第10話
「なんだよ~まだまだいけたのにさ~まあ取り敢えずごちそーさん♪」
「その額に『腹八分目』って刻んどけ、毎朝見るだろうから」
余りの騒ぎに他の店からも客が覗きに来る程で。その喧騒冷めやらぬラーメン屋を後に、 お腹をさすり喜色満面の少女と、対照的にげっそりと青い顔をしたタイトの二人は麵屋横丁からほど近い、小さな児童公園を訪れていた。
流石に奢らせる一方なのが気にかかったのか、自販機から取り出したドリンクを一本放られそれをちびりちびりと飲みつつ、二人はヒートアップした体を(厳密には彼女だけだが)今はベンチでクールダウン中という訳だ。
あの哀れなラーメン屋に入ってから長い時間が経った気がしていたが、実際にはものの十五分といった所の様で、遊具と木立の間から覗く茜色に染まる西の空には、地平線に夕日がへばりついているのが見える。
女の子と二人で夕暮れ時の公園のベンチという、タイトにとって未経験の胸の高鳴るシチュエーションにやや緊張し、この先のドラマチックな展開を一瞬夢想したが、隣に腰かけた少女からは濃厚なニンニク香が漂う。
それがあの宇宙怪獣の様な食べっぷりを想起させ、否応もなく現実に引き戻してくれるのは幸か不幸か。
更に
「いやーでもお茶飲んだ位じゃまだ口の中がしょっぱくてしょうがないなー。あとで『サンデーワン』でチョコミント七段積みでもいっとこっと」
この食の豪傑ぶりである。
「どんだけ食べるんだよ。てか店の事も少しは考えろ出禁になるぞ」
「いやーあそこのラーメン美味しいっしょ?今日奢りって聞いちゃったらついねー。
あ、普段はあそこ迄がっついてないのよホントよ?」
「非常に信じがたいが一応そういう事にしておくよ。で、そもそもがだな、そんなに食べちゃむしろ身体に悪いっての、麺が液体みたいだったぞ」
「ま、アタシゃとにかくエネルギッシュだかんねー、こん位食べないとガス欠になっちゃう」
ダイレクトな言い方ではなかったが言わんとする事はなんとなく解る。
「やっぱ、ずっとなのか?その…ああやって、糸絡みで人に干渉してるのは」
「むー。なんか引っ掛かる言い方だね。アタシはただ、じっとしていられないだけよ。それこそ、あの『デビルクロ縄ー』にがんじがらめの電車見たらさ」
「デビルクロ縄ー」は多分タイト言う所の「
人の事を言えたものではないが、もう少しネーミングに気を使えないものか。
…訂正、服装に加えて、だ。
「正義の味方か。でも、どんなに体張っても誰も解ってくれない、感謝もされない、これまでそんな感じじゃなかったか?」
自らの経験も踏まえて、タイトは彼女がしてきたであろう数知れない蛮勇の数々に疑問をぶつける。それは答えを予想した上で投げ掛けた、少々意地悪な質問だ。
タイトとしてはその解答を以って彼女と二人、これまでの辛い体験、その苦労を共有したい、分かち合いたいという暗い欲求があった。
しかし、少女の返答はタイトの期待を裏切りやや斜め上のものだった。
「あーうんー。そもそもが誰かの為にやった訳じゃねーとゆーか」
「え?」
あの死の電車を止めるが為に、命を賭して線路に飛び込んだ彼女の行動を、タイトは英雄的発想、自己犠牲的正義感から来るものだろうとずっと思い込んでいた。
「じゃ?何の為に?誰かを救う為にやってんじゃないのか?あの電車にした事も⁉」
「全部自分の為」
タイトはドリンクの缶を思わず地面に落としそうになった。
それは、彼が十七年の月日の中で
「自分の為って?誰かの為に身体張るのが自分の為ってどんな理屈だよ?単なる自己満足て事か?」
「そんなとこ?かな。君さ、あの電車見て『止めなきゃ!』て思わなかった?思ったでしょ。アタシもそう、んでそんだけなのよ」
