第12話

そのに


マキのこと



 タイトが「糸」の視える少女「マキ」と、衝撃的な再会を果たしてから数日が経過したある日の早朝。

 タイトは彼女と始めて遭遇したあの駅にいた。これから、マキとここで落ち合う約束になっている。

 目的は只ひとつ、二人が視た「糸」の行方を突き止める為だ。

 あの日の夕方、二人の体から同じ方向に、同じ「赤」の糸が延びているとあって、マキのテンションといったらその場にいたタイトが引いてしまう位だった。


 しかし、彼女の反応は無理も無い。何せ、マキはタイト以上の長い期間、自身以外に糸の視える人間に出会っていなかった。十何年ずっと孤独だったのだ。

 当然、その期間が長い分だけ、自身にも糸があるものかどうか、かなりの間自問自答を繰り返したに違いない。


 周囲の人間に、無作為に運命を暗示する糸が絡み合っている中。自分にのみ、それが無いというその事実の孤独感、疎外感はタイトには恐ろしい程よく解る。

 ただ(現段階の極めて短期間ではあるが)、マキと共に過ごしてみたタイトから見て、あの豪胆なマキがタイト程に思い悩む性格とはとても思えはしないのだが。


 それでも、この展開にはマキは勿論、タイトも強い衝撃を受けた。

 赤い糸。


 それは糸視いとみの力の有無とは別に、日本人にも馴染みの深い伝承がある。

 やがて結ばれる運命にある男女の小指には、互いを繋ぐ赤い糸がある、という奴だ。


 その元となった説話は古代中国にまでさかのぼり、今日では中国及び日本を含めたアジア文化圏では広く知れ渡ったお話である。

 他にもジプシーは病気の際に薬指に赤い糸を結んでそこから病を逃そうとしたし、かつてロシアでは農耕祭の折、赤いリボンで穀物を束ねたという。

 赤い糸、という物は昔から特別な力があると思われてきたのは間違いない。


 ただし、糸視で視認出来る「それ」が本当に男女の仲を暗示する糸かどうか、タイトには確証が無い。

 糸の役目、意味合いを知る方策は今の所自身の経験から推測する以外にない。

 が、タイトは糸が視える様になってからこの方、赤い糸が結われた人間を見かけはしたが、その人物が繋がる相手とどういう形に落ち着いたのか、それを見届ける機会に恵まれて来なかったのである。


 それは、まず赤い糸自体が実はお目にかかる機会の少ない「レア物」であると云う事と、第三者の客観的な視点でみて、その男女が結ばれたかどうかなど、一時的な観察では断定する事が難しい為だ。

 それに関しては糸視の経験が長いマキも似た様な物らしいのだが、「よく解らないからこそ」余計に探求心を刺激するそうで、マキはその場の高揚した気分のままに、あれよあれよと云う間に糸の行方を探しに行く算段を立て始めた。タイトの同意を得る事もなく、彼が同行するという前提で。


 これにはタイトも異を唱えざるを得なかったが、彼にしてもあの糸の行方が気になるのは確かだ。

 あの赤い糸の先には、自分と結ばれる「誰か」がいる。

 それを考えるだけで、タイトも胸の高鳴りを抑えきれないのは事実な訳で。

 それをこのまま放置しても、フラストレーションが溜まったままかなり鬱屈した日常を過ごす事になるだろう。

 それに、幸いにも夏期長期休暇…夏休みが始まる目前である。

 行動を起こすなら、この機を逃す手はない。


 だから、暴走するマキの提案に追従する形にはなったが、タイトは彼女とちょっとした夏の小旅行に出掛ける事を決意したのである。

 但し、決行するに当たり二人が乗り越えるべき障害は少なからずある。


「…親、どう説得すっかな」


 夕暮れの公園でその熱気のまま、あれやこれやと計画を練って。旅行のプランも大まかに纏まって来た所で、タイトは胸の内に抱えた悩みを溜め息混じりに漏らす。


「ウチは多分大丈夫だわ。そっちそんな親御さん厳しいん?」

「て言うかだな。えーと…マキはさ、高校出た後の事とか、決まってるのか?」

「まーざっくりとだけどねー。あ、そっか、キミは本来ならば旅行に行ってる暇はない訳ね」

「理解が早くて助かるよ」


 高校二年の夏休みとなれば、人によっては明くる年の大学受験等を見据えた対策で、気楽に遊び呆ける訳にもいかない時期だ。とは言うものの、あまりに根を詰めても人間参ってしまう。

 まあタイトはノイローゼに陥る程勉強はしてないし、そもそも勉学が手に付く精神状態で無かった訳だが。


 逆に言うと、何やら追い詰められている息子がその息抜きをしたい、という建前であれば少々の外出もなんとか許可を取り付けられそうな気がする。

 息抜きというにはやや奇妙な旅になりそうだが、とにかくその方面から攻めれば両親、特に厄介なのは父親だが…を説き伏せるのは難しくないかもしれない。


「なに辛気臭い顔してるかね?まあ任せておきなさい」

「ま、マキに?」


 タイトの問いかけに対して自信満々の表情でうなずくマキ。

 短いながらも彼女と行動を共にしてだいたいどんな行動をとるか…

 いや全く分かんねえ!!


 そもそもお堅い所のあるタイトの父親に対して、息子の異性の友達というのは諸刃の剣だ。

 まず、息子が家に女友達を連れて来る事に対しては案外悪く思わないかもしれない。

 とかく糸視の件でいろいろ気を使わせてきたのだ、友達だってしばらく家に招いていない。そこにあって女子とも交友関係がありますよ!は両親にとって悪いニュースじゃないだろう。


 問題は、「夏休みに女友達と小旅行に行きます!」がすんなり通る相手ではないという事だが、まるで十年来の友に接するかの如く肩をバンバン叩いて

「任せとき!」を連発するマキに押される形でこの衝撃的な会合はお開きとなったのである。


 結論から言うと、両親の説得には成功した。

 いや、説得というよりは奇襲攻撃により力技で勝利をもぎ取った、という方が正しい。

 事の顛末に対しては父親もだろうが、タイトもあまり思い出したくない。


 だって、想像してみて欲しい、時代錯誤レベルで厳格な父親との初顔合わせ、それもこれから一戦交えなければならないその戦場に。

 マキがファンシーな鴉天狗の着ぐるみで初夏の玄関先に現れた時の織部家一同の衝撃と混乱を!

 正直どうやって説得できたのかよく覚えていないのだ、だって軽くホラー入ってたんだもんあの状況。


 結局は鴉天狗に「結婚を前提とした交際をしている二人がマキの実家へご挨拶に行く」というトンデモカバーストーリーまで押し付けられて織部夫妻は圧倒されてしまった形だ。因みにこの恋はこの旅行中にご破算になるらしい。結婚を前提としていたんじゃないのかよ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る