動物園で展示されることになった神獣の話

ユウグレムシ

ある上位存在の独白

 人間達が私を飛行機に載せ、この動物園へ運んでのち数日経った。かつての住処では、どの祠を訪れても、私の像は余すところなく全身を金銀宝石で飾られ、いつも聖水によって清められ、色とりどりの花々や鮮血したたる家畜や人身御供が絶えなかったものだが、今の私といえば、コンクリート製の狭苦しい独房と、粗末な寝藁と、蠅のたかる水桶とわずかな果物に囲まれて昼夜を過ごすばかり。しかし人間達は、私が果物にも水にもいっさい口をつけず、ひとときも睡眠を必要としないことを知るだろう。どんな最新型の機器に於いても私の血液や体組織が分析不能であり、どんなカテゴリの動物種にも該当しないばかりか、生物かどうかさえ定義できないことを知るだろう。“密林の奥地で希少な新種の動物を発見した”?……いいや、私が人間達に発見されたのではない。私のほうこそ、太古の昔より、地球という動物園に人類が興り隆盛しては驕って滅びゆくさまを見届けてきたのだ。人間達が私を知らなかったあいだも、私はずっと人間達を知っていた。

 人間達は己の姿に似ていない生き物に、自分達よりもすぐれた知性を認めようとしない。人間こそ神の唯一の似姿たる“万物の霊長”と盲信し、人型以外に神はありえず人間以外の生き物をみな下等だと決め付けている。行動を観察しただけで私の知性をすべて把握したつもりになっており、勝手な基準に従って私を既存の動物の系統樹上に当てはめようと試み、絶滅危惧種保護の名目で私を原住地から連れ去り、馬鹿げた渾名で呼び、見世物にする。ここでは誰も私に敬意を払わない。それゆえ、密林で発見し動物園へ連れてきたものの正体に誰も気づかない。何と愚かなことか。


 私について珍しい動物ぐらいにしか思っていない人間達が、毎日、独房の前へ押し寄せる。それら有象無象の好奇のまなざしには、かつて私を畏れ崇め奉った者達のように分をわきまえた謙虚さは一片もなかった。カメラのフラッシュを焚き、LED照明を浴びせ、私の写真や動画を撮影する者。私の姿をぼんやり眺めつつ飲食し、事が済めば檻の前にニオイのきついゴミを捨て置く者。私の迷惑にもお構いなしに騒がしい声で延々と雑談に興じる者。彼ら彼女らにとって私が私であることなどどうでもよく、せいぜい毛皮がきれいで、ツノがきれいで、忙しい仕事の合間に訪れた動物園でひととき気晴らしをするための、いくらでも他の動物で替わりが利く添え物のひとつにすぎない。だが私にとっては、彼ら彼女らのほうこそ、ほんのひとときの命を生きる儚い存在にすぎないことが見える。私には未来が見える。この動物園に集う人間達ひとりひとりのたどる運命と最期が見える。

 独房の脇に陣取って私の姿の模写に熱中する若者は、画才のなさに失望し命を絶つ。その隣で携帯型端末のカメラを私に向ける男は、連れ合いの女との別れ話がこじれて刃物で滅多刺しにされる。広場で子供らを遊ばせている保育士達は、帰路のバスが交通事故に巻き込まれ児童もろとも全員即死する。木陰でくつろぐ老夫婦の臓器を腫瘍がじわじわと蝕んでいる。酒によって肝臓を冒される者や煙草によって肺を冒される者が見える。災害や戦場であっけなく命を落とす者達が見える。死の間際に至って初めて、自分の存在が消えてしまうことがどうにもならないという究極の絶望に慌てふためき、家族とか、友情とか、名声とか、業績とか、知識とか、財産とか、たかだか百年足らずの人生の中で積み上げたちっぽけな宝物惜しさに固執して泣きわめく者達の無様な姿が見える。

 かくのごとく皆いずれ死ぬにもかかわらず、今のところ己の末路など気にもしないで、いつまでも永久に生き続けることができるかのように休暇や恋愛や晴天を謳歌し油断しきっている愚昧な定命者どもが、ここにはごまんといるのだ。どの動物の檻の前も、どの通路も、どの広場をも埋め尽くして絶えざる無数の人間の流れ!!まるで水平方向に広がる蟻の巣の様相ではないか。


 私はここに閉じ込められているわけではない。飛翔しないのは天井に金網が張ってあるからではない。むしろ私みずからが好んでこの場所に留まり、たまたまここに連れてこられた状況を愉しみ、わずかひとまたたきのあいだに生まれては消えゆく塵芥どものどうでもよさを観察している。コンクリートの独房ごとき脱け出そうと思えばいつでも脱け出せるが、動物園だろうと、密林だろうと、どこにいようと地球上という点に於いては私にとって大差ない。

 私が手を下すまでもなく、どうせしばらく待てば、痺れを切らした粗暴な人間達のせいで、またいつもどおりのくだらぬ喧嘩が始まり、動物園を擁するこの国も核攻撃の嵐に曝されて焦土と化す。そのときが来たら、文明の灯火があらかた消え、世界が静寂に包まれた頃合いを見計らって、哀れな動物達の亡霊とともに悠然と密林の住処へ戻り、私を祀る祠の様子でも確かめて回るとしよう。


おわり

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