第21話
「おう、こっちだこっちだ。ほう、こりゃまた見違えたな嬢ちゃん。何も荷物は置いてくりゃ良かったのによ」
「すいません」
「がはは!なんでタイトが謝る事があるんだよ?さあ早速始めようぜ」
字実野はこの三人の会合の為に、二十四時間営業のファミレスに予約席を取ってくれていた。
「悪いな、こじゃれたフレンチの店や高級料亭にはあんまり縁がなくてよ。
居酒屋の座敷ってのも考えたんだが、高校生が飲み食いするには時間的にもう長居が出来んしな」
「いえ、僕らも家族と外に食べに出るとしたら大概がファミレスですし、肩肘張らないでいられるのでむしろ有り難いです」
「そう言ってくれると助かるぜ。せめて食いたい物を好きなだけ食っていきな。
何、勘定の事は心配しなくていい」
「駄目です字実野さん!そんな事言ったらこいつ、メニュー表を全部制覇しますって!」
「ほんに煩いのう今日のタイトくんは」
「全然誇張表現じゃねーだろお前なら」
「まあまあ仮にそうでも構わねぇよ?俺は。豪快でいいじゃねぇか」
「はあ」
字実野はマキの「胃次元ポケット」の恐ろしさを知らないからそう言えるのだ。
「それより楽しく飲もうぜ?俺だけ出来上がっちゃ申し訳ないし、アルコールは俺も自重しよう。」
「え、えぇそれは、お気遣い有難う御座います」
「まあ気楽にいこうや。折角、俺とお前ら新しい『
今日字実野が用意してくれたこの宴席の目的も、その糸視者の集団に関しての詳しい話を聞くのが主だった所である。
「さて、嬢ちゃんが何やら注文しているな、こっちも負けずに何か頼もうや」
やがて各々の前に頼んだ食事やら飲み物やらが揃ってゆく。
意外だったのは、あの「大食漢と書いてマキと読む」でお馴染みの彼女が、ほんの僅かな注文しかしていないという事だ。
タイトの知るこれまでのマキならば、ウォーミングアップがてら特大ステーキから始まってピザにカレーにパスタ、更に鰻重と天丼位は頼んでいる筈である。
それが、今彼女の眼前に陳列されているのはアルコールを注文する客向けの、チーズ盛り合わせとトマトサラダのみなのだ。
普段一汁三菜をしっかり摂っている人が、突然芥子の実一粒で御馳走様というようなものである。
これでは、体調が優れていないのではなかろうかと逆に心配になってくる。それでなくとも、今日の午後から走ったり山の中を
それ故に字実野には申し訳ないと思いつつも、こういった場で変に遠慮するのも却って失礼であろうからと、心中で自己弁護した上で和風御膳大盛りを頼んでしまった位である。
それが自分より遥かに大飯ぐらいのマキならば、空腹を超えて極度の飢餓状態であってもなんらおかしくはない筈なのだ。
加えて、ちょっと前に字実野の車内で盛大にリバースしたばかりのそんなマキが外見だけでなく、注文内容までしおらしくなってしまったのであるから、これを心配するなという方が無理であろう。内容物と一緒に胃袋迄吐いてしまったのではあるまいか。
「はは、なんだ可愛らしいもんじゃないか、なあタイト?嬢ちゃん、本当に遠慮はいらないんだぜ?」
「お構い無く。ダイエット中なので」
どのクチがいうか。
つい先日電車内でケーキワンホール貪り食っていた人間が、臆面もなく言ってのけるその様に、呆れるのを通り越して感心すらしてしまう。
出会ってこのかた見せた事のない、おかしなマキの様子が気掛かりなのは確かだが、字実野に余計な迷惑をかける事は回避出来た訳だ。
ここはマキには申し訳ないが彼との会話に専念させて頂こう。
なにしろ聞かなくてはならない事が山程あるのだ。
「で?どうする、何から話をしてほしい?」
「え?」
「口に出さずともよ。顔に書いてある、聞きたい事があるってな」
タイトは胸の内をあっというまに見透かされその洞察力に感嘆する。
