第43話
相手の命を奪うかもしれない。いや、それ以前に奪われる可能性がある。
自分の想い人と、一時は尊敬までした男。
その二人が殺し合うという最悪の想定に耐えきれず、つい先刻マキに注意されたのも忘れてタイトは掠れた絶叫をあげる。
そんな彼を見てマキが、ほんのちょっぴり、けれどとても優しく頬笑みながら、だけどしっかりと首を横に降る。
「…どうしても、なのか」
「そだね」
「…死ぬかもしれないのに、か」
「そう、そこだね。…それでねタイト、こっからが一番大事なんだけどさ」
「まだ、なんかあんの?」
正直もう勘弁してくれ、眉毛を八の字にしながら顔中でそう訴えかけるタイトに思わず苦笑するマキ。
タイトのこれまでの人生で、今日ほど事件の連続した日など無かったに違いない。
そこには同情もするが、ここからが肝心要、作戦の一番大事な部分だ。
マキは大きく息を吐くと、しっかりとタイトに向き直ってから、こう告げた。
「もし、アタシがあのオッサンに対して形勢不利になっている様なら、アタシがさっきそこでやった様に鉄球の勢いを付けてここにぶち当たりなさい」
「はああああああああ?」
もう驚く事はないだろう、つかもう驚きたくない。
そのタイトの願いも虚しくまたも無理難題を吹っ掛けてくるマキである。
「その行動に一体何の意味があるんだよ?」
当然な疑問だ。
「あります。タイトくんがそのクレーンでここの足場にぶち当たります。足場が崩壊します。オッサンが瓦礫と一緒に地面に落下します。
これにてミッションこんぷりぷり」
「んな上手くいくか!そんな衝撃位でコンクリートの床が破壊出来るかよ!
そして簡単にいうがその時お前はどうなるんだよ!?」
「まず一つ目の質問ですが壊れます。見てみ」
そう言うとマキは渾身の力を込めて手にした角材で床を強打する。
「どりゃっせっ!」
乾いた音が辺りに反響するが、衝撃を与えた部分に目に見えて変化は無い様に見える。
「…壊れないじゃん」
「今壊したら阿保の極みですがな。それよかよく見てみ」
そう言ってマキが床を指さす。
不安定に揺れるそこからタイトがなんとか目を凝らすと、マキが強打した辺りから僅かだがクラックが走っているのが見てとれる。
ただし、元々が半壊していた施設なのもあって、床に走った亀裂などいちいち意識して見ていなかった。
よしんば、いくら解体途中かつ現廃墟とはいえ、非力な女子高生の一打で悲鳴を上げるようでは工場施設として成り立たないのではないか。
「ここさ、今居るこの建物さ、タイト気付いてた?他の棟と比べてやたらボロい事に」
どうやらタイトの疑問点に応えるべく解説パートに入ったらしい。
「いや、そんな余裕なかったし…」
「ここね、どう見ても取り壊される途中の雰囲気満々だけれど、それ以前に他よりかなり古い建物だと思う。
タイトの乗っかってるそれ、その球さ。ビルの解体用だと思うけど、もう日本じゃ使われていない古いタイプなんよ。
多分ここ自体、もう使わないとかで結構前に解体するってなったんだと、アタシは考えた訳」
そのマキの推察は実の所ほぼ正解といっていい。
タイト達の居る区画はこの一連の工場施設でもとりわけ古く、操業中から解体工事は進んでいた。
しかし工場そのものが操業停止に至る規模の様々なトラブルが発生、それに伴い工事は中断。挙句は重機すら回収されぬまま放置されてしまい、廃墟となって現在に至ると言う訳だ。
「だから、俺がぶち当たったら崩壊する、と?お前マジで言ってんのそれ!?」
「イケるイケる、必要なのは思い切りだね、勢いがないとダメだろうから」
「…だからさ」
「心配はいらないって、建物ぶっ壊れてもキミはその上に引っ付いていればワンチャンあるし大丈夫!多分」
「だからよ!…お…お前は…マキは、マキはそれでどうなるんだよ!!」
確かに、足場ごと崩落に巻き込めば字実野とて無事では済まないだろう。
だが、同時にその場にいるマキはどうなるのだ?
「ま、なんとかなるっしょ。アタシのすばしっこさはタイトもよく知ってるやん?」
「そんな事言って誤魔化すな!」
「…来た」
タイトはまだ納得いかない風であったが、マキは敵の来訪を察知して会話を中断する。
「え…?え…」
「タイト君さ!しっかりお役目果たしてくれたまえ!
…そして」
気持ちの整理もままならぬまま、戸惑うばかりのタイトへ、駄目押しとばかりに鉄球を奥へと突き放す。
「おい!」
「信じてるよ」
ピンク色の小さな舌をペロッと出しつつ、こちらへ向けてもう一度ウィンクしてみせるマキ。
平時ならそのチャーミングさにうっかり騙されてしまうだろうが、錆の浮いた扉の向こうから、わざとらしい大きな足音が響くのを聞いてしまうと、流石に平静でいられない。
(…信じてるて、いきなりそんな無茶ぶりされても!)
かくして、今だ現状を把握しきれず認知も出来ず。
こちらの意向完全無視のマキの作戦を突然突き付けられて、 覚悟など出来るはずもなく。
眼前で想い人をいたぶられながら涙ながらに絶叫する下地が出来あがったのである。
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