夕日に染まる少女の横顔にこれまでの雰囲気とは一線を画する真剣な表情が浮かび上がる。
それは愛らしさの中に内面から来る凛々しさを併せ持っていて。
その全てをしっかりと網膜に焼き付けるべく全神経を視覚に集中したくなるが、ここで彼女の話を一語たりとも聞き逃してはならないと、慌てて聴覚にも神経を振り分ける。
「そういや、キミはあの時先に踏み出せなかったっけねー」
「…悪かったな」
「いいって事よ、だいたい、あの場でとっさに線路にダイブする奴の方がアタマどうかしてるわ」
自嘲気味に、少しはにかみながら微笑む少女。タイトはまたも見惚れそうになるも、その発言内容は聞き流せないものだ。特に先ほど見返りの超大盛ラーメンをご馳走した側としては。
「でもお前、あの時俺を非難したろう?」
「ゴメンね、もうお詫びのラーメン食べたのにね。あの時アタシもあんまりに切羽詰まってたもんだから、思わず悪態ついちゃった!でもこちとらその代わりに停学になったようなもんだからさー」
「やっぱりそうか。まあそうなるよな…でも、そこまで誰かの為に出来るのは、結局はその人を守りたいからじゃないのか?」
「んにゃ。キミ、仮にあの電車が大事故に遭ってたとしたら、どう?」
「…そりゃ、自分を責めてたとは、思う。」
「でしょー?アタシもそう、後悔して、後悔して、毎晩お布団の中で悶え苦しんで悶絶して食欲も減退しちゃうと思う!」
(最後のはむしろそれ良い事じゃないか?)
「アタシは、それが嫌」
真っ赤な夕焼け空と、遠くに浮かぶ紫にグラデーションがかった雲をしっかりとした眼差しで見つめながら少女が呟く。
「バーチャンがね、よく言ってたんだ。いい人生とは、後悔しない人生だって。あとで悔やんだりしないように日々を大事に過ごしなさいって、それさえ出来たら人生薔薇色だってね」
「だから、目に付いた糸が引き起こすであろう、不幸を止めてると?」
「そんな感じ。うーんと、これは多分なんだけれど、あの糸って、視えてもその意味合いさ、すんごい曖昧で不確実じゃない?違う?」
「ああ、そうだな。だから、良かれと思って出した助け舟が泥舟に変わった事の多かった事」
「あーやっぱ!そーなんだそうだよねーあれホントマジムカつくんだわー」
「本当、なんであんなもの視えちゃうんだろうな」
「でも、視えちゃうんだよ。それがアタシ、そして君。ヘンなものが視えちゃう人さ」
「それで、それだけで、線路に飛び降り自殺紛いのスタントが出来るもんなのかよ?」
「出来ちゃった。なんでだろね?」
これまで糸絡みで行動を起こした時。それは人の為と言いながらも、その実感謝や見返りを求め、期待してはいなかったか。
それにより自己顕示欲が満たされる時が来る事を、いつか英雄扱いされる事を、夢想してはいなかっただろうか。
そもそも糸を視て起こした行動の大半は、結果が良きにせよ悪きにせよ、その対象となった人間から良く思われる事はほぼなかった。
あまつさえ、別な要因が原因となりその人物が違う不幸に見舞われるなんて事態も有り得る。
それらを全て踏まえた上で、彼女は行動を起こしていたのだろうか。
諸々含めた荒唐無稽ぶりにやや呆れつつも、タイトは少女に対して憧れに近い感情が芽生えつつあった。
彼女はずっと他人に干渉し続けてきた。流石に糸の件を吹聴してはいないだろうが、気味悪がられた事に関しては代わりないだろう。
疎まれ、憎まれ、邪険にされ嘲笑われ、それでも真っ直ぐにやりたい様に生きてきた少女。
それも、全ては彼女が彼女らしくある為なのだ。
同じ能力を持つ身ながら、なんと正反対な事か。タイトには少女の姿が少々辛い程に眩しく
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