第11話

「すげえな、アンタ」

「いや?アタシは別に凄くないよ、超絶自己中なだけ。それとそろそろアタシの事『アンタ』っての止めてくんない?」

「んな事言ったって…」


 少女と再会してからそこそこの時間が経っている。なのにここまで互いの名前を知らずに来ていた。


「あー!そういやまだ自己紹介すらしてなかったか!アタシはマキ!キミは?」

「…織部。織部タイト」

「よっしゃ!今日からキミとアタシはマキちゃんタイトくんの間柄じゃ!

まーでもめんどいから敬称略即ち呼び捨てでいーよね!よろしくタイト!」


 そう言うと、「マキ」はわざとらしい程に豪快な笑いを放つ。


「マキ。なんか普通の名前だな」


 彼女と出会ってからの出来事のひとつひとつ、それぞれあまりにパンチが有り過ぎて強烈で。

 その間に、タイトの中で勝手に出来あがっていた彼女のイメージ像とはまるでかけ離れていたシンプルな名前だった為、 平素なら頭に浮かんでいたとしても決して口にはしない、そんな失礼な発言が思いもかけずにうっかり滑り出てしまった。

 当然、目の前の少女は口をとがらせ不平を露わにする。


「ちょっとちょっとそれどーゆー意味?じゃさ、アタシにピッタリの普通じゃない名前ってどんなのだよー!エリザベス?グレタガルボ?マルガリータ?」

「…いや悪かった、名前、親に貰ったもんだもんな。難癖付けてすまない」

「ふふ。いーよ、キミ、最初はいけ好かない奴かなと思ったけど、結構素直に間違いを認めるよね?そういうの好きだよ、アタシ」


 マキの言葉に含まれる「好き」が「LOVE」でない事。それ位瞬時に理解出来る。

 しかしだ、 その己が心を惑わす甘美な調べが、自らの胸中をどんどん占有していくこの少女の口からもたらされれば、 ハートがひっきりなしに早鐘を打ち始めてしまうのは避けられない。本当、なんで女の子はこんな反則技を平気で使うのか。


 おまけに、当のマキの顔がどんどんこちらに近付いて来ているとあっては、緊張するなと言われても無理な相談だ。

 夕日が朱に染まる頬をカモフラージュしてくれてはいるものの、

 一瞬たりとも目を逸らさず距離を詰めてくるマキに対して、タイトは情けないが動揺を隠し切れずに狼狽えるしかない。


「ななんだ、よ」

「で、さ?お腹も落ち着いた事だし、そろそろ本題に入りたい訳ですが」

「あ、そうか」


 そうなのだ。今日こうして再会してからというもの、マキの行動に振り回されっぱなしでいたが、 この遭遇の最重要任務はラーメンを食べる事でも過日の不手際を弁明する為でもない。


「タイトさ、視えてる…んだよね? アタシの、…糸。」


 これだ。これこそが、タイトがもしも糸の視える他人に出会えたとしたら、いの一番に確認したい事だったのだ。


 他人との繋がり。絆。未来。運命。

 曖昧ながらもそれを司り、象徴するあの忌まわしい糸達。

 周囲の人間尽くに絡み付くそれが、自分には無い事の絶望。


 しかし、その能力に自分の知らないの制限があり、自分の糸が視えていないだけなのだとしたら。


 心の臓が先程の緊張を超え鼓動が速まる。このやりとり如何では、これまでの絶望を拭い去る事は不可能なのだ。

 ただし、先のマキの発言の内容を見るだけでもタイトの想定を裏付けるに十分とも言えたが、念の為確認は必要だろう。

 だから、一生懸命、彼女を視て、そして答えた。


「ああ、視えてる。もしかして、マキも自分の糸が視えていない、とかか?」

「そーだそーだ!やっぱりか!そーかそーか!あはははは!!」


 タイトの返答を聞くがいなや、ベンチの上から躍り出て歓声を挙げながら辺りを一心不乱に跳ね回るマキ。

 やはり。考えていた通り、「糸視いとみ」の力は、自分自身には作用しないのだ、「自分には視えていなかった」だけなのだ。

 自分もこの世界の一員として、糸の紡ぐ定めに管理されている、そう考えて間違いないだろう。それはなんと甘美な事実であろうか!


 そして、マキも人知れず己が糸の視えぬ事を悩み続けて来た、そういう事なのだろう。

 自らの運命を象徴する糸が、未来を縛るあの糸が、この自分にもある。それは決して喜ばしい事と言えないかもしれないが、二人のこれまでの人生で感じてきた疎外感、孤独感。それがようやく解消されたその嬉しさの前には、他の一切合切は些末な事柄である。


ひとしきり大騒ぎして次第に興奮が落ち着いて来たのか、マキが上気した顔で語りかけてくる。


「ね、教えてよ、アタシの今の糸。」

「あぁ、その代わりそっちも頼むぜ?俺の糸!」

「もち、勿論!これが言わずにおれますか!えーとでも、どうしようか?色にする?」


 当然といえばそうなのであるが、マキが糸に付けた名前と、タイトの呼び名が一致するとは考えにくい。

 先程彼女が言った「デビルクロ縄ー」が、タイトの言う「黒死縄」と同じ物を指しているならば、互いに勝手に名付けた名前を言い合っても、ピンと来ないであろう。

マキの言う通り、この場は色で報告しあうのが妥当だ。


「じゃ、行くぞ。色と、繋がってる奴がいたら…ないしはその方向を指差すって事でどうだ?」

「おっけー!オラなんだかワクワクしてきたぞ!」


 遂に、自分の糸が分かる。

 二人の間に心地よい緊張が走る。それはまるで互いの心音が空気に乗って伝わって来るかの様に。

 マキが、期待に満ちた笑顔で静かに頷くと、

 タイトもそれに応じる。いよいよだ。


「せーの…」









「「あっちに向かって赤い糸!!」」









 二人の声が、指さす先が寸分違わず重なる。

 同時に、互いの表情も気の抜けた様な、意表を突かれて口が半開きのおどけたものになっている。

 無理もない。


 神とやらが、人間一人の人生を個別にパフォーマンス出来るのならば「雑過ぎ真面目にやれ!」と非難されてもおかしく無いと思える程に、あまりに出来すぎた、あり来たりの評論で茶を濁らされる、安い、安い三流芝居並みの、出し殻になって久しい白々しく寒い展開だ。


 だって、偶然といわれても容易く受け入れられようか。

 二人同時に指差したのは、遥か夕日の沈む方向へ、 そして糸の色は、「あの」赤なのだから。

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