第14話
危うく犯罪の片棒を担がされそうになった騒動の後、二人は改めて互いに糸の状況を確認し合う。これはこの旅行中の二人の決め事だ。
あの夕刻視た赤い糸が、今後も視え続けるとは限らない、人生何が起こるのかわからないのだから。
それに経験上、人に付いている糸は「その時点で最も影響の高いもの」が強く視える傾向にある。それもあって細めな糸の確認は必須事項であると言えた。
それに、お互いの糸を確認する事で未然に防げるトラブルもあるだろう。
例えば、タイトに「黒死縄」が付いているのをマキが見つけてくれれば、その命を散らす原因となる「何か」を遠ざける事も不可能ではない。
これは糸の状態を相互に視る事が出来る、タイトとマキ。
これから旅の間、朝昼夕と確認を行ってそれにより無駄のない円滑な行動をする訳である。
朝の段階では糸の様子に変わりはなく、従って長距離の切符を思い切って購入した。
そうしていざ乗り込んだ電車には幸いにも他の乗客がまばらで、あの厄介な糸も気にせずに済みそうだった。
だが、マキが荷物の中からケーキをワンホール出して食べ始めるという暴挙に出た為、タイトは只管無関係を決め込んで寝たふりをする羽目になる。
そのマキもお腹がくちくなると盛大なイビキをかきながら爆睡モードに突入していたのだが、更に一、二時間もすると突然パッチリと目を開き、こちらも精神的疲労から熟睡しかけていたタイトの肩を乱暴に揺さぶりだす。
「なんだよ。まだ目的地はだいぶ先じゃねえか」
「降りよう!」
「は?」
「お腹空いた!」
いまいちリラックスしきれない固いシートの上で、それでもまどろみの中にいたタイトはマキのその一言で瞬時に覚醒する。
「マジ?」
信じ難いといった表情のタイトに対し、真剣そのものといった眼差しで見つめ返すマキの下腹部から、盛大な腹の虫が恥ずかしげもなく車内に響き渡る。
「分かった!次の駅で一旦降りよう」
「よしなに」
あまりにも早い途中下車だが、実のところタイトはこの車両に乗ってから何回スマートフォンのシャッター音を聞いたか知れない。
勿論、その全てが彼らを撮っていたとは限らない。だが、今SNSの類を覗いたら、「電車の中でケーキワンホール喰う女撮ったった」的な投稿に万単位でリアクションが付いているのを見る事になるのは避けられそうにない。
両親共に国宝級の堅物なのが幸いした。余所の家庭なら何の気に無しにネットを見てその場でひっくり返り、旅が初日で詰んでいた可能性もある。
二人ともコミュニケーションツールそのものに
こんな状況でこれ以上ここに留まるのは、タイトのノミの心臓では到底耐えられそうにもない。
だが、視界に入る人物を向かいの席に陣取るマキ一人に限定する事が出来た車内と違い(今にして思えば単に運が良かっただけの話である)、一度外に降り立てば辺りには人の運命爪弾く糸の乱舞が待ち構えている。
けれど、その糸を視るのも今日は一人ではない。
それこそ同じ苦しみ、辛さを共有出来るマキと云う存在がいるのだ、そう思えば以前程絶望的な状況ではないだろう。
しかし、タイトはまだ知らない。
糸を視る人間が同時に複数その場に存在する、それがどんな事態に発展するか。
実の所、彼は今回の旅を実行するにあたって、この点をもっと真剣に考慮する必要があったのだ。
せっかく乗った電車から降り立ち、(タイトはまだ空腹には程遠かったのだが)食事をとる事にした二人。
早速とばかりに駅から直通で入れるデパートの地下食品階を目指して繰り出すマキ。それを追ってタイトも足を踏み出すが、既に辺りには目障りな糸が視界の端にちらついている。
休日の昼前の駅である、人込みでごった返していて当然なら、そこに糸も視えて当然なのだ。
タイトは努めてそれを視ないように努力するが、果たしてマキの方はどうしているかとそちらを見ると、
「おっちゃん!おっちゃん!煙草!煙草もう駄目だって!」
「あ?」
すれ違いざまに見知らぬ中年男性に声を掛けている。
確かに、その結構な強面の男性の、胸と手にした煙草を繋ぐ様に「病の灰」が結わえられているのがタイトにも視える。 視えるのだが。
「死ぬから!そのまんまじゃ肺癌だよ!死ぬわ!」
「うるせーな!てめぇに何の関係もねーだろうが!!!」
「関係とか関係ないっすわ!」
「あーもう!すいませんすいません!こいつ知り合いを癌で亡くしてまして、その、おじさんがその知り合いに面影が」
「えーと。えーん。おにいちゃーん」
「あ…何、そう?たくよぉ、そういうの余計なお節介て言うんだ、やめときな」
相手の男性も先を急いでいたのか、深刻な言い争いに発展する事なくなんとかその場は収まった。
「あのさ!こんな事してたらキリないだろ?ないだろ?ないよね!?ないって言ってよ!」
「いやでもあの『グレーゾーン』の太さ色の濃さは無視出来ないわーあり得ないわー」
確かに、同じ糸に見えても微妙な個体差があり、それが関連付けられる事案の要素の強弱に関係している…というのはタイトもこれまでの経験で把握していた。
今の例ならば、あの「病の灰」の糸が太い状態は、深刻な身体の異常を暗示していた様に見える…が。
「だからって、ああやって道行く人に声掛けまくってたらそれで一日終わるだろうが!」
「あのだねタイト君。アタシだって分別つーもんはあるのだよ。
だから手当たり次第なんて事は…
おーい!そこのパツキンさん!そのおにーさんとは別れなさい!」
駄目だこりゃ。
例えマキがあのまま餓死していたとしても、電車を降りるべきではなかった。しかし後悔先に立たず。
結局、この日は終日こんな調子であった。
確かにマキは「病の灰」や、「不貞の紫」等、ある程度深刻な未来を想定させる糸のみを選別して接触している様ではあるのだが、そのエンカウント率がはっきりいって異常なのだ。
それこそ、自然体で辺りを見やれば何種類もの糸が誰しも彼しもそこかしこに纏わりついている状況で、タイトが気付きもしなかった糸の持ち主へと、まるで導かれるかの様に近づいていくのである。
当然、その度に結構な頻度でトラブルへと発展し、タイトは汗だくになりながらその仲裁に入る事になる。
(それにしても、マキの奴、いったい全体どうやってあんなにヤバイ奴だけ見つけられるんだよ…超能力者か?)
タイトはそう頭の中でこぼしてすぐ、自分も含めてマキも「超能力者」というカテゴライズからそうかけ離れた存在ではない事を思い出す。
そしてもうひとつ。
(でも…俺にはやっぱりマキの様にピンポイントでああいった糸の視付け方は出来ない。慣れの問題なのか、それとも)
(俺とマキで糸視の力に微妙な差異があるって事か?)
タイトがこれまで出会った事のある他の糸視の力の保有者はマキのみだ。
それまでは自分独りだと思いかけていた位であったのだし、マキと出会ってからも、その互いの能力の違いを気にする余裕なんて全くあろうはずもない。
そうした周囲の人への「過干渉」がようやく一段落したかと思えば、デパートの食品コーナーの試食ブースを軒並み一人で全滅させ周囲の
警官を呼ばれなかったのと、あの「黒死縄」に遭遇しなかったのがせめてもの救いであった。
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