第17話

「ちょっと君!なんだいきなり!」

「何考えているのあなた!」

「このおじさんを救う事かな?」

「いやいやお前今誰の上に乗っかってそれ言っているんだよ!」


 泡を吹いて失神している男性から引き剥がされながら、周囲を複数の大人に囲まれているマキに今すぐ動く事など不可能だ。

 ドローンは、もう瞬きする間に彼女に激突する。


「マキ!」


 その身を挺してマキが体勢を崩させて、不幸な未来から男性を救った訳だから当然マキとドローンの距離はあまりにも近い。

 対してマキとタイトの間は距離も離れているが、依然として突破するのに困難な人だかりがある。彼女を黒死縄の誘いから救うにはあまりにも絶望的な状況であった。


 そして、無情にもその瞬間が訪れる。

 モーターとジャイロの唸りを上げる機械が何かに激しくぶつかる音がする。

 同時に、人が倒れ込む。

 喧噪。



時は少しだけ遡り。

「老人に高所から飛び蹴りをかました常軌を逸した正体不明の暴走少女」であるマキへ、周りにいた大人達がひったてようと駆け寄って来ていた時。


(さてここからが本番ですな)


 マキが自らが生み出したこの窮地を、どうやって脱してやろうかと考えていたその矢先である。

 突然、見えない何かで頭を掴まれた。


(いたたたたっ?)


 その強さは尋常ではなく、さながら頭部に縄を懸けられた様な締め付け、そして衝撃。

 マキは再び宙を舞い、突然の闖入者に唖然としている周囲の観衆に突っ込んでいく。


「わああ!」

(なになになに?)


 さしものマキもこの事態には頭の回転が追い付かない。

 閉会の場を滅茶苦茶にされた挙句、頬にがっつりとスニーカーのフットスタンプを刻まれて昏倒している男性とその周囲の人間や、突然の女子高生バズーカの砲撃を食らった観客達にすれば尚の事。

 皆完全にパニックに陥り阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


(うん、取り敢えずの危機は去った、かな?んで周りに変な糸もねーと)


それでもマキが最初に確認したのは、件の男性の安全であった。さりげなく周囲の人間もチェックする。


「デビル黒縄―」が絡んでいないのは確認済みであったが、それはそれ、これはこれだ。…これとは即ち華麗な軌跡を描いたドロップキックであり、それをぶちかました当人に安全を保障されても男性自身は全く嬉しくないであろうが。


 マキが飛び込んだ観客側も、将棋倒しになってはいる所はあるが最前列の数人を巻込んだ位で、ざっと見る限り目立った外傷のある人はいない。

 件の大型ドローンも、喧噪渦巻く観客の離れた所で掠れたモーター音を響かせながら、瀕死の羽虫宜しく蠢いている。

 その更に少し向こうには、顔面蒼白のタイトが息を荒げながら尻餅を付いていた。


「こりゃ一体?」


 マキは状況把握を試みると、自分を拘束しようとしていた大人達も、更なるアクシデントを前に呆気に取られて呆然としている。

 今だ!


「おりゃっと!」

「あ、こ、こら!お前!」


 彼らの一瞬の隙をついて逃れたマキは、そのまま気の抜けた様にへたりこんで

いるタイトの方へ駆けよっていく。


「マキ?無事…」

「撤収!撤収‼」


 そうだ。最悪の状況こそ回避出来たものの、マキが突如乗り込んできて男性に乱暴狼藉を働いたという事実は覆せるものではない。


 見ず知らずの少女に顔面キックをお見舞いされたその不運は同情するが、命あっての物種だ。…正直「大型ドローンに当たってた方が軽傷だったかも?」と思わなくもないが、少なくともアレで黒死縄は消えたのだ、大丈夫だろう。


 翻って、マキとタイトはこの人達にとって狂える十代の若者な訳で、このまま留まれば二人にとってこれはほぼ死と道義。

 そこまで大袈裟に言わずとも警察沙汰なのは確定、親を招いての責任問題から始まってマキに至っては、もう流石に女子少年院行き、もしかしたら精神病棟送りである。


 赤い糸の行方を巡る旅、なんて浮世離れした事を続けてはいられまい。

 未だ震える体に鞭打って、タイトはなんとか立ち上がる。

 と、ほぼ同時にマキが腕を取ってきて勢いよく引っ張られる。


「お…おい!荷物は!?」

「今は三十六計逃げるが先決!」


 タイトもマキも、スマートフォンや財布等の貴重品は身に付けて旅をしているから、そこらに放り出してきた荷物はテントや着替えの類いで、最悪失っても旅は続行出来る。


 とはいうものの支障は相当あるし、身元はバレないまでも先程の現場の証拠品として、警察に渡されたりするのはあまり宜しくない。そして何より


「そんな事を言ったってマキ!どこに向かってるんだ!?」


 つまずきながらもついて行くタイトを引き摺って、マキがぐんぐん進む先には何があるのかさっぱり検討が付かない。闇雲に駆けずり回っても、無駄に体力を消耗するだけではないか。


 しかし、そんなタイトの疑問に対して。


「糸!」

「へ?」

「だから糸の無い方に進んでるの!」


 マキの解答にタイトは得心しながらも、どこか腑に落ちない物を感じつつ。鮮やかな新緑に芽吹く夏の林の奥へとマキに誘われていった。




 そして。先程タイトとマキが暴走ドローンを止めたその頃、彼らから一キロ程離れた地点に停車していた車の中。

 一人の屈強な男が何者かと電話をしていた。


「…どうするも何も次の手を打つ。想定外の事態にはなってしまったが、こちとらその際の準備も既に整えているだろ?」

「了解です、ではプラン2に移行します。…それにしても何なんですかねあのガキ共。まるで諸澤が消されるのを知っていたかの様な」

「まさか有り得ないだろうよ、そんな事?大体がだ、事前に調べた限りじゃ諸澤の身内にも、その近辺にも、あんなガキの存在出てこなかったろ?」

「それはそうなんですが…」

「まあ何か気になるってのも解る。俺だって仕事は台無しだわ、余計な手間を増やされただわで腸が煮えくりかえっている所よ」


 そう電話の相手と話す男の表情は会話の内容とは裏腹に、怒るどころか軽い笑みまで浮かべている。

 男は会話を続けながらも車のキーを回す。やがてその地味に地味を地でいく白のライトバンはゆっくりと発進した。


「とにかくそっちは次の準備をしっかりとな、ドローン組は手筈通りなら自首してるな?」

「先程運営委員のテントに向かうのを確認しました。あいつらにとってもあれは不測の事態でしょうが、元が事故を装う体なのですから進行に支障はありませんよ」

「結構だ。なら、あんたにはこのまま次のプランの進行を任せよう。

俺?ちょいと野暮用がな。いやな、正直ここでしくじるなんて考えていなかったからよ。

なーに、所定の位置には時間通り着いておくから心配なさんな」


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