それでは、捜索開始です!」
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