第5話 志賀くん

「ううううばあんばあああああ! うびいいいいゆばああああああ!」

 佐々木には、志賀がいま何を言っているのか全くもって分からないが、志賀は泣きむといつも、僕はみんなのことが大好き、お仕事がんばってる花岡せんせーがかっこいい、清潔でスーツ着てる正治お兄ちゃんなんて正治お兄ちゃんじゃない、理香子ちゃんは笑ってなくても、お仕事がお休みのときでも、ケッコンしてなくても、赤ちゃんがいなくても素敵だよと、何時間にも渡って力説してくれる。

「すみません。今日はどうしても我慢ができなくて、怖い顔をしてしまいました」

 そう言って申し訳なさそうに眉を下げた花岡のスクラブに鼻水をこすりつけながら、志賀はさらに激しく泣く。

 志賀は、初めて敢刃と北川が来院した日に、二人の前で大号泣して診療をとどこおらせてしまってから、二人の前では泣かないという花岡との約束を守っている。

「うびいいいいいいいいいいいいん!」

「はいはい。いつもありがとうございます」

 花岡は片手でコンピュータを操作して敢刃の薬の処方の記録をしつつ、もう片方の手で志賀の顔を、志賀の顔から出る全ての液体でびちょびちょのスクラブに押し付ける。

 ――キックボクシングによって鍛え上げられた志賀の腹から出る泣き声はとんでもなく大きく、こうでもしないと病院の外にまで響き渡ってしまう。泣き虫の志賀がここに勤め始めた頃は、夜中に虐待されている動物の鳴き声が聞こえると、近隣の住民から警察に通報が入ったことまであるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る