これからする質問が、もしかしたら字実野に対して失礼に当たるかもと思い躊躇していたタイトだったが、その字実野の態度に背中を押される形で、
「あの、もしかしたら気に障ってしまうかもしれない質問なのですが、字実野さんはあの時何故あの場にいらっしゃったんですか?」
字実野があの場にいた。という前提での質問になってしまったが、そもそもあの現場を見ていたのでなくては諸々話が繋がらない。ここは
その字実野は特段嫌な風もなく、ジョッキを片手に頷くとタイトの疑問に答えてくれた。
「お前らも見てたろ?あそこでドローンのイベントが催されていたのを」
「ええ」
「ここ最近気軽に飛ばす事が出来なくなっているドローンが、かなりの数集められて飛び回っているのが壮観でな。あれだけ纏まってブンブン飛んでいるのも珍しいじゃねぇか。
で、たまたま仕事が早く上がった所にあの場所に居合わせたから、そのまま車の中から見物としゃれこんでた訳さ」
確かに、大量のドローンが飛び交う様は見ていて面白かった。
今の字実野の話にはどこもおかしい点は見当たらない。ならば。
「そうですね、僕らも見惚れていました。…それであの、もう一点、聞いてもいいですか?」
「おう、今更遠慮なんてするな」
どうやら、先の質問を特に不快には感じていない様だ。
都合を工面して面倒を見てくれている人間を疑うような質問だった訳だから、あの段階で機嫌を損ねられてもおかしくはなかった。
次の質問も、される側は決して愉快には思えない類いの物だろうから、慎重に言葉を選びつつ言葉を続ける。
「すみません。では、あの、僕らを助けてくれた時、僕らの荷物を運んで下さっていて、それは凄く助かったのですが、あれがなんで僕らの荷物だと判られたのか今一腑に落ちなくて…」
「ああ、あの時か。閉会式のセレモニーをぼんやり眺めていたら、お前らがあの場で『黒』をどうにかしようと四苦八苦してるのが目に入ってな。
『シックザール』の連中以外に糸視者を見たのは俺も久しぶりだったから驚いたが、まああの様子じゃ揉め事になるのは必至だった。
あいにくと距離も離れていたし、まずはお前らが放置した荷物の回収から始めていったって訳よ」
シックザールと言うのは件の糸視者の集まりの事だ。
『シックザール織糸研究会』というのが正式名らしい。
そして、字実野の会話に出た『黒』と云うのは、タイトが呼ぶ所の「黒死縄」の事と思われる。どうやら、シックザールの人々は糸を単純に色で呼び慣わしている様であった。
「それよりもタイト」
「はい」
「少しは信じろよ?」
「あ、はい!いいえ、字実野さんを何か不審に思っていた訳じゃないんです!ただその」
「ちげーよそうじゃなくてよ」
「はい?」
「糸視えるんだろ?ならタイト、お前には解るはずだぜ?人の出会いには関わってるのよ、所謂あれだ、まあ恥ずかしい言い回しだがな。運命って奴だよ」
「字実野さん…」
字実野はタイトと自分達が巡りあったのは運命だったと言っている。
通常ならば、その芝居じみた台詞を聞いても苦笑いするしかないだろう。
しかし、タイト達には「糸」が視える。
世界の人達に、視えざる力が働いて。本人の意思と関係ない所で先の事が決まっていたりする事を、自分達は『糸』という形で目の当たりにしている。
そんな自分達だからこそ、運命という言葉の持つ意味、重みを誰よりも理解出来る、そうではないだろうか?
『自分達は、運命で繋がった存在である』
ほんの数週間前まで、自らの存在が、世の理から隔絶されているかの様な。絶望的な孤独感に苛まれていたタイトにしてみれば、それはとても甘美な響きであった。